動物界のレビュー・感想・評価
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なかなかの良作
他にも観たい映画があったにも関わらず「動物界」という何とも奇妙で怪しげなタイトルがどうにも気になり、とりあえず予告編を観てみたところ興味がさらに爆上がり。結果まんまと釣られてしまった。まあ正直なところ好みが割れる作品だとは思う。見方によってはホラーともヒューマンドラマとも言い切れない内容だし結論もよく分からない。もっと言えば何が言いたいのか何を示したかったのかすら不明瞭だ。その中途半端さをどう受け止めるかで評価が大きく変わるんじゃないかと思うが、どの方向にも振り切っていない中途半端さが味わい深く感じられた僕にとっては「アリ」となった。
いつ変異が始まったのか?なぜ変異するのか?他の地域はどうなのか?他の国はどうなのか?そもそも変異って何なのか?といった話は一切出てこない。何の説明もなく解明もされず、ただ奇妙な状況が続くだけで客観的な視点などまるでないため全体像が全く把握出来ないわけだ。おそらくそれが気に入らないと言う人も居るんじゃないかと思う。ただ僕にとってはそれが良いのだ。世の中のどんな事にも言える事だと思うんだが「渦中の人」は大抵周りが見えてないものなのだ。つまり状況の分からなさこそが実は強烈なリアリティになり得るわけで、主人公と同じ目線になる事で物語に完全に没入する事が出来る(ただしその為の描き方は本当に大切)。
エミールが徐々に人間性を失っていき動物的になっていく様も不思議なリアリティを感じた。フィクスとの友情(?)も良かったし、母親との再会も良かった。限りなく動物的で完全には理解出来ないのがまた良いのだ。そして父フランソワが全くブレてないのが素晴らしい。もちろん大切な家族だからというのもあるが、何よりフランソワが「誇り」を持って生きているのが伝わってくる。たとえ家族が動物に変異したとしても彼の決意は何も揺るがない。だから最後の「生きろ!」の言葉に思わずグッと来てしまうのだ。あれはとても良いラストだったなと思う。動物に変異してしまうという奇妙で大袈裟な設定ながら、結局は一家3人の物語という小さなスケールのまま最後まで走り切ったのも結果的に良かったのではないだろうか。
この作品をもってフランス映画全体を語るのもナンセンスなのは承知の上で言うが、何とも言えない「苦味」が残る味付けとか、気持ち悪いのにアートに見えてしまう絵面とか、喜怒哀楽を一つに特定し切れない情感とか、色んな要素が複雑に絡み合って映画が終わった時にひと言では言い表せない感情になる所がちゃんとフランス映画だな~と思ってしまうのである。僕がおそらく初めて観たフランス映画は「ディーバ」だったと記憶している。これも実に不思議な映画であったが、とにかくめちゃくちゃ面白くて信じられないほど美しかった。やっぱりフランス映画ってちゃんとフランスの味がするんだよな~と思わずにはいられない。
独特の世界観と表現
新生物の映像がとても綺麗。
鳥の新生物のフィクスはキャラも良く、羽のも綺麗な表現でとても良かったし、セイウチと馬なども絶妙に人間と融合していて素晴らしかったです‼︎
予告で出てきたクワイエットプレイスの敵みたいなカマキリが気になってましたが、一瞬しか出てこなかったのはちょっと残念。(欲を言えば他の新生物ももっと観たかった…)
ストーリーも差別などの現代の問題が描かれている+親子のドラマとして観てもとても見応えのある作品に仕上がっていました。
ただ、新生物の表現がとても凄かっただけに新生物の印象に強く残るような描写や、あらすじに書いてあったスリラー描写があまり無かったのは、そういう映画じゃないと分かっていたけど若干残念でした。
だけどフィクスが飛ぶシーンや、フィクスがエミールを助けながらエミールが逃げるシーンはすごく良かったです‼︎
異端への恐れ、差別…そして愛。フランス映画らしい描き方。
突然「新生物」と称する既存別生物へ変異する奇病を背景に人々の恐れ、差別、そして愛の物語…ともすれば世紀末パニック世界になる題材をいかにもフランス映画らしい高尚な人間劇で観せる作品です…まぁフランス人とフランスという国を考えれば、ああそういうアプローチなのねと納得。王道のフランス映画的な仕上がり。特に異形の新生物を狩る人間たちを中世ヨーロッパ時代の人々とオーバーラップさせる様な見せ方にはアングロサクソンの歴史を感じますな。
当初、小理屈こねる父ちゃんがあまりに貧相な見かけなので「おいおい…」と思ったがw変異する母親、そして息子への限りない愛を描ききったところは評価したい。これが芯にある故にラストこの映画がひとつレベルが上がったように思う。悪くなかった。
鑑賞後、ぶっちゃけ、このテーマでハリウッド映画なら世紀末パニック、韓国映画なら終末ホラーてな感じになるんだろうなと(それはそれで観たいのだが…)
住むべき世界に境界線ができた時、親は愛よりも生存を優先させなければならない
2024.11.11 字幕 MOVIX京都
2023年のフランス&ベルギー合作の映画(128分、PG12)
獣人化する奇病が蔓延するフランスを描いたパニックスリラー
監督はトマ・カイエ
脚本はトマ・カイエ&ポリーヌ・ミュニエ
原題は『Le régne animal』、英題は『The Animal Kingdom』でともに「動物の王国」という意味
物語は、フランスの北部のどこかの街にて、渋滞にハマっているフランソワ(ロマン・デュリス)と、その息子エミール(ポール・キルシェ)が描かれてはじまる
二人は病院に行く用事があり、そこで妻ラナ(フローレンス・デレッツ)の主治医ヴァレリー先生(ナタリー・リシャール)と会う予定だった
ラナは今世間を騒がせている奇病に罹っていて、それは体が徐々に獣の姿になると言うものだった
渋滞に痺れを切らしたフランソワはエミールに強くあたり、それが原因で彼は車を降りてどこかへ行ってしまう
フランソワは力づくでエミールを止めるものの、その矢先に、救急車の中から鳥に変化しつつある男(のちにフィクスと判明、演:トム・メルシエ)が飛び出して、あたりは騒然となった
その後、病院に着いた二人は、ヴァレリーから南仏に新しい施設ができて、ラナをそこに移して治療を続けると告げられる
二人はラナを追うように南仏の街に一時的に仮住まいを見つけ、2ヶ月間限定で、そこで過ごすことになったのである
映画は、獣人化していく人々を描き、それを世間では「クリーチャー」などと呼んで距離を置く様子が描かれていく
そんな中でも、近親者が獣人化した人は変わらぬ愛を保っていると言うテイストになっていて、フランソワは妻のみならず、息子も獣人化していくと言う試練に打ちひしがれることになる
エミールの変化も少しずつで、周りに悟られないように生きていくものの、クラスメイトのニナ(ビリー・ブラン)はそれに気づいているし、憲兵のジュリア(アデル・エグザルコプロス)も彼らの変化に敏感になっている
だが、施設における治療には効果がないこととか、ただの実験に使われているのではと言う疑念が拭えないまま、フランソワは獣人化しつつあるエミールをどうすべきかを迫られていく
そして、彼が取った行動とは何か、と言うのが映画の命題となっていた
元々医者の言うことを信用していないフランソワは、妻の病変を止められない医学に見切りをつけていて、事故によって行方不明になった獣人たちの捜索も早々に打ち切られている現実を知る
憲兵隊レベルでは何もできず、軍隊が投入されている背景から、フランソワは国がこの事態に何を考えているのかを悪読みしていく
それらの積み重ねが彼の決断となっていて、それを見過ごすジュリアも国の決定には異を唱える立場にあるのだと思う
獣人化する前の人を知っているほど差別意識が生まれず、それから遠いほどにそれが強まる傾向があるのだが、これはある種の人間の性のように描かれている
当事者意識を持てる範囲はかなり狭く、そこから数センチはみ出しただけで異端として弾く傾向がある
そういったものへのアンチテーゼとして、物語は機能しているように思えた
いずれにせよ、クリーチャー化する造形美とか、映画の雰囲気を楽しめればOKと言う内容で、描かれている普遍的な愛の物語はそこまで特筆すべきものではないと思う
この映画では、得体の知れぬものへの恐怖と差別意識が生まれる境界線を描いていて、目に見えることがそれを増長していく様子を描いていく
フランソワの決断はおそらくは正しいのだが、今後国がどのような行動に出るかは読めない
それを踏まえた上で「生きろ」と言っているのだが、それは親が子を社会に放つ意味とはまるで違うようにも思えた
実際にこのような別離というものは訪れないと思うが、帰る場所を提供できない親ほど、揺るがぬ決意と愛を示せるのかな、と感じた
この作品は何処へ向かいたいのか、、
表面的な多様性の重要性は置いといて、結局監督はこの作品で何を伝えたかったのかよくわかりませんでした。
作品の薄暗い雰囲気やBGMなど欧州のアクが強めな映画の印象です。
謎の奇病で人間が動物化していきます。
母親が動物化し、それに嫌悪していた息子が動物化していきます。母親は猿に息子は狼系統と種族は別々でした。
何故分ける必要があったのかは描かれていませんでしたのでよくわかりません。
お父さんは息子の動物化に受け入れようとしていますが、食べ方を指摘したりなど時折、人間目線で注意してる矛盾に気づいていないシーンはよかったです。
最終的に息子を森へ逃すシーンは、アニメ あらいぐまラスカルを思い出しました。
なのでこの映画は実写版ラスカルです。
(考察を含むのでネタバレ扱い)異文化排除/理解をテーマにした映画。今週おすすめだが…。
今年404本目(合計1,495本目/今月(2024年11月度)10本目)。
※ (前期)今年237本目(合計1,329本目/今月(2024年6月度)37本目)。
今週、一番解釈が割れそうな作品かなというところです。
早速個々見ていきます。映画のストーリーほかについては他の方が書かれているのでばっさりカットします。
おそらくこの映画は問題提起型の映画で、「異文化排除/理解」をテーマにした映画です。この点は海外(アメリカ、フランスほか)ではすでに公開されており、そうした論点であろうというのが各海外の評価サイトでもだいたい言われているところです。
ストーリーの軸「それ自体」である「動物化する人間」の排除、理解論については、ストーリー全体(排除論)や主人公のエミールの対応(理解論)からもわかりますし、ストーリー上特に「出す必要があるの?」というところのADHDという設定の女の子についても(この子がADHDかどうかはストーリー上何ら関係しない)、極論、車いすの子でも何でもよいのですが、そうした「わかりやすい障害」ではなく、あえて精神疾患を扱ったものだと思いますし、この受容も広い意味では「異文化排除/理解論」に繋がります。
ただ、もう一つの筋(後述)については難易度が結構高く、そこを理解するには結構厳しいのではないかといったところです。この点、日本とのかかわりも含めて記述します。
採点に関しては以下まで考慮しています。
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(減点0.3/以下の理解にたどり着くのが容易ではない)
この「異文化に対する排除/理解論」は一見すると2軸(ストーリー自体と、ADHDの女の子)だけに見えますが、実はもう1つ混ざっており、この理解はかなりの前提知識を要求するのが厳しいかなといったところです。
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(減点なし/参考/フランスの公用語政策と地方方言の排除問題と「異文化排除論」)
映画のストーリーとして主人公たちは南仏に行く設定で、映画内で登場する看板などからスペイン語の混合が見られるのでスペインとの国境あたりかという推測はできますが、映画内で明確に「ガスコーニュ語で書いた抗議用のTシャツを作ったから」というお話が出ます。この話は一度出るだけです。そしてそのTシャツ(ガスコーニュ語)はアップで映りますが、何が書いてあるかは翻訳されていません(字幕も出てこない)。
この「ガスコーニュ語」というのは、上位に「オック語」を含む(大阪方便に対して関西弁があるのと類似する)、フランスの地方方言です。スペインとの国境沿いにあたる地域になりますので、スペイン語の干渉を受けた地方方言にあたります。
日本も含めおよそどの国にも公用語があり、またよほどの小国(モナコ公国等)以外では方言というものもあり、それに対する国の対応も異なります。それらの存在を知った上で一応の標準語に合わせて実態を踏まえて地方方言を許容する立場(日本はここ)、一応の標準語を定めて代表的な地方方言を整理する立場(中国など)がありますが、フランスはこの点について、先進国では極端なまでに厳しい立場です。フランスは国の地理性質上、他国語との混合方言が発生しやすい(ドイツ、イタリア、スペインが主だが、英語との混合言語もあり多種多様になる。また、ドイツ/英語とイタリア/スペインでは言語の種類も違うのでさらに複雑な問題になる)性質があります。
つまり、フランスにおいてはパリで話される標準語を明確に共通言語として制定し、それ以外の言語の「撲滅」を明確に行っていた時期があります。フランスは政府と大統領の2元制を取りますが、1970~90年代がまさにそれであり、各地の地方方言を全部排除する(テレビの内容にまで干渉したり、初等教育や幼稚園・保育園(←日本相当)にまで介入するなど)ような政策を2元制のもと、政府と大統領と協力して作り上げた過去があり、現在があります。現在でも一部の(道路標識などの)看板が政府によって黒塗りされるなどの実態があります。ここには少数言語とされるガスコーニュ語(上位にあたるオック語(に始まる多くの地方言語)が対象であり、その下位言語にあたるガスコーニュ語も対象になった)も含まれており、中には言語として話し手・読み手がほとんどいなくなった言語も存在します。
※ こうしたことは「フランスの言語政策」の問題で、ある程度外国事情にアンテナをはっていればわかります。
映画の中でちらっと一度だけ出てきて「翻訳もされない」、ガスコーニュ語(オック語の一種)の話もちょうどそれにあたるものであり、この映画は実際のフランス国内におけるそうした問題(方言排除問題しかり、性差別しかり多種多様で色々)を問題提起しているのでは、というのが多くの海外のレビューにあり、またそのことはある程度調べればわかります。
ただこのことはおよそもって一般知識とは言い難いし(ある程度知っている人はいる、程度か…)、この理解まで求めるのはちょっと無理ではなかろうか、というところです。
(減点なし/参考/日本とのかかわり)
日本では、外国語として言語を学習するにあたって書籍で学習するとしても、書籍として商用ですから「売れる売れない」ということはある程度意識されます。そのうえで日本においてこれら「外国語方言」に触れる機会があるのは、中国語(北京語→広東語ほか/ビジネスとの関係)、ブラジルポルトガル語(←愛知等に在住する当事者に接するために必要。イベリアポルトガル語(ポルトガルで話されるポルトガル語のこと)との比較。かなり異なる言語)の実質2パターンになるかな、といったところです。
(※) ただ、書籍化や、例えばNHKテレビ・ラジオ他で扱われないだけで、教育内容と日本の実態がずれている例としては、「韓国語」があります。書籍やテレビラジオの語学講座のそれは基本的に「ソウル標準語」ですが、いわゆるコリアタウンは、その成り立ち上、韓国南部の方言がベースになっているため、語彙にかなりの差があります(例えば「チヂミ」一つとっても「ソウルでは」通じない(実際には外国人観光客に配慮しているケースも多々見られる。実際には南部方言の扱い))
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(減点なし(?)/参考(考察不可能)/「「エミール」なんていう名前を付ける親をみてみたい」の趣旨の発言)
南仏に移動して学校(高校)に転入学して自己紹介のシーンで登場しますね。
この点、主人公(であろう)エミールは明らかに男の子であり、女の子に「見える」ような顔つきではありません。また、キリスト教文化が強い国(フランス含む)では、毎日、日ごとに(365通り、ということ)、「今日の聖人」というのが決まっており、それを参考に名づけをするのが一般的に行われており、この点は何を指しているか不明です(この点はかなり海外の評価サイトでも「趣旨がわからない」とされている部分)。
※ 「エミール」に対して女児名は「エミリア」など対応表のようなものがあり(「シャルル」に対しては「シャルロット」など)、この点での誤解も生じえないので、何を指しているか不明な部分です(この点はよく調べてもわからず。なお、フランスにもいわゆる「子供の名前ランキング」みたいなものはありますが、「エミール」は288位(全体母数不明。なお、女児名「エミリア」は2位/海外フランスの2022年データより)。
鳥人間の悲哀
水島努監督の推薦コメントで作品を知り鑑賞。
獣化していく様、差別、迫害され狩られるのが哀しい。
得体のしれなさは多様性の受容の大きな壁だろうと改めて感じた。
手塚治虫さんのきりひと讃歌や火の鳥太陽編を思い起こした。
鳥人間フィクスとエミール、飛翔までは妙にシュールで可笑しみもあるけど、交流もその後も哀しい。
親父さんや彼女も、エミールも幸せでいてほしい。
(町を)とびだせどうぶつの森
人が動物になってしまう謎の奇病にかかった少年の病状進行度に応じた視点の変化を見せるストーリーだったと思う。
完全にモンスターパニック映画のような導入部であったが、少年の病状が発覚した後に鳥人間になった患者と森で遭遇し、中盤から終盤に差し掛かる頃には患者を見る視点が気味の悪いモンスターから自然に帰ろうとしている野生動物のようになり、見方が完全に変化していたのを自覚できる。
少年の幸せを願って最後に森へ送り出した父親の心情を考えるととても悲しくもありながら自由を感じる展開で楽しかった。
個人的には結構オススメできる作品だが、奇病について何故発生したのか?解決策は見つかったのか?といった原因究明は一切触れられないため、モンスターパニックを解決するような作品を鑑賞しにいくとガッカリするかも。
家族が病気になり葛藤する父親の心情や、患者として段々と考えに変化が起こり同類との出会いを含めたストーリーは一見の価値があるため鑑賞をオススメしたい。
いい顔だ
運良く試写会に当選し、鑑賞してきました🎬
人間が動物になるという、奇病が流行り始めたフランスが舞台🤔
主人公フランソワを演じるのはロマン・デュリス🙂
タバコをよく吸い、息子エミールにも命令口調が多い彼。
一見横柄にも思えますが、家族を思う気持ちは本物です😀
中盤過ぎてからは、エミールの現実に向き合わざるを得なくなる彼ですが…。
悩める父であり夫でありながら希望は決して失わない、そんな男をロマン・デュリスが力強く表現します💪
フランソワの息子エミールを演じるのはポール・キルシェ🙂
高校生ぐらいだと思いますが、反抗期というかあまり父親に従わない彼。
しかし自分の体が変化していく現実に直面します。
一方で年頃の学生生活もしながら暮らす彼を、表情豊かに、かつ繊細に演じたポールは素晴らしいですね🙂
親子に協力的な憲兵隊の曹長ジュリア役で、アデル・エグザルコプロスも出演🙂
「アデル、ブルーは熱い色」で高校生役を演じた彼女も、曹長役をやるようになりました🤔
ある程度雰囲気は出てましたが、彼女は基本顔立ちが可愛いですからね😀
月日が経つのは早いです。
上映後のトークショーで映画ライターの高橋諭治氏も言ってましたが、ホラー要素もありつつヒューマンドラマやサスペンスも盛り込まれた、かつそれぞれがちゃんと成立した完成度の高い作品でした🙂
また、上映終了後に拍手が起こったのも嬉しかったです😁
気になる方は、是非お近くの映画館をチェックしてみてはいかがでしょうか❓
11月8日公開です❗
偏見という心が病んでいない人限定... なんちゃってフランスSci-Fi映画
"Mutation gives a life expanding experience"
In the Italian study, the mutant mice were far
more resistant to the harmful effects of oxidative
damage caused by hydrogen peroxide and UN light
than mice with the non-mutant genes.
よく知られているのは、人は生きるのに酸素が必要であると... でも過剰になれば体内では悪さをし、細胞を傷つける。よって老化の原因となるp66shc遺伝子欠損のマウスでは、酸化ストレスを介したアポトーシスが抑制され、寿命が約30%延長されることが報告されている。オーストラリア放送局(Australian Broadcasting Corporation)が提供する科学に関する情報やコンテンツABC Science による1999年の発表より(※大部分を割愛しています。意味が分からないままの受け売りです。失礼)
ある日本のアニメーターは、仮に人類が永遠の命を得るならば、自らの体を変形しなければ、今の弱い肉体では実行できない。また、ある有名な作品での次元を超えた未来の人類の姿は、その劣悪なディストピアの環境とそれに打ち勝った獰猛で人類が長年積み上げてきた英知をも越えた力を自然から授かった天敵から身を守るために未来の我々の仲間は、おぞましい姿であり醜悪そのものの変態:ミュータントとならなければなくなる。だから外見に左右される皆様は、おぞましく思われ、その結果、望みのない暗い映画と本作『Le règne animal』を感じてしまうかも!? (映画解説では原題が英語となってるけどフラ語ですけど... 何か?)
むかし、昔...
そのむかし、「ギリシャのイカロスは・・・」で始まる♪勇気一つを友にして という歌があった。その神話の主人公であるイカロスは、また別の顔を持っていた。それは、テクノロジーを批判するアンチテーゼとして... その共時性こそ
野球の聖地でありプロ野球球団のフランチャイズでもある球場の信号を渡った目の前に動物園があった。そこでは、レオポンという名の、しかもその獣を紹介するのに "珍獣" を頭につけていた。
おもしろ、おかしく、作られた彼らは皆、幸いにして子供を残す繁殖能力はなかった。
動物たちも我々の仲間と知らない蒙昧な東の尻尾を無くしたエイプが世界中に赤っ恥をさらしている。
ところで
survivor(s) と creature(s) と creep(s) 彼らを呼ぶときの差別的なんちゃって三段活用なんてね?
映画の冒頭で父親のフランソワの妻を映す時に目のあたりしか出さなかったことから、何故か?東宝の古典的Sci-Fiカルト映画『マタンゴ』の青年・村井研二を演じた久保昭さんのもったいぶったラストのシーンとダブらせていた。どうも個人的な事で
ミュータントをおためごかしのように描くハリウッドとは異なり、本作に関しては、フランスの成熟したギミックと造形物が限りなく深く描かれた神秘的雰囲気のある緑の森の中で、そして若き肉体に宿り始めたミュータントの異形... それが彼の心の優しさと肉体の美しさとが一瞬でもマッチした時、この映画の素晴らしさを垣間見ることができるかもしれない。
最初は行方不明になった妻を探す父親の話と思っていると、そうではなくて息子エミールの青春物語というか、変身することが第三次性徴と捉えれば、そんな事なのかと思ってもしまう。
全体を通しては、言い方としては稚拙で適してはいないかもしれないけれどありふれた終わり方が象徴している作品と個人的には思っている。というのは...
数多くの人間変態と自然との共存共栄を描いた過去のフィルムに対して、その終わり方の共時性が意味するところの同じでは、面白さやヒトヒネリの無さから映画とボックスオフィスとの共存共栄は見込めないのかもしれない。
※余談として
息子エミールが初めて友人となったミュータントの青年が、前にも語ったようにイカロスさんだったけれどイカロス繋がりで一言...
神話のイカロスは父親の忠告を無視して太陽に近づき過ぎて蜜蝋でできた翼が溶けて墜落したというのは有名な話で... ところがもう一つ父親が忠告していたことがあったけど、それが本作では飛ぶ練習の場となっていたので... 「あれってか?」
あたしも早朝から "sup" に乗ろうとしてポチャリかな?意味不明なので失礼します。
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