「外向きベクトルの映画」エミリア・ペレス 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
外向きベクトルの映画
フランスの才人監督ジャック・オーディアールが、サスペンスドラマをミュージカル仕立てとした映画。オーディアール監督は、舞台をメキシコに設定し、スペイン/メキシコ人と、スペイン語に馴染みのあるアメリカ人を採用して撮影を進めた。
主人公のエミリア・ペレス/マニタスは、スペイン人のトランスジェンダー俳優カルラ・ソフィア・ガスコンが演じた。その演技は、奔放の一言。彼/彼女に手術を受けさせるために世界を奔走する、狂言回しの弁護士リタを務めたのは、アメリカ人のゾーイ・サルダナ、ただし彼女はプエルトリコとドミニカに縁があり、スペイン語も上手。それでも、英語を話した時が、一番自然で生彩が感じられた。
ドイツ人が「考えてから歩き出す」と言われるのに対し、スペイン人は「走ってから考える」と言われることがあるが、その影響は確かにあった。カルラ・ソフィア・ガスコンの過去の失言が見つかってしまった。10年前ならいざ知らず、昨今のように多様性が認められ、リテラシーが求められるコンプライアンス遵守の世の中では、あり得ないこと。
私にとって一番良かったところは、セリフを喋っていたのがミュージカルに移行してゆくところ、特に群踊の場面。なぜか、北野武の「座頭市」が思い出された。あれは一見タップダンスだったが、本当は太鼓のリズムに乗っていた。彼は黒澤さんの映画を思い描いていたのだと思う。
アカデミー賞候補の有力作だった主な作品は見たけれど、この「エミリア・ペレス」が一番エネルギーに満ちていたと思う。ただし、ベクトルが外を向いている分、無駄なインパクトを発揮してしまったが。