劇場公開日 2025年1月17日

「伝記映画にありがちなエピソードの羅列。もっとエピソードを絞り込んで、特定の周辺人物との愛憎に特化してドラマを構築した方が、より身勝手なトランプの個性を強調できたものと思われます。」アプレンティス ドナルド・トランプの創り方 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0伝記映画にありがちなエピソードの羅列。もっとエピソードを絞り込んで、特定の周辺人物との愛憎に特化してドラマを構築した方が、より身勝手なトランプの個性を強調できたものと思われます。

2025年1月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 世界は今、大統領に返り咲くトランプの米国第一主義に恐々としている。そんな折に日本公開されるのは、彼の素地を映すような若かりし頃の逸話です。

1970年代から1980年代を舞台に、気弱で繊細だった20代の青年実業家ドナルド・トランプがマッカーシズムで悪名を馳せた弁護士ロイ・コーンと出会い、一流の実業家へと育て上げられた末に、コーンの想像を超える怪物へと変貌を遂げていく姿を描くものです。
 原題「アプレンティス」とは「見習い」という意味で、トランプ自身が出演していたリアリティ番組と同じタイトルなのです。
 監督はイラン出身「ボーダー 二つの世界」のアリ・アッバシ、主演は「キャプテン・アメリカ」シリーズのセバスチャン・スタン。

●ストーリー
 1970年代のニューヨーク。気弱で繊細な若き実業家ドナルド・トランプ(セバスチャン・スタン)の不動産業を営む父フレディ(チャーリー・キャリック)の会社が黒人差別や税金問題で政府に訴えられ、破産寸前まで追い込まれていました。
 そんななか、トランプは、ある高級クラブの人混みの中で冷酷な辣腕弁護士コーン(ジェレミー・ストロング)と出会います。大統領を含む大物顧客を抱え、勝つためには人の道に外れた手段を平気で選ぶ冷酷な男でした。コーンは意外にもトランプを気に入り、「勝つための3つのルール」を伝授。コーンによって服装から生き方まで洗練された人物に仕立てあげられたトランプは数々の大事業を成功させるが、やがてコーンの想像をはるかに超える怪物へと変貌していくのです。

●解説
 勝利の法則は「攻撃、攻撃、攻撃」「非嗜絶対に認めるな」「勝利を主張し続けろ」の3点。服装、振る舞い、父親からの自立に始まったコーンの教育は、政府関係者のセックス・スキャンダルをネタにした脅迫に及び、優秀な弟子は凄まじい勢いでふてぶてしい男へと成長していく。政界を巻き込んで師を潰すほどに成り上がる様子は陰湿なジョークのよう。映画はその過程を安定した構成、一貫したリズム、間達な語り口、興味を煽る逸話で現実のトランプへとつなげていきます。

 監督は「ボーダー 二つの世界」などで評価されたアリ・アッバシ。赤裸々で刺激的な脚本は政治ジャーナリストでもあるガブリエル・シャーマン。綿密なリサーチを重ねたというトランプのグロテスクな生態が沈殿していくのです。 時としてトランプが“救世主“に映ってしまうらしいアメリカ社会。就任を前に始まっている「やりたい放題」。今に始まったわけでなく、若い時からその片鱗があったことを実感する作品でした。

 主演のセバスチャン・スタンは、若き日のトランプを彷彿させるのに充分な演技でした。実際のトランプの青春期の写真と比較するとよく似ています。特に凄いのは、時代と共に少しずつセバスチャンの体型の恰幅が増して、現在のトランプに近づいていることです。第97回アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされたのもの納得の演技でした。

●感想
 伝記映画にありがちなエピソードの羅列によって、全体の印象としてトランプの強烈な個性の描き方が薄く感じられる作品になってしまいました。
 例えば人生の師であるコーンとの決別にいたるシーンも、途中の過程が省かれているため、いきなりという感じが否めません。兄のフレッド・トランプ(マーティン・ドノバン)がアルコール中毒により仕事を失い、母親からの連絡でいきなり病死が告げられるまで、コーン同様に途中でまったく登場しなくなっていたため、その後のトランプの悲しみの大きさには、突然過ぎて共感できなくなったのです。妻のイヴァナ(マリア・バカローバ)との離婚についても、臭わすことはいいますが、結局浮気相手で再婚することになるマーラ・メープルズのことも、そもそも離婚することもまったく触れられませんでした。
 トランプが、今のトランプに化けていく過程の中で、もっとエピソードを絞り込んで、コーンとの関係性やイヴァナとの愛憎に特化してドラマを構築した方が、より身勝手なトランプの個性を強調できたものと思われます。

流山の小地蔵