国宝のレビュー・感想・評価
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見応えがある難解な作品
おそらく上映時間内に収めるために心理描写などを原作から削ったためだと思われるが、登場人物がなぜそのような行動を取ったのかを理解しづらい場面がいくつかあった。
他の方が書いた解説やレビューなどを読むとある程度理解できるため自分の読解力が低いだけかもしれないが、3時間近い上映時間も相まって観終わった後に疲れを感じる作品だった。
俳優の演技や演出などは非常に優れているため、歌舞伎の知識を予習し、原作も読んだ後に再挑戦したい。
ストーリー微妙。女形(おやま)を「おんながた」と読むのは、やめて欲しい🎞️
演目や歌を存分に用いて、劇場で贅沢な気分に浸れますが、ストーリー自体はイマイチに感じました。入門して身を立て、血統に悩み三浦貴大さんと衝突するあたりまでの、前半は良かったです。後半は時間も飛び飛びで、非日常を追体験するよりは雰囲気映画になっていったと感じました。ライバルが失踪したと思ったら、10年して急に帰って来てスターとして返り咲く展開は、主人公が当主なのに追い出すシーン等も無く、おかしいと思いました。また人生を描いているのに良かった時代や黄金時代も特に感じなかったので、例えばライバルと2人で家を盛り立て一時代を築き、その後に跡目争いで揉めるというオーソドックスな「持ち上げて落とす」シナリオなら、高揚感もあって良かったかも知れません。女形(おやま)を毎回「おんながた」て読むので、苛々しました。主人公の舞台でのお顔や立ち振る舞いも、梅沢富美男さんや早乙女太一さんと比較してしまい、美しいとは感じませんでしたし、発声もこれで良いのか分かりませんでした。ケン・ワタナベが血を吐くシーンは良かったです。難しい内容にチャレンジした映画だとは思います。
ハードルは低めにしとこ
俳優さんの演技は素晴らしい
一番ビックリだったのは永瀬正敏さん
エンドロールに名前が出るまで気づかず、渋い俳優で適役だなーと思っていたくらいでした
内容については親の仇にしろ、半弥とはるちゃんのあれこれにしろ、東一郎の子どもにしろ「何年後」で済まされ、まぁ想像はつきましたけどねみたいな感じでそこまでの道のりは想像するしかなく。
色々あったのにすぐ元通りっていうところに納得はできなかったり。
で、スキャンダル色々あったのになんで若くして国宝になれたの?
予告が素敵でハードル上げすぎてたかな
絶賛、ほどじゃないけどとてもよかった
いまコミカライズの連載も読んでるので、ビジュアル解釈の違いに興味もあり、発表以来、楽しみにしていました。
とてもよかった。
ただ、レビューで書き込まれている絶賛ほどではないのは、映画版オリジナルの屋上シーンでピークアウトしたと感じたからです。あのシーンは本当に素晴らしい。ちょっと涙が出ました。だからこそ、その先に消化感が否めませんでした。
例えば綾乃のシーンはないほうが好み。
映画版は喜久雄に焦点をしぼり、かつ徳ちゃんがいないことで、喜久雄の孤独が際立ちます。別の血を持ち(梨園の血がないが強調されるけれど極道の血は流れている、それゆえのスキャンダル)、なのに才があるから排除され、それでも芸に没入した結果、“化け物”のようになった孤高の存在。それは観客以外に理解されなくていいと思ってしまった。徳ちゃんの「正月」セリフを誰かに言わせないといけないからなのはわかるんだけども。
鷺娘も劇伴がなんかやりすぎじゃないですかね。あそこは邦楽を大音量にしてもいいのではとか思いました。
あと、キャスト発表時から思ってたけど、渡辺謙に女形役はやっぱり無理があると思います。吉沢亮と田中泯が普段の所作から女形かもしてるから余計に感じてしまう。
とはいえ、全体には満足なのです。喜久雄のお初が強くて、そのシーンと俊ぼん、春江のシーンを重ねる演出は、消える二人の気持ちが私的に推し量りやすかった。歌舞伎の有名演目を登場人物の心情と重ねる多層の構成は映画ならではだと思います。
それにしても吉沢亮、つくづく顔がいいですね。横浜流星も美形なのに、それが霞んでしまう。あの顔だから万菊さんの「顔に喰われる」が刺さりまくり、彼もまた喰われそうな顔を乗り越えている俳優なのではと重ねてしまいました。
もっと悪魔に魂を売りつけてくれ
新聞連載で読んでたから粗筋は知ってたのでついていけたけど、ストーリーの要点→歌舞伎→要点→歌舞伎→要点→歌舞伎の繰り返しに終始してて、芸に対する執着の見せ方が少し足らなくないか、というのが全体的な感想です。
【良いところ】
·歌舞伎の場面はとっても美しかった。映像や主役の演技だけでなく、後見役の方々がカッコよかった。
·この長い物語を破綻させずに圧縮したという点については脚本の巧みさを感じました。ラスト前の綾乃のセリフは奥寺節が炸裂してました。
·役者さんがみんな達者です。役者の演技を観るために映画館に行く方は★5を付けるに違いない。
【う〜ん、なところ】
·顔のアップが多すぎて疲れた。そんなに顔で語らせたいか?
·彰子。森七菜の演技に不満はないがミスキャストだと思う。森七菜では喜久雄とお似合いの美男美女カップルになってしまい、周囲が「出世目当てでたらしこんだ」と疑う意味がわからない。親父似のブサい子で一途な頑張り屋さんを演じられる女優はいなかったのだろうか。
·喜久雄が仕込んだ「出世目当てのたらしこみ」の意図を廊下でニヤリとするワンカットだけで観客に分からせるのは無理がある。さらに言えばこのシーンだけでなく全体的に、芸のためなら悪魔に身を売る喜久雄の覚悟が伝わってこない。
·ミミズクの彫り物の想いや意味が途中から語られなくて残念。最初はすごく強調されてたのに。
·この尺では仕方ないのだろうけど、原作では重要な狂言回しになる徳ちゃんが最初だけしか出てこなくて物語の複雑な部分が省略されてしまい残念。
·舞台の本番中に倒れ過ぎじゃないだろうか。
·喜久雄が何歳なのか途中で分からなくなった。
·邦画ありがちだがエキストラの演技がクサ過ぎ。もっとがんばれ助監督。
·黒塗り高級車の屋根に降りかかる雪は、ゴミか灰にしか見えなかったがこれは雪なのだと自分に言い聞かせた。映画の雪は難しいね。舞台なら紙でいいのにね。
評判どおり
見応えのある作品だった。物語は簡潔に言えば、芸に身を捧げた対照的な2人の歌舞伎役者の生き様を描いた内容。正直、既視感のある内容ではあるけど役者さん達の熱の入った演技に魅せられた気がします。
吉沢亮さん、横浜流星さんの掛け合うような演技合戦に釘付けになりました。
あと渡辺謙さんの圧倒的な存在感はさすが。途中退場になるけどその存在の余韻は最後まで残っていたし、意外なところで女形の田中泯さんの存在感が凄かった。
映画を見ながらふと昔の映画…五社英雄さん、宮尾登美子さんの作品性を感じてしまった。内容は全く異なるのに人間の持つ性(さが)、情念、執念みたいなものを。
歌舞伎のシーンも思いのほか多かった。最近、歌舞伎の舞台を見たばかりで比べてしまいました。本物の歌舞伎役者には敵わない気もしますが(当然と言えば当然ですが)、メインのお2人とも本家に見劣りしないぐらいの上手さでした。
驚いのは喜久雄の父役、永瀬正敏さん。極道の役もなかなかハマってました。
そして森菜々ちゃん…大人のラブシーンを演じてて驚きました。
歌舞伎のシーンは圧巻、でもさすがに長い
原作未読。
吉沢亮と横浜流星ならば、オッサンの自分でも目の保養になると思い鑑賞。
とりあえず歌舞伎のシーンは圧巻。特に前半の曾根崎心中は鬼気迫るものを感じた。
でも、最後の鷺娘までくると、そこまで歌舞伎に縁のない人からしたら飽きを感じる。
ストーリーは、3時間のわりに消化不良。特に、主人公の周りの女性たちの描き方が雑。
春江(高畑充希)はずっと画面にいたけど、舞台を観ているだけ。
藤駒(三上愛)はその娘が出てきたから少しはマシだけど、
さすがに彰子(森七菜)の扱いはもう少し何とかならなかったのか。
最初のやくざのシーンも、思い切ってカットしてもよかったのでは。(全編を通してなにも影響がなかった。原作では途中ヤクザ者と絡むのかな?)
吉沢亮が干されてしまったところあたりは、正直退屈でした。『国宝』ではなく『血統』のほうが良かったのではないか?と思うことも多々。
役者の皆さん、物凄く稽古したんだろうなというのが伝わったので☆4です。
すみません はいりこめなかった…
みなさん大絶賛なのですが、私としては途中「?」が多くて、お話に入り込めませんでした。
吉沢亮さん、横浜流星さん、すばらしかった。寺島しのぶさん、田中泯さんの演技もすばらしいを超えて、すさまじくすごかった。
1年半の撮影期間しかなかったとは思えない「道成寺」や「鷺娘」のすばらしさ。
いろいろ特筆すべきはあるのだけれど、何で渡辺謙が「曽根崎心中」のおかる?普通、跡取りが、失そうしたら探すでしょ?なんで人間国宝までなった人が引退後、木賃宿みたいなとこに住んでるの?と、考え出すときりがなくて…「いやぁ、そこは深く突っ込まず2人のストーリーに酔いしれましょう」ということなのかもしれませんが、私としては納得がいかず星3つでした。原作読めば、このあたりが解明されるのでしょうか?
出会えて良かった映画。美の衝撃がすごい
とにかく美しい…。
少年時代、父親が殺されるシーンがあまりに美しく恐ろしく描かれていたのが衝撃で、それがラストに繋がっていく様に、美の価値観を揺さぶられました。
芸に生きる人の生き様は、こんなにも孤独なのか。その果てしない孤独の中に、ずっとずっと求めていたものがある。こんなに美しいラストシーンは、他のどの映画にもないでしょう。そんなシーンにふさわしい、美しい歌が聴こえた時は、魂の震えというものを感じました。
役者さんについて。
少年時代役の黒川さん。あどけない顔からの、あの色気は凄まじかったです。静かに燃える炎が、確かに見えました。将来が恐ろしい役者さんですね。
吉沢亮さんも、もはや喜久雄としてしか見れなくなってしまいました。それほど、喜久雄は生きていました。
印象に残ったシーン。
多すぎて上げきれないですが…
・黒川さんの舞台のシーン。会場の空気を完全に掌握していました。圧巻でした
・曽根崎心中の練習(病室で)のシーン。「演じる」ということがこんなに人を感動させるものであることを、初めて知らされた気がしました。
・曽根崎心中の舞台に立つ前、震えてメイクができない喜久雄と俊ぼんのシーン。血と、才能。それは決して二元論ではなく、交わり、支え合っていけるものなのだと信じさせるのに足るやりとりでした
・白虎襲名の際に白虎が倒れたのを見て、動けなくなった喜久雄と、それを刺す万菊の目。全てを見透かす彼の目がとても怖かった
・屋上で喜久雄が踊るシーン。取り憑かれていましたね、喜久雄も観客も。
・俊ぼんと喜久雄の曽根崎心中。映画であることを忘れ、私は歌舞伎の舞台に入り込みました。歌舞伎の舞台?いや、曽根崎心中の世界に入り込んだ。ドキドキして、美しくて、涙をこらえるのに必死でした
・そしてもちろんラストシーン。喜久雄が見つめていたものは何だったのでしょう。芸の神様?父親?半ニ郎?俊ぼん?いずれにしても、生死を超越した何かであり、美しいものであったのでしょう。
美しいけど、結構心が痛くなる作品
鬼滅の刃無現城編に次ぐヒットを飛ばしている大長編映画、身内が「映像が綺麗な作品」と評していたことから早速見に行きました。
感想としては歌舞伎のシーンが美しかった。演じているときの表情や目線が男性なのに妙な色気を感じさせらる場面があり、非常に映画映えするシーンが多かった。実際の歌舞伎の舞台とは違う、映画ならではの歌舞伎の魅力が見事に描かれていた感じだった。けれど、ドラマパートではかなり心が痛くなる場面が多く辛い作品だった。主人公がヤクザ出身ということもあり、日本の古来より続く伝統芸能である歌舞伎の世界のルールに対する葛藤や挫折が生々しく突き刺さる場面もまた多く、それもまたこの作品の魅力なのだと感じさせられた。結末としては主人公は最終的には日本一の歌舞伎役者となって国宝に認定されるのだが、それ以上に失ったものが多く、最後に舞台に向かって進み、最高の晴れ舞台で舞う姿は神聖であると同時に孤独な姿で胸に締め付けられるような感じだった。
見て後悔無く感動させられるものだったけど、リピートしたいとは思えない。良い意味で痛々しい作品だったから。
吉沢亮さんや横浜流星さんの演技に圧倒されました。
3時間という長い時間が、あっという間に過ぎ終始見入ってしまいました。特に歌舞伎の舞台での演技が、本物の歌舞伎役者さんかと思うほどでした。
内容は小説の本筋とおおよそ同じなのですが、映画の中での俊介の母の性格、中間部分の喜久雄が一般の人から受ける暴力シーンなど小説にはない部分に少し残念な感想を持ちました。また、その暴力のきっかけとなる事柄については、ラストの喜久雄に関わる大切な部分となる事柄だと思っていたのであの様な形のシーンに変えられたのは本当に残念な感想を持ちました。
それでも、全体的にとても素晴らしく映画のラストでの喜久雄の舞いは見ているだけで涙が出そうなくらい感動しました。
時間があれば、もう一度劇場に観に行くつもりです。
国宝級の傑作映画。ぜひ劇場で。
どこから語ればいいのか、とにかくストーリーも演技も映像も、全て素晴らしかったです。
歌舞伎という、おそらく多くの日本人がややとっつきにくい古典芸能が題材。稽古の厳しさ、しきたり、作法、感情の表し方などが丁寧に表現され、その世界に入り込むことができました。
歌舞伎の独特の声の出し方や動きに、さらに感情を乗せるという概念がなかったので、渡辺謙が曽根崎心中の稽古をするシーンはちょっと驚きながら見ていました。
そしてさらに驚きなのは、その感情表現を迫真の演技で表現していた吉沢亮。圧巻。目の前で実際に演じているかのような圧がスクリーンから感じられました。
あと、彰子との「どこみてんの?」のやり取りのあとの笑うシーンもゾクっとしました。日本を代表する役者さんになりそうですね。
見せ場としては吉沢亮が多かったのですが、横浜流星も、御曹司ながら親友でありライバルの喜久雄を認めざるを得ず、でも溢れる悔しさと敗北感を表現する難しい役どころを演じ切っていました。ちょっとチャラつきながら芸へのひたむきさを出せるのもさすが。感情の複雑さはこちらの方がより難しかったかも。
二人にどっぷり感情移入できるくらい、丁寧にストーリーは描かれていました。特に良かったのは、幼少期の二人は純粋に親友で稽古仲間であるところが描かれていたこと。ここでライバル感があると物語としてわかりやすいのですが、後のストーリーが安っぽくなるので。
最後の方はかなり駆け足の印象でした。喜久雄は急にあっさりと復活。俊介が逝去したのはワンカットでも葬式シーンを入れるか、せめてナレーションもう少しきちんと説明してほしかった。ついていけなかった。まあその頃には物語の余韻に浸り始めてるのではあるけど。
できれば前編・後編で2回にして最後まで丁寧に書き切ってほしかったという欲が出る、すごいものを見せられたなという映画でした。
いろんな示唆が得られた
衝撃的なスタート。目の前でヤクザの組長である父が射殺される。その後かたきうちに失敗して、たまたま射殺現場で同席していた歌舞伎役者の家に引き取られる。
厳しい環境のもとで芸を磨けば地位を気づくことができるというサクセスストーリーの面。実子を外して部屋子を代役に抜擢する、本心ではそれでいいのかもしれないが、大きなハレーションを起こすという事業承継についての教訓。しんどい時代を経て、再び2人で舞台に立つという友情物語。歌舞伎の世界の厳しさが伝わるという面。人を育てるにはハラスメントなんて言ってられない、その人の骨格を作るには厳しさが必要という教訓。
いろんなことを考えさせられ、そして歌舞伎に興味を持った。
邦画の最高傑作
レビューを投稿するのを忘れていたので投稿
原作は未読
終わった後の余韻がレベチ
初めての感覚
曽根崎心中が劇中で2回演じられるが両方とも違う過程を経ての演技だったので心震えた
見た後調べたが、吉沢亮と横浜流星の努力でこの作品の演目は成り立ってると言っても過言ではない。
リピートは絶対確定
起承転結もしっかりあった
恐ろしく美しい不気味な化け物
才能を見込まれた少年・喜久雄が“人間国宝”に至るまでの道のりを描いた芸道映画。
サスペンス的な展開を想像していたが、実際は“歌舞伎”という日本芸能の美と狂気を掘り下げる、濃密な人生の物語だった。
喜久雄を演じた吉沢亮と黒川想矢、どちらも素晴らしい演技力で、とても美しかった。
歌舞伎を実際に観たことはないが、演出や所作も本格的で、クオリティの高さを感じた。
「芸」のシーンだけではなく、芸に呑まれ、道化のように荒れ果てた吉沢亮の姿は、強く印象に残った。
⸻
「ずっとそばで応援する」と言っていた春江が、俊介のもとへ行ってしまう展開には、しばらく腑に落ちないモヤモヤが残った。
だが、おそらく春江は、喜久雄の“圧倒的な芸”を前に、凡人である自分にはそばにいる必要がないと悟ったのだろう。
そして俊介もまた、その芸に打ちのめされ、本気で芸と向き合う決意をする。
圧倒的な芸の前で、2人は寄り添うしかなかったのだろう。
血筋だけでは到底届かない「芸の力」が、当たり前の人間関係さえ断ち切ってしまう。
「歌舞伎」という道は、人並みを逸脱した世界であること——「悪魔との契約」という言葉の意味が静かに迫ってくる。
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実子を差し置いての“名”の襲名。
唯一の後ろ盾であった恩師の死。
スキャンダルによる孤立。
そして、俊介の帰還。
純粋な娘の心を利用しながら、
自暴自棄に荒れていく喜久雄——。
そこから、なぜか唐突に人間国宝・万菊に認められ、復活。
俊介との再共演、そして彼の病——。
端折られている描写も多かったが、彼の芸の人生がいかに壮絶であったかは、十分に伝わってきた。
そして最後に辿り着いた景色。
あの舞台は、不気味で、美しくて、恐ろしくて——。
魂を削って舞う姿は、観る側の体力までも削ってくるほどの迫力だった。
⸻
全体として、確かに「すごい映画」だった。
ただし2時間40分という長さは、想像以上に体力を要する。
途中で席を立つ観客も多く、少し気が散ってしまった。
個人的にも舞台のように中休憩が欲しいなと思ったので、
できれば体力のある昼間に観るのをおすすめしたい。
それでも、濃密で圧倒的な“芸”の世界を垣間見られたことは、間違いなく忘れがたい体験だった。
純粋な少年が「主体性」を獲得する旅
主人公の喜久雄は、主体性のない少年である。任侠の家に生まれて、父・権五郎の男ぶりに憧れて自らも背中に彫り物をしてしまう。やくざ稼業に対する冷めた目や批判的な目をまったく持ち合わせていないのだ。さらには、母親の道楽に付き合って、素人歌舞伎の女形の訓練も熱心にやり、父を訪ねてきた歌舞伎俳優・花井半二郎に「なかなかのもの」と認めさせてしまう。昭和の九州で、女の姿になれといわれて素直に従う精神は、母への依存的な愛が存在することを前提にしなければ、理解できないだろう。
喜久雄は父母に対する反抗などがない少年だが、父の死で任侠への憧れは中断してしまった。そのとき、半二郎に引き取られ、今度は憧れの的は義父である半二郎に変わる。同じく父・半二郎に憧れる御曹司の俊介と、競い合う兄弟付き合いを始める。ただ、二人の憧れを比べると、喜久雄の憧れ方は我が身を投げ出すような強いそれであり、跡目が約束されているはずの俊介の憧れは、そこまで高まっていない。
半二郎の代役を立てなければならなくなったとき、半二郎は喜久雄の献身的な憧れ方に懸けてみようと思ったのだろう。それは一度限りかもしれない代役ならば、熱量にまさる喜久雄のほうが、観客を落胆させないかもしれないと考えたのか。
俊介はショックを受け、喜久雄の幼なじみ・春江とともに旅に出る。春江も喜久雄に憧れてともに入れ墨をした仲だったが、自らが芸道にいないだけに、半二郎へ身をささげる喜久雄よりも、目標を失って苦しむ俊介に自分の姿を投影したのかもしれない。俊介はドサ回りで、跡目を約束されているから歌舞伎をやるのではなく、自分が歌舞伎を好きだからやるのだと気づき、帰ってくる。
一方、喜久雄は半二郎に憧れて襲名し、いよいよ半二郎の後を追っていこうとしたときに、半二郎が亡くなり、憧れる対象を失い、おそらく芸の光も失われて端役へと落ちていく。大御所・吾妻千五郎に近づき、大御所の娘・彰子を自分のものにして、足がかりを得ようとするが、憧れることが原動力の喜久雄が、安っぽい上昇志向のテクニックを使っても、うまくはいかない。
そして、喜久雄も彰子とともにドサ回りをするが、そこで喜久雄も憧れのあるなしと関係なく、歌舞伎と向き合うことになる。そのなかで、人間国宝の女形・小野川万菊と再会し、孤独な老後を送る万菊を見て、その姿に憧れるのではなく、好きな歌舞伎と向き合う自分と同じ気持ちを読み取り、はじめて主体的に歌舞伎に取り組む決意をして、芸の世界に戻っていく。
喜久雄は、かつて芸者に産ませた娘と思わぬ再会を果たす。憧れに近づきたくて「悪魔と契約したんや」と娘に話した父のままであったら、娘は今の喜久雄を許せなかったかもしれないが、そうした取りつかれた姿をすでに捨てて、正面から歌舞伎に向き合っている父を見て、娘は許す気になれたのだろう。むしろ、誇りに感じたのかもしれない。
一つだけ、この作品に注文があるとすれば、歌舞伎の上達具合をガイドするせりふが少なかったことである。心情的によりそった観客は喜久雄と俊介がなんとなくうまくなっていくことに納得したかもしれないが、例えば半二郎の弟子たちに「〇〇ができるようになったら、大したもんや」と言わせて、喜久雄や俊介がそれを達成していく姿を見せてほしかった。アクション映画で主人公が肉体を鍛える場面を入れることで、強くなったことに納得させられるのと同じだ。
わかりやすくする演出は、名作よりも単純な娯楽作品に近づけてしまう欠点があるのかもしれない。でも、わたしは敵を倒した主人公がそっと去っていく深い演出よりも、主人公が群衆から喝采を受けながら、恋人と口づけを交わすような演出が好きである。それだけのことだ。
役不足
吉沢亮も横浜流星もがんばりました!
しかし田中泯、渡辺謙、寺島しのぶが印象強いね〜
歌舞伎の場面が多すぎたかな、ストーリー的にはもう少しキクオの運命的なものが欲しかった、週刊誌の記事だけでは説明つかない最初の敵討ちのシーンがあやふやだし最後の景色と親の敵討ちはまた別物かなと思います😅
全448件中、361~380件目を表示
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