「虚はいずれ実となる」八犬伝 サプライズさんの映画レビュー(感想・評価)
虚はいずれ実となる
試写会にて。
開映前に本屋に立ち寄り、メディア化コーナーにあった「八犬伝」を手に取ったのだが、そこには著者が山田風太郎とあり、無知な自分は疑問が浮かんだ。あれ、滝沢馬琴ではないのか?この作品を見たいと思っている多くの人は承知の事だとは思うが、滝沢馬琴は「南総里見八犬伝」の著者であり、本作の原作にあたる「八犬伝」とは、その「南総里見八犬伝」を作った滝沢馬琴という人物にスポットが当たった、山田風太郎執筆の物語。少しややこしいが、主人公はあくまで滝沢であり、八犬伝そのものはあまり深く掘り下げられていない。「南総里見八犬伝」の実写映画化では無いということは、頭に入れておく必要がある。
それをなぜわざわざこの場で強調したのかと言うと、28年の時を経て完成した作品の魅力が、当たり前ではあるが映画の尺では十分に伝えきれていないと感じたから。そもそも、山田風太郎の「八犬伝」はどのように描かれているのか分からないが、本作の原作なのだから、現実パート、八犬士パートを行き来する構成は同じはず。
そう考えると、山田風太郎自身もこの作品だけで滝沢馬琴の八犬伝を知ってもらおうとは到底思っておらず、自分の書いた滝沢主人公の物語を読んで、少しでも「南総里見八犬伝」を知って欲しいという思いで執筆したのだろう。となると、本作の目的は滝沢馬琴という人物の作品であり、ここで興味を持った人はぜひ、日本文学史に残るその名作を手に取ってね、とそういう意味合いを持った映画なのだろう。
うだうだと語ってきたが、結局のところどうだったかと言うと、ちゃんと面白くて見応えたっぷりの作品だった。ただそれは八犬士の物語としてではなく、それを書いた滝沢馬琴の伝記ものとして。前述の通り、この作品だけでは八犬士の物語は掴めなかった。それでも伝記映画という見方をすれば素晴らしいものだった。
役所広司が演じたのも大きいが、これほどまでに歴史上の偉人を魅力的に写す映画は、そう多くない。柳楽優弥が主演の「HOKUSAI」よりも、葛飾北斎という人間の面白さが内野聖陽の手によって引き出されており、両者の関係性もまた見もの。2人の演技に対するストイックさに、今日もまた感服致しました。
とにかく現代パートに安定感があり、近年の邦画にしてはかなり長尺の作品にも関わらず、あっという間に感じてしまうほど没入出来た。八犬士の物語にはあまり入り込めなかったし、かなり省かれて説明されているんだろうなと感じざるを得なかったけど、ここまでのボリュームを1本の映画に少し粗くもまとめたのは凄まじい。映画を見てここまで見応えを感じたのは久々。それだけ本気が伝わってくるし、「八犬伝」を世に知れ渡らせたいという熱い思いが映画にこもっていた。その愛を受け取ることが出来たというだけでも、この映画が作られた意味があるなと思える。
少し駆け足な展開で描ききれていない部分も多くあると思うけど、満足度はかなり高かった。重鎮と若手のバランスの良さ、演出力の高さ、構成の巧妙さ。実写映画化はかなり難しい作品だったと思うけど、よくここまで出来たな〜と感じる。
役所広司、内野聖陽、寺島しのぶ、磯村勇斗、黒木華が好演なのは言わずもがなだけど、中でも一際輝いていたのは八犬伝の一人・犬坂を演じた板垣李光人。あまりに顔立ちが美しいから、登場シーンはホンモノの踊り子かと思った。惚れちゃう。超キレイ...。八犬士パートに出演する役者の登場シーンはかなり少ないけど、皆それぞれ爪痕を残していて、俳優目当ての鑑賞にもってこいの映画かも。時代劇はあまり得意じゃないんだ!という人も、この機会にぜひ。公開日は10月25日です!