「理想と現実を生きる」エミリア・ペレス humさんの映画レビュー(感想・評価)
理想と現実を生きる
有能な弁護士リタが麻薬王マニタスの目に留まり後戻りも失敗もできない道に立たされる。
不安感、ハマった感、焦燥感、恐怖感が次々と襲うなかで、リタが見たマニタスのあの目は本当の自分を生きる難しさと人生を賭けた決断を真っ直ぐに訴えていたのだと思う。
突如、究極のミッションの主役にされたリタの選択は〝秘密〟に抹殺されることを回避した。
そして規格外の報酬を得て違う自分を夢見るチャンスに賭けた。
それは、リタもまた自分の仕事や人生のなかでやり切れないものを痛感していたからなのだろうと思った。
つまり、その偽装死で終わらせる〝偽りの人生〟はひとつでなかったのだ。
そして、それはふたつだけでもなかった怒涛の展開が中盤以降をヒートアップさせまるで飽きさせない。
そこにうまい具合に散りばめられていくミュージカルの斬新さには惹きつけられ、特にリタ=ゾーイ・サルダナの魅力が溢れんばかりだ。
闇の権力と危険な金を駆使し生まれ変わったエミリア・ペレス。
しかし、手にした理想と引き換えに手放す必要があったものがエミリアを苦しめ始める。
罪滅ぼしのように立ち上げた慈善事業が軌道にのってこれまでとは逆の名声を浴びるほどに、だ。
真実を明かせない状況は変わることなくさらに自分をないものにし、ストレートに聞こえてくる愛する人達からの本音を浴びてはじりじりと生傷を焦がされる。
それは魂を売った自分自身からの報復のようでもあり、逃れたはずの生きづらい社会から重ねて塗りたくられる粗塩のようだったと思う。
しかも、何もかも知り尽くしたその世界に追われる絶望感は、瀕死を弄ばれる本人が誰よりも知っていたのだから。
その辺りのシーンはどれも、幼い頃から本当の自分(性的な自認)を隠そうとするために悪に染まるしかなかったと遠くを見るまなざしで語っていた姿を頭によぎらせ、その人生の切なさが浮き彫りになった。
雑多な街並みの砂埃が舞うたぼこ道を古く汚れたトラックが行く。
どんな廃品でも…とかわいいこどもの声がこだまするのを
冒頭ではちょっとコミカルな印象で聞いていたが、ラストはまるで違う印象に変わった。
炎に包まれ遠のく意識のエミリアにもあの声は最期の瞬間まで鳴り響いていたのだろう。
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