「親子関係よりも優先するものを持っている鮫島は、太一に何を期待するのだろうか」明日を綴る写真館 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
親子関係よりも優先するものを持っている鮫島は、太一に何を期待するのだろうか
2024.6.8 MOVIX京都
2024年の日本映画(104分、G)
原作はあるた梨沙の同名小説(KADOKAWA)
若手の天才写真家がある写真に感銘を受けて弟子入りする様子を描いたヒューマンドラマ
監督は秋山純
脚本は中井由梨子
物語の舞台は愛知県岡崎市
新進気鋭の写真家・五十嵐太一(佐野晶哉、幼少期:石塚陸翔、少年期:山城琉飛)は、コンテストでグランプリ3連覇を達成するものの、どこか満たされない気持ちを抱えたまま日々を過ごしていた
太一は、三連覇を達成したコンテストの佳作作品に心を奪われていて、それは街の寂れた写真館の主人が撮ったものだった
彼はその人物に会おうと写真館を訪れ、そこで鮫島武治(平泉成、若年期:米加田樹)に出会う
彼は、写真のモデルは近くのスイーツ店の娘・景子(咲貴)だと言う
景子は父(田中健)の背中を見て育ち、その写真は、彼女の初出勤の時の接客風景を撮ったものだった
太一は、鮫島の写真から「音が聞こえる」と言い、それは楽曲となって、頭の中を巡るという
かつて、少年時代に見た写真からもそれが聞こえていて、それ以来の衝撃だった
少年時代の写真は、大きな桜の木の下に女性が立っているというものだったが、誰がどこで撮ったものかもわからず、ただ少年時代に強い衝撃を受けたことだけを憶えていた
映画は、平泉成の初主演作ということだが、実質的には太一の物語である
なので、ダブル主演という感じになっていて、息子が別の道に行って寂しい想いをしている鮫島と、父親に愛された記憶が少ない太一が、擬似的な親子関係に近づいていく様を描いていく
太一が写真の世界に入ったのは、父(高橋克典)の影響だが、そこからの彼はぼっち生活を続けていて、母(黒木瞳)とも疎遠の状態になっていた
だが、写真家として大成していること、インスタが話題になっていることなどの影響で、太一は母親と一緒に仕事をすることになるのである
物語としてはベタな展開で、こだわりの写真も想定内に近い印象
母との確執の理由はわからないし、父親が出て行った経緯も「色々あって」でまとめられていたりする
高校時代にあれだけのコミュ障だったのに、心を許せるマネージャー(田中洸希)がいる理由もわからず、彼はかなり物分かりの良い人間で、太一がしたいことを理解して、あっさりと東京に戻ったりする
彼自身も生活に困ると思うのだが、そのあたりのリアルな部分はかなり端折られていて、どのような関係性だったのかもよくわからなかった
なんだかんだ言いながら太一の面倒を見ていく鮫島は、写真に対する哲学を披露していくのだが、いささか喋りすぎの印象は否めない
太一が写真を通じて学ぶというところはなく、全部を鮫島が言葉で伝えていく流れになっているので、文字や音声を使わずに会話する写真の醍醐味からは逸れてしまっているように思う
技術云々の話ではなく、心構えであるとか、写真に写り込むのは自分自身であるなどの哲学的な話はあるのだが、それを見た人の感性が何なのかは描かれない
太一は音の鳴る写真を撮りたいと言うが、写真家と写真を見る人では向き合う姿勢そのものが違う
写真家の思惑が写真に宿って、それを見た人が自分の歴史の中にある音を再確認する
この心のキャッチボールというものが「ある写真」を通じて行われているので、そこを明確に伝えられていないのは微妙かなあと思った
いずれにせよ、親子関係に悩んでいた鮫島は、父の仕事を継いだ娘との関係に憧れていた
あの写真に写り込んだ鮫島というものは、息子と分かり合えないもの悲しさのようなものだったと思う
その写真を見た太一も、親子関係に悩んで憧憬を抱いている鮫島と同化しているという構図があるので、あの写真について二人がもっと会話を重ねる必要があったように思える
最終的に、太一は鮫島の跡を継ぐという流れになっていたが、渇望する親子関係を共通認識として持ってこそ意味のあるものだろう
映画は、「鮫島夫妻の心残り」で締め括っているのだが、このシークエンスで描かれるのは「夫婦の絆」のことなので、太一がインスピレーションを受けてきた「親子の絆」とはズレている
わだかまりが消えた息子夫婦(嘉島陸&林田岬優)を撮った鮫島の写真からも同じ音が聞こえた、というエピソードがあれば、太一は音の正体に気づけたと思う
そして、その式の後にサプライズとして、鮫島夫妻の結婚式を行うことで、全てが丸く収まったのではないだろうか