「フランス版デビルマン」動物界 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
フランス版デビルマン
これは新たなる進化の幕開けなのか。人と獣との境界線が失われるときそこにもたらされるのは黙示録に記された最終戦争なのか。
まさに本作の世界観は永井豪原作のデビルマンを彷彿とさせる。かの作品について永井氏は悪魔と人類との戦いを描いたこの物語は当時冷戦下のソ連とアメリカという二大大国による最終戦争により人類滅亡がもたらされるというまさに黙示録を描いた作品であると自身で評している。
本作はそのデビルマンを現代版にアップデートさせた作品と言える。ソ連が崩壊し冷戦は終結したが、いま世界はテロの脅威におびえる。西側諸国による抑圧により過激化した者たちによるテロ。テロリストは国内のどこに潜んでるかもわからない。
どこで突然自爆テロが起きるかもしれない恐怖。コロナ禍のパンデミックのように誰が感染者かもしれず知らぬ間に感染拡大するような恐怖に対して人々は互いに疑心暗鬼に陥る。
二大大国による全面戦争への不安はなくなったが新たなる戦いであるテロとの戦いはいわば人間の心の中に潜む偏見や憎悪との戦いともいえる。デビルマンが人間の中の悪魔を描いたように本作は人間の中に潜む他者への偏見や憎悪を描く。
人間の中に潜むデーモンをさながら魔女狩りのように探し出しては虐殺した人類はやがて互いを殺し合いそして滅んでいく。そんなデビルマン同様本作は黙示録を暗示させる。
突然変異により獣人化する新生物は人類の中に潜在的に存在するため人々は誰が突然新生物になるか予測がつかない。身近な人や愛する家族がいつそうなってもおかしくはない。
これは国内で宗教的思想の影響を受けて過激化してしまうホームグロウン・テロリストやコロナ感染者にも似ている。
人々は新生物が未知の存在であり原因もわからないためその姿にただ恐れを抱く。無知や無理解からの恐怖、憎悪が排外を生むのはまさに今の世界の姿そのものと言える。
コロナ禍での不安や恐怖がアジアンヘイトを引き起こしたり、テロへの恐怖からムスリムや中東にルーツを持つ者たちへのヘイトクライムに結びついたり、性的マイノリティへの差別など。他者への憎悪が新たな憎悪を生み出しそれがテロの脅威へとつながってゆく。
主人公のエミールはまさに悪魔の力を手に入れた不動明、その恋人ニナは美樹。エミールが獣人化により苦悩する姿はまさに人間とデーモンとのはざまで葛藤する不動明の姿そのものだ。
自分の母の存在を奪った新生物、その忌み嫌うはずだった新生物に自身もなりつつある。その絶望感や恐怖、どうすることもできない状況を受け入れざるを得ない彼の心情を繊細な演技で見せたポール・キルシェが素晴らしい。
彼は隔離施設から脱走してきた鳥獣人のフィックスと出会い交流を重ねて彼らへの理解を深めてゆく。そして次第に自分自身の運命を受け入れてゆく。
また父親役のロマン・デュリスも獣人化した妻を最後まで愛し続け、また息子さえも獣人化してしまうというつらい宿命に立ち向かう頼もしい役どころを演じた。息子の獣人化を知り共に乗り越えようとするその姿は自分の子からLGBTの告白をされ苦悩しながらも息子を受け入れようとする父親像とも被る。
ラスト、支配に対する反抗を表すかのようにポテトチップスを思い切り頬張り、息子に「生きろ」とだけ告げて追われる息子を森に逃がす父の姿に心を打たれた。
本作は是非ともシリーズ化して欲しい。人類により追いやられた新生物たちが己の生存をかけて人類と対峙してゆく、そしてその新生物と人類とのはざまで揺れ動くエミールの姿を通して人間の存在を問う作品に仕上がると思う。
他者への無理解、偏見や憎悪から常に争いが絶えない人類の姿を本作を通して見事なエンターテイメントに仕上げられると期待する。
ちなみに新生物になるとしたらどんな動物がいいかな、やはり鳥かな、蛸は嫌だな。深海にひっそりと暮らす貝もいいな、そうだ、貝だ、私は貝になりたい。