「自分の記憶にしっかりと刻みつけておきたい作品」港に灯がともる Tofuさんの映画レビュー(感想・評価)
自分の記憶にしっかりと刻みつけておきたい作品
阪神淡路震災からちょうど30年目に当たる日に鑑賞。
2020年にNHKで放映された『心の傷を癒すということ』等の演出を手がけた安達もじり監督・脚本の作品。
舞台の中心は神戸の長田区。阪神淡路大震災の翌月に神戸で生まれた灯(あかり)は在日コリアン3世で、震災から20年の節目の年に成人式を迎えていた。晴れがましいはずの日だったが、姉が帰化の話を持ち出してきて父とぶつかり、母は別居の話を出してきて最悪の状況になる。自分ではほとんど意識すらしてこなかった出自の問題や親から何度となく聞かされる震災の悲劇と苦労の話に板挟みになった灯は、やがて精神のバランスを崩してしまい……。
商店街の天井にできた亀裂と家族の間にできた亀裂に象徴される、「街の崩壊と再生」と「人の心の崩壊と治癒」の対比が描かれ、震災そのものというより、震災がその後の人々に与え続ける影響こそが悲劇なのだということを突きつけてくる。さらに、そこで自分自身の存在、家族の存在、コミュニティの存在とは?と問いかけてくる。
震災だけではなく、戦争などでも同様だと思われるが、街への影響より人への影響はずっと長く、世代を超えて続いていく。この物語も東日本大震災やコロナ禍、そしてウクライナ侵攻といったほぼ今日の状況まで続いていく。その中で主人公の灯が見つけ出した心が落ち着ける場所が、長田区に実際に存在する丸五市場。さまざまなバックグラウンドを持った人が集うサラダボウル(あるいはモザイク)にような場所だ。
深い人間関係を煩わしく思う人が増え、人間関係の希薄化が進行し、また自国(自己)中心主義が世界中で蔓延する中で、国籍や人種を超えた共生と人のつながりこそが弱った心を癒やしてくれる唯一の望みの綱なのではないだろうか?
過去の歴史を語り継いでいくことの大切さは言を俟たないが、一方で、そこに囚われすぎて抜け出せないと悲劇を引きずることになる。何も知らない新しい世代が新たなスタートを切ることも場合によっては大切なことであるのかも知れない…… とか思いつつ、ここで描かれるているような人々の姿は、やはり自分の記憶にしっかりと刻みつけておきたいと感じずにはいられない。