「タイトルなし(ネタバレ)」メガロポリス りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルなし(ネタバレ)
21世紀、米共和国ニューローマ。
貧富の格差は増大し、上流階級の暮らしは古代ローマのようだった。
有機的で自己再生可能な新素材「メガロン」の発明によりノーベル賞受賞の建築家シーザー・カティリーナ(アダム・ドライヴァー)は、新都市メガロポリス構想で市長フランクリン・シセロ(ジャンカルロ・エスポジート)と対立していた。
そこへ、シーザーの伯父で後ろ盾の銀行家クラッススIII世(ジョン・ヴォイト)や、シセロの娘ジュリア(ナタリー・エマニュエル)、野心的な女性金融ジャーナリストのワオ・プラチナム(オーブリー・プラザ)、シーザーの追い落としとクラッススIII世の後釜を狙う孫のクローディオ(シャイア・ラブーフ)が絡んでくる・・・
といった物語。
先に結論。
意外と面白かった。
古代ローマを模した物語・・・と聞いていたので、「古代ローマものとは相性悪いんだけど」と思っていた。
たしかに、クローディオを中心とした謀略部分は、案の定つまらなく、画面も過剰に派手で卒倒しそうになった。
(古代ローマを模した享楽・退廃ぶりは、フェリーニ映画の模倣か。『ベン・ハー』に似た場面も登場するが)
が、シーザーの、亡き妻への思いが見えて来て、「メガロン」の開発由来がわかる段になるとSFじみて面白くなる。
ただし、コッポラはSF要素の描き方は下手なので、「なんだか、よくわからない」のだけれど。
アベル・ガンス『ナポレオン』ばりに画面分割を多用しているが、縦長画面×3ではスペクタクルに欠ける。
これは残念。
少なくともビスタ×3で、一気に横長に拡張したかっただろうなぁ、と思うことしきり。
これならば「見世物」要素もさらに高まっただろう。
映画最大の弱点は、ニューローマと新都市メガロポリスの差異が、映像として差が少ないこと。
ニューローマのイメージとしては、硬質な石造りに、電飾。
それに摩天楼とスラムの対比。
メガロポリスは、有機的で自己再生可能なヌメリとした感じ。
こういう感じの視覚イメージだとわかりやすかっただろうが、冒頭から未来都市感があるため、新旧都市の対比が感じられなくなっている。
構想しはじめたのは40年前。
つまり、「提供」した『コヤニスカッティ』の都市崩壊のイメージが旧都市のイメージだったのではなかろうか。
予習で『コヤニスカッティ』を観ておけばよかった、と反省し、2日後に鑑賞した。
いくつかのイメージは、同作に通じるものがある。
かつてならば、旧都市はミニチュア、新都市はCGで・・・そんな感じでイメージング出来たかもしれないが、予算の関係もあり、両社ともCGで作れるようになってしまった。
なお、シーザーの「時間を止める」能力は物語にあまり活かされておらず、ストーリーテリングとしてはイマイチ。
と、まぁ、注文イチャモンは数々あれど、貶しきれないわけで。
意外と面白かったし、もう一度観ると、たぶん好きになるかもしれません。