「“本質(substance)=内なるモンスター”を解き放ったファルジャ監督」サブスタンス 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
“本質(substance)=内なるモンスター”を解き放ったファルジャ監督
外国映画の原題がシンプルな1ワードのみの場合、往々にしてダブルミーニングとなっている(米元副大統領チェイニーを題材にした「Vice」に「副」と「悪徳」の意味が重ねられていたように)。本作「サブスタンス」(The Substance)において、第一義は新たな自分を生み出す「物質」を指すが、substanceには「本質」の意味もある。フランス人女性監督のコラリー・ファルジャはあるインタビューで、「女性は若く美しくあるべき」という旧来の考え方に基づき隠すよう教え込まれてきた「老いつつある不完全な自分の一部」が自身に内在する“モンスター”であり、解き放たれたモンスターが女性の肉体を破壊し戯れることで、女性たちを抑圧し束縛してきたものを吹き飛ばしたかった、といった趣旨を語っていた。破壊されるべき醜い怪物とは、他者に美しさを求める身勝手な欲望=人間の本質そのものだ、とも読み取れる。
ファルジャ監督は2017年に「REVENGE リベンジ」で長編デビューした後のインタビューで、自作にオマージュや引用が少ないのは観客の没入を妨げるからだ、とも語っていた。だがこの第2作「サブスタンス」では考えを改めたのか、わかりやすい引用や参照に満ちている。特殊な手段で永遠の若さを手に入れようとする筋は、オスカー・ワイルド原作「ドリアン・グレイの肖像」(映画化・ドラマ化ともに複数回)やロバート・ゼメキス監督作「永遠に美しく…」。ボディホラーの要素はジョン・カーペンター監督作「遊星からの物体X」、デヴィッド・クローネンバーグ監督作「ザ・フライ」、ブライアン・ユズナ監督作「ソサエティー」など。スタンリー・キューブリック監督作からは、「2001年宇宙の旅」の光の回廊に似た視覚効果と交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」のBGM、「シャイニング」のシンメトリー構図やインテリアの配色。大量の血しぶきは「シャイニング」に加え、ブライアン・デ・パルマ監督作「キャリー」も想起させる(ちなみにこの2作はスティーヴン・キング原作という共通点も)。
20世紀の巨匠たちが手がけた傑作群への言及を散りばめつつ、表層的なマッシュアップで終わらせず、自身の実体験に根差したオリジナルなストーリーに消化/昇華させた点がファルジャ監督の偉業であり、「サブスタンス」が私たちの心を揺さぶる理由でもある。自身のキャリアに重なるような落ち目の元大スター役を引き受けたデミ・ムーアと、完璧な肉体を表現するため人工の乳房を装着したマーガレット・クアリー、2人の熱演に依る部分ももちろん大きい。過激な表現とブラックユーモアをまといながらも、女性の真の解放とは何かを問いかける力作であり、ルッキズム的傾向を無自覚に持つ多くの観客は冷や水(と血しぶき)を浴びせられたように感じるはずだ。
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