「意外や意外、おもしろかった。ぜひお勧め」アプレンティス ドナルド・トランプの創り方 LukeRacewalkerさんの映画レビュー(感想・評価)
意外や意外、おもしろかった。ぜひお勧め
トランプが米国内での公開差し止めを求めたいわくつきの作品。
オリジナル脚本は、ニューヨーク・オブザーバー紙で不動産担当の駆け出し記者だった頃からトランプを取材してきた、脚本家で作家のガブリエル・シャーマン。
監督は、事前に知らなかったがあの怪作『ボーダー 二つの世界』を撮ったイラン出身のアリ・アッバシだった!
こちらは製作の意向だろうか、米国政治とは関係のない人物をと幼少期をイランで過ごしヨーロッパに移住したイラン系デンマーク人のアッバシに白羽の矢が立ったようだ(以上、脚本と監督の項はjiji.comの豊田百合枝氏の記事より構成)。
アプレンティスとは、見習い、実習生のこと。
小生は観たことはないが、トランプが「お前はクビだ!」と叫ぶのが人気を博したリアリティ・ショー番組のタイトルが『アプレンティス』だったらしい。
つまりは、若き日のトランプ"実習生"を「ああいう悪党」に創り上げた先輩悪党との半生、という物語だ。登場人物のほとんどと、公知のエピソードは実在であり事実であります。
先輩悪党とは、悪辣な手口で裁判を闘う弁護士、ロイ・コーン。トランプの後ろ盾、あるいは「教師」として彼をレッスンしていくが、最期は不法行為で弁護士資格を剥奪され、その直後にエイズを原因とした複合疾患で命を落とす。
公式サイトのインタビュー映像でロイ・コーン役のジェレミー・ストロングが語ったことがこの作品の本質を見事に言い当てている。
「モンスター(コーン)が別のモンスター(トランプ)を生み出した、フランケンシュタインの物語なのだ」
そう、フランケンシュタインとは怪物のほうじゃなくて、それを生み出した博士のほうだ。そして自分が生み出したモンスターを制御できなくなって復讐されてしまうんだっけ。
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さて、選挙戦の結果でただでさえ胸糞悪い小生としては、He'll make America stupid again.などと呪詛を吐いているのに、何をわざわざ映画館に足を運んで最悪な気分になろうとするのだ、と思いつつ、なぜかチケットを取ってしまった。
うーむ 意外や意外、かなりおもしろかったw
まずトランプ役のセバスチャン・スタンが見事である。
これは特殊メイクではない。そもそも横顔が似すぎていることもあるけれど、外見だけの話ではなく、あの喋り方や間の取り方まで徹底的に研究して演じている。
後半になって肥満し、顔も丸くなっていくのも、役者として体重を増やしたとのこと。
ただ、このやり方はトム・ハンクスも鈴木亮平もいろいろな役者がやっているけれど、後年に糖尿病発症のリスクが非常に高くなるらしいので、特殊メイクでもいいよ、もう、と言いたくなる。
また、ロイ・コーン役のジェレミー・ストロング。
すでに何年も前に故人となったこのロイ・コーンという人物の振る舞いを映画が公開されたこの2025年時点で実際に見たことのある人はほとんど居ないだろうが、これまたジェレミー・ストロングの鬼気迫るクールな演技には脱帽である。
妻イヴァンカ役のマリア・バカローヴァも併せ、この3人の存在感はこの作品を「政治&セレブ・ゴシップ作品」に堕すことなく、かつ、すでに周知のネタバレエピソードをなぞるだけにもせず、見事なドラマに仕立て上げている。
役者、脚本、監督。三拍子揃えて最高のモノを引き出した製作。
もう一回、観に行こうかな。
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トランプはなぜ公開されたくなかったのか?
そりゃあ彼をのし上がらせた悪徳弁護士ロイ・コーンとの関係や、夫人との不仲説や、父親との確執や、兄を見放した件など、いろいろ白日のもとに曝されたくはないだろう。
よくよく考えてみりゃ、誰だって家族の恥部は曝されたくない。ダーティな野郎だというイメージを拡散されたくない。
でも、小生にとって非常に印象的なシーンはそこではない。
まず、駆け出しヒヨッコのドナルドは、最初は自信なさげで、父フレッド(こちら悪徳不動産業者)の会社で生活困窮者から家賃を取り立てる汚れ仕事に辟易し、法廷闘争で綱渡りになると狼狽しながらコーンの助けを懇願する。それも一度ならず二度三度と。
そして行政であろと司法であろうと相手の弱みを握った脅迫を奥の手として使うコーンに「これは違法だろう。こんなことをしていいのか?」と心配そうに言う。
そう。あいつも良心があったのだ、かつて。
もう一つ。
旅客機パイロットになったことで父とともにトランプが侮蔑し、避けていた兄のフレッド・ジュニアがアルコール依存症の影響で急死したあと、豪華な自宅のベッドで妻イヴァンカと並んでぼんやりとテレビを見ているシーン。
隣で慰めようとするイヴァンカを
「俺を見るな。俺に触るな」
と嗚咽しながら拒否する。
これはどちらも、これまでの人生でずっと「天性の勝負勘がある」「頭が良い」「何事にも動じない最強のマッチョマン」を自認してきたドナルド・トランプにとっては「弱々しいドナルド・J・トランプ」であり、受け容れ難いシーンだろう。
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そして小生がもっとも衝撃を受け、かつ、答が出せないシーンは次の2つだ。
最初は、死期が近づくコーンのために一度は決別したトランプがコーンの誕生会のディナーを催す。トランプからコーンに贈られたダイヤを散りばめたカフスボタン(しかしそこに「Trump」と彫刻が入っているのが笑えた)。
孤独感と死の恐怖で弱っていたコーンが感極まったようにそれを眺めていると、隣席のイヴァンカが周囲に聴かれないように
「偽物よ。ダイヤじゃなくてジルコニア。ドナルドはそういう恥知らずなの」
と残酷にも囁く。ショックを受けるコーン。
まず、それは本当なのか?
小生には、かつてトランプと結婚する直前にエグい「結婚契約書」を持ってトランプとの席に同行してきたコーンに対する意趣返しとして(しかも何十年も前からの執念として。おおこわ)、そして夫を自分と同じモンスターに育て上げたかつてのモンスターである彼を、肉体的な死の淵からさらに精神的な死の淵の絶望に叩き落とすためのウソであって、実は本物のダイヤだったのではないか。
あるいは、全く逆に、つまりまさに偽物である可能性もある。
トランプが自分でそういうプレゼントを手配するわけはなく、恐らくイヴァンカに丸投げしていたと思えるが、イヴァンカが手配するなら、どうせトランプなんかには見抜けまい、と、そういう手の込んだ偽物を発注して、コーンにだけ囁いて辱めることに陶酔したのではないか。
このシーンはトランプ本人ではなく実際のイヴァンカ本人から訴えられそうなくらい問題のシーンだと思う。
そして2つ目のシーンは、そんなショックを受けたあとにコーンのもとに色付きのクリームで星条旗がデザインされたバースデイケーキが運ばれてきて、ケーキを見下ろしながらあの悪党、モンスターが嗚咽する場面だ。
彼はなぜ泣いたのか。
自分が育てたトランプとその妻が、ここまで自分を辱めるのか、という屈辱に泣いたのか。
あるいは、ケーキに描かれた星条旗に「アメリカのため」と言いながら生きてきた自分の半生を重ねて、死を前にした無常観に泣いたのか。
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よく出来た映画というのは、すっきりとしたカタルシスだけでは成り立たない。
こうした「答の出ない問い」、それも本質的な問いが放り込まれていて、観た者に「むぅ」と考えさせるから良い映画なのだ。
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余談だが、トランプ家の長男として期待されながら別の道を選んだため、父フレッド・シニアとドナルドから辱められ続けた末に亡くなったフレッド・ジュニアの娘、メアリーは、長じて臨床心理学者となり『世界で最も危険な男 「トランプ家の暗部」を姪が告発』という暴露本を書いた。2020年に日米で発売され、日本では小学館が刊行した。