劇場公開日 2025年9月5日

「階級社会のリアルと少女の夢」バード ここから羽ばたく nontaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 階級社会のリアルと少女の夢

2025年9月11日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

イギリスの労働者階級・貧困家庭の現実と神話的な幻想が交錯する不思議な余韻を残す映画だった。
貧困を描いた映画といえば、日本なら(作風はずいぶんちがうけれど)「万引き家族」「あんのこと」とかだろうか。この映画が撮られたイギリスだともっと色々な映画を思い出す。ケン・ローチとか「トレインスポッティング」とかが代表だろうか。イギリスは産業革命以来の社会階級が固定化されがちな社会でもあるから、伝統的に描かれる人々の物語なのかもしれない。日本だと家族の愛情の物語が一つの典型だけれど、イギリスの階級社会というのがこうした映画の系譜を作っているのだろうか。
舞台はイギリス、ロンドンの郊外。落書きだらけのアパートや低層アパート、街中に未開発の空き地も多数、そこに住む人には無縁のように街外れを横切る高速道路…、郊外の労働者階級の住む街である。アーノルド監督の出身地らしく、彼女の子供時代の思い出がかなり反映されているようだ。

映画のストーリーに分かりにくさはないのだが、手持ちの16ミリと登場人物が撮影した安いスマホの粗い画像で、最初はちょっと見にくさを感じた。物語では、現実ではあり得ない神話的、あるいは夢のような描写が入ってくるから、そこで少し混乱する。
しかし、それも含めて見終わってみると、ざらざらとした映像のせいか、現実の場面はリアルなノンフィクションのように感じるし、同時に夢のような描写も主観的で内面的なリアルなのだと納得させられる。おそらく、この監督独特の持ち味で、何作か見ればもっと慣れていくのだろう。

主人公は12歳の少女ベイリー。学校に行ってる描写もなく、まだ20代の父親も働いている描写はないが、これは演出上の省略であると同時に、その背後にはイギリスの実際の教育格差や失業のリアリティでもある。日本を含む先進諸国と同様、イギリスでも無職やその日暮らしの労働者、不登校も少なくないようだから、そうした現状を反映した設定なのだろう。
父親はコミュニケーションが苦手で、暴力の発作を抑えられず、しかし同時に家族や子供を愛している。警察や行政に頼るという発想はなく、またこの映画の中ではそうした制度は存在すらしていないようでもある。
ベイリーは父親が14歳の時の、最初の子供で、そこにその後の子供達と再婚相手の連れ子など、多くの子どもたちが兄弟として加わって、肩を寄せ合うように助け合って生きている。
学校に通っている子供は遠い存在で、地域のグレた少年たちと共に荒れた生活を送っている。ベイリーはすごくタフな現実を生きていて、それを救ってくれるのがスマホで取る写真。そして、空を飛ぶ鳥を眺めることだ。
そして、野原でうとうと眠ってしてしまい迎えた朝、そこで会うのがバードという名前の不思議な青年だ。父親を探しているという彼と共に、ベイリーは彼の父親を探し始めるのだが、見終わってみると、バードは本当に実在したのだろうか、彼の存在自体がベイリーのファンタジーだったのではないかと思ってしまう。どこからどこまでがリアルで、どこが空想なのかの境界が曖昧で、それがこの映画のわかりにくさでもあるし、でもずっと考えされられる魅力にもなっていると思う。

社会の底辺の厳しい現実を、時に激しくぶつかり合いながらも、肩を寄せ合うように生きる中で、思い出に残るような美しい時間も数々描かれる。現実も、人間関係も、自分自身も思うようにならないけれど、それを引き受けて生きていく人の弱さと強さの両方を描いた映画であった。
このリアルで同時に神話的な物語は、僕の心の中にも強い印象を残して、忘れられない一本になりそうである。

nonta