劇場公開日 2025年3月28日

「短調のミュージカル作品」エミリア・ペレス 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 短調のミュージカル作品

2025年3月31日
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オーディアール作品の多くには、
基本的な定型がある。

登場人物は過酷、
あるいはユニークな状況に放り込まれ、
肉体的な傷、精神的な傷を描くことが多い、

そしてそのフィジカリティとメンタリティの交錯によって、
ストーリーを成り立たせるというパターンだ。

しかし、どうしても多くの作品で、
その身体性と精神性をストーリーに馴染ませるのに苦労している印象が強い、

それでも、キャストの演技からは監督の狙いが感じられるので、
かろうじて好感を持てる・・という作品が多い。

オーディアールの作品には、常に何らかの力が働いている、

それは、物語が意図的に感情の振幅を求めているからだ。
(キャストの演技力のおかげともいえる)

今作は、オーディアールが前作のモノクロと同様、
少し手法を変えてきた。

抽象度を少しだけ上げ、
言いたいことをセリフや設定に馴染ませるという力技、
ミュージカルを駆使しているという点だ。

これは単に技術的な工夫ではなく、
感情の表現においても挑戦的なアプローチを採っている。

しかし、
その楽曲の数々は伝統的な「ミュージカル」で採用される【長調】ではなく、

【短調】で構成されている。

短調のミュージカル作品は、
多くなく、
見慣れない印象があるが、

近作だと、
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』

大珍品、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や、

古くは意外だが、『シェルブールの雨傘』といった作品にも見られる手法だ。

この形式は好きな人には大きく響く一方で、
合わない人には訴えかけにくいだろう。

本作で合わない人々の理由は、
短調に加えて、
やはりその身体性、精神性がシナリオ内で十分に着地していない点にあるのではないだろうか。

物語の進行が抽象的であるため、
観客は感情的なつながりを見失いがちで、

キャラクターの心情が視覚的に伝わりにくい。

それどころか、
後半にはシェイクスピア風のシーンが加わることで、
更に物語の焦点がぼやけ、
うまくまとまりきれていない印象を受ける。

オーディアールにとって、
身体性精神性のシンクロを具体化できる、
格好の設定のはずの、
この「エミリア」というキャラクターの性転換が、
本当は中心に置かれるべきテーマなのに、
と、疑問を抱かせる。

フィジカル・メンタルの交差点において、
思い切りよく結実させることができなかった点が残念である。

ただし、
つぶやくように唄うシークエンスは良過ぎた、短調のミュージカルは大好物。

蛇足軒妖瀬布
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