国宝のレビュー・感想・評価
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苦悩、葛藤を乗り越えた芸術作品
歌舞伎界で生きていく役者達のお話。
歌舞伎は10年以上前若い頃に何度か鑑賞したくらい。
嗜みもわからず、話の流れのみなんとなく頭に入っている程度の知識で、原作も読まず伺いました。
吉沢亮くん、横浜流星くん。とてもかっこいいですが、しっかり演技を観たことが無く。
可愛いキラキラした恋愛ドラマによく出てる様な勝手な印象を持っていたので、失礼ながらそこまで期待をしていませんでしたが、本当に2人とも息を呑む圧巻の演技でした。
元から美しい顔立ちの2人が女型をされると、ドアップでも芸術作品のようです。
歌舞伎を完璧に演じる事は難しくても、佇まいや振る舞いも短時間で身につけたものの様には見えませんし、喜久雄と俊介を演じているのだと思うと世界観にすんなり入り込めました。
お互いに挫折し憎み合ってもおかしくない数々のドラマがあったものの、寄り添い再び共演した時は涙が出ました。
若い時の喜久雄を演じる黒川君や、おかみさんの寺島しのぶさんも素晴らしかったです。
原作は上下巻ある長い作品ですから所々端折られており、高畑充希ちゃんの役が私的には理解できませんでした。
ですがそれを踏まえても、映画館で是非鑑賞していただきたい素晴らしい作品です。
料金が安い日に鑑賞しましたが、2000円払えば良かったと後悔しています。
才能の見返りは……
衝撃的な入り口から始まってちょっと面食らいました。
ヤクザや入れ墨やらがでてくるのが苦手なので、ちょっと個人的には苦しかったです。
…しかし周りの人たち、自分が窮地に陥ったら(嫌なことがあったら)すべて喜久雄のせいなんかい!
喜久雄は周りに流されてただけなんじゃないのかい!才能があっただけなのに!
理不尽だわ。
才能があったらそれ以外は手にしちゃいけない法則でもあるんかい。
俊ちゃんだけ得してずるい!って思いました。
印象に残ったのは、曽根崎心中を喜久雄がやる場面。
「俊ちゃんの血が欲しい」と緊張で震えながら気持ちを吐露するところ、すごかった。
その後、曽根崎心中の演目中に、俊介が劇場をあとにする所。
一緒に苦しくなってしまいました。
迫真の演技ってこういうことなんだなと納得。
ストーリーのメインである歌舞伎の演目については、とっても有名どころで素人の私でも知ってるものでした。
知らなくてもなんとなくわかる感じで、これを機に歌舞伎を見たいと思う初心者もでてくるかもしれないですね。
あとは…やっぱり原作読んでいくんだったなと反省しました。
内容知ってたらもっとストーリーにぐっと感情移入できたかも。
お隣の席の方泣いてましたけど、私はそこまででもなかったです。
娘。
原作を読んでいないので、自分なりの補完としてこうだったら凄いと思う想像での解釈です。
映画として、解釈の余白を残してくれたものとして書かせていただきます。
父親に捨てられたと、憎しみで生きていたものの、その芸には感動せざるを得ず、その父と直接会話をする日を夢見てカメラマンの道を選び、やっと対面した父にその積年の複雑な感情を伝える事が出来たのだと思い、僕の心のダムは決壊しました。
芸の道、表現者の道はただただ厳しく、果てしない道。
実父の仇を討てなかったものの、芸で仇を討つという一心だけでひたすら前に進む。
その時々に手を差し伸べてくる女性には甘え、その人生を吸い尽くし、また前に進む。
芸とは命を削るもの、自分の生き様を表現するものだと思っている自分にはすんなりと入ってきた上に、普段は見ない角度からの歌舞伎。
演者としての世界を素晴らしい演技と、カメラワークで魅せてくれる。何より、編集が素晴らしい。
静と動。溜め。呼吸。丁寧な編集でのモンタージュ。
小説の世界を丁寧に紡ぎ、映画の中で1人の人生を描ききっている。
映画としてのあるべき形が詰まっていて、後半の三味線をリズムにオーケストラを重ねる粋な劇伴で感情が一気に溢れてくる。
僕は監督の過去作の「怒り」が好きで、あの時感じた映画作品としての巧さが成熟して奇跡とも言える形になったのだと思っている。
6/11追記
最後の舞台へ赴くシーンで、過去の大道具が映される事で、主人公の過去が緩やかにフラッシュバックするシーンは流石だと思いました。
大釣鐘、藤棚…
細かい所に添えられた美しい演出の余韻は忘れられません。
p.s.
昔付き合っていた女性に、貴方と似てるから観て感想を聞かせて、というのが今回観るきっかけ。
その女性と、その娘さんの3人で今度歌舞伎を観に行くことになりました。
人生って不思議なものですね。
壮絶な芸への想い
見るにも痛々しいほどの芸事の世界。
養子の立場で実子を差し置いて舞台に立つ時に、プレッシャーで震えが止まらず、歌舞伎役者の息子の血を飲みたいと言わせるほどの切迫。そして義父から「血を分けた親がいなければ、首がないのも同じ」といわれ、それでもその世界で生きる主人公。美しい、雅な歌舞伎の世界の映画と思って観にいきましたが、壮絶としかいえないくらいの苦しみをみました。
主役のお二人の周りを固める俳優の方々の抑制された存在感も素晴らしいとおもいました。
そして冒頭の雪の長崎のシーンは息を呑むほど美しいです。
吉沢亮見よ♬というノリで観て後悔
あまり映画が好きではありません(長いのと感情移入して疲弊するので)しかし文学部出身ということもあり歌舞伎に興味があったのと吉沢亮さんに興味があったので軽いノリで観に行きました。
吉沢亮さんと横浜流星さんの切磋琢磨バッテリー的な物語を想像してはいけません。俳優の本気、美の暴力、めくるめく鬱展開、心を抉られる作品でした。映画館の粋という最上の音響で拝見したので、もうすごかったです。とくに渡辺謙さんが逃亡した息子の名前を連呼しながら倒れるシーンでもうあぁ………(絶句)すごい映画だなぁ…………でした。
めちゃくちゃ疲れました。ちょっと良いことが起こらなすぎるので腹括って観ないといけないという事でマイナス0.5しましたが、映像作品としてとても素晴らしかったです。
うつくしさよりも生々しさが印象的
原作未読、歌舞伎はハマるの怖くて敬遠、だけどべらぼうの横浜流星さんと、PICUの吉沢亮さんのとりあわせに惹かれて鑑賞しました。
公開後初の土曜日朝一の上映回で、150席のシアターがほぼ満席。老若男女、偏りなく来てはる感じでした。
・ほぼ3時間な上映時間はやはり長い…久々に映画で腰が痛くなりました。
それでも尺が足りない大河ドラマなので眠くはなりませんでしたが、原作を端折ってるんだろうなーって脚本の飛躍具合にはところどころ混乱しちゃいました。
・子役で演じる時代の描写が長くて意外に思いましたが、「怪物」が大好きなので、黒川くんの活躍には、おお…!と内心で拍手喝采でした。
・吉沢さんのお顔はひたすら整ってる感がつよいので、黒川くんが育って吉沢さん、ってのがあまりしっくり来てなかったのが、どさ回り時代の喜久雄が屋上で酒瓶呷って踊るあの場面で、急にすとんと腑におちました。幼いころの面影が…!って。
・一番印象的だったのは、紆余曲折を経てからの二人道成寺。
二人揃って一度どん底を味わってからの、蓮の花みたいに絢爛で華やかな舞台が眩しくて。なのに引き映像での美しさよりも、多用される役者のアップでお白粉や口紅の下のなまなましさの方が前面に出てくるところの業の深さというか。
・自身の嗜好的には、悪魔に魂を売って芸を極めていく喜久雄に、名跡も家族も何もかもを奪われていく感のある俊介の悲哀の方がぐっときてしまったのですが。
御曹司のぼんぼんで周囲には愛されていて、それでも本物の役者になりたいと足掻いてしまって、一つの境地に辿りついたかと思ったら舞台に立つための脚も命も奪われていくのほんと残酷で。
横浜さんがインタビューとかでお話になってる重心の高さ、ノーブルな人品のよさが出ていて改めていい役者さんだなあ、と思いましたのこと。
・役者さんでいうと三上愛さん演じる芸妓・藤駒のうつくしさと業がツボ。高畑充希さん演じる春江との関係が昨年の大河での定子と彰子の関係も彷彿とさせられてしまいました。
・総じて、役者のみなさんの演技や衣装やセット、画面のうつくしさや生々しさが興味深かったですが、主題というかストーリー展開には???が多かったので、原作読んでみようかな、と思いました。
圧倒的な表現力に心が動く
原作は未読です。
上映時間が3時間近くあるので、どうなるかと思いましたが、長さを全然感じさせないほど、素晴らしい映画でした✨
ボキャブラリーが乏しい私なので、どう表現していいのかわからないけれど、心をギュッと鷲掴みされてしまうほど、出演者の表現力に圧倒されてしまいました。
特に、喜久雄役の吉沢亮と、俊介役の横浜流星がそれぞれ演じた「曽根崎心中」のお初は、瞬きや息をするのを忘れてしまうほど凄かったです。
舞台の中に引きずり込まれる感覚でした。
文字では伝えてられないです。
ぜひぜひ映画を観て欲しいです😊
歌舞伎役者の血を継ぎ、将来を約束された俊介と、孤独で芸事を極めることでしか、上を目指せない喜久雄。
ふたりの違った苦しみと絶望感、また演じる充実感や幸福感を見事に表現しています。
本当に「手招きして、見たことのない世界へ連れて行ってくれる」そんな感覚でした。
この2人はこんなに凄い演技をする人だったの?
って失礼ながら思ってしまいました。
任侠一家の息子が、歌舞伎の世界の頂点に立つという設定は、無理があるとは思いますが、そこは小説なので(笑)
私は歌舞伎は一度も観たことがないので、演目については良くわかりませんが、「曽根崎心中」の他にも色々な演目が出てくるので、歌舞伎を知ってる方は、より楽しめるのではないでしょうか。
演目どれも素晴らしいので、俳優さんの努力が感じられます。稽古に1年半かけたそうです。
やはり俳優さんは凄いですね。
真似できないです。
映画の中で命を削ってまで、歌舞伎に人生を捧げる人たち、映画にかける俳優さんと重なって見えました。
半二郎や俊介、そして喜久雄、ここまで自分の全てをひとつのモノにかける生き方は、私には到底できないです。
女優さんたちも、皆さん素敵でした。
寺島しのぶは、さすが梨園で育った方ですね。
観て良かったと思える映画でした。
壮絶な人生を乗り越えて、頂点に立った時、
喜久雄はどんな景色を見たのでしょう。
やり切った先に見えるもの
噂の「国宝」をようやく鑑賞。
気になったセリフは「悪魔との取引き」。どの世界でもトップに登りつめるには周りを蹴落とし、全てを犠牲にすることがあるということか。そしてそれを嫉ましく思う人もあれば、崇める人も。
また結果だけを見て、順風満帆の人生ですねという人も。もちろん波乱と苦悩の人生だったのに。
そんな国宝が最後に追い求めて最後に呟いた、もう一つの気になったセリフが「綺麗だな…」。その意味はよく分からなかったが、その景色は、初演の時と同じ景色だったと思う。やり切った先に見えるものは一体何なのか?
とんでもない作品でした
かなりよかった…!!
覚えてるところ書きなぐり
序盤の殴り込み(?)からの父が命を断つシーン。
2人が仲良く切磋琢磨する場面。
歌舞伎というメジャーではないものを、一緒に同じ熱量で同じように頑張れる相手がいるって良いモチベーションになる。お互い普通に楽しかったと思う。
この頃がもしかしたらお互い幸せだったのかもね。
高畑充希は吉沢亮と自分は釣り合わない、自分が足かせになる、とかそういうこと?
横浜流星と高畑充希は、吉沢亮という人間に対しての劣等感?的なところで意気投合してしまったのかなと。
ドサ周りで女と間違われてオカマと罵られボロボロになりつつも踊る屋上のシーンはきつかったなあ。
これだけのことがあっても自分には踊るしかない。
横浜流星の足が糖尿病で侵されてるとわかるシーンね。
これが2人で立つ最後の舞台かもしれない。とか考えながらやってたのかな。
吉沢亮も横浜流星もどちらもすごい歌舞伎でした。
特に横浜流星は顔だけと思っていた時期もありますが本当すまん。とんでもない役者ですわ。
才能か、血筋か。
才能ある者は血筋で悩み、血筋の者は才能で悩み。
けどどちらかというと血筋で選んだほうが安牌やん。
才能だけでどうにかなるような世界じゃないイメージやん歌舞伎って。
才能で選んだ方が、どちらも苦しむことわかりそうなのに。
挙げ句の果て、今際の際に呼ぶ名は実の息子で。
吉沢亮可哀想すぎますやん…。
歌舞伎初見にも分かりやすい演目で、この演目なら歌舞伎見てみたいと思うくらいおもしろかった。
話は重ためで心にグサグサくる。
しかし全体的に綺麗に目に映った。
色彩のせいなのか、シーンの一コマ一コマが綺麗に思えた。
コントラスト?パキッとしてる?感じ。
父が雪の中倒れるシーンや、吉沢亮が屋上で踊るシーンが特に印象的。
かなりおもしろかった。
邦画の歴史に名が残ってほしい作品でした。
25.6.13 映画館
モノを食ってる場合じゃない
歌舞伎役者。芸の道。男が演じる女の美。
板の上の世界に取り憑かれた人物の人生を描いた3時間の重厚な物語です。
高みに登る。名声を得る。泥水を啜り地べたを這いつくばる。この世に唾を吐きかけられる。
憧憬も畏怖も絆も嫉妬も全てがメチャクチャに混ぜ合わされて、狂気の道を彩っている。
苦しくて仕方がなくとも、進んだ先に穏やかな幸福が欠片も見当たらずとも、這いつくばってでも前に進もうとしてしまう。
こんな感じの内容なので鑑賞後に希望や爽快感を得るような内容ではないのですよね。余韻を長く残す映画を観て、その後の数日間は浸っていたい人にお勧めです。
星0.5ぶん減らしたのはやや消化不良気味の部分や説明不足に思える箇所があったため。無駄なシーンなど一つもなく、これだけの内容を3時間に納めただけでも素晴らしいので、これ以上の理解を深めたいならば原作小説を買って読んだ方が良さそうですが。
この映画の鑑賞後に、喜久雄に贈る言葉があるとするならばどんな言葉があるのか様々な人々に聞いてみたいですね。賞賛するのか、励ますのか、罵るのか、口を噤むのか。
あとポップコーンを買って、食べ切れた人がいるかどうかも聞きたい。
素晴らしかった!
ここ数年、下手したら数十年の映画の頂点が決定してしまった。
他の人のレビューを読みふけりました。
読むにつれ「確かにそうかも」「そのほうが良かったかも」「あのシーンは要らなかったかも」とも思いましたが、そういうのはあくまで「他の人が感じたこと」
自分が、緊張で胃が痛くなり、自分の腕を鷲掴みながら観て泣きすぎて頭が痛くなった事がすべて!
エンドロールが流れる間ずっと泣き続け、劇場を後にしてからも涙が止まらなかった映画ははじめてでした。
自分の感じたままで良い!
是非劇場で観てもらいたい作品!
数日経ってもフラッシュバックのように思い出します。
喜久雄の美しさもそうなのですが、俊介の優しさ。
「人の家に上がり込みすべて奪っていくなんて泥棒やないか!」それが本心でしょう。
でも、「芸があるやないか」と化粧を手伝ってあげる。
雨の中春江を訪ねても何もせずに帰る。
血があるから泰平なわけではない。
俊介ももがき苦しみながら芸の道にまい進する。
そんな俊介も亡くなり、時を経てひとりぼっち(国宝)になって立つ舞台の景色、それが美しかった。
鷺娘を舞う姿を観て「あぁ、私は花井半次郎を愛している」という感情が湧きました。
秀逸な作品
本作品の魅力は大きく三つに集約される
1. キャスティング
①寺島しのぶ:
この役にはまさにこの人しかいないという存在感を放っている。
どこまでが演技なのかまたは、私情なのか分からなくなるほどです。
キャスティングした方のセンスが際立ち、彼女を選んだことに深い感銘を受けました。
②三浦貴大:
本作品のために肉体改造を行った様子。
主人公との出会いは最悪で最終的には彼の予言通りになった。
しかし、最後まで主人公に寄り添う姿勢に深い感銘を受けた。
③森七菜
一皮も二皮も向けた印象を受ける。
笑顔のないシリアスな表情を通じて、内面が見えるよう。
今後の、作品の幅に期待できる。
2.時代背景とディテールの美しさ
歌舞伎座の非常口の照明が、現代の正方形の小さなものから、時代背景に合わせた長方形の大きなものに変わっているなど、細部にわたる時代背景の表現が非常に精緻です。
その他にもディテールが、作品に自然に溶け込んでおり、違和感なく作品に没頭できます。
3.ストーリーの魅力
約3時間という長丁場ながら、全く飽きさせない構成が見事・
途中に踊りや驚きの展開が散りばめられ、観る者を引き込んでいく。
蛇足であるが
寺島しのぶが「家柄を守る」(=孫に継がせる)ために渡辺謙に対し工作を図った
と見てしまったら、物語にミステリーの要素を加えてしまい、
考え過ぎだろうか…
キャスティング、ディテール、ストーリーが見事に融合し、観る者の心を捉えて離さない作品です。
国宝
本当に吉沢亮と横浜流星始め、俳優さんたちの演技力の高さに度肝を抜かれました。とても薄い感想のように聞こえると思うのですが、冗談抜きで今まで見てきた映画の中で本当に1番と言える映画でした。
わたしにとって歌舞伎という存在は遠い、教科書に載っているものという認識しかなく、歌舞伎俳優さんたちがドラマや映画で出ていると演技すごいなあという感想しかなかったです。ただ、この映画ではその歌舞伎俳優たちが何を目指し、何を想いながら演じ、何を叶えるのか、何を犠牲にするのか、など描かれていました。特に、喜久雄がお初を演じたシーン。師匠である半二郎のお初の代役を任せられた覚悟、化粧する時の手の震え、本当に自分にお初が勤まるのか、俊ぼんでなくていいのかの葛藤、台が上がっていくときの沈黙、観客が見えた時の緊張感、そのシーン全て全てに臨場感があって気づいたら息をするのも忘れ、目に焼き付けていました。幕が上がる瞬間、まるで自分が喜久雄の立場に立っている感覚に陥り、心臓が口から出そうなほどでした。化粧しようとしても震えが止まらなくなっているときに俊ぼんがきて、喜久雄の「怒らんで聞いてくれるか」という言葉に微笑みながら紅を指し、「今、1番俊ぼんの血がほしいねん」(セリフ曖昧でごめんなさい)のシーン、胸が苦しくなりました。その後の俊ぼんの「芸があるやないか」という言葉でさらにやられました。血筋はないけれど天性の女形の才能を持つ喜久雄に対して、大きな血筋と地位はあるけれど喜久雄に芸は劣る俊ぼんという対照的な描写が本当に苦しかったです。良くも悪くも「血」でした。半二郎が糖尿病にかかり、舞台の上で吐血し、最期であろうときに口にしたのは「俊ぼん」だったのも、その俊ぼんが戻ってきて2人で道成寺をやったときに倒れて同じく糖尿病になったのも、舞台の上で倒れたのも、結局血でした。喜久雄には極道の「血」が流れていて、周りを全て犠牲にしてでも不幸にしてでも人間国宝になっていくのも、息子ではなく娘(綾乃)がいたのも、病気にかからなかったのも全てが血だということを感じました。
屋上のシーンはアドリブだと聞いて震えました。彰子が泣きながら「どこ見てんの?」と言って離れていったあと「どこ見てんねやろ」と泣きながら笑い、舞うシーン、本当に辛くて虚しくて、ただただ美しかったです。
吉沢亮の演技を見ている、というより喜久雄の人生をぎゅっと纏めたもの、いわば走馬灯のような3時間でした。役者というのはこんなに汚く美しいものなのか、これほどまでに残酷で虚しくやるせなく、美しい世界があるのかというぐちゃぐちゃな感情になりました。
本当に素晴らしい作品だったのですが、何個か気になった点がありました。森七菜演じる彰子はどこに行ってしまったのか、藤駒も舞台を見に来たりしているのか(綾乃が舞台を見て気づいたらめいっぱい拍手をしていたと言っていたため)、なぜ最初抗争が起きてしまったのか、春江はどんな気持ちで俊ぼんのところへ行ったのか、どうやって俊ぼんと喜久雄は仲直りしたのか、などというところが細かいのですが気になる点でした。
わたしなりに春江が俊ぼんのところに行ったのはきっと喜久雄の演技をずっと傍で見ていたかったからなのかなと思いました。喜久雄の結婚しよっかに対して、「今は喜久ちゃんの役者としての上り坂やねん。今よりいっぱい稼いで1番のご贔屓さんになろ。(略)ペルシャ絨毯買うたろ」とやんわり断ってそれを理解した喜久雄が家を出ていき、春ちゃんが泣いてるシーン。きっと、春江的には喜久雄の奥さんになりたかっただろうけれどこれからどんどん歌舞伎に夢中になって自分のことをいつか見てくれなくなるのでは無いのだろうか、という気持ちでいたときに喜久雄のお初を見て劇場を抜けた俊ぼんの「逃げるんとちゃうで、本物の役者になりたい」という言葉に同じ気持ちを見出して2人で逃げ出す=心中したのではないかと思いました。血筋がない喜久雄と結婚したとしてもどうやったって歌舞伎の血は流れず跡継ぎはできないから、それならば確実に血が流れていて、地位のある俊ぼんの丹波屋に嫁いで喜久雄を入れることでずっと喜久雄の演技を見ることができると判断したのかなあと。映画終盤の喜久雄が演じた鷺娘のシーンの春江の表情はきっと、昔の喜久雄を見てる時と同じ表情をしていると思いました。喜久雄と同じように背中に刺青を入れた春江は、大好きな喜久雄の夢を叶えるためなら、離れていようが、自分も喜久雄のためになんだってする、という気持ちがあったのではないのでしょうか。
という本当に感情がぐちゃぐちゃになる素晴らしい映画でした。今年の色んな賞を総なめするでしょう。楽しみです。
あまりにも凄くて、こわかった
素晴らしかった。初めから終わりまで鳥肌がたち、涙が出てました。
吉沢亮さん、本当に本当にお疲れ様でした。
目や表情が凄くて終盤はもう怖かったです。悪魔と取引してましたね。
また、喜久雄の幼少期を演じた黒川想矢さんの出てきた時の色っぽさにギョッとしました。
個人的に見上愛さんが好きなんですが、演技もとても良かったです!
というか、みなさん凄かったです…、お疲れ様でした…。
国宝である所以の
テレビやYouTubeで何度か話題になっている作品で前々から気になっている作品でした。
歌舞伎の世界を舞台2人の人間の挫折と成長を描いた作品でした。2人は、それぞれの別の世界で生きたきた2人。
天性の才能を持ち合わせた少年。歌舞伎の家に生まれた少年。2人は、それぞれ目指す目標が同じで同じように練習の日々を積み重ねていく。そんなに中で全く違う世界から入ってきた東一郎がどんどん才能を開花させていく。そんな姿に色んな人達の感情が渦巻く中で,それでも負けずに練習を積み重ねて舞台に上がる。シュン坊は、それに嫉妬心を抱きながらも2人で舞台に上がっていく。
お互いの人間性とそれを挫折を繰り返しながらも自分の信念を負けずに動きもがきぶつかっていく姿に感動しました。
どららの人生が良いとも言えない。
それでも「国宝」になるほどに人間には、普通ではない。
そんな境地に至るまで苦労が必要なのかなと感じました。
この時代に「命を賭ける」ということ
この映画のテーマは「どれだけ1つのことだけに命を賭けられるか」ということと感じました。
人間『国宝』というタイトルのとおり、生きながらにして、命をかけてその境地に達した人のみが「宝」となれ、
キラキラとした雪や、光の景色をみることができます。
これをテーマに各登場人物を私が感じた視点で見ていきます。
【物語と登場人物】
・喜久雄
父親の死に際の美しさ(命を賭けた姿)を見届けたことが、
図らずも彼にその美しさを追い求めさせるきっかけになりました。
ただ、道のりは苦難だらけでした。
魔性の女ならぬ、魔性の男。自然と女性がよってきて、性的な要求には抗えない。もしくは、登りつめるために(無意識に)利用していたか。
名門の俊介とずっといることで嫌でも感じる、血筋への憧れ。
とくに、半二郎(渡辺謙)が亡くなったとき、うなだれる喜久雄をみて、万菊(国宝のおじいちゃん)は、まだ喜久雄には血筋への執着があると認識し、見放します。
血筋もない、名声もない、パートナーもいない、自分には歌舞伎しかない。そんな状態になり、それを感じ取ったのか天から通じたのか、万菊が声をかけました。
そして、俊介が亡くなり、最後の心残りであった娘への心のわだかまりもなくなったとき、真に歌舞伎のみに向き合うことができ、その境地に達することができました。
・俊介(横浜流星)
歌舞伎への熱意はあったものの、それは純粋な踊りへの熱意ではなく、自己顕示欲、負けん気、家柄に対する責任からくるもので、自己への執着がありました。なので、境地までは達して国宝になることは叶いませんでした。
ですが文字通り、命をかけた最期の演技だからこそ、キラキラの景色が見えていた(=境地に達した)ように思えます。
・半二郎(渡辺謙)
歌舞伎一家の長として、国宝になるためには覚悟と命を賭けることは気づいており、
血筋に縛れられている自分の息子は「国宝」にはなれないと悟り、期待を込めて喜久雄に名前を譲ったのかもしれません。
そして彼自身も、最期に俊介の名前を呼んだように、息子に対しての負い目、未練が捨てきれず、(純粋に歌舞伎だけに向き合えなかった)結果的に国宝にはなれませんでした。
・春江(高畑充希)
命を賭ける人に惹かれる、支える(ことに命を賭けていた)春江。
ひたすらに復讐に取り憑かれ、歌舞伎を追求する喜久雄に惹かれます。しかし、売れっ子になり、結婚という選択肢をだされ、迷いが生じた喜久雄に魅力を失ったのか、もしくは結婚して子供を産むと、執着が生まれ、歌舞伎の邪魔になると予見していたのか、喜久雄から離れます。
そして、喜久雄に負け、心の底からうまくなりたいと思った俊介に惹かれ、サポートします。
しかし、俊介が死んだあとは、再び、歌舞伎に命を賭けるようになった喜久雄の舞踊を客席で妻のように見届けます。
ある意味、彼女は、主人公に近いくらい覚悟を持っていた強い人物に感じます。
【演出について】
普段、歌舞伎や俯瞰した視点で見ることが多いですが、ひたすらに表情、手振りに着目
また、演者からみた客席の風景も多用しており、新鮮で飽きずに見ることができました。
【俳優】
個人的には横浜流星推しだったのもあり、特に歌舞伎シーンでは、はじめは目立つ顔立ちの俊介に目がいきました。
しかし、歌舞伎では役になりきることが重視されるとわかってくると、
逆に濃すぎない吉沢亮こそが歌舞伎向きだと感じました。
何も歌舞伎を知らない想像ですが、歌舞伎の女形が白塗り(=凹凸をなくす)のもあくまでそんな意図がある気がします。
最後まで、歌舞伎のように徹底して豊かな表情をみせないものの、しっかりと見ている人に語りかけてくる演技はさすがでした。
そして、ふたりとも、素人の自分には歌舞伎の演技には惹き込まれました。忙しいなかでも相当練習されたのだと思います。
黒川想矢くん、『怪物』の主人公の子役だったことを、エンドロールで気づきました。今作でも圧巻の演技でしたし、そこに少し成長して整った顔がさらに今作の魅力にあっていました。
国宝のおじいちゃん。俳優は田中泯という有名な独特なダンサー。PERFECTDAYSで認識しはじめました。
表現者だからこそ、一言一言に重みがあり、この作品のタイトルを背負う、とてもとても重要な存在になっていたと思います。一番印象的でした。
【脚本】
原作との比較はわかりませんが、
もっとエンタメよりにするなら、もっと裏切りや憎しみ、感動などを前面に出したほうが観客は飽きないでしょう。
ただ、安易にそちらに振らず、歌舞伎と、俳優の演技にフォーカスさせる脚本となっており、好印象でした。
個人的には映画は脚本より俳優と演出が大事だと思っています。
【劇伴(音楽)】
脚本同様、派手な音楽は多様せず、無音な場面も多かったように感じました。
観客の感情を引き出すというより支えるような音楽が多かったです。エンドロールの井口理の曲もちょうどよかったですね。
ただ、必要以上に音楽が全体をより重くしすぎた感はあり、鑑賞後に疲れる一端にはなっていたかもしれません。
【印象に残ったシーン】
命を賭けているシーン、歌舞伎のシーンはどれもよかったですが、それ以外でいうと
全てに見放され、ビルの屋上でまさに「空っぽ」になっていたときの吉沢亮の演技がよかったです。
それまでの緊張の糸がきれた、可哀想だけど、ようやく解放されたような、ちょっと安心しました。
【この映画自体の意義】
・3時間という長丁場
・歌舞伎という若者受けしない題材
・全体的に重く、驚くドンデン返しもない
という時代に逆行している作品に対して、世代を超えて劇場内の人が一体となって全身で感じる。
この時間こそが映画(館)の良さと思いますし、そんな空間にいられることが幸せに感じます。
タイパ重視の世の中も、まだまだ捨てたもんじゃないなと思いました。
さらに、映画を通じて日本文化を広める、映画の文化的価値、外交的価値としても素晴らしいのではないでしょうか。
(本来は歌舞伎を引っ張ってきた松竹がやるべきですが、東宝だからこそできたとも思います)
【総評】
私が重めの映画が好きというのもありますが、
俳優、脚本、演出、そして歌舞伎という舞台が見事にマッチした素晴らしい作品でした。
歌舞伎はほぼ見たことないですが、歌舞伎を見に行きたくなるのに十分な魅力を感じました。
すべてを犠牲にしてなにかに執着する、というのはとてもできないですが、その景色を私もみてみたいものです。
久々に良い映画体験ができ、これだけの長文のレビューも書きたくなりました。
3 レビューの通り
かなりの人達が素晴らしい作品だと評価されていたので
観に行きました。
あっと言うまの時間が過ぎました。
歌舞伎役者の人生を子供の頃から、振り返って
波乱万丈を描いた作品ですが、
ラストの写真を撮る所が、自分を捨てた娘
二人で演じた道明寺
素晴らしい👍
泣けて来ました。
予想以上でした。
横浜流星も素晴らしい役者さんでした。
本当に素晴らしい映画ならではの、迫力がある作品でした。
圧倒的な美を支える女たち。すさまじい映画。
子役の二人も吉沢亮も横浜流星も田中泯もあの「たたずまい」の美しさには息を呑む。
俳優陣の踊りのお稽古はどのくらい厳しかったか。感嘆するしかない。
特筆すべきは俳優陣の化粧の顔が画面いっぱいにアップで映されること。
化粧は剥げ、肌の荒れも、シワもむき出しになり、それは迫力、気力、壮絶であり単に「きれい」なものではない。
美と芸の追求のために綺麗事では済まない凄まじさが、画面いっぱいの顔で迫ってくる。
気になるのは女性の描き方。
二人の役者の、不遇なとき、あるいはプレッシャーを影で支えているのは女性たち。
特に喜久雄をめぐる女たちは不遇だ。
高畑充希演じる春江は喜久雄でなく俊坊を支える側になる。
観客はああそうなるだろうなぁと納得する。
最後のカメラマンは父である喜久雄に恨みをぶつけつつ、父の美に拍手を送るしかないと祝福を捧げる。
都合の良い女たち、悪魔との契約の生贄になる女たちを含めた全ての世界観が美しいと感じてしまう。
この昭和的な感動に身を委ねてしまっていいのだろうか?
このコンプライアンスのうるさい世の中でこれほど振り切った世界観を示すことはとても勇気の必要なことである。
この圧倒的な映画の成功を果たして海外の評論家たちは素直に評価するだろうか?
一抹の不安を感じる。
3時間!見ごたえあり!
おトイレの準備は万全に
くれぐれもドリンクサイズは小さめに
流星さんも亮さんもいい役者だぁ
全身全霊で歌舞伎役者を演じているのが伝わってくる
3時間の上映時間中、歌舞伎演目も実にふんだんに魅せてくれる
若き二人が厳しい修行の中で芸を磨いていく過程は
秘めた野心に自分自身が押しつぶされそうになりながら
没落し、どさ廻りし、それでもチャンスと運を自身で引き込みながら
頂点に上り詰めるエンターテインメントになっている
鳥肌が立ったシーンがある
主役の二人は、厳しい指導の中で渡辺謙演じる師匠から、「曽根崎心中」の中の
象徴的セリフを指導、ダメ出しをされる
ダメ出しの後に発せられるそのセリフは、明らかに素人の私が聞いていても
感情の籠った、死を予感する主人公の情景の浮かぶ心震えるセリフに変わった
やがて、本番のシーンでも亮さん演じる主人公は、さらに情感を込めたセルフとして
昇華させてくるのだ
ここだけで感動していた私だったが、物語が進み、流星さんが同じ役を演じる場面が
出てくるのだが、この時のセリフは、なんと亮さんのそれと全く同じか、それ以上を
感じさせるほどビンビンと胸に響くのだった
歌舞伎ってすごい、と真剣に感じた 本物を見てみたい、と本気で感じた
私が泣いたシーンは、皆歌舞伎の舞台上のシーンだった
この映画、高く評価されるんじゃないかな
なんとなく、理解したつもりで入るのだが、本当のところはわかっていない
と思うシーン
亮さんの舞台を眺め、流星さんは劇場を去るシーン その流星さんを追って
亮さんの彼女(高畑充希さん)も劇場を出る
「逃げるわけじゃない」と言うセリフと供に充希さんは流星さんの手を引き
劇場を出ていく・・・
この充希さんの心理、考え方はどう解釈するのが正しいのだろうか
のちに流星さんとは夫婦にまでなるのだが、亮さんと共に背中に入れ墨を
入れるほどの恋路から、亮さんからの「結婚しよう」の言葉に「一番の贔屓さんになる」と
言って結婚をはぐらかした時点から、彼女の心理変化はどんな感じだったんだろう
流星さんにどんな思いを持っていたんだろう
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