国宝のレビュー・感想・評価
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吉沢亮と横浜流星の贅沢なアンサンブルで魅せる、血筋と才能の残酷な相剋
吉田修一の原作は文庫本で上下巻、都合800ページほどで主人公立花喜久雄の15歳から還暦過ぎまでを描いている。時代背景も絡めつつ綴られた浮沈の激しい歌舞伎役者の一生を1本の映画に収めるのだから、細部の省略は当然ある。
それでも物語の本質的な魅力は全く損なわれていなかったように思う。それどころか、原作を読んだ当時歌舞伎の演目に関する知識があまりなかった私は、ああ視覚的にはこういう世界だったのだと、そこにかかっていた靄に気付かされたような、そしてその靄が晴れ澄んだ景色が見渡せたような気持ちになった。
吉沢亮と横浜流星は、個人的には世代でトップクラスの演技巧者だと思っている。どちらかひとりが出ている作品というだけでも食指が動くのに、二枚看板となればもう贅沢なものをありがとうございますとひれ伏すばかりだ。
実際、吉沢亮の喜久雄は圧倒的だった。半二郎から「曽根崎心中」の演技指導で厳しい駄目出しを受ける最中自らの頬をひとつ打ち、一瞬で一皮剥けたお初になる場面には息をのんだ。
行方不明だった俊介が帰って来てあっという間に晴れ舞台に戻る一方、「血」がないがためにドサ周りに落ちぶれた喜久雄が、汗と涙で化粧が流れた顔のまま悲痛な声をあげる姿に胸が締め付けられた。
そして、何と言っても舞台での華やかさ。どこか中性的な滑らかな輪郭の吉沢亮の面立ちに、女形の化粧が映えて眩しかった。
私には歌舞伎の舞台を観る嗜みがないのであの演技がどこまで本物の歌舞伎役者に迫ったものか、厳密に見極めることは出来ない。だが、彼がやろうとしていることは単純な舞台の再現ではなく、人間国宝になる役者の人生を映画で表現することなので、舞台場面のみを本物と比較して粗探しすることにはあまり意味がない気がする。
中村鴈治郎が歌舞伎指導を担当しているので、基本的なクオリティは担保されている。また、李監督は吉沢亮に、綺麗に踊るのではなく喜久雄としての感情を乗せて踊るよう指導したそうだ。歌舞伎をよく知らなくても難しく考えず、映画の観客として舞台場面ではただ東一郎と半弥、衣装や舞台芸術の美しさに酔い、二人の心情に思いを馳せればそれでいいのではないだろうか。
横浜流星も吉沢亮に負けない存在感を放っていた。助演とはいえ、W主演に近い演技力とエネルギーが求められる俊介という役を、吉沢に押し負けることなく、かといって主役の吉沢を食ってしまうこともなく、絶妙なバランスで演じていたと思う。このバランスが崩れると、喜久雄と俊介の関係性の表現は台無しになっていたはずだ。
血筋を持つのに父の半二郎に喜久雄の才能の方を選ばれ、喜久雄の舞台を見て実力の差を実感し家を出てゆくくだりでは、絶望に傾いてゆく俊介の心情が表情の変化から伝わってきた。
吉沢亮は稽古の段階で横浜流星の吸収の早さと役への気迫を感じ、彼に負けないことをモチベーションにして頑張ったとインタビューで述べている。一方横浜流星は、吉沢演じる喜久雄の踊りを見て俊介の踊りの個性をイメージしたとのこと。「仮面ライダーフォーゼ」で親友役だった二人のこういった関係も、どこか役柄の血肉になっている気がして面白い。
メインの二人以外で印象的だったのは、まずは寺島しのぶだ。演技は当然素晴らしいのだが、現実の彼女の境遇が、血筋と才能をめぐる物語に説得力を与えていた。彼女の場合は「血」はあったが、女であるがために弟の歌舞伎デビューをただ見ていることしか出来なかった。血筋を持つ俊介を守ろうとする幸子の姿には、寺島しのぶの母としての経験の他に、彼女が梨園の内側で見てきたものが反映されているように思えて仕方なかった。
田中泯にも驚いた。最初に白塗りの姿を見た時はその圧倒的な存在感に、一瞬本職の歌舞伎役者かと思ったほどだ。女形のしなやかさと威厳が同居する表情、そして洗練された手の動きはさすが舞踊家。
黒川想矢もよかった。喜久雄として最初に登場し半二郎を惹きつけるという、なかなか重要な役どころ。彼の墨染はとても可憐だった。
喜久雄と出会った頃は歌舞伎という業界を斜に構えて見ていた竹野が、最終的に喜久雄を救う立場になってゆく展開も描写はさりげないがなかなかアツい。
本作で全体的に女性キャラの扱いが小さく表層的なのは時代背景と業界の傾向に加え、原作での女性周りの描写が映画では削られているので(特に春江の心情描写はこれで大丈夫なのかというくらい端折ってあった)まあこんなものだと思っている。それでもちょっと残念だったのは、喜久雄の娘綾乃の扱いだ。
取材で喜久雄と再会した綾乃は娘であることを明かして彼に恨み節を言うが、最後に「舞台を見ているとお正月のような気持ちになる」等述べて舞台人としての彼を面と向かって肯定した。
これは、うーん……どうなんだろう。個人的には、ぽっと出のキャラが(子役としての綾乃は出てたけど)無難に綺麗事でまとめたように見えてしまった。肯定させる必要あったかな?
綾乃の使い方によっては、晩年の万菊に近いレベルで、喜久雄の美を背負う業のようなものが表現出来たのではないかと思えてしまう。偉そうにすみません。
才能で血筋を越えながらも血筋を持たない故に転落し、それでも才能で再び引き上げられた喜久雄。血筋を持ちながらも一度は才能で負けて家から逃げ、しかし血筋によって戻る場所を得られた俊介。入れ違いに過酷な運命に翻弄されながらも、最後まで穢れない彼らの友情もまた舞台に負けず美しい。
原作はちょっと長いがとても読みやすいのでおすすめ。鑑賞後に読めば映画で知ったビジュアルで想像を補いつつ物語のさらなる豊かな広がりに魅了され、美に魂を捧げた喜久雄の最後の姿に心を奪われるはずだ。
芸能の世界に落ちる
良かった〜!!!とても没入して観ることができました。
歌舞伎に魅せられ一心不乱に突き進んでいった喜久雄が、転がり落ちていく場面は苦しくて仕方ありませんでした。
見向きもされない余興で踊った後に、観客に暴行を加えられた喜久雄が、酒を飲み屋上で朦朧と踊った時はそのまま飛び降りてしまうのではないかと思いました。というか、感情移入して飛び降りたくなりました。
何度も絶望を味わっても舞台に立ち続ける精神力がすごい。並大抵の人ならどこかで自死してしまうのでは?とさえ思います。
喜久雄が光の当たる場所に戻ってこれて良かったですが、結局は芸の力ではなくて権威のある人物の力で戻ってきたことにモヤモヤしました。
どれだけの芸や技量があっても、最終的に血筋や人脈があって初めて評価されるんかい。と…
喜久雄に力があったからこそ、万菊さんの目に留まったとも捉えられますが…。
俊介は最初から最後まで素直でまっすぐで、とてもいい奴でした。守ってくれる血筋があって、愛してくれる両親がいて、味方になってくれる妻がいて、、喜久雄とは正反対でしたね。
春江も半次郎も幸子もみんな俊介の味方で、喜久雄の周りには誰1人いませんでした。
傷ついて、挫折して、孤独になって、最後には歌舞伎だけが残っていたことが印象的でした。
役作りのために演者は歌舞伎を身につけたのでしょうか…。歌舞伎の世界はわからないので、凄いのかどうかも判断できませんが、舞台のシーンはすっかり見入ってしまいました。役者魂恐るべし
全体を通して、とてもとてもおもしろかったです。映画館で観てよかった!
伝統とか世襲とか血とか死ぬほど嫌いでした
まず、役者の方々はどの方も素晴らしかった。
吉沢亮は栄光から転落まで、正に喜久雄になりきっていたし、歌舞伎のシーンは息をするのも忘れるくらい圧巻。渡辺謙、田中泯の安定感も流石だった。
特に喜久雄の少年時代を演じた黒川想矢が素晴らしかった。この映画の中で1番印象に残りきっとこれからも多くの作品に出演して成長していくであろうことが楽しみ。
なんですが…
二代目が死ぬところまでは食い入るように見ていたんだけれど、そこから先が失速感。何の前触れもなく何で吐血したの?彰子(森七菜)とどうにかなるのが唐突すぎない?人間国宝、なんで和室に寝転がされてるの?
そして全体的に色んな意味で湿り気がありすぎて、私には合わなかった。歌舞伎も最初は圧倒されたけど、演目も飽きるし歌舞伎のセリフも節回しが耳について気持ち悪かった。
映画館ではスッキリ爽快になりたいという自分の好みを再確認しました。なぜこんなにも評価が高いのでしょうか?
個人的に高畑充希と見上愛の演技は苦手。横浜流星もやはり顔がいいだけだった。
たしかにスゴイ
吉沢亮と横浜流星の演技は圧巻。
若干、歌舞伎シーンが長いのと、その割に主演2人以外との人間との関わり表現が薄く
主観では無い客観の人間性が分かりにくかった。
曾根崎心中の伏線回収?には
😢
歌舞伎の魅力
❶相性:上。
★歌舞伎の魅力
❷時代と舞台
1964年(東京オリンピックは10月開催)新年:長崎⇒1965年:大阪⇒1972年⇒1973年⇒1986年:大阪、京都⇒1989年⇒1995年⇒2014年:東京(喜久雄が人間国宝に選出)。
★私が社会人になったのが1964年。
❸主な登場人物
①立花喜久雄〔芸名:花井東一郎〕(✹吉沢亮、30歳)〔少年時代は黒川想矢、15歳〕:この世ならざる美しい顔を持つ。長崎の任侠の一門の生まれ。15歳の中学生の喜久雄は、父親が組長を務める立花組の正月の宴席の余興として歌舞伎を踊る。それが、客として訪れていた花井半二郎の目にとまる。その夜、突然始まった抗争によって父親が殺される。喜久雄は、背にタトゥーを入れ、仇討ちに挑むが失敗し、長崎を追われる。上方歌舞伎の名門の長で看板役者・花井半二郎は、喜久雄を引き取り、跡取り息子の俊介と共に歌舞伎役者としての修業を積ませる。喜久雄は、世襲の歌舞伎界の中で才能を武器に、稀代の女形として脚光を浴びていき、俊介を差し置いて三代目半次郎を襲名する。しかしその重責とプレッシャーにより、心のバランスを崩してスランプに陥るが、上方歌舞伎の当主・吾妻千五郎の娘・彰子の支えを得て復活する。そして、糖尿病のため両足を切断して義足となった俊介を励まし、一緒に舞台に立つ。最後は人間国宝にまで上り詰める。
②大垣俊介〔芸名:花井半也〕(✹横浜流星、28歳)〔少年時代は越山敬達、15歳〕:上方歌舞伎の名門の御曹司として生まれ、看板役者・花井半二郎を父に持つ。生まれながらに将来を約束され、歌舞伎役者になることが運命づけられてきた。喜久雄の親友・ライバルとして共に切磋琢磨していき、京都の歌舞伎座で共演するチャンスを掴み、喜久雄は花井東一郎、俊介は花井半弥として人気を博す。しかし、俊介には正当な後継者たる自負があり、喜久雄には才能だけでは越えられない血筋の壁があった。交通事故により大怪我を負った半二郎が、代役に選んだのは俊介ではなく喜久雄だったため、二人の仲に亀裂が入る。俊介は春江を連れて、歌舞伎の世界から姿を消し、旅芸人となり放浪するが、春江のサポートを得て立ち直り、舞台に復帰し、人気役者となる。しかし、糖尿病で両足を切断することになる。両足義足となった俊介は、喜久雄の励ましを得て、一緒に舞台に立ち、「日本芸術院賞」を受賞した後、帰らぬ人となる。
③花井半二郎(✹渡辺謙、65歳):上方歌舞伎の名門の当主で看板役者。逸早く喜久雄の女形としての才能を見出し、抗争で父親を亡くした喜久雄を引き取る。息子の俊介同様に歌舞伎役者として育てながら、自身も役者としての地位を確立することを志す。
④福田春江(✹高畑充希、33歳):喜久雄の幼馴染で一緒にタトゥーを入れる。喜久雄を追って上阪し、ミナミのスナックで働きながら喜久雄を支えるが、歌舞伎一筋の喜久雄の為を思い身を引く。後に俊介と結婚して子をもうけ、花井の家を支えていく。
⑤大垣幸子(✹寺島しのぶ、52歳):半二郎の後妻、俊介の実の母親で、上方歌舞伎の名門を支える女房。初めは喜久雄を引き取ることに反発するが、喜久雄の役者としての才能に気づいて育てていく。
⑥彰子(✹森七菜、23歳):歌舞伎役者・吾妻千五郎の娘。スランプとなった喜久雄のことを慕い、結婚し、復活させる。
⑦藤駒(見上愛、24歳):喜久雄が京都の花街で出会う芸妓。まだ無名の喜久雄の役者としての才能を予見する。喜久雄の子を出産する。
⑧竹野(✹三浦貴大、39歳):歌舞伎の興行を手掛ける三友の社員。世襲の歌舞伎に対して、冷ややかな態度をとる。温泉街で妖艶な芝居を見せる俊介と出会い、復帰のチャンスを与える。
⑨梅木(✹嶋田久作、69歳):歌舞伎の興行を手掛ける三友の社長。喜久雄と俊介を若い頃から見込んで、様々な大舞台を用意する。
⑩吾妻千五郎(✹中村鴈治郎、65歳):上方歌舞伎の当主。彰子の父。歌舞伎指導も担当。
⑪小野川万菊(✹田中泯、79歳):当代一の女形であり、人間国宝の歌舞伎役者。若い頃の喜久雄と俊介に出会い、2人の役者人生に大きく関わっていく。
⑫立花権五郎(✹永瀬正敏、58歳):喜久雄の父親で長崎・立花組組長。組同士の抗争によって命を落とす。
⑬立花マツ(宮澤エマ、36歳):長崎・立花組組長の権五郎の後妻。血は繋がらないが、喜久雄をヤクザの世界に巻き込まないように尽力する。
⑭徳次(下川恭平、20歳):立花組の住み込み舎弟。喜久雄とは兄弟のように育てられ、喜久雄が花井半二郎に引き取られた際にも同行して喜久雄をサポートする。
⑮女性カメラマン(✹瀧内公美、35歳):人間国宝に選ばれた喜久雄を取材する。最後に喜久雄と藤駒の娘であることが明かされる。
❹まとめ
①任侠の家に生まれながら、歌舞伎役者として芸の道に人生を捧げ、人間国宝に選ばれるまでになった男の激動の物語。
②歌舞伎の奥深さ、美しさを描く物語は1964年から始まり、70年代、80年代、90年代へと進むが、サクセスストーリーではなく、人物(主人公以外に関連する人物も含む)の努力、成功、歓喜、葛藤、苦悩、挫折、転落、復活、狂気、得るもの、失うもの等々、プラス面とマイナス面とをバランスよく描いている点に説得力がある。
③一番の驚きは、上方歌舞伎の名門の当主で看板役者の二代目半二郎(渡辺謙)が、ピンチヒッターとして、跡取り息子の俊介(横浜流星)ではなく、父がヤクザの喜久雄(吉沢亮)を選んだこと。血筋ではなく才能を選んだのだ。この時点では、三代目半次郎を継ぐのが喜久雄か俊介かはまだ未定であるが、喜久雄が一歩リードしたことは確かである。落胆して家を去る俊介の気持ちがよく分かるが、選ばれて張り切りと戸惑いの両方を持つ喜久雄の気持ちも分かる。そして、苦渋の決断をした半二郎の気持ちも分かる。上手い脚本である。
④本作には、幾つかの名作歌舞伎が登場する。それ等の内容を知っていれば、本作の理解と感動がより深まったのではないかと思われるが、残念ながら門外漢である。
⑤しかし、演じた吉沢亮と横浜流星の踊りには感動した。圧巻・絶品・見事である。大勢のキャラとエピソードが登場するので、中には共感出来ないこともあるが、この2人の熱演を観られただけで十分である。
⑥舞台の魅力も伝わった。
⑦歌舞伎のことは全くの素人である私だが、若干の接点はある。
ⓐ現役時代、銀座の歌舞伎座から徒歩5分の目的地に出張することが数十回あり、要件が早めに終了した時に観た公演が2回あった。
ⓑ名古屋の中日劇場でも歌舞伎公演があり、1回観ている。
★上記3つは30年以上前だが、今では内容は覚えていない。
ⓒ中日劇場では、ジャンルは異なるが、市川猿之助(三代目)の「スーパー歌舞伎」の全作を公演していて、その全部を観た。
★こちらの内容は今でも覚えている。
⑧本作を観て、「秀でた芸術を生み出すには、並外れた努力と、既存の概念に囚われない発想と、既存の価値観に挑戦する決断力等が必要なこと」がよく理解出来た。美しく感動的な芸術の裏には、芸術家の葛藤や、苦悩や、たゆまぬ探求心があるのだ。
★長嶋茂雄や大谷翔平等、超一流のスポーツマンも同様と思う。
主人公に救いがなさすぎて可哀想
役者の方々、本当に練習を頑張られたんだろうと思います。女形の舞は1年半で習得できるものではないだろうし、吉沢亮と横浜流星の美しさには息を飲みました。しかし、やはり本物の歌舞伎役者と比べると少し劣るものがあり、この世のものではない美しさを感じるには至らなかったのが惜しいです。
ストーリーにおいては、納得出来ない部分が多々あり、展開に気持ちが追いつかず、正直理解も感動もあまりできませんでした。
鑑賞後原作を読んだのですが、原作では登場人物の行動原理が良く描かれており、共感できる人間らしさがあります。
上下巻に渡る原作を3時間の映画に収めるため、出来事や人物を最小限にしたのだと思いますが、スピード感がありすぎて感情が追いつかない、人物の行動原理が分からずただただ恐ろしいというような弊害が出ていると感じました。
特に主人公に救いの手を差し出す人物がことごとく描写されておらず、主人公が可哀想過ぎて観ていられませんでした。個人的には12話くらいのドラマの方が良かったんじゃないかと思います。映画館で観る迫力よりもストーリー性を重視してほしかったです。
私の理解が及ばないせいでもあると思うのですが、原作を限りなく単純化した上で伝えたかったことってなんだったのか、よくわかりませんでした。
禍福は糾える縄のごとし乃至は人間万事塞翁が馬…か。
凄いものを見せられたナという気持ちはしています。
観賞以前からキャスティングが逆じゃないか、吉沢亮と横浜流星が逆の役をやった方がシックリとくるんじゃないのか、もっと良い作品になったんじゃないのかというのが有って、観賞中もますますその思いを強くしていたのだけれども、それでも途中から段々とそんな事どうでも良いヤと思う様になって来ました。
人生というのは生まれた時代や場所や境遇を背負って、死ぬ迄その役柄を演じ続ける事に他なりません。他人の人生を生きる事は出来ないし、他人の境遇を羨んでもその人間に成り変わる事は出来ないのです。
それは俳優の演技にしても全く同じ事が言えて、あの人の役の方が良かった、この人の役の方が良かったと言っても仕方が無くて、自分が与えられた役の中で懸命に生きる、与えられた役の中の人生を生き抜けるという使命を果たすという事に他なりません。
そういう意味では二人は間違いなく与えられた役柄の人生を生き抜いていたし、その人生を全うしたという事が出来るのでしょう。
禍福は糾える縄のごとし乃至は人間万事塞翁が馬…
父親の敵討ちを戒め、将来を誓う証に背中一面に彫り物を入れたハズの喜久雄と春江は遂に結ばれる事は無かったし、実子の俊介を差し置いて花井家の後継に指名されたハズの喜久雄の見た夢は、半二郎の本心を悟ると時を同じくして音を立てて崩れ落ちて行きます。
それでも失ったハズの人生は、何処かで帳尻が合う様に出来ているのかも知れません。最後に悪魔との取り引きは果たされたのだという事を観客は知りますが、その喜久雄に笑顔は有りません。
「順風満帆な役者人生を歩んで来られて…」と事も無げに発するインタビュアーの問い掛けに、「皆様方の支えがあって此処までやってこれました…」と面白味の無い定型句を返答する喜久雄の人生の壮絶さを、けれども我々観客は知っています。
人は与えられた自分の人生を全うする事でしか、自分自身の役割を果たす事はきっと出来ないのだろうという事をつくづくと考えさせて貰いました。
原作の吉田先生は、映画『楽園』の原作者でもあるとの事。
映画『楽園』も以前に観賞しましたが、奇をてらった感じが凄くして自分は駄目だったのを覚えています。こちらの作品は人の持つ業だとか宿命の様なものを深く感じて、とても強く心を揺さぶられました。
先生も…腕を上げましたネ…なんてww
評判どおり
見応えのある作品だった。物語は簡潔に言えば、芸に身を捧げた対照的な2人の歌舞伎役者の生き様を描いた内容。正直、既視感のある内容ではあるけど役者さん達の熱の入った演技に魅せられた気がします。
吉沢亮さん、横浜流星さんの掛け合うような演技合戦に釘付けになりました。
あと渡辺謙さんの圧倒的な存在感はさすが。途中退場になるけどその存在の余韻は最後まで残っていたし、意外なところで女形の田中泯さんの存在感が凄かった。
映画を見ながらふと昔の映画…五社英雄さん、宮尾登美子さんの作品性を感じてしまった。内容は全く異なるのに人間の持つ性(さが)、情念、執念みたいなものを。
歌舞伎のシーンも思いのほか多かった。最近、歌舞伎の舞台を見たばかりで比べてしまいました。本物の歌舞伎役者には敵わない気もしますが(当然と言えば当然ですが)、メインのお2人とも本家に見劣りしないぐらいの上手さでした。
驚いのは喜久雄の父役、永瀬正敏さん。極道の役もなかなかハマってました。
そして森菜々ちゃん…大人のラブシーンを演じてて驚きました。
歌舞伎ファンでも映画館で観る価値のある大作日本映画
私は歌舞伎ファンです。好きだったのは八十助(三津五郎)その前にときめいのは若くして亡くなられ辰之助さんでした。
その立場でこの作品を観るととても切ない作品でした。私自身は泣くことはありませんでしたが、グッときたのは2代目半次郎の死に際に息子の名を呼んだりしたところ、そして曽根崎心中の横浜流星の死ぬ覚悟で演じたお初でした。そこは本当に万感こみ上げます。吉沢亮の怪演が話題となっておりそれは認める所ですが、横浜流星吉沢亮のお初徳兵衛にはみんな持ってかれました。歌舞伎指導の鴈治郎の凄さとそれを演じ切った2人を観るとポスター通り横浜流星と吉沢亮の二人の怪演無くして成り立たない作品です。
あまりに横浜流星が佳いので、途中大向うの掛け声が無いのが誠に演出の最大のマイナスポイントに思いました。「あれ?」と何故大向うがないの…とこれが映画である事に引き戻された程です。
この作品は吉沢亮の演じる役者が16から70代に人間国宝となるまでの一生をわずか3時間に詰め込んだ作品で描ききらないことの方が多いのです。なので展開の描写について不足を思う皆さんの感想はもっともですが、仕方ありません。
また、私は若手が歌舞伎役者を演じるなんてなんぼのものよ、位の気持ちで観てました。
少年期はいや違うな、と思っていたら確かに上達してきているし、歌舞伎舞踊は全編舞うわけではないものの、大根役者とは思わせぬほど、しっかり踊っているし、芝居も(声がいかほど劇場で本当に響いたかはわかりませんが)佳い声で歌舞伎らしい芝居、そして現代生活の中でも歌舞伎役者らしい芝居を魅せてくれて、正に怪演、凄いものを魅せてもらったと慄いています。
老齢の人間国宝である歌舞伎女形を演じた田中泯さんはとても歌右衛門さんに似ていらっしゃり、
存在感もある良い役者だとは思いしたが、舞台上の演じる歌舞伎には私は心動かされませんでした。
そこは残念でなりません。
恐らく彼の矜持を持つ舞踊と歌舞伎は本質に違いがあるのでしょう。
鴈治郎さんは最近拝見していなかったのですが、舞台を降りた現代の場面も良いのですが少しふくよかになられて、しっかりダイエットして長生きして欲しいとおもってしまいました。
と、思うほど、歌舞伎役者は良い役者が次々と病に倒れており、悲しみに暮れるばかりです。皆肉体と精神を削って、正に悪魔に操られるかのように芸の道に生きています。
継ぐ名前があるかどうかも役者には大きい問題です。ご贔屓に喜ばれるのは役者の息子が見事に成長して役者になること。血筋が大事とは思っていないけれど現実にお子さんや兄弟の初舞台や共演は本当に楽しみなものです。ただ、一方で本名や新しい名前で活躍する役者も当然いますが、引き立てる師匠たる名題役者がいてこそです。師匠を亡くしその跡継ぎたる若旦那も家出された部屋子は普通はほかの部屋子になるところなのではないでしょうか。
寺島しのぶさん演じる半次郎の妻が息子(横浜流星)が継ぐべき名を吉沢亮のきくちゃんに奪われるのは配役の妙があり過ぎます。(現実の歌舞伎界では甥が菊之助になりましたが、寺島しのぶももしも己が男に生まれていたならば息子に菊之助の名前を渡したかったでしょう。)
2代目半次郎も半弥も糖尿病とは…です。2代目半次郎の最期は吐血でしたが、原作未読ですが、肝硬変による食道静脈瘤破裂かもと医療に詳しい身内に言われました。生活の乱れがあったら肝臓も悪いかも、と。
令和ならば糖尿病から失明や脚が壊死する危険性も十分知られているでしょうに親子2代を襲った病魔は憎いものです。
女性との関係、親子関係等描ききっていませんがそこを描くと5時間は掛かるでしょう。ならばドラマにすれば、という問題ではなく3時間に凝縮したからこそ描いていない部分を想像する余白があります。
吉沢亮の半次郎の人力車でのお練りに「お父ちゃん」と駆け寄る娘になんと言うことができましょうか。嫡出の娘やご贔屓が駆け寄ってもあの様な素振りになるでしょうし、あれが娘にとっては悲しいかもしれませんが、仕事中の親を邪魔しており、内縁の妻の芸鼓のささやかな思惑まで想像します。
鷺娘の映像映像演出は美しかったです。クライマックスシーンでしょう。でも、本当の日本の宝である玉三郎さんの鷺娘を知っていると、それに敵う人など居ないのです。海老反りはやはり全然違ってました。斜めから見返り美人の様な海老反りでした。なのでそれを音楽とカット割り等で美しく仕上げていました。
しかし心の目でここは玉様の鷺娘と変換して鑑賞しました。
吉沢亮が客席の景色を見て感嘆するのは、歌舞伎ファンにはわかります。
八十助(三津五郎)さんは「昔死ぬ前に『八十助のあの舞台を観れて良かった』と思う人が一人でも居てくれたら嬉しい」と話された事があるのですが、「死の間際に自分の人生や家族の事ではなく演劇について思いを馳せる人がいるものかしら?!」と、その発想に驚きましたが、次第にその言葉が理解できました。
歌舞伎役者はそう思う位、人生命懸けで舞台に立っています。観客にも命懸けで鑑賞して欲しい位に。そして一期一会の素晴らしい舞台に出会った時、観客の一人一人は感動に打ち震えます。舞台の感動が観客に伝わる様に観客の感情も舞台に届くはずです。それこそ役者冥利に尽きる瞬間でしょう。
それは玉三郎の鷺娘とそれを観れて感動する観客が居ればその風景が表現できたでしょう。それを映画俳優が再現する事は困難です。だから心の目でラストは観るのです。
歌舞伎への想いがあるとこの作品の見方感じ方は違うと思いますが、吉沢亮、横浜流星、そして周りの人々皆良く、間違いなく日本映画史に残すべき1作品だと思います。マイナス0.5は歌舞伎役者以外が演じる限界分で、そこは皆さん心の目で補いましょう。
寺島しのぶがいい
新聞連載時に読んでいたけれど
いい感じに忘れ去っていて
あー、そういえば、そうだった、みたいな感じで
ストーリーを楽しめた
少年時代の2人がほほえましい
そしてそこからの紆余曲折をよくあそこまで、まとめ切ったよなぁ
寺島しのぶの
役どころが、歌舞伎の世界の理不尽を体現していた
田中泯怖いくらいオーラがあった
晩年のアパート暮らし、悲惨な末路かと思えば
「ここには綺麗なものが一つもないの」と言って
これまでの重圧から解放された自由さを語る(寝床で)
なんだか業が深い 歌舞伎の男は全員
そんなにまでしてやっているなら、観たいな、本物の歌舞伎
それぞれのお初
吉沢亮と横浜流星、その二人がそれぞれ演じる「曽根崎心中」のお初の演技にとにかく圧倒される。
吉沢亮は台詞回しと身体の使い方、熱量の落とし込み方がとにかく素晴らしく、横浜流星は身のこなしや表情に工夫が見られ、極限状況にある設定とも相まって切実さもひしひしと伝わってきて、どちらもとても魅力的なお初だった。
緊張状態が一瞬ほどける場面が時々あって、なんか泣きそうになった。
少年時代を演じる二人の瑞々しさも眩しかった。
評価が悩ましく難しい、面白い映画
この作品、評価が難しいです。
率直には面白く鑑賞できた出来作ですが、その「国宝」のテーマと、「国宝」の原作に合わせた映像化に、不満も感じてしまいました。
基本は、面白い。だが、推奨しがたい。……でもないような、そうであるような……難しい!
まず、美しい映像美には感動しました。
そして、主演吉沢亮さん演じる喜久雄と、主演横浜流星さん演じる俊介の演技もとても魅力的で、映画に没頭することができました。
私は歌舞伎は知っている程度、原作も知りません。
今回鑑賞しようと思ったのは、前評判も良いし「国宝」というタイトルと世界観に、壮大な歴史的描写の物語を楽しめるかもと期待していました。
半面、歴史的描写の映画は大半、壮大で圧巻だがエンターテインメント性は抑え目なイメージがあり、しかも3時間弱の長編のため、どこかで必ず「ダレる」「眠くなる」瞬間があるかもなぁと、不安もありました。
導入、歌舞伎の舞台。
歌舞伎に見とれました。素晴らしい映像美を見せつけられ、スグに映画に入り込みました。
そこからよくある時系列の起点に移り、喜久雄の少年時代。
極道 任侠 暴力 紋々 抑え目だが性的描写 復讐。
国宝になりえるかもしれない人物の描写に、国宝は無理だろうという思いを感じながら極道映画をしばらく楽しみました。
本作がフィクション映画であることは鑑賞後知ったことなのですが、おそらく原作の世界観が壮大で「尺」が足りないせいなのか、妙な急展開や早送り、カットが目立つその後の映像に、無駄に考察する時間が必要な間があり少し戸惑いました。
①藤駒の、いきなり色になろうかな発言からの、特に大きな進展を描かないまま、いつの間にかの子供出現に脳内整理の時間が必要だった。
②少年喜久雄が1年で娑婆に出られたのは失敗した?未成年だから?からの、あー失敗だったのかな?で、相棒の少年はどうなった?敵はどうなった?と気になった。
③第一印象で、露骨に喜久雄を嫌っていた感じの俊介が、青年期にワープしたら普通の仲で、描写的にも深い不快感は表していなかったので仲たがいの構図はそんなに根深くない?等の考察が先走った。
④時代のワープが頻発だった。
……などなど。整理しきれない事情もあったのかなと思いつつ、ちょっと残念な「はしょり」具合が気になりました。
ですが、そんな感じでマイナス点を伝えてますが、上映中、まったく「ダレる」事無く、非常に楽しく鑑賞することができました。
冒頭申しましたように、映像美がとても素晴らしい!歌舞伎に興味がない人間でも感動を覚え、没頭させてもらえました。
さらに、出演者の演技力にも拍手を送りたい。
少年役の黒川さんと越山さんの演技も素晴らしく、メインキャストに移行する前も十分に物語を楽しませてくれました。
また他の共演者も非常に演技が完成されていて良かったです。
今の時代、大人の事情で演技未完成の方が主要場面に多く出演・発言されると、失礼ですが「ダレて」くるので。
そして、吉沢さんと横浜さん。
素晴らしい!大賛辞を伝えたい。
いい加減な様相、怒り、失望、悲しみ、自暴自棄、喜び、困惑。そして歌舞伎の舞踊。
その演技があったから、劇場で作品に没頭し、「ダレる」事無く、美しさも体感しながら鑑賞することができました。
素晴らしかった!
……の上で、やはり評価が難しいのは作品のテーマ。
以下、個人的な意見です。
①「国宝」には、絶対になり得ない人物像
類まれなる才覚があったとしても、由緒正しい家紋の長が果たして跡継ぎに、現実するだろうか。また、かりにしたとしても、周りの家紋長老格や分家などが、絶対認可しないはずでは。
素晴らしい役者として、何かしらの受賞や著名人としての地位が確立するのは全然良いのですが。
②「国宝」は国の宝
国の宝であり、日本国を象徴する無形文化の一つとして、天皇陛下からも認められ謁見を賜れる存在(国民栄誉受賞者なども謁見出来きますが)。
大目に見てやくざは父親で、断絶していたとしても、自意識のある年代に、自分の意志で紋々を背負い、早々に暴力と性欲を行使して法に触れていて、青年期から壮年期にかけても身勝手な理不尽を行使して、「悪魔と契約」したというほどの事を、まさに行ってきた人物が「国宝」となるのは、どうなのかなと。
③反日の評価が不安
一部の反日の思想家には、「国宝」のレベルが、日本はこんな人物に務まるのかとか、だから日本はダメなんだとか、歴史や民度に対する蔑視や吹聴が誇張されそうで怖いのです。
あくまでも、「フィクション」である事が大前提として、海外には発信を心がけ、外交上の深層心理に悪影響を与えないよう危機管理が必要な気がします。
鑑賞した一市民としても、予備知識が皆無に近いと、もしかしたらノンフィクションの可能性を考えてしまう鑑賞者も少なくはない気がするので、冒頭にフィクションアピールが必要な気がしてしまいました。
以上、非常に面白かったですが、原作や映像化に対する不足感や、国宝の品位に対する評価が気になってしまった作品のため、面白くて映像も演技も最高!ですが、星3.5です。
タイトルなし
人生に苦労と紆余曲折があり それが役や舞台に滲み出ていた 芸の肥やし
醸成されていく畑から特異な味のものが出ているだけ
丁稚奉公の様に先祖代々続く家で農業を学び農家で育ち
皆と収穫を祝い、人生の不作や凶作に翻弄されていく
その農作物は宿命で誰にも耕す事は出来ない
土壌が違う 携わった仲間達と過ごしてきた畑が在る彼は叩き上げの農民
映画としての質は高いが、話自体はつまらない。
見る人がなにを求めて見るのかでこの作品の評価は大きく分かれると思う。
演技が凄い,映像が美しいなどを映画に求める人は確かに良いと思う。
しかし,「正体」などのように映画のストーリーの面白さ、ワクワク感を求める人には苦痛だと思う。
自分は後者なのでつまらなく感じてしまった。前者であればとても素晴らしい映画に感じると思う。
実際口コミや,評価を見ても褒められてるのは吉沢亮や、横浜流星の演技だったり、映像美、歌舞伎をここまで写したことの凄さが大半を占めているように感じる。
実際、映画館で働いてる者の体感として、映画を見終わって出てくるお客さんの話し声がちらほら聞こえる中で,話が面白かったと話しているより演技が凄かった、美しかったの声の方が圧倒的によく聞こえる。確かに演技、映像美などの作品の質はここ最近の中ではずば抜けて良いと思う。
せっかく3時間近くやるのだから歌舞伎のシーンをもっと減らして人物の心情だったり関係性を描くシーンを増やせば良かったと思う。
歌舞伎の演目で表現してるなどの声をちらほら見るが歌舞伎の演目については私はさっぱりわからないのでそこで表現されても全く伝わってこなかった。公式のインスタにあらすじが載ってるが、映画の前に予習したとて,3時間の映画の間中、覚えてるのは無理があると思う。
できる人は凄い。私には無理だった。
最後に1番好きなシーンは吉沢亮がボロボロの状態でマンションの上で夜の中1人踊っているシーンは凄すぎて鳥肌が立ちまくった。このシーンはやばい。
ドロドロの男世界。ウ~ン マンダ●
松竹系で鑑賞するのが義理だが、
日比谷のゴズィラシアターで鑑賞せし。
さぁ。この監督はこの作品をどう料理してくれるか?楽しみでもあり、期待するのだが、やはり、彼にも大日本帝国のルシファー毒が回っているだろうか。何れにしても、3時間か!コストパフォーマンスは良くとも映画だからねぇ。14時10分
そろそろ幕あいの時間も終わりです。
それでは夢のある映画をお楽しみ下さい。
苦痛にならにゃいいのだが。
そもそも、日本の映画産業は貧困だよ。
ポップコーンだぞ。
「鷺娘」か!サンサーンス「瀕死の白鳥」だね。
小学校の下校の時の音楽。
原作では違う演目のようだが「鷺娘」は特筆だよ。かなり、坂●玉三郎に迫っていたと思う。
でも。映画の演出効果であったと後で気付く。
なぜか、五木寛之先生の「青春の門」を思い出した。
まだ昭和のど真ん中で、任侠が生きていたタニマチから、一人のデラシネが梨園に根を張る。
心が冷え切るクライムヒューマンドラマである。
旧国営放送出身の美人女優(俳優)を、微塵の如く使いきる。
演出家のアイデンティティは僕の心を癒やしてくれた。
最初のシーンを再び。つまり、彼に欠点があるとすれば「間」。つまり、瞬間。だから、最初のシーンをキル・ビルの如く殺陣ていればね。歌舞伎は殺陣のような、間のような。
チェン・カイコー監督
の「さらば、わが愛/覇王別姫」をリスペクトしている。
但し、大相撲と同様に世界の歌舞伎役者にはなれないよ。
朝ドラを二週間分見たような清々しさはないが、睡眠薬ではなかった。
玉三郎の鷺娘は必見ですぞ。でも、化け物のような美しさが本当の鷺娘何じゃないかなぁってこの映画見て思った。実際の歌舞伎役者で、綺麗な女方って玉三郎だけでしょ。オードリー・ヘップバーンが鷺娘踊ってくれたら、そっちのほうが綺麗だと思うけどね。
「ウ~ン マ⭕️ダム)
オール・ザ・ワールド・・・・
原作読んで楽しみにしてました
原作読んで楽しみにしてました。吉沢くん、流星くん、綺麗ですね。短い間に歌舞伎の所作を身に着けて、役者ってすごいと思いました。
でも、ストーリーは • • •え!いじめ?
救いの徳次は初めしかいないし、終わりの「河を白くする」って原作の話好きなんですけどね。
一家でいじめです。
恩義を感じている人に向かっていいたい放題のおかみさん、名跡継がせときながら息子の名前をつぶやいて倒れる半二郎。俊介だって出たり入ったりして喜久雄の立場も考えない(原作は葛藤がありますが、映画は感じられない)
ほんと、襲名興行のときの幕を閉められた後の「俊ぼう〜」と聞かされて喜久雄のどうしていいのかわからない顔、吉沢君の演技が心に残ります。
少年時代の喜久雄の演技(黒川くん)素晴らしいですね。
吉沢亮さんの更なる飛躍
公開前から気になっていたため映画館で観た。ありのままの感想を書きたいと思う。いきなりだが「3時間」は少々長く、お尻が痛くなってしまった。映画に集中するために、もうすこし短くまとめてほしかった。
観ていてしみじみ好きだなと感じたのは、吉沢亮さん演じる喜久雄と横浜流星さん演じる俊介のやり取りだ。特に半二郎が代役を喜久雄に指名する前までの2人が良かった。その後何かにつけて辛そうな2人を見るとこちらまで辛くなった。代役を指名されるまでの2人のやり取りは見ていて微笑ましかった。
私がこの映画を観たいと思った1番の理由は、映画キングダムで最優秀助演男優賞を受賞した吉沢亮さんが更なる飛躍を遂げる姿をリアルタイムで見たかったからだ。吉沢さんが初めて演技をしたのは17歳の時だと思うが、ルックスへの賞賛が多い中でキングダムでは演技力を高く評価された。現在31歳になられた吉沢さんの演技は映画館に足を運んで観る価値があると思った。今回の映画、スクリーンに吉沢さんが映る度に惹き付けられた。
ただ、これは本当に率直な感想だが、各キャラクターのセリフや存在が濃くて、それらをもっと深掘りしてほしかったという気持ちを抱いてしまったために、肝心の吉沢さんの演技にのめり込むことができなかった。悔しい。
幾つかランダムに挙げると、半二郎が実子である俊介ではなく喜久雄を代役に指名した理由をもっとわかりやすく描写してほしかった。私にとっては喜久雄だけでなく俊介もとても魅力的な女形を演じているように見えた。また、高畑充希さん演じる春江が俊介と結婚した理由も描写してほしかった。他には、俊介が女性達に囲まれ華やかにお酒を飲むシーンがあったが、あのシーンが必要だった理由がわからない。御曹司だということを示したかったのかもしれないが、浴びるようにお酒を飲み女性達に囲まれながらも「俊介」という人物はすごく「いいやつ」であった。喜久雄の女形としての比類なき美しさや俊介との芸の対比が1番の見所なのであれば、むしろ俊介は「いいやつ」ではなくもう少し「悪いやつ、ダメなやつ」として描いた方がわかりやすく面白かったのではないかと思う。あと喜久雄が俊介に「俊介の血がほしい」と苦しみながら発するシーン、神社で悪魔と取引したと言うシーン、二代目半二郎を襲名するパレードで幼い娘が「お父ちゃん」と追いすがる姿とそれを制する藤駒のシーン。この辺りは私にとっては生唾をごくりと飲み込んでしまうようなシーンだったのだが、それぞれが後のどのシーンに繋がったのがちょっといまいちわかりづらかった。つまりこの映画は私にとっては見所があり過ぎるが故にそれぞれの見所が中途半端になってしまったような気がするのだ。
この作品では、吉沢亮さんと横浜流星さんが1年半かけて歌舞伎の女形の稽古をし、本番もかなりの長丁場だったと聞く。吉沢さんの儚い美しさ、脚を失った後に舞った横浜さんの演技と表情は本当に美しかった。また、映画の終盤で喜久雄が踊っていた際、急にバックの色が変わった瞬間があったが、その時の美しさも半端じゃなかった!このシーンを見るためにこの映画を見てきたのだ、と思うくらい綺麗で息を飲んだ。吉沢亮さんと横浜流星さんは10代の時に仮面ライダーで共演されたらしい。年齢や芸歴を重ねたお二人の共演を「国宝」で見れて良かった。
各キャラクターの設定に自分の理解が追いつかなかったため、1回の鑑賞では十分にこの作品を味わうことができなかったが吉沢亮さん主演で海外でも高く評価されたこの作品を映画館で観ることができて本当に幸せだった。大切にしたい作品だからこそ、ただ賞賛するだけでなく感じたこと正直にありのままに書きましたが、私のこの作品への評価は星5つです。稚拙な感想ですが、読んでくださった皆様ありがとうございました。国宝制作に携わった全ての皆様、おつかれ様でした。素晴らしい作品をありがとうございました。
ちょっと散らかってる
伝統芸能やその奥の深さ。
それを守っていく人。
最後技能が認められてって話でしたが。
とっ散らかってた印象。
芸に打ち込む一途さとかそこからくる挫折とか。
惹かれる部分は多いけど、女性をああいうふうに扱うのは。
時代といえば時代だけど、う~~ん手感じ。
花井東一郎の隠し子が男の子だったらどうなってたかが疑問。
二人道成寺も二人藤娘も惹かれましたが、もとの話知らないや。
これだけのメンツを揃えて、傑作が出来ないわけないじゃん?ちょーお勧め、感想終わり!だから、いつも通り、脱線するね?
俺が、見たコンサートは、村下孝蔵、MENS5、布施明、ボヘミアン葛城ユキ、スべリーマーキュリー、クイーネス、長谷川都、ポセイドン石川、ワハハ本舗の梅ちゃんの青いシリーズ、さだまさし、スガシカオ、アバンギャルティ、水曜日のカンパネラ、ado、YOASOBIだったが、これらは何も努力しなくても、お客は途切れないが、
客席を見渡すと、俺以外、誰もいないというコンサートも見る趣味がありますが、
↑ 嫌な性格だな、おい
もう、演者と客とのガチンコ対決なわけよ? 故山本KIDの秒殺試合のような緊張感的なやつ?
演者がパフォーマンスを終えた時に、次に何のパフォーマンスをやるタイミングが分からないから、ちょうどうまい具合に聞こえる、嫌味が無い程度に拍手するわけ?
声をかけるのは厳禁ね?俺以外に観客がいないから、声をあげても意味無いからね?
そして、それがお笑いライブだったら、お愛想で笑う事も厳禁ね?甘やかしてはいけません。其奴がつまらないから、その程度の客入りなんだと言う現実を叩きつけなければなりませぬ。
俺も舞台に立った事があるので、客が少なすぎる舞台で演技をするくらい辛いものはなく、吉沢亮のドサ周りの時期の場面では、
↑ 唐突に本題に入るな
屋上で踊り狂っていた場面は、痛くて痛くて、堪らない。
ヤクザの父を殺されて、報復する為に、ハジキとドスを使って襲撃するも失敗。
渡辺謙に拾われて、一人息子と共に歌舞伎の修行をするも、持ち前のセンスで渡辺謙の名を襲名するまでになるが、背中のモンモンがバレて追放。
しばらく、彷徨った後、ようやくお声がかかり、舞台復帰が出来るようになり、スーパー銭湯で培った、アドリブ力が認められて、
見事、純烈の新メンバーとして、友井雄亮の代わりに純烈に加入。紅白歌合戦に出場が決まり、順風満帆の人生を送ったそうな。どっとはらい!
さて、客が俺一人しかいないミュージシャンが、演奏が終わった後、
馬鹿ね🎵馬鹿ね🎵止せばいいのに🎵
俺が座っている席にやってきたのだ。挙動ってしまった俺は、つい余計な一言を聞いちまったぜ?
あのー、客は俺一人で、今月はミュージックチャージ無し月間で、ドリンクチャージだけなのに、貴方はどうやって、ご飯を食っているんですか?
と、聞いたのさ?そうすると、彼は、こう答えたんだ?
ご飯ですか?お茶碗とお箸で食べてますよ?
ってな?
おい、おい、俺はお金の心配してるんだぜ?
食べる作法については聞いてないぜ?
HAHAHAHA!!
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