国宝のレビュー・感想・評価
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175分も長くはない
皆さん言われてるように、圧巻の一言。あの小説を約3時間に収めてるので、全てを入れ込めないのが残念なくらい、もっと観たかった。
主演の吉沢さん、助演の横浜さんは言わずもがなですが、他の俳優さんもそれぞれの役どころで作品を支えてくださってましたね。
まだ一度しか観てないので全てを語る事は出来ませんが、特にぐっと来た場面は喜久雄が半次郎の代役を務める舞台の、幕が開く前の楽屋のシーンです。予告でも少し流れてますが、自分には助けてくれる血(血筋)が無いと「俊ぼんの血を飲みたい…」と震えながら一筋の涙を流し、俊介に言うんですが、ほんとに切羽詰まった喜久雄の表情。そして予告の俊介の「芸があるやないか」のセリフと涙をぬぐってあげるシーン。胸が痛くなりました。
もう一つは、最後二人で踊った曽根崎心中。俊介演じるお初が軒下に隠れている喜久雄に心中する気があるのか?と暗に問うセリフがあり、お初の足を喉元に当てるというシーンです。実はこの前段階のところで、もう病気で左足を膝下から切断していて義足なんですが、もう片方も同じように壊死してしまえば両足とも切断だと言われてた。本番で喜久雄が掴んだ足は右足。すで壊死が始まってました…。必死にお初をやり遂げようとする鬼気迫る俊介と、その足を見て震えながら掴む喜久雄の心情を考えるともう涙が止まりませんでした。
これはほんの一部。何度か視点を変えて見てみると、もっと深く作品を知れるかもしれません。
当然、映画にする時点で全ては入れられないので仕方ありませんが、喜久雄と俊介に絞ったストーリーでよくぞここまで作り上げてくれたものだと思います。
勿体ないと感じた。
注意点としては、結構ガッツリ目に濡れ場があるで家族や友人とは見ない方が良いと思います。個人としてはこの点がもっとも冷めました、歌舞伎には詳しくありません。だからこそ日本の文化を感じられると思って見たのですが、男女の関係を示すのに濡れ場で表現するのは勿体ないと感じました。歌舞伎のシーンや演者の葛藤シーンは本当に感動しましたが。登場人物の訳のわからない行動にも、は?とさせられて後半は感動も薄れてしまいました。まず、春江が急に喜久雄を裏切ったのか?俊介に惹かれていたとしてもクズ過ぎる。俊介も突然戻って来て「息子の為だ」仕方ないみたいな感じも癪に触るし、両足切っても同情出来なかった。春江が終始開き直ってる感じも胸くそ悪い。藤駒の娘も最後に父親と思った事はない、と言っていたのに喜久雄の芸に感動してお父さんって呼ぶシーンには?が止まらなかった。俊介が失踪した中、芸で支えていた喜久雄に対して幸子は泥棒呼ばわり。挙げ句の果てに喜久雄に役を演じさせない始末、情は無いんか?登場人物で良かったのは、竹野と彩子ぐらい。あとは、万菊の雰囲気で保てた情緒でした。人間性を生々しく表現したのは、良いと思いますが…年月も飛ぶしイマイチ最後は簡単に国宝になってて、ご都合主義が際立ってしまっていた気がします。吉沢亮や横浜流星の演技はとても素晴らしかったです。個人的な意見なので賛否両論あると思いますが、予告で期待値が上がり過ぎました。
壮絶な人生
予告編にあった、喜久雄のほうが跡を継ぐってところまでの話なのかなと思いきや、喜久雄も俊介もそれぞれ逃げる、追われる、ドサ回りで日々を凌ぐ、また歌舞伎界に返り咲く。。が代わる代わるやってきて、2人とも凄い人生だったんだな、と驚きました。
子どもの頃に稽古を付けてもらった場所で今度は喜久雄のほうが指導する側になるとか、
演技力を見せつけた曽根崎心中の女形を最初は喜久雄、2回目は俊介がまた代わる代わる務めるし。。そして主役の足を見せる演目だからここで俊介の足の壊死が舞台上で分かってしまうというこれまた凄い状況。。!
喜久雄が若い時に居た小さな娘は今頃どうしているんだろう?と思っていたら彼の晩年にカメラマンとして登場してくれて、気になってから良かったです。まぁ、娘としてはお披露目のパレードで沿道から声かけても子持ちとバレたくなくてイメージ重視の役者だからあそこで娘に敢えて反応しなかったこと、ずーっと直接的な面倒は見てくれなかったこと(生活費くらいは渡していたかもしれませんが一緒に暮らしてないし。。)しかも歌舞伎界の大御所の娘さんと駆け落ち的に一緒になってドサ回りしてるとか。。
いや最初の芸姑さん、そりゃ本人も「お嫁さんじゃなくていい、2号さん、3号さんでいいから」なんて言ってはいたけど。。娘的には「ずっと母さんも私もほっとくってどういうことよ!!」ってモヤモヤはする。
でも芸を継ぐ人としては「国宝」なのか。。とちょい複雑な気分。
主役2人は凄く演目を練習したんだなぁ、と思うと同時に、少年期役の2人も思ってた以上に出演時間長くて、結構演技もしていたし、主役4人とも大変な練習したんだな、と感嘆。
******
吉沢亮さんは観るとどうしてもキングダムの中華統一と、東京リベンジャーズの世界を思い出してしまうんですが、今回の歌舞伎役者の演技によりこの先の作品の幅がまた広がるんだなぁ、としみじみ。
横浜流星さんはアキラとあきら、書道の人の役とか見てきましたが、彼もまた良い演技で良かったです!
田中泯さんは、葛飾北斎の時は北斎にしか見えなかったのに、安定の、圧巻の演技、眼福でございました。。!
原作大ファンとしては
原作ファンあるあるで申し訳ないが、
国宝は吉田修一の最高傑作だと思っているので、その分期待し過ぎてしまった
期待のため初日に2回連続で見ました
不満な点は3つ
歌舞伎界に復帰してからの喜久雄の孤独と絶望が圧倒的に描き足りない
不幸を喰うと敬遠され周りを寄せ付けずひとり芸にのめり込んで孤高を極めていく姿がなかった
綾乃からのとどめの一言もあんな風に変えられてしまって、
映画だけ観た人には何が伝わったのかな
簡単に人間国宝になったみたいに感じられたのでは
原作で嗚咽するくらい泣いたラストシーンもどう描かれるか期待したが、まあ、そりゃ、解釈の違いでしょうけど、え?って
これで終わりなんだ…
春江のキャラも謎だった
高畑さんて大河でもそうだったけど若い頃演じる時に声高くするのやめた方が良いと常々思っているのだが、そのせいもあって春江の強さや決意が全く伝わらなかった
余談だが藤駒の若い頃の舞妓姿が似合わなすぎてびっくりした
田中泯さんが本当に凄かったのに、へんな演出(エフェクト)加えたのも冷めた
悪人の時と同様、「賞とる映画」って感じで、
3時間あっという間で流石っていう感想です
竹野役の三浦さんもすごく良かったです
圧倒的完成度
画面の顔面偏差値が高すぎる
血の繋がり
才能
内容とキャストを知ってから楽しみで、初日に鑑賞。
もちろん喜久雄と俊介を演じる主演のお二人が素晴らしい。
でも私の1番の感想は、黒川想矢くん天才すぎませんか?!だった。彼が出てる間ずっと目が釘付け… 才能を見抜かれる前半のストーリーの説得力半端ない…
声の出し方、本当に芸妓さんかと思えるような柔らかな動き… 最初誰かわからなくて、メイクを落として、えっ、黒川想矢くん?!と驚き。
「怪物」の時とは全く違う雰囲気。
歌舞伎のシーンは役者さんたちの演技も素晴らしかったし、そのシーンを支えるすべてにすごい熱量を感じた。あまり歌舞伎には詳しくないけど、歌舞伎好きな人にはどう映ったのだろうか?
テーマは少し違うけどつい内容的に覇王別姫を思い出しながら見た。
芸に生きる天才が周りの人達を傷つけてそして自分たちも傷つきながら進んでいく姿が少し重なる。
彼らに翻弄される女性たちの心情がもう少し丁寧に描かれていたらよかったのに、とは思うけど、すでに180分だから難しかったのかな。
ラストシーンに続くエンドロールの主題歌がとても良かった。映画の内容とシンクロしていて、井口さんの美しい声が沁み入ってきた…今度探して聴こう。
役者さん、凄いな〜〜
皆さんが色々書いておられるので大抵の意見に同感です。
一つだけ書きたい事は、何方かも書いておられましたが
渡辺謙は女形(「オヤマ」又は「オンナガタ」と読みます)
には見えないなあ〜
劇中で「連獅子」しか実写化しなかったのは正解ですね。
反対に田中泯さんは本当に人間国宝の女形に観えた!
流儀は全く違うけど、ずっとずっと何かを体で表現してきた人の
凄みや、思いの深さが伝わってきました。
私は歌舞伎弱者で、シネマ歌舞伎くらいしか観た事ないけど
主演の吉沢亮も横浜流星も、すっごく練習した空気感は
十分伝わって来た気がします。
寺島しのぶも、バリバリ歌舞伎界の中の人として
この役をよく引くうけてくれましたよね。
それだけでかなり、説得力がある。
役者さん、みんな凄いな〜〜
最近は視力が落ちて本を読むのがちょっと億劫なのですが
もっとこの世界に浸っていたい!!
だから久々に原作を読みたいと思った作品でした。
で、月に8回ほど映画館で映画を観る中途半端な映画好きとしては
久々の日本映画の超大作、大ヒットの様子にそれだけで感激!!
最近の日本映画、いい作品が多い、本当に多いのだけど
でも比較的地味な映画が多くて、映画好き以外にあまり評価されないことが
映画を必死に作ってる皆さんに申し訳なくて〜〜歯痒くて〜〜
だから〜〜「侍タイムスリッパー」とはまた違う意味で
この映画がヒットしたことが嬉しく嬉しくて〜〜〜(涙)
皆さん、観に行ってくれてありがとう!!
(それ、だれ目線???苦笑)
「国宝」と言う大きなタイトルの上を行く見応え有る一本
連日の客入りと歌舞伎への注目度・・とニュースで取り上げられてから全然、観る気も無かった作品だけど、ミーハー心に火が着いて出かけた。2カ月近くたってもまだお客さまが切れないでいた。全然内容も確認しないで行ったせいか、思い込みなしで見たことがかえって良かったように思えた。始まりの新年会の宴会会場に漂う緊張感と違和感。任侠の世界だったんだ、永瀬正敏演じる言葉少なな父親の威圧感に、流石と感心した。主人公の踊りを舞う喜久雄の無邪気さと父を殺された時を目撃していた時の表情(目)の違いにこれからのストーリーの面白さを感じた。
歌舞伎の知識は全く持ち合わせないけれど、伝統の深さと美しさと伝承の厳しさ、複雑な家柄血筋関係、人間関係が入り混じっている事だけはわかった。
御曹司:俊介とヤクザの息子:喜久雄の複雑に入り組む歌舞伎役者としての浮き沈みの苦悩の長い時間と、この2人と彼らを支える女性たちの愛憎の様子にも目が離せない。
序盤の喜久雄が娘に「悪魔に願い事をした」と語った時から最後の国宝には上り詰めた時のインタビュー時の「おめでとう」と口にする女性カメラマンが同一と言う話にも作品の深さを感じた。
3時間余の長い作品だったが全く飽きる間が無くエンドとなった。
やっぱり、観て良かった!の作品だった。そして、趣味の全く違う夫を誘ったが「今までで、一緒に行って一番面白かったと思う」と言う言葉をもらった作品でも有った。
ハマらなかった
映像、音、歌舞伎の舞台という素晴らしさは十分に表現されていて、最初は息を呑んで観ていました。
ただ、ストーリーがやや薄く感じ、また男女の相関図が、ん?と思うほどだらしく進んでいったので、主役2人の苦悩などが薄れて見えてしまった。
昔の天才たちは愛人が多くいるような様子は耳にするので、時代を感じさせるそういったコンセプトなのかもしれないが、苦悩、対立、歌舞伎という世界の大変さなど、美しいものが汚れて見えてしまったと個人的に感じました。(きれい事ばかりじゃないことはわかりますけどね。)
感動的なところばかりじゃないにしても、もう少し別の波乱万丈な描き方ができなかったものかなと感じてしまいました。
日本人でありながら歌舞伎のことはあまり詳しくないので言える立場ではないですが、こういったことを歌舞伎の裏の真実と思われないために、歌舞伎役者の俳優さんたちはあまり多くは出演していないのではないかと思いました。
実際出ていたらフィクションとはわかっているが、リアルに感じて少々イメージがよろしくなくなりそう...
皆さんの評価ほどはハマりませんでしたが、美しい一面もあったので見なくて良かったとは思いません。
一度見たら良いかな。
歌舞伎役者の人生を間近で垣間見る。
絹ずれの音が聞こえるほど間近に迫る映像で、歌舞伎役者を見つめ、舞台で舞う美しい姿を眺め、生き様を見せつけられました。
一度目は、映像に魅了され、筋書きに圧倒され、怒涛の人生が晩年を迎える頃には、もう終わってしまう寂しい感情が湧きました。
観終わってからも、浅い知識の中から思い浮かぶ歌舞伎役者さんのこと、歌舞伎の決まりごとなどや、演じた役者さん達のことで、暫く抜け出せない感覚でした。
一緒に映画鑑賞した友達と話が尽きないまま、シネマ歌舞伎を鑑賞する約束をして、観終わったら再度「国宝」を観たいとなり梯子しました。
二度目は、話の展開は記憶にあるので、任侠の世界から歌舞伎の世界へ、少年から大人へと成長する姿が、本当に美しくて見惚れました。
少年時代の二人、喜久雄(黒川想矢)、俊介(越山敬達)、瑞々しく輝いていた。
大人になり、花井東一郎・きくちゃん(吉沢亮)、花井半弥・俊ぼん(横浜流星)、それぞれに美しかった。
吉沢亮さんの左右対称に整った顔が本当に美しく、端正な顔立ちに改めて驚きました。
キレて怒るところ、好きでした。
横浜流星さんが共に居たからこそ、素晴らしい映画になり、全て役者さん達が皆さん欠く事が出来ない重要な配役だったと、原作が凄いのだと、未読ですが感じました。
原作は、映画と少し違うようで、興味を引かれました。
美術・衣装は目が離せないほど美しく作り込まれていて感動。
時代を感じる小物から背景や舞台、エキストラさんの衣装まで、凄かった。
この映画を撮ろうと決め完成させた全ての方々に感謝です。
歌舞伎に興味が増し、多くの美しい作品を観たいと思いました。
映画の魅力を改めて感じ、沢山の作品を出来る限り観たいと思い直す、素晴らしい映画でした。
2025/6/28 映画館ミッドランドシネマ2
2025/7/6 映画館MOVIX三好
探していた雪景色
歌舞伎界を舞台にした本作『国宝』は、単なる芸道ドラマではなく、血統と実力、伝統と個、愛と孤独、死と芸術の交錯する構造的悲劇でした。鑑賞中から、私は『さらば、わが愛/覇王別姫』との共通性を強く感じていました。どちらの作品も、「演目の中の死」と「現実の死」とが交差し、登場人物の実存が演技に呑み込まれていくという、メタ演劇的構造を持っています。
本作で演じられる『曽根崎心中』の演目は、その典型です。前半で吉沢亮演じる主人公が「お初」を演じ、横浜流星はその様子を舞台袖から見つめています。しかし、血統を継ぐはずの自分ではなく、実力で役を奪い取られたこと、そしてその演技の純度の高さに、自らが舞台を降りるという決断に至ります。この「役を譲る」行為は、単なる物語上のエピソードではなく、実人生の敗北と芸の前での降伏を象徴していました。
その後、彼は吉沢亮の恋人に手を引かれるようにして駆け落ちし、8年間行方をくらませます。演目内でも、女がお初として男を死へ引っ張る構図が描かれていましたが、それが現実の人物関係でも繰り返されているのです。この「女が手を引く」構図は本作において繰り返し現れ、それはもはや女性の象徴ではなく、「運命」「芸能」「死」のメタファーだと感じました。
やがて、先代(渡辺謙)が死に、横浜流星は帰還します。彼は糖尿病に侵されており、足を切断し、もう一方の足もやがて失われる運命にありながらも、舞台に立ちます。そして、演目『曽根崎心中』の中で「お初」を演じ、吉沢亮が「徳兵衛」を演じる。役は入れ替わり、まるで魂が交差し、芸が人物そのものになっていくような錯覚を覚えました。
そして物語の終盤、横浜流星は舞台の上で死んでいきます。彼の死は、まさに「役の死」であると同時に、「人としての死」であり、「芸の完成」でありました。吉沢亮はその彼に手を引かれて、つまり芸の死者に手を引かれるかのように、終幕へと向かっていきます。
この映画は、「血統主義の否定」というテーマを持ちながら、同時に「実力主義の残酷さと孤独」も描き出しています。才能ある者が、その才能ゆえに、すべてを捨て、倫理も家族も感情も捨て去り、ただ芸の頂点を目指していく。その果てに待つのは、必ずしも“幸福”ではない。人であることをやめて、芸そのものになるしかないという孤絶の境地です。
最終盤、吉沢亮が演じるのは『鷺娘』です。鷺娘とは、白鷺の精が人間の男に恋をし、報われぬまま狂い、雪の中で死んでいく舞踊演目です。この舞いは、彼の人生の総決算として選ばれたのでしょう。鷺娘は、一つの踊りの中で「清楚な乙女」「狂気に満ちた情念」「死者としての精霊」を演じ分けなければならず、それはまさに彼が生涯で演じてきた全存在の統合だったのです。
しかも、『国宝』という映画では、最初に父親が銃殺される場面でも雪が舞っており、その雪が映画全体を通して繰り返し現れます。父の死を見届けた少年時代の記憶、駆け落ち、別離、引き裂かれた娘との再会、そしてラストの鷺娘へと至るまで、雪は常に死と記憶と芸とをつなぐ結晶として現れていました。
終盤、リポーターに「なぜこの仕事をしているのか」と問われた吉沢亮は、こう答えます——「見たい景色がある」と。それは、舞台上で舞う自分の姿でもあり、父の死に際のきらめきでもあり、失った家族や愛の残像でもあり、芸の果てに見える“真実の雪景色”だったのかもしれません。そして、その景色は、ただ芸の最奥でしか見ることができない場所に存在していた。
技法的にも本作は見事でした。ディープスペースの使い方、舞台の奥行き、照明による雪のきらめきの際立たせ方、特にラストの鷺娘のシーンの紙吹雪とライティングは、まさに映像詩としての完成度を見せていました。
この映画は、表面的には「国宝になるまでの物語」ですが、深層では「芸が人をどう殺し、どう救うのか」「芸は血統を超えられるのか」「演目とは何か」「死とは何か」といった根源的な問いが織り込まれていました。
そしてラストシーン、芸の極致でようやく“見たかった景色”にたどり着いた吉沢亮の老いた背中は、まるで一つの命が雪の中に還っていくような静けさを湛えていました。
『国宝』は、単なる芸道ドラマではありません。これは“演じる”ということそのものが、人間を変え、焼き尽くし、最後に美へと昇華していく過程を描いた映画でした。日本映画において稀に見る、構造と象徴と感情が統合された傑作です。
鑑賞方法: TOHOシネマズ 池袋 SCREEN7
評価: 90点
期待ほどじゃない
国宝級の役者さんたちが素晴らしい
こんなきれいなジジイがいるか
観る前から名作の予感がびんびんしてたが、予想を裏切らず、すごく良かった。
女形というのはすごく面白い(奇妙な)文化で、その真髄みたいなところもテーマの一つかなと思う。美しい女性が美しい女性の役を演じるだけなら当たり前だが、おじいさんが美しい女性を演じることで、美しさとは何か?という哲学的な問いが生まれてくる。
ただ、正直いって男も女も誰が誰やら分からないところがけっこうあり、日本人である自分でもちょっと混乱した。
この映画はグローバルに人気になる作品だと思うけど、外国人がこの映画を観たら、登場人物の区別がかなり難しいのでは、と思った。
あと、最後に老年になった主人公が舞うところで、主人公の老けメイクが中途半端なのがもったいなかったな、と思った。完全に老人の顔にしないと、この映画のテーマがぼやける。渡辺謙の老けメイクは完璧だったのに…。
舞台は美しかったが、原作の改変が上手くない
原作の上巻だけ読んでから、映画を観た。
舞台が美しかった。
姿も、踊りも、
切ない台詞も、そして意外にもロックな魂を感じた音楽も。
* * *
原作は文庫上下巻合わせて800頁を超える分量だから、
映画で1時間40分かかった上巻の内容も、その実かなりダイジェスト。
おまけに大事なキャラの徳次が、冒頭の場面以外全カット。
徳次なしに喜久雄は存在し得なかったのに。
でもまあ、その他の大筋は原作のままだし、
しかたないか、と思って観ていると、
ワタクシ未読の下巻の内容とおぼしき部分に突入。
ところがあちこちで、
なんか変、と思ったり、
違和感や不自然さを感じたり。
気になるので早速下巻を読んでみたら、
そのほとんどは、原作を改変した部分だったのであります。
ここから後は、ネタバレ全開。
というより、映画か原作かどちらかでもご存じないと、おそらくチンプンカンプン。
* * *
まず映画では、俊介が復帰してTVでインタビューを受けるのが唐突。
これは原作では、
写真週刊誌への「隠し子」リークともども、
俊介復帰宣伝のための、竹野の策略だった。
なるほど不自然なわけだ。
次に、吾妻千五郎とその娘の彰子のこと。
映画では、彰子は途中で退場?しちゃってるが、
原作では、最後まで喜久雄に寄り添う。
それから映画の、ドサ回りとも呼べないような場末の「仕事」。
原作ではこんなことはしない。居場所のなくなった喜久雄を、新派が救ってくれる。
その後喜久雄が、長崎抗争のあおりを受けて再び批判の矢面に立たされた時には、新派への出演も無理になるんだが、
その時には、「勘当」を言い渡したはずの彰子の父・吾妻千五郎が、手を差し伸べてくれる。
藤娘を踊っている時に、狂った客が舞台に上がってきちゃうのも、
映画では場末の舞台だが、
原作では歴とした劇場でのこと。
件の男は1名だけで、しかも取り押さえられて乱闘になどならないし、
それをきっかけに彰子が去ったりもしない。
(ただ、これ以降、喜久雄に異変が……)
芸妓の藤駒(原作では市駒)の娘、綾乃のことは、
映画では幼い時からずっと見捨てていたようだが、
原作では、彼女が中学生の時に荒れているのを見かねて引き取り、
春恵(と俊介)が預かって大学にまでやっている。
つまり、原作にはいろいろと救いがあるのに対し、
映画は原作より、苛酷・苛烈で極端な設定が目につく。
不自然になってしまってるし、
ワタクシの好みではない。
* * *
ただ、本当のラストについて言うと
――これまた映画と原作は異なるのだが――
原作は、映画より怖い。
ここのネタバレは、致しませぬ。あしからず。
これは「ファンタジー」です?
背中に入れ墨のある「元ヤクザ」が歌舞伎役者になれるか?否。
ファンタジーとはいえ、リアリティの無い設定は、作品への没入感を減退させる。
一度『世界』に入り損なうと、粗探ししか出来なくなる。
「本業の歌舞伎役者さんじゃないから、仕方ないよね」
何で、観る側が俳優に配慮して観なければならないねん。
連獅子も二人道成寺も、カメラワークとズーム、カット割りで誤魔化されてる。
元ヤクザの人間が、歌舞伎役者に魅入られて歌舞伎の世界に入り、大役を貰う?
地道に下から稽古し続けている門下生達のやっかみとか絶対にあるハズと思うんだよね。
【中村仲蔵】の話みたいに。
そこらへん、全スルーだもんね。
映画を観た歌舞伎役者さんが言っていたが、「化粧が☓。あれは、メイクさんにやってもらったメイクだから、皆同じ顔になってる。本来メイクは、役者自身がやるもの」「メイクしたまま寝ない」「衣装の扱い方がゾンザイ」らしい。
まるで人間国宝になる事がゴールの様になっているけど、人間国宝の役目って「後継者の育成」じゃないの?
この映画の【歌舞伎】は、『リアル』な歌舞伎ではなく、『ファンタジー』の歌舞伎です。
ただ、この映画を観て、歌舞伎に興味が出たなら「シネマ歌舞伎」からでも観てほしいね。
実際の歌舞伎役者が演じたものは、もっとすごいんだよ。
全1822件中、261~280件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
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