「見習いトランプの成長物語」アプレンティス ドナルド・トランプの創り方 臥龍さんの映画レビュー(感想・評価)
見習いトランプの成長物語
映画の原題『THE APPRENTICE』は見習い、初心者という意味で、映画は若き日のドナルド・トランプがロイ・コーンの指導を仰ぎ、その哲学を学びながら大富豪にのし上がっていく軌跡を描いています。
脚本は元雑誌記者で過去にトランプへの取材経験もあるジャーナリストのガブリエル・シャーマン。彼は『ほとんどが事実に基づいて描いたものであり、なぜトランプがあのような人物になったのかを描きたかった』と語っています。
一方、トランプはSNSでこの映画について『嘘っぱちで品のない映画。安っぽくて攻撃的で反吐が出るほど悪意ある中傷だ。おそらく失敗するだろう』と批判しています。
どちらの主張が正しく、どこまでが事実で、どこまでが脚色なのかは分かりません。ですので、この映画はあくまで現実のトランプとは切り離して見るのがいいのかなと思います。
若き日のドナルド・トランプは繊細で、純粋で、どこか頼りなげな青年として描かれています。一方、この世界には勝者と敗者しかおらず、自分は絶対に成功して勝者になるという強い野心を抱いていました。
しかし、父が営む不動産業は経営難で財政は火の車。トランプは事業再建に向け幾度となく父に助言を送りますが、取り合ってもらえません。
そこでトランプが頼ったのがロイ・コーンで、政財界の実力者が集まる高級クラブでコーンと出会ったトランプは、トイレまで付きまとうなどして執拗に自身の顧問弁護士となるよう懇願します。
その情熱を見込み顧問弁護士を引き受けたコーンですが、彼は多くの顧客や企業から偽証や証人脅迫、証人買収、横領などで訴えられており、勝つためなら非合法含めどんな汚い手段も厭わない悪徳弁護士でした。それでも大統領の非公式顧問を務めたり、世界に名だたる大富豪を顧客に持つなど、その手腕は確か。
コーンはまずトランプに3つのルールを授けます。それは『攻撃、攻撃、攻撃』『絶対に非を認めるな。全否定しろ』『どれだけ劣勢でも勝利を主張し続けろ』という非常にシンプルなものです。さらには目的のためなら手段を選ばないコーンの手法も学んでいく。
良くも悪くも素直で純粋なトランプはこれを忠実に実行し、完全に自分のなかに取り込んでいきます。
若き日のトランプは常識も恥じらいもあり、厳しすぎる父親に遠慮しつつ、手柄を立てて認められたいと願う純朴な青年でしたが、コーンとの出会いを通じ、道徳心は消え失せ、まさに我が道を行く怪物が作り上げられていきます。
ただ、トランプは決してコーンの操り人形だったわけではなく、彼は彼なりの信念、哲学があり、そこにコーンの手法を取り入れることで自分に足りないピースを埋めた、というのが正しいかもしれません。
もともと若き日のトランプは並外れた行動力があり、あまり深く考えず自分が思い描いたゴールに向かって突き進んでいく猪突猛進タイプだったのですが、そうなると当然、様々な軋轢を生み、問題にぶちあたります。
そこで威力を発揮したのがコーンの指導で、ありとあらゆる手段を駆使して力技で強引に事業を推し進め、批判は一切認めず、どんな不利な裁判も非合法な手段でひっくり返していくのです。
たとえばニューヨークのビル建設に際しては、債権者への返済を拒み、労働者への報酬未払いも常態化し、さらには議員を脅迫することで税金免除を勝ち取るなど、コンプラ的には真っ黒なわけです。
一方でトランプは荒廃し犯罪が横行するニューヨークを蘇らせると豪語し、ホテルの買収や改築など大事業を次々と成功させてニューヨークを活気ある街へと蘇らせていきます。そして、人々はそんなトランプを熱狂的に支持する。
過程に問題があろうが、中身が真っ黒だろうが、体裁さえ整えれば誰もその中身など気にしせず、人々は成功者として崇め称えてくれる。このスキームを確立したトランプは勢いに乗り、次々と事業を拡大していきます。
かつて見習いだった男は金や名声と引き換えに道徳や人間性を失い、不動産王の地位を確立すると、かつての師とも決別し、我が道を行く怪物へと変貌します。
現在の日本のような漂白社会では絶対に通用しないやり方ですが、昔の米国は良くも悪くも成功者に対し、倫理的に問題のある人物でも許容されるルーズなところがあり、トランプのやり方がハマったのでしょう。
こうしてトランプの性格とコーンの教えがうまく噛み合い、事業を次々と成功させ、とんとん拍子に大富豪へとのし上がっていきます。やり方はどうであれ、これだけの財を築き、大統領にまで昇り詰めたのですから、世の中なにが正解か分からない。
一度決めたゴールに対する異常な執着心、なにがあっても一切ブレない信念、並外れた行動力、そして意外にも先見の明。目指す方向が正しければ、その過程がどれだけ真っ黒でも、問題山積でも一切気にしない。こんな常人離れした割り切りと振り切った性格こそがトランプの強みなのだろうなと映画を見て感じました。
個人的に、ほら吹きで単細胞のトランプがなぜ大統領にまでなれたのか、なぜあのような怪物に仕上がったのか、興味があって映画を見ていたのですが、事実かどうかは別としてなんだかいろいろ腑に落ちることも多くて楽しめました。
また、トランプは性的多様性を認めない立場ですが、それはコーンが同性愛者でエイズで亡くなったこととも関係があるのかなと思ったり、映画はそんな彼の政策に繋がるような逸話がいくつも出てきて興味深かったです。
とにかく目の前のひとつひとつを解決していった先に未来はある、ひとつひとつは折れなければ負けなければ必ず成功する、という生き方もいいと思うのですが、その人に政治を任せたいか、といったら俺は任せたくないかなあ。