国宝のレビュー・感想・評価
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奇々怪々な部分が多い映画でコンペティション部門に出品ならず
ネタばれ含むので、映画鑑賞が未だの方は絶対にお読みにならないように...
奇々怪々と感じた部分は、歌舞伎役者でない役者が歌舞伎役者を苦労して演じてはみたもののやはり本物の歌舞伎役者の技量にはかなわない不自然さが目に付くとかそういう部分ではない。自分は歌舞伎や能はよく見に行くが、歌舞伎役者であろうとなかろうと、やはり美形が演じる女形のほうが圧倒的に美を感じるものなのだと、つくづく納得した。渡辺謙の毛ぶりはなかなかであったし、たとえ多くの不自然さが目立たないように撮影・編集されていてもそれは当然だろう。
原作を読んでいないので、原作にはきちんと描かれているのかもしれないが、
喜久雄とともに生きるために自らも背中に彫り物をしたほど喜久雄を愛した春江が、俊介のあとを追い、そのまま二人で姿を消してしまう春江の心情がきちんと観客に伝わるように描かれておらず、なぜ二人で消えた??? その???でしばらく頭がいっぱいになった。
あと、この映画を初日に観た理由は、自分が崇拝して止まない世界的ダンサー田中泯が出演しているからなのだが、その『鷺娘』の踊りに全く感動できなかった。玉三郎の『鷺娘』の足元にも及ばない。残念である。国宝を演じているわけだから、これではまずいだろうと思う。
あと、みすぼらしい狭い部屋で万菊が横たわり、喜久雄と再会するシーンで、「ここには美しいものがない。」と語り、美から解放されたという境地が、国宝であることからのストレス開放なのか、芸を極めたもののみが達することができる境地なのか、どちらなのか???理解できずにまた???であった。それに加えて、どうして歌舞伎の舞台に立てずにドサ回り中の喜久雄をその芸の上達も直接見ることなく万菊が「ようやく認める気になったのか」まったく理解できずに??だった。
それから、最後のシーンで喜久雄が国宝として観た景色がわけのわからない雪吹雪のような桜吹雪のようなものが散って、日本的美で誤魔化されてしまったような気分になって映画は気まずく終わった。
ここまで説明不可能な奇々怪々なシーンが次から次へとあると、
日本のメディアのプロパガンダにだまされてしまうことなく、
この作品がコンペティション部門で出品されなかった理由がはっきりする。
邦画の監督たちの映画の論理的思考や論理的構築の欠如があらわになった作品だと思う。
正直な感想です。ごめんね。
至極の超最高傑作! これ以上の作品にはもう出逢えないかも知れない!
(Vol.2)
感じた事が全く書かれていないvol.1を上げて終わったままでスミマセン。
私、病?にて ちょっと横になる羽目に・・・でして。
体調がちょっと戻ったので 続きを。(誰も読んじゃイネェ~ ってか。(;^ω^))
(感じた事)
・圧倒的な歌舞伎の舞台美。緞帳を境に表と裏世界に魅了されます。
そして演目の限りなく華やかで美しい事。見事でたまりません。
・次に予告トレ-ラですね。 ”結局血やん・・・”、ビルの上で悩み踊る喜久雄の姿と、BGMの壮大さ。ここの5秒程みて コレだと思いましたわ。
タイトル ”国宝”って 肩透かしじゃ世間は決して許さない二文字。
非常に作りのセンスが絶妙で良く、掴みは絶大だったと思います。
・チラシは2カット持っており、吉沢さんのカットと、二人道成寺で横浜さんと吉沢さんが向き合ってるカットですね。こちらの向き合ってるカットがとってもイイですね。吉沢さんの右目に朱を入れてるのも 意味アリ気で興味そそります。
・そしてなんと言っても音入れが素晴らしい。
通常歌舞伎の囃子には 大鼓、小鼓、笛〈能管〉、太鼓 など和楽器が全て。その音だけにしてしまうと舞台上の演目は良いのですが、芸人役者の心理心情はこれでは兼ねられない。原摩利彦氏が生み出す音の全てが非常に画にマッチして心地よく観ている側に深く入ってきます。
トレ-ラ見た時に感じた心地よさが本編見てもシッカリとメインで入っており、この点が本作の持つ素晴らしい力点だと感じました。
・主題歌:「Luminance」が上手く心に浸透し エンディングの余韻を創っています。最後に舞台に舞うあの雪。あの景色を喜久雄と一緒に観て そして共に感じる心の流れが 観ている側とシンクロしたと思うのです。その長い長い駆けて来た半生の時間と、たとえ国宝となっても どうする事も出来ない自身から湧き出る淋しさが そこには有ったと感じます。
見事なエンディングを飾る 井口理さんの歌でした。
・喜久雄少年期の 黒川想矢さんですね。何処かで見かけたと?思ったら
映画”怪物”の湊くん。こんなに大きくなっちゃって。しかもイイ男。
彼は頬のホクロと上唇が少し上に反ってる感じが特徴。
確かに 若い時の役は難しかったと思うのですが それに動じる事無く見事に演じ切ってる所がす凄いです。今後の活躍に大いに期待です。
・俊介少年期の 越山敬達さん。彼は映画”夏目アラタの結婚”の刑務所の犯人と文通を遣ってた少年卓斗くんなのですね。
彼も俊介の大事な若い時代の役柄で、父の後を追いかけている姿を立派に演じていたと思いますね。
二人共女形を演技では無くて そのものを遣ってのけていたと思いました。
その意気込みがシッカリ観ている側を十分に魅了していたと思います。
二人共重要な部分だけに配役は良かったと感じます。
・横浜さん演じる息子の花井半弥。映画”正体”で最優秀主演を獲りましたが 私は本当の所あまり良くなかったと感じてました。周りが獲らせてあげたの声があってやっぱりそうなのかと。実は”流浪の月”の彼(中瀬亮役)が好きなんです。あれならあげられるかと。
今作、あの時と同じ監督:李相日さんとでタッグ。
この半弥の難しい心の流れを絶妙に醸し出していたと感じますね。
吉沢さん相手に殴り喧嘩とか。本気で殴ったら吉沢さん顔が吹っ飛んじゃう・・・だからそこはメッチャ手加減でしたね。
決して相手を憎まず裏切らない同志的存在。そして半二郎の息子として その価値観をしっかりと表現出来ていたと思います。
・見事な花井東一郎を演じきった 吉沢亮さんに心から拍手。
凄い凄い~、素晴らしいです。いや それ以上に歌舞伎と言う女形を真正面から激しくぶつかって行ったのが分かります。
今までの出られた作品でもそうでしたが、今作程、非常に魅了された役は無かったと思うのですよ。また一際美しい女形。たまらんですよ。
父を亡くした苦しい少年期から、弟子入りして、初舞台を演じ成功して。
そして運命の代役。三代目に成って行く姿と それらに期待する周囲と同時に囁かれる嫉妬。そして絶望と焦り。
なぜ自分が襲名してしまったのか。血とは何か。あれ程 欲しいと言ったのに。
それを物凄く心の底に感じ取って 激しく傷ついたと思うのですね。
お見事でした。彼に最優秀主演賞を上げたい思いです。
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(Vol.1)
こんな日が来るとは思わなかった思いです。
総てに於いて本当に素晴らしい~ の一言。
圧巻のアッと言う間の175分でした。凄すぎましたわ。
今日は期待の一作「国宝」の鑑賞です。
感動の波動域がかなり高くずっと続いており、観ているこっちもアドレナリンが出っぱなし。見終わった後も感動域が深すぎて元に戻ってこないです。
観た後に車の運転したんだが、こんな運転ヤバく成るの初めてかも。
映画鑑賞直後は お茶でもして心情が落ち着くまで待った方が良いですネ。
興奮冷めやらずです。
また映画の評価指標は★5までなのに ★6枠いる事態になって
本日以降、評価基準を変えないとイケない事態に突入ですね。
という事で、ハシゴでまだ観る予定作全部キャンセルして
レビュ-書いてます。 (こんなの初めて (。・ω・。) )
原作:吉田修一氏 「国宝」
監督:李相日氏
脚本:奥寺佐渡子氏
---------素晴らしい役者陣------------
・立花喜久雄/(花井東一郎)役:吉沢亮さん
・喜久雄(少年期)役:黒川想矢さん
・立花権五郎役(喜久雄の父、任侠組長で殺される):永瀬正敏さん
・立花マツ役(喜久雄の継母):宮澤エマさん
・彰子役(吾妻千五郎の娘、喜久雄の妻):森七菜さん
・吾妻千五郎役(彰子の父、大物上方歌舞伎役者):中村鴈治郎さん
・藤駒役(京都花街芸妓、喜久雄の愛人):見上愛さん
・綾乃(カメラマン、藤駒と喜久雄の娘)役:
・大垣俊介/(花井半弥)役:横浜流星さん
・俊介(少年期)役:越山敬達さん
・花井半二郎役(俊介の父):渡辺謙さん
・大垣幸子役(俊介の母):寺島しのぶさん
・福田春江役(喜久雄の幼馴染み、俊介の内縁の妻):高畑充希さん
・梅木役(歌舞伎の興行会社三友社長)嶋田久作さん
・竹野役(三友社員):三浦貴大さん
・小野川万菊役(人間国宝の歌舞伎役者):田中泯さん
主題歌:原摩利彦 feat. 井口理 「Luminance」
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(流れ展開) (注意)※ハッキリネタバレ書いてます
歌舞伎と言えば女形。
この女形を巡って行く 歌舞伎役者の舞台の表裏世界の話。
長崎の新年会の席で、立花喜久雄は出し物の女形を披露し 来ていた花井半二郎の目を惹いた。所がその席で任侠の父が抗争で目の前で殺される。復讐に行くが失敗する喜久雄。一年程は世間とご無沙汰だったが、父の死後行くところは無し。
世話役の人に連れられて来たのは大阪 歌舞伎役者・花井半次郎の家へ。
喜久雄が女形の才能を持っていた事が半次郎の記憶にあったからだった。
そこで半次郎の息子 俊介と共に必死に稽古に明け暮れて、やがて初舞台を踏む時が来る。人間国宝の小野川万菊にも出逢う事があり その事が後に彼を助ける事になるとは この時の喜久雄は思いもしない。
兄弟のように育つ二人だが、自分には俊介の様な名門歌舞伎役者としてのお家の血筋が無かった。この事がどんなに半次郎の亡き跡目を継ぎ三代目を世襲しようとも
周囲が許さなかった。そして週刊誌が彼の生い立ちを書き立てる。
歌舞伎役者として窮地に陥る彼は 役が欲しくて吾妻千五郎の娘に近づいて結婚するが激怒され梨園を去ってゆく羽目に。
二人は放浪しながら各地の宴会場で女形をして日銭を稼ぐ生活に。
片や俊介は 自分の幼馴染の春江と一緒になり息子がいる。
8年の放浪から家に戻り周囲からも認められていく俊介。
一方 自分には花街芸妓との間に娘の隠し子。
妻との間に子は無し。
梨園から遠ざかってゆく彼であったが、彼を救う手が やがてやって来る。
それが 死にゆく前の万菊である。
彼の一言で、喜久雄は梨園に戻って来た。俊介との再会し、
もう一度 あの歌舞伎の輝かしい舞台(二人道成寺)を 二人で演じる。
世間が二人の復活を待ちわびた日でもあった。
しかし、やがて俊介は糖尿病悪化で足を切断しないといけない羽目に。
苦悩する二人。 しかしその運命から逃げる事無く二人は舞台(曽根崎心中)をやってのけます。そして俊介の死。
あれから16年。白髪になった彼。俊介の息子も歌舞伎界で立派になり。
喜久雄は若くにして ”人間国宝 歌舞伎役者” に成る。
記者会見の日、そっと近づく一人の女性のカメラマン。
彼女は喜久雄の隠された娘であった。しかし出逢って直ぐに名前を当てる彼。
父としては憎む相手ではあったが、舞台を観る彼女は歌舞伎役者として彼を認める存在でもあった。
”悪魔と取引したけど 立派な歌舞伎役者に成れた”
それは一言では言い表せられない程の 犠牲と、後悔との引き換えの道であったであろうと思う。そこに 一筋に役者として生きて来た証があった。
人間国宝としての彼の舞台 (鷺娘)が最後に上演される。
そこに舞う沢山の紙吹雪。その中に 彼が観たかった景色があった。
それは 父の最後を見た時の景色と重なる。
きっと家族への忘れられない深い想いが
そこに在ったのだと感じます。
只今、絶賛公開中!
これは映画館で観るのお薦め。
是非 今の内に
劇場でご鑑賞下さいませ!!
修羅の道を突き進んだ先に見えた景色
ヤクザの息子喜久雄(黒川想矢のちに吉沢亮)は歌舞伎の才能を見い出されて半二郎(渡辺謙)の下で修業をする事になる。半次郎の息子で同い年の俊介(越山敬達のちに横浜流星)とは良きライバルとして兄弟のように育つ。事故に遭った半二郎の代役を喜久雄が任された事で、2人の関係性が変わってくる……
歌舞伎を観た事が無い人間からしたら、出演者の演技は最高でしかないです。素人が言うのもおこがましいですが、吉沢さんと横浜さん(あと少年期の2人も)があそこまで仕上げているとは期待していなかったので、気迫のこもった演技に驚き、ずっと観ていたいと思いました。
集客力の面でも、国宝級イケメン2人の共艶!なので必見です。2人とも男らしい顔立ちなのに化粧して衣装をつけた姿、所作が美しいんです。少年期の2人も魅力的でした。
キャスティングは大成功です。
喜久雄のキャラクターを梨園育ちの方が演じたら、逆に違和感を感じてしまいそうですし。
そして、田中泯さんの存在感が圧倒的でした。
一流の歌舞伎役者になれるなら他には何も要らないと言う喜久雄も、俊介の血筋が自分にあればと嘆き、俊介も喜久雄の才能に嫉妬します。でも2人の絆は失われませんでした。
挫折から立ち直った喜久雄は道を極め、ついに人間国宝の名誉を手に入れて、インタビューで、「皆様のおかげで」と答えます。
ひたすら自分の夢を追い求めた喜久雄は、他者を顧みなかったように見えます。
でも、ずっと支え続けると誓った春江も彰子も去り、春江は喜久雄との距離を感じて去ったと思うのに、俊介の妻となって戻ってきました。
妻でなく愛人でいいから支えさせてと言った藤駒は、たぶん娘に父親の不義理の恨み言を言っていたでしょう。(そうなるだろうなとは思いました)
結局は自分の息子が大事だった半二郎。
人間国宝となった喜久雄に、「順風満帆の人生ですね」と言ったインタビュアー。世間はあれだけ叩いた喜久雄の過去を忘れ、もはや興味は無いようです。
それらを呑み込んで、静かに佇む喜久雄……
本作を観て歌舞伎には大いに惹かれましたが、本作で描かれた歌舞伎界には興味は湧かないです。
血筋ってそんなに大事かなあ。我々はどこを見ていたんだろう。
凄い映画を観たと感じます。欲を言えば、もっと観たいところがあって、逆に要らないなと思ったところがありました。真面目に稽古をする喜久雄に対して俊介が遊び惚けていたのは、コンプレックスからなのかチャラい奴だからなのかが分からなかったし、客とのケンカの場面は長すぎでした。万菊さんのあの表情は何だったのか。後の人生ももっとドロドロしていたのではないかと思います。
本来なら先に公開されていたはずの「ババンババンバンバンパイア」は観るつもりをしていました。吉沢さんのギャグセンスは捨てがたいです。
いろいろな意味で力作
とにかく撮影が美しい。役者も子供時代役も含めて相当な訓練を積んだと思われる。歌舞伎界についてはゴシップレベルしか知識もなくその芸の凄さもわからないが、そうした素人にもスジをわからせられるだけの演出と演技だった。ストーリーも長尺だがダレることなく大河ドラマを堪能した。満足感。実際の歌舞伎界がどのようなものかはわからないが、関係者が多数協力していることから、大きく外れていることはないのだろう。森七菜も大人になったなあ。田中泯、顔が美しいのは役者にとってマイナスなんてセリフもあっなあ。
鋭い眼光が射る才能、しなやかに手招かれたただならぬ運命
血筋と実力が交差する世界で
魂を削り挑み続けること、
その孤高の陰で揺れ惑う思いの数々
舞台の真正面で眩い光を浴びた選ばれし者は、その時はじめてそこに映り込む心模様と変容を受け止めるのかも知れない
儚さや切なさを携えるからこそ美しい雪の舞の尊さのように脚光のなかで昇華される変遷
そこで去来する敬意と感謝が喜久雄の人としての心に湧きあがったのを目撃したとき、それまでの出来事が心を駆け巡る
なかでも喜久雄の迷いに多大なる影響与えることになった万菊との関係だ
それは感動と言う言葉では何か違う、もっと重苦しいもので掴み今もなお余韻をもたらす
俊介に稽古をつけるのをそっと見ていた喜久雄に気付きあえて放った言葉
質素な部屋の寝床に伏す消え入りそうな肉体を晒して伝えようとした姿
でもそれでいいの
それでもやるの
あの言葉に、孤独な道を生きる喜久雄の心情を察した万菊の人生の深さが重なる
そこには先をいく者の厳しさ、ありがたいほどの優しさがこもっているのだ
渡された扇子を受けて舞う喜久雄は悟り、それを感じ確かに継ながれゆく伝統を見届けようやくひとりの人間に戻らんとする万菊
安堵が包むその時、万菊の心の奥に煌びやかな緞帳が下ろされていったのだろう
二人だけに通ずるこの時間の貴重さ
これがなかったなら喜久雄は先の見えない暗闇に潰されていただろう
そして冒頭の長崎の夜の衝撃
そのシーンを除いては考えられない喜久雄の人生のそばで春江の愛情の在り方はとても印象的だった
芸に没頭し秀でた才能が認められていくほどに引き割かれてれていく無情
喜久雄の夢が素質の上に特異な生い立ちによって固く結ばれたものだと知り尽くす彼女ならではの思いの境地が、募る葛藤や孤独を徐々に慈しみにと変えていく
それが、喜久雄への愛を貫く唯一の術でもあったように思うのは喜久雄の舞台を観にきた俊介が、その輝きにいたたまれず席を離れていくのを追いかけるシーンだ
春江は、俊介の気持ちを和らげることがすなわち喜久雄の夢を守ることになる、今それができるのは自分しかないと本能で感じ動く
〝わかっとるよ〟
こらえてきた自分自身をもなだめながら心の奥からこぼれ落ちてきた言葉が繰り返される
あのとき姿をかえていく永く静かな愛をみた気がしたのだ
また、目を奪われるような美しいシーンが点在している今作において、青白い屋上でのいまにも散り果てそうな喜久雄の精神の危うさは怖いほどだった
そこに向き合う彰子の眼差しが悪魔に魂を売った男の限界を物語る
立場を捨てて喜久雄に尽くしてきた彼女が翻る時、そこにのこしたあの強さ、それこそ彼女にしかできない喜久雄への最後のメッセージだったのだろう
「国宝」その神がかった領域のすばらしさ、潜む苦しみの特殊さを、生きながらじりじりと焼かれるようみせた演者の皆さんの精神力、表現を最大限にいかす技術の力に脱帽しながら、やはりどんなときも深く爪痕をつけていくのは、ひとの思いの行き来がそこにみえるからなのだと改めて思った
芸の極み…
極めるというのはこういうことか。他人を結果的に追いやっても、利用しても、どんなに非難されても、蔑まされても、あるいは賞賛されても、ただひたすら鍛錬を積み、研鑽を重ね、上を目指していく。何かに取り憑かれたように、そう、悪魔に魂を売ったように、そうでないと国宝と呼ばれるまでにはいかないと言いたかったのだろうか。またそこに行き着いた者しか見れない景色があるのだろう。吉沢亮、横浜流星の迫真の演技、相当歌舞伎の稽古をしたと伝わってきた。1人の男の波乱の人生と、それに翻弄された周囲の人々を描き、長時間を感じさせなかったが、単に極めるとは、歌舞伎とは…そういうものかと感じただけで、ストーリーに面白さや、人物に共感を感じなかった。
大河主演3人と監督、原作のベストコンビで満貫確定
この映画、
歌舞伎を題目に3時間と分かっていれば、
チラッと観ようかな、
なんて人は来ないはずなので、
ネタバレも見ないでしょう。
なので、ネタバレ全開で行きます😤
自分も今作は、
トム氏の3時間とは訳が違うから、
万全の体調と朝一行ける日を精査して
鑑賞決行しました。
いやー、ジジババ多め😂
ちゃんとスマホ消しとけよー🙏
吉沢亮、ケンワタナベと、
現在進行形の大河主演横浜流星揃えて、
李相日と吉田修一の「悪人」「怒り」コンビで、
外れがない訳が無い、
と期待値高めで臨み、
それ以上で返してきた演者陣にアッパレ🪭
先ず、「怪物」の黒川くんと「ぼくのお日さま」の越山くんが素晴らしい。子役だから、という贔屓目は不要。
昨年「〜ふたつの世界」で、中学生から吉沢が演じてたので、横浜共々早々に出てくるかと思ったが、逆に黒川、越山コンビでずっと観ていたい程だった。
満を持して吉沢、横浜登場し、ケンワタナベと揃い踏み。この3人の絵面は圧巻である。寺島しのぶも負けてない。芹沢くんがこんな良い役で長く出てるのも嬉しい。
そして田中泯。ホンモノの歌舞伎役者の様な佇まいと所作。女形として普段の言動まで徹底する姿勢凄すぎる。舞踏家としての本領も発揮して正にバケモノ。益々元気でいて欲しい役者である。
話はヤクザの孤児喜久雄が歌舞伎役者一家花井家に転がり込み、跡取り息子と芸を研鑽し合い、師匠の代役を見事に務め上げ、花井家の名跡を継ぐに至る。
そこから俊介が家出し、喜久雄の素性がマスコミにすっぱ抜かれ、花井家は落ち目な所に俊介が出戻り、今度は喜久雄が旅芸人として出奔する。花井家の師匠亡き後後見人であった万菊に戻ってくる様勧められ、喜久雄は再び俊介と舞台に立つ様になる。
喜久雄がまた花井家の舞台でせり上がり、
俊介と対面する時は鳥肌が立った。
これで終わりで良いと思ったくらい。
しかし俊介もまた父と同様病に倒れ、父同様に舞台で絶命する。喜久雄はその後も花井家の舞台を守り、人間国宝になる。国宝受賞のインタビューで現れたカメラマンは、嘗ての妾の娘であった。
喜久雄の大河ドラマであるが、
吉沢の鬼気迫る演技に目が離せなくなる。
3時間でも短いと思うくらいだった。
残念だったのは、女性陣の立ち位置。
喜久雄も将来を誓い合った春江(高畑充希)は、
しれーっと俊介と姿を消し、
またしれーっと出戻り、
喜久雄とは全然交流が無くなってる。
んー、あの背中の紋紋は何だったの❓
彰子(森七菜)も終盤出番が無い。
何だか可哀想。
藤駒(見上愛)も序盤しかセリフが無く、
中盤の出番もサラッと終わる。
最後カメラマンが重要人物だと読めたが、
今をときめく瀧内公美を、
もっとちゃんと映して欲しかった。
歌舞伎の場面は、
今作の様にカットされてれば観られるが、
実際本物の歌舞伎とは差があるのか、
何度も観てる人に解説して欲しい。
ブラピの「F1」でも
楽しかったが、あり得ない、が連発してるし、
中村鴈治郎が監修しているが、
どこまで極めているか気になるが、
素人な自分には大満足でした。
吉沢亮も横浜流星も、
これからも沢山観たい役者だが、
他の作品もあるし、TVもあるし、
働きすぎないでね🙏
あと森七菜もね😅
※追記
タイトルに「満貫」としたのは、
「役満」では無かった、という意味でした。
悪魔に魂を売った男の生き様
吉沢亮と横浜流星の演技が素晴らしい。歌舞伎版、ガラスの仮面のよう。歌舞伎一家の血と才能の勝負かと思われたが、その他の要素により、二人の人生は二転三転する。それでも演じることをやめられない二人の生き様を見るのが苦しくなるときもあるが、一生をかけて自分の生き方を貫く姿を羨ましくも思う。
次はどうなるのかと、3時間を感じさせないが、エピソードが多すぎて、あれはどうなっていたのかと思う所もある。父の敵討ちの場面や、春江との関係とか、あまり描かれていないので想像するしかない。映画より連続ドラマにした方が、展開に無理は無かったが、それでも、演技のためなら悪魔に魂を売る男の生き様を見せられた。今年度ベスト級の作品。
なるほど、松竹ではなく東宝だったわけ
吉沢亮と上方歌舞伎の四代目中村鴈治郎出演のNHK番組SWITCHインタビュー達人達を観てからの鑑賞となりました。長年ライバル関係にあった同い年の二人。二人三番叟で息の合った同い年の二人(花柳寿々彦と藤間直三)みたいななライバル関係は想像していました。
師匠花井半二郎が実父の俊介:花井半彌(横浜流星)と部屋子の喜久雄:花井東一郎(吉沢亮)。
部屋子のほうが先に大抜擢されたり、名跡を継ぐことになる話で、なんとなく予想できる内容で、上映時間が長いので尻込みしたせいもあり、公開から1カ月後の鑑賞になってしまいました。ババンババンバンバンバンパイア(松竹映画)を先に観てしまったので、「お前の血をコップ一杯飲みたい」が一番印象に残ってしまいました。
興行主の社長役の顔のながーい 嶋田久作のセリフにあるように前半は「 眼福 眼福 」でしたし、まるで中国の京劇映画の名作 「さらば、わが愛 覇王別姫」をみているような感じでしたが、後半はあまりいいとは思いませんでした。
吉田修一の同名小説「国宝」が原作とのことで仕方ありませんが、人間国宝の女形·小野川萬菊(田中泯)が晩年、市松人形が隅に飾られた狭い木賃宿(簡易宿泊所)でひとりで死を待つ場面には強い違和感。セリフも美輪明宏みたいで、なんだかねぇ。しかし、「その美しい顔に食われなさんな」みたいな予言めいたセリフに、もしかしたらオレのことかもと思ってしまいました。
半彌は8年も失踪していたのに、出てきたら、すぐに円満復帰。しかも、怪物の名子役想矢君と刺青彫れた仲だった春江(高畑充希)と子供まで作って帰って来たのに、東一郎はなにも言わない。寺島しのぶも孫にチヤホヤするだけ。
戦前の昭和の長崎から始まったのに、中村鴈治郎の娘役の森七菜が出てくるとまったく昭和にはみえないし、なんで一番大事な時にいい歳して若い子に手を出すかねぇ? 鴈治郎さんの芝居もなんだか妙に大げさで、二人だけで大衆演劇以下の銭湯の休憩所をどさ回り。因縁つけてくるヤクザも馬鹿まるだし。
高畑充希と森七菜は従来のイメージからの脱却を狙ったのか???
見上愛の藝妓との娘とお参りのエピソード。
悪魔とトレードしたロバート・ジョンソンのクロスロードかよ❗って、突っ込んでました。
吉田修一は小説の準備のために中村鴈治郎に弟子入りしたとのこと。李相日監督とはそれまでに何本かタッグを組んでいて成功しているので、映画化を前提に書いた小説なのかと勘ぐってしまいます。
横浜流星もとても綺麗🤩
池上季実子みたい。
眼福、眼福。
しかしあの体型でまだ若いのに、糖尿病壊疽で義足とは。お相撲さんじゃあるまいに😎
何度か繰り返される半分壊死しかかった半彌の右足に頬寄せる三代目半二郎の喜久雄のシーンには倒錯的なエロを感じてしまいました。
渡辺謙クラスなら、少しは歌舞伎実演のシーンも欲しかった。襲名披露でまさかの。
歌舞伎界は血筋の世襲のみではない。玉三郎も愛之助も。それより主役を張れる主流派とそうでない派のヒガミや派閥争い、忖度みたいなほうがむしろエグいような。
なぜ松竹が歌舞伎役者の人間ドラマをテーマにした映画を製作配給しなかったのか?
前置ですが、歌舞伎と言えば松竹。この作品は、東宝が製作配給した映画です。なぜ松竹は、こういう作品を製作配給しなかったのでしょうか?実在の歌舞伎役者さんたちに配慮したのかしら?(人間国宝の五代目坂東玉三郎さんなど)
実際の歌舞伎を観たことのない人たちが、この作品を観て「歌舞伎って観たことなかったけど、本物の歌舞伎を観てみよう」と思う人が少なからず出てくるかもしれません。そうなれば歌舞伎ファンの裾野も広がるわけだし、松竹としても歌舞伎の興行成績が今以上にアップする可能性があると思うけど。同じ吉沢亮さんの「バババン~バンパイア」を製作配給するのもなんだかな……
横浜流星、吉沢亮の歌舞伎の演技が凄かった。よくあそこまで演じたものだと思う。実際に血のにじむような練習をしただろう。役者根性に頭が下がりました。圧巻は曽根崎心中のシーン。鑑賞していて胸が熱くなりました。感動というか言葉に表すことができませんね。
歌舞伎役者の血を受け継ぐという宿命的なテーマもありましたが、この作品で出演している役者さんの中で、実際に血を受け継いでいるのは寺島しのぶさん(父が七代目尾上菊五郎さん)と中村鴈治郎さん(父が人間国宝の四代目坂田藤十郎さん)だと思いますが、2人がどのような思いで作品に携わったのか知りたくなりました。
また田中泯さんの女方の仕草には、目からウロコでした😲。
上映時間は3時間ありますが、長さは全く苦になりませんでした。
歌舞伎はユネスコの無形文化遺産にも登録されています。映画「国宝」を鑑賞されて歌舞伎に興味もたれた方は、是非とも人生一度は歌舞伎を観て頂きたいです。(私は、昔いたザ・グレート・カブキというプロレスラーは何度も見ましたが…😅)
自分の位置からは見えぬ景色を目指した壮大なドラマ
原作は未読ですが、昨年から吉田修一の最高傑作が映画化されると聞いていて、かなり注目していた映画です。原作は全く知らないので、あやふやな個人的な感想です。
全編にわたって、歌舞伎の場面がかなり入っているので、けっこう長いなあという印象でした。
極道の子として生まれた喜久雄が、歌舞伎の名門の花井家に引き取られるが、歌舞伎の跡取りとして間違いないと思われていた俊介を差し置いて、歌舞伎を継ぐことになるとは、ゆめゆめ思っていない景色だったと思います。時折、差し込まれる紙ふぶきの風景が効果的でした。
日本の世の中は、政治家等もほぼ世襲制ですが、本当に実力のある人が跡を継ぐのが望ましいと思います。
俊介もこの跡継ぎを恨むのではなく、俊介なりに
歌舞伎を努力していく姿はとても好感が持て、良き友であり、良きライバルだなと感心しました。途中で私は、俊介が喜久雄に報復するのではないかと思っていましたが、見事にはずれました。
異常な評判の良さはステマか??
確かに映像は綺麗だった。少年時代から修行時代までのシーンは見応えがあった。
しかし心理描写や人間関係の描き方が不十分だった為、物語に没入できなかった。
(不十分だと思った点)
・なぜ春江は喜久雄ではなく俊介を選んだのか?
・元ヤクザの息子で、目の前で父を殺された喜久雄の心の傷は喜久雄の人生にどんな影響を与えたのか?
・最後の娘(カメラマン)との再会のシーンは、娘とのこれまでの関係性が分からないため双方に感情移入できない。
演出面においても(テレビドラマっぽいな)と思えて少し白けて気分が萎える場面もあった。
・喜久雄と俊介が殴り合うシーン
・喜久雄がドサ回り先で3人組の酔っ払いに絡まれるシーン
・何度も挿入される「暗闇から白い花吹雪が舞い落ちる回想シーン」
などは、これまでに何度もテレビドラマで観させられてきた演出に思えて少し白けた。
ラストシーンで喜久雄が舞台の上で頭上を舞う花吹雪を見上げながら(きれいや)とつぶやくシーンも、なぜその光景を何度も夢描いてきたのか分からないので、喜久雄の気持ちに感情移入できなかった。
それでも舞台に立つ
歌舞伎の世界に足を踏み入れる喜久雄を、少年期を黒川想矢さんが、青年期以降を吉沢亮さんが演じる。
喜久雄と共に切磋琢磨しながら成長していく同い年の歌舞伎名門の御曹司・俊介を横浜流星さんが演じる。
渡辺謙さん( 俊介の父親 )と寺島しのぶさん( 俊介の母親 )が、伝統芸能継承の重責や厳しさを絶妙の演技で表現。
当代一の女形・万菊を演じた田中泯さんの猛禽類のような鋭い目つきに圧倒された。
永瀬正敏さん、高畑充希さん、宮澤エマさんの演技も素晴らしい。
喜久雄と俊介かそれぞれの境遇の違いに苦悩する姿、互いを思い合う姿が胸に迫る。
『 鷺娘 』を舞う吉沢亮さんの国宝級の美しさに泣きそうに。吉沢亮さんの舞台『 鷺娘 』を観てみたい人は沢山いるでしょうね。
吉田修一さん原作『 国宝 』を2ヶ月ほど前に読み終えての鑑賞。
7割ほど埋まった映画館での鑑賞
二度にわたる「曽根崎心中」
あれこれ賛辞したいことは、多々ありますが、二度にわたる「曽根崎心中」について感想を綴りたいと思います。
映画の中盤、半二郎が怪我をして、代役に息子の俊介では無く、喜久雄(東一郎)を指名し、喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じることになります。半次郎から厳しい稽古をつけられ、舞台への不安から、俊介の血を渇望する喜久雄。「喜久ちゃんには芸があるやないか」と励ます俊介。
そして、いざ舞台が始まるや圧巻の演技を見せる喜久雄。とりわけ、縁の下に匿った徳兵衛に、お初が足を踏み鳴らしつつ、「死ぬる覚悟が聞きたい」と問い詰める姿は鬼気迫るものがあり、足を踏み鳴らす音がだん、だんと腹に響きました。
圧巻の演技を見せつけられた俊介は、いたたまれなくなり席を立ち、それに気づいた晴江も俊介を追いかけます。はじめは、何で俊介に、と解せなかったですが、喜久雄のためにうんと稼いで劇場を建ててやる、と夢を語らいでいた晴江にとって、目の前で完璧にお初を演じる喜久雄を見て、喜久雄は遥か遠くに行ってしまい、もはや自分がしてあげることは何も無いのだと悟ってしまったのかと、思い直しました。
その後、喜久雄、俊介は、それぞれ絶望に近い経験の後、また、二人揃って舞台に立つことが叶います。が、それも束の間、視力を失い吐血して亡くなった実父半次郎と同じ糖尿病を俊介も患い片足切断を余儀なくされます。これまで自分を守ってくれ、喜久雄から飲みたいと渇望された、歌舞伎の名門の血によって皮肉にも苦境に立たされることになります。
義足となった俊介は、「曽根崎心中」のお初を演りたいと喜久雄に(心中相手の)徳兵衛を演じてほしいと頼みます。
私が、劇中、最も心に刻まれたのは、この喜久雄、俊介による「曽根崎心中」でした。
俊介演じるお初が、義足をだん、だんと踏み鳴らし、縁の下に匿った徳兵衛に「死ぬる覚悟が聞きたい」と問い詰める姿は、あたかも俊介が自分自身に問うているかのように聞こえました。歌舞伎の解説では、徳兵衛はお初の足を刃物のように喉に当て(死ぬる覚悟に)同意を示すとのことですが、義足でない方の既に壊死して真黒になった俊介の生足を目の当たりにし、その腐臭漂う(であろう)足先に頬を寄せる徳兵衛(吉沢)の姿は、もう二度と舞台に立てないであろう俊介の片足を慈しんでいるとしか見えず、この一幕は映画史に残る名シ―ンだと思いました。
映画を鑑賞したこの日の午後は、時折、このシ―ンが蘇り、その度に涙が溢れてきて参りました。
他の方のレビューによると、原作ではこの二度目の「曽根崎心中」は、別の演目とのことで、脚本家奥寺さんなのか李監督の発想なのか、この2度にわたる「曽根崎心中」の舞台を取り入れたことは、彼らの実人生と相まって映画の中で見事に結実していたと思いました。
その後、映画は一気に、喜久雄が人間国宝になった後の話しになりますが、俊介の死後、看板役者として花井一門を担い、俊介と晴江の息子を跡継ぎとして仕立て上げていく喜久雄の人生は、語らずとも理解でき、ラストの人間国宝喜久雄による「鷺娘」に結実していました。その客席に俊介の母幸子は居らず、舞台を見つめる晴江の顔は、いまは熱心なファンのひとりとして喜久雄の芸を見守る穏やかな顔に見えました。
なお、ラストの「鷺娘」の音楽ついて、長唄と鳴物による伴奏だけでよく、踊り終盤の劇伴に否定的なコメントも目に止まりましたが、私はあの急峻にして圧倒的なボリュームの劇伴に痺れましたし、映画でしか成し得ない感動の高みに連れていってもらいました。グッジョブ!
頂点に立つ者だけが見られる景色とは
極道の家に生まれた男が歌舞伎町で頂点にのし上がっていく物語、ではなくて歌舞伎の世界に魅入られた者が、ライバルとなる兄弟と切磋琢磨し、遂に人間国宝になるまでの壮大な物語。
主人公の喜久雄のモデルは五代目坂東玉三郎だろう。喜久雄は本作の最後に「鷺娘」を演じるが、これは喜久雄が十代の頃に見た万菊の「鷺娘」を見て魅了され、万菊のような歌舞伎役者を目指した点も玉三郎が女帝と呼ばれた六代目中村歌右衛門の「鷺娘」にあこがれて彼自身も演じたというエピソードとまんま同じ。
組長の父を失った喜久雄は歌舞伎の名門花井に引き取られ、息子の俊介と共に時にはライバルとして時には兄弟としてともに歌舞伎の稽古にはげみ成長してゆく。
いずれ屋号を継ぐのは息子である俊介。世襲が習わしである歌舞伎の世界ではそれが道理であった。しかし運命の歯車が狂いだす。
花井は怪我をした自分の代役に喜久雄を選んだ。それはただの代役に過ぎなかったが、喜久雄の曾根崎心中での芝居を見た俊介はその力の差を見せつけられて家を出る。
俊介の血に嫉妬していた喜久雄、喜久雄の芸に嫉妬していた俊介。彼らは跡目を継ぐ時が来るまでは良きライバルであり良き兄弟だった。しかし歌舞伎界の習わしにより彼らはたもとを分けることとなった。
二人歌舞伎を演じた時の彼らはともに輝いていた。二人の信頼関係そして拮抗する芝居の才能、それらが合わさり相乗効果を生んで二人歌舞伎は観客を魅了した。一人の人物を二人で演ずる二人役をこなした二人はまさに二人で一つだった。しかしそんな二人は皮肉にも歌舞伎界の掟により引き裂かれてしまう。
俊介は去り、残された喜久雄は跡目を継ぐ。しかし、いくら芸を磨いても喜久雄の不安はぬぐえない。自分にはどうしても欠けている花井の血。彼はその不安をぬぐうために悪魔と取引をする。
そして彼の不安は的中する。襲名披露で吐血した花井は帰らぬ人となる。後ろ盾を失った喜久雄は主役の座から遠のき役者としてくすぶっていた。そして先代が残した借金だけが重くのしかかった。
そんな時、行方をくらましていた俊介が歌舞伎界に復帰する。それと入れ替わるかのようにスキャンダルに見舞われた喜久雄は歌舞伎界を追われる。
まるで二人は陰と陽の関係。片方が眩いライトに照らされたら片方は影に追いやられる。かつて二人歌舞伎を演じていた時の均衡の取れていた二人をつないでいた糸は断ち切られ、片方は糸の切れた凧のようにさまよい始める。
しかしそんな二人を再び運命の糸が繋ぎ合わせる。人間国宝の万菊の手回しにより喜久雄は再び歌舞伎界に返り咲くのだ。
あの頃のように二人藤娘を演じる二人は再び輝きを取り戻したかに見えた。しかし、運命は喜久雄に微笑む。悪魔と取引した喜久雄に。
皮肉にも喜久雄があれだけ欲した花井の血は息子俊介に病をも受け継がせた。再び二人の均衡を取り戻そうと自分の自信を奪うきっかけとなった喜久雄が演じた曾根崎心中のお初を演じた俊介、二人の迫真の芝居で均衡は取り戻されたかに見えた。しかし死が俊介に舞い降りる。
一人残された喜久雄はやがて頂点に上り詰め人間国宝となった。悪魔と取引してでも、兄弟から屋号と名跡を奪い取ってでも、周りの人間を不幸にしてでも上り詰めたかったその地位で見られる景色とはいったいどんなものか。
それはけして物理的にその位置に立ったところで見えはしない。人生をかけて芸の道を貫いた者にしか見えない景色。
万菊もその景色を見続けていたに違いない。彼はここにはもうきれいなものはない、やっと楽になれる、そう言い残して喜久雄を歌舞伎の世界に呼び戻した。彼は喜久雄を自分の身代わりにしたのかもしれない。彼がいるところから見えた景色。その景色に魅了されたものはもはや芸から逃れることはできない。彼はそこから逃れるために喜久雄を差し出したのかもしれない。
万菊が喜久雄を差し出したのは歌舞伎の神なのか、それとも悪魔なんだろうか。どちらにせよその景色に魅了された者は命尽きるまで歌舞伎から離れることはできない。
憎むべき歌舞伎、しかし芸をやめることはできない。歌舞伎役者とはそういうものだ。復帰した俊介にかけられた師匠からの言葉が印象的。我々凡人はとてもそんな生き方はできない。
歌舞伎役者として頂点に上り詰めた者、それは歌舞伎の神に見初められた者なのか、それとも悪魔に見初められた者なのだろうか。
喜久雄と俊介、二人のその時々の人生を反映させるかのように演じられる歌舞伎の舞台は物語とリンクしていてとても見ごたえのある作品に仕上がっていた。三時間の上演時間が短く感じられるほど満喫できた。
見ることの出来ない異世界の話
公開1か月にも関わらずいまだに満席でした。
好評の映画という以外、事前情報無しで観賞。
一般の人が入り込めない世襲で囲われた歌舞伎の世界。
そこに入り込んでしまった喜久雄が人間国宝にまで上り詰めるストーリー。
世襲という壊せない壁の前に、人生の全てを掛けて乗り越えようとする主人公を吉沢亮さんが演じ、血に守られた立場にいながら、逃げ出してしまうライバル俊介を横浜流星さんが演じている。
この二人さすが大河の主演を演じた俳優さんで、素晴らしい演技を見せる。
二人共に多くの歌舞伎演目を披露、とても見ごたえのあるシーンの連続でした。
寺島しのぶさん、高畑充希さん、森七菜さん、見上愛さんの女優陣も良かった。
特に寺島しのぶさんは、ご自身がリアルにその世界の方なのでとてもリアルに感じる。
私は李監督の「怒り」に出演していた高畑充希さんの演技がとても好きです。それ以上の演技を見せていただきありがとうございます。
最後に、渡辺謙さんがこの作品に深さを表現する演技で出演されていて良かったと思います。
今年度最高の映画となるのだと思います。見ごたえのある映画で満足でした。
そんなに絶賛しなくても…
世間であまりにも絶賛されていることに驚きました。
初心者が舞踊をがんばっているな、とは思いましたが、とにかく歌舞伎に見えない。
「国宝」と名前をつけテーマとして描くからには、ちゃんとしてほしかったです。
未経験であれだけやればすごい、という評価を見かけますが、プロの仕事として、努力賞でいいとは思えません。
よかったと思えるのは、横浜流星さんの演技(義足のとき)に凄みがあったことくらいでしょうか。
あと単純に疑問なのですが、一度人間国宝になった人があんな末路をたどるものでしょうか??(不勉強で申し訳ないです…)
いろいろと納得のいかない作品でした。
この歌舞伎映像こそ、国の宝として欲しい
そういえば、メイクのシーンから入る映画って、いくつか有ったと思う。思い出せる範囲では「ジョーカー」と、「カストラート」つまりヘンデルの時代とオペラ箇所の映画。「アマデウス」と同様、当時の舞台の再現が見物だった映画。
今回、歌舞伎の舞台を映画のために行われた映像化は、実に素晴らしかったと思う。どう考えてもカメラマンも一緒に舞台に上がっている筈なのに、観客からの視点では歌舞伎俳優しかいない。当たり前だけど、つまりは同じ舞台を何度も取り直す必要があり、それこそ国宝級の歌舞伎俳優さん達が協力してくださったこと。もちろんお客さんもコミで。
なんと有り難いことだろう。興味本位で歌舞伎の舞台の動画なんかを見ることはあっても、正直意味は判らないし、動きも優雅というか、ゆったりというか、荒事シーンなんかでも派手なアクションなどありえない。それでも、練習の風景から紐解いて、歌舞伎とは何なのかを鑑賞できたのは、とても素晴らしい体験でした。
女型の舞い踊りも、その美しさを理解出来たかどうかは、そこのところは正直ちょっと自信が無いです。特に、ご老輩の現役国宝さん、そして主役にして新生国宝さんのエンディング舞台「鷺娘」は確かに美しい。美しいとは思う。そう思えるかどうかは感性的なもので、その度合いを自分が感じ取れたかどうかは正直自信が無い。優雅さ・柔らかさに関して、やっぱり女性が上のような気がするし。
ただその舞台において、多くの補助役(よくあるイメージが黒子みたいな人)が早着替えを手伝ったり、主役だけじゃ無く、多くのいわばスタッフ達が段取りよく動き回り駆け回り縁者を助けて舞台を完成させる、その厳格さ、凄まじさ、緊迫感。むろん手違いは許されず、今回、劇中にあったような救急搬送するようなトラブルがあれば、そりゃあもう誰もが魂が抜けるほどに総毛立って慌てたことでしょう。そんな厳しさこそ、我々が軽々しくクチにして良いものでは無い、いわゆるジャパンクオリティなのだなと痛感します。
その他、歌舞伎の演技に関して、やっぱり「曾根崎心中」が凄まじい。無論、であるからこそ、絞り出すような台詞回しに腹を刺される思いがしましたが、それはやはり、渡辺謙さんの超弩級の厳しさで演技指導されてたお陰も有ったと思う。その厳しさ、大声で怒鳴りつけてお膳をひっくり返す激しさではあるものの、決して、自分が演じて見せようとはしないのは、そういう意図的な指導の仕方なのか、と思うのは想像のしすぎでしょうか。
そんな歌舞伎体験に加えて、劇中の役者の座を争うストーリーについてですが、これは実際の出来事に基づいているのかどうか。それは原作を参照するなどすれば判ることかもしれないけど、やはりこういう世界だからこそ、ありがちなことでしょうか。
そのストーリーについて、ひとつ着目したいのは「何故、自分の息子に後を継がせようとしなかったのか」。それは無論、持病の糖尿が自分の息子にも発症するだろう。それでは、芸の継承が絶えてしまう。だからこそ、血縁関係の無い主役を選んだのではないかと推察します。芸を後世に伝えるためなら、息子の面目をも犠牲にする。それも芸に生きる俳優の崇高なプライド、誇りなのでしょうか。
あくまで余談ですが、漫画「ガラスの仮面」を引き合いに出したくなりますね。前・国宝さんの「鷺娘」を新生・国宝が再び「鷺娘」を演じるあたり、まるで「紅天女」を受け継いでいるかのようで。
そのエンディングへと繋がるシーン、娘がカメラマンとして潜入して恨み節から入るのは、人生の総ざらえとして、とても素晴らしかった。そして最後にはその舞台を、芸を讃える。男として、父親としては最低だけど。そういえば、息子に後を継がせない先代の奥さんも散々怒ってましたねw まったく、芸事に生きる男はしょうがないなあ、って訳でしょうか。
(追記)
どうでもいいことですが、渡辺謙さんが劇中に食べていたのは、京都名物・客が薦められても食べてはいけないぶぶ漬けというヤツでしょうか。ホント、どうでもいいことですが。
吉沢亮と横浜流星はどれだけ練習したのだろうか?
主演の吉沢亮と横浜流星、どんだけ練習したんだろう?凄ご過ぎる。圧巻。多分、多くの人が歌舞伎を観た人はそんなに多くないと思うけど、素人でも良い悪いは判ると思う。
私の姉は5歳からピアノを始めて毎日練習をして音大に進んだが、姉は色々言っているが、姉のピアノを一度も上手いと思った事はない。
ピアノに詳しくなくてもプロで活躍している人のピアノは上手いと思うし、上手い下手は素人でも判ると思う。
歌舞伎役者から見たら彼等の演技はどう写るのたろうか。聞きたいくらいだ。
主人公の喜久雄は子供の頃に歌舞伎役者半二郎から認められる程の天才。
それは交通事故で代役を実子の俊介より喜久雄を任命する位に。
以前に歌舞伎役者が学生の時の良かった事は?「将来が決まっている事」悪かった事は?「将来が決まっている事」と書いたと聞いた事がある。歌舞伎では家業を継ぐのが当然。世襲の世界。
映画で心に残った台詞は俊介が稽古中、「貴方、芝居が憎いでしょう」と言う台詞。自分の生まれだけで歌舞伎の道を歩ませられた俊介。本当はそんな考えがあったかもしれない。「憎くでも演じ続けなければならない」と言う台詞にも考えさせられてしまった。
代役に抜擢された喜久雄は俊介に血が欲しいと言う。自分に足りない家系という血が。
しかし、喜久雄の演技の素晴らしさに逃げ出してしまう俊介。それを追う喜久雄のガールフレンド春江。やはり喜久雄は天才なのだ。
世界一の演者になれる様に悪魔と契約する喜久雄。全てを犠牲にしても。
半二郎の死で3代目を就任していた喜久雄は何年も帰って来なかった俊介の帰還と共に後ろ盾を無くして転落する。
歌舞伎役者の重鎮の娘と放浪をするが、人間国宝の万菊の呼びかけで、また歌舞伎の舞台に復帰する事が出来る。
観ていて、何故、人間国宝の人の前で踊って復帰に繋がるかよく解らなかった。口添えがあって後ろ盾が出来たって事だろうか?この人間国宝の万菊は初対面の時からも喜久雄の才能を見抜いていた。その位、喜久雄は才能がある。
舞台に復帰して俊介と二人で歌舞伎を盛り上げるが、俊介が糖尿病で足を切る事になる。
片足になった俊介は「曽根崎心中」で喜久雄との共演を申し出る。ここの俊介の流星は凄い。舞台で倒れても演技を続ける。涙の中で演技を続ける喜久雄と俊介。
数年が経ち俊介が亡くなった事が判り、喜久雄が人間国宝に選ばれる。その取材の中、カメラマンをしている女性が芸妓の間で出来た娘だと判る。娘は悪魔の契約の通りになった事と喜久雄の舞台を観る度に正月が来た様な別の所へ連れて行ってくれる楽しさを感じていたとも。
舞台で踊る喜久雄は降る紙吹雪を見て「綺麗やわ」と呟く。
ともかく映像が綺麗。
何度も言うが吉沢亮と横浜流星の演技が素晴らしい。
3時間を感じさせない。
今年の日本アカデミー賞の多くを獲ると思う。
フツーのキレーな映画
全体に平坦で舞台シーンがキレーな映画という印象。以下ほぼ褒めていないのでこの映画をお好きな方は読まれない方がいいかも。
まず、映画の売りになっている歌舞伎の舞台シーン。メインキャラお二人が1年半かけて血の滲むような稽古をして挑んだとか。その努力を否定する訳ではないが、子どもの時から歌舞伎一筋で芸を磨く歌舞伎役者なる本業役者がいる以上、1年半で極められるものではないだろう。言葉がきつくなるかもしれないが所謂素人芸の域。譬えて言うなら部活の高校生が猛練習しました。その発表会するので見て下さいという感じ。猛練習した高校の吹奏楽部演奏は凄いし。それは否定しない。
だから若手の頃の舞台はそこまで気にならない。若い演技だから。しかし、中堅になった舞台シーンもさほど若手の頃と変わらない
レベルに見える。年月を経た深みはなくずっとメインキャラお二人が頑張って到達されたレベルの舞台。最後の鷺娘などはだからそれで国宝感はとても感じられない。申し訳ないが、それをプロの歌舞伎役者の舞台として見せられ感動せよと言われても鼻白む。演出で国宝感を出せたかもしれないが、ニュートラルな演出の色は変えられなかったのだろう。
ニュートラルな演出と言えば原作未読なので原作はもっと深いのかもしれないが、映画を見た限り、全てがあっさり通り過ぎ情念とか業は感じなかった。それをある程度は描こうとしていたようだが。
1つは女性達のメンタルがきれい過ぎる。義理の母や主人公の彼女達との関係は結構複雑なはずだが、義母は嫌味は言うがさほど意地悪な仕掛けもせず主人公の彼女達は立場を弁えている人ばかりで主人公を悩ませる事はほとんどない。それがメインの話ではないと言われればそうだが、主人公に都合が良過ぎる。
主人公と芸を競うという事で言えば師匠の実子が親友という関係で小さな争いがそこしか無く他の役者の妬みなどは全く無いので芸を極めることは壮絶とはいかずとても甘々な感じになっている。主人公の不遇時代も描かれてはいるが、女と間違われて暴力も振るわれているのに何故か危機感がさほどないあっさり演出。基本的にこのあっさり演出がさらりとした作品にしている気もする。
とは言ってもあまりドロドロになって歌舞伎の闇の世界を暴くような形になっては芸道の素晴らしさ凄さを描けないという思いかもしれないが。
それから試写会段階から絶賛コメが多過ぎて、この作品は褒めなくてはいけない圧を感じるのだが、本当に先入観無しにこの作品に感動した人が多いのか非常に気になる。個人的にとても期待していたし感動したかったから尚更。メインキャラ2人は今が旬の美形としても誉れ高く演技派で大河ドラマ主役経験者というこれ以上ない経歴の奇跡のような配役が作品の内容以上に人の感性に影響している気がする。
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