「正に怪作」サブスタンス ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
正に怪作
昨今のアンチエイジングブームを皮肉ったかのような寓意に満ちた怪作である。
老いは誰にでも等しく訪れるものであるが、それでも若さを保ちたいと願うのが人間の性か。しかし、その代償は思いのほか残酷なものだった…という苦い教訓が残る。
過去の華やかなスター時代を夢想する老姉妹の愛憎を描いた「何がジェーンに起こったか?」。メリル・ストリープとゴールディ・ホーンが若さを渇望して争う「永遠に美しく…」。妻を亡くした整形外科医が禁断の医療にのめり込む「私が、生きる肌」。若さと美に執着するドラマは古今東西、時代を超えて作られてきた。この手のドラマは、それだけ多くの人々の関心を惹きつけてやまないテーマなのだろう。本作は明らかにこの系譜に入る作品だと思う。
更にもう一つ、そこにクローン問題を持ち込んだところは新味だと思う。映画冒頭のシーンに象徴されるように、この”サブスタンス”はクローン技術を応用している。クローン技術は、再生医療において重要な役割を果たしているが、その一方で倫理的な観点から問題視もされている。本作はそこに着目しているのが面白い。
一見すると、老いに葛藤する元スターの物語に見えるが、実はかなり社会派的な眼差しを持った野心作であることが分かる。
監督、脚本は新鋭コラリー・ファルジャ。前作「REVENGE リベンジ」はアクション物というジャンル映画だったが、暴力による女性虐待をテーマにしており、中々気骨溢れる作品だった。この監督はこうした社会に一石を投じるような視点を常に持っているのかもしれない。
興味深いのは、「REVENGE」も本作も、ヒロインが一度死んでそこから再生する…という作劇になっている点である。「REVENGE」のヒロインは男たちに半死の目に遭わされながら、そこから復活を遂げて復讐を果たしていく話だった。本作のエリザベスも自動車事故で死にかけた所から再生していく。
いずれも普通に考えればそのまま死んでもおかしくない状況なのだが、何事も無かったかのように蘇るあたりが人を食っているというか、シュールでブラックで面白い。
しかも、本作の場合はキャラクターも設定もかなりカリカチュア化されており、リアリティからはほど遠い作りになっている。それ故、ひょっとすると全てはエリザベスが今わの際で見た夢想だったのでは…と思わせる所が作劇の妙である。
演出は全編スタイリッシュで、かなり攻めたものが多い。エリザベスの不安定な精神状態を表すかのような細部に迫るクローズアップにはある種のフェティッシュさも感じられた。
連想されるのはスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」や「シャイニング」、ダーレン・アロノフスキーの「π」、「レクイエム・フォー・ドリーム」、「ブラック・スワン」といった作品である。シンメトリックな構図、神経症的なカッティングが緊張と高揚感を巧みに創出していて感心させられた。
加えて、時折見せるブラックユーモアもかなりクセが強く、好き嫌いがはっきり分かれそうだが、個人的には何度もクスリとさせられた。
伏線の貼り方も中々巧みで、クライマックスにかけての盛り上げ方も想像の数段上を行く展開に圧倒された。このあたりにはクローネンバーグのボディ・ホラーの要素も感じられる。
ラストも皮肉に満ちた終わり方で印象的である。ここはやりようによっては抒情性を強く押し出すことも可能だったかもしれないが、ファルジャ監督は迷いなくブラックユーモアに徹しており、この一貫した姿勢には敬服してしまう。
キャストでは、エリザベスを演じたデミ・ムーアの体当たりの怪演。これに尽きるだろう。かつての麗しい姿をリアルタイムで見ていた者からすれば信じられないような変容だが、それがこのキャラにリアリティをもたらしている。
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