「絶品。芸に賭けた者たちの生き様。」国宝 夜さんの映画レビュー(感想・評価)
絶品。芸に賭けた者たちの生き様。
映画「国宝」鑑賞。
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話題の邦画作品、圧巻でした。
レビュー良く期待値高めで行きましたが素晴らしい美しさ。
まず色彩豊かな映像美、空気感、役者の放つ立ち振舞いの極め方、声色‥。静けさのある作品の流れで、この世界への没入感があります。
W主演のお二人、各配役は素晴らしかったです。中でも生ける人間国宝として登場する女形の万菊役の田中泯さんの圧倒的な存在感、瞳の力が本当に凄まじい。ダンサーでもあるのですね。
「はい」の一言だけであんなにも緊張感があるのかと息を飲む。
引退してからも女の哀切や振る舞いを繊細に表現されていて。
引退前に俊介に「(女性に)成り切ってないからよ」と指導する場面もじぃっと魅入ってしまう。
俳優配役が豪華。全てを見逃したくないくらいの唯一無二な存在感、色があります。
歌舞伎内以外の台詞自体は案外少ないのですが、要所要所に芸事、芸術に関わっている方々には響きすぎる台詞もあり。観る側も励まさるるものがありました。
本番の息飲む瞬間はもちろんのこと、準備の段階のプレッシャー、舞台袖の緊張感まで見事でした。監督をはじめ演出・監修役の方々の意気込みを感じました。
熱がそのまま伝わってくるような映像の距離感。
吉沢亮さんの役の喜久雄、横浜流星さんの役の俊介も、少年時代を演じた役者お二人の雰囲気も色香が凄く、まあ綺麗で驚きました。
楽屋での吉沢さんの横顔はなんて美しいのかしらと。
少年時代の役者2人の演技も魅力的。
霧のような儚さ、喜久雄役の黒川想矢さんの独特な雰囲気の泥くささと艶めかしさにも見惚れる。ライバルとして、兄弟としての描き方の葛藤も垣間見えて切ない。
成人期の二人へのバトンタッチも違和感なく、約1年半準備したとパンフレットには記載がありましたが、歌舞伎の踊りや所作、「生まれついての女形」というセリフに納得。
喜久雄に対し複雑な思いを持っているであろう俊介に「守ってくれる血がほしい」とプレッシャーに震えていたそんな喜久雄の感情、横浜さんの俊介の心情や感情演技的な泣き姿にも感情移入してしまう。
「曽根崎心中」は大変有名ですが実際に生の歌舞伎を観てみたくなる、源流に触れるきっかけになるような映画でした。日本の文化、歌舞伎もますます盛り上がると良いですね。
歌舞伎役者としての業、魂からの役づくりの在り方は、舞台は違っても、この作品を演じられている俳優の方々にも通ずるものがあるからこそ、その精神や強さがいつのまにか重なって見えてくるものがありました。
祭りの神社で自分を悪魔に売ってまで祈願する喜久雄の場面も印象的。
芸以外のいろいろなものを犠牲にして這い上がる歌舞伎、ひいては世界への愛と憎しみ、執着、身の捧げ方。
何でも使ってくださいという懇願にも見える。
周りの人間からは何でも盗っていってしまうと言われてしまうが、喜久雄(吉沢亮)という人間の生い立ちを考えれば、もはや失うものは何もないからこそできたのかもしれないとも感じる。
その家に生まれた者の苦悩もあれば、その家や血がない故の苦悩もあるのだと。対照的な構造です。
渡辺謙さんの役の醸し出す覚悟の問い方にも痺れました。
死を覚悟した者の焦りと入れ込み方、師弟としての愛の鞭と情けの場面。
「本物の芸は刀や鉄砲より強いねん」
それを受けて応える喜久雄の覚悟の生き様、舞台は本当に良かった。泣かずにはいられませんでした。
先日市川団十郎さんが感想コメントをあげていましたが、本物の稽古はもっと厳しいそうですね。
何のため、芸を突き詰めるのか。それぞれの境遇。
歌舞伎関係者の方が配役や監修に入っているだけに、リアルなんじゃないかと。
時に孤独と共に進む道、時に蔑まれても芸の真髄を追い求め、国宝として突き詰めていった先に観る景色も…。
見たい景色があり、そんな想いが報われるような瞬間に一緒に立ち会えたような。終始静かな興奮を抱えながら鑑賞できました。
これから海外でも評価されていく思いますが、この作品も日本を代表する映画になるといいなと感じながら帰りました。
喜久雄たち二人の成長と葛藤を見守ってきた歌舞伎興行側の竹野が、死を覚悟しながら演ずる姿を眺めながら
「あんな風にはなれねぇよな…」と呟くのですが、何かを掴みものにするため稽古稽古稽古…と舞台側で作品を届ける命がけの姿の方に共感してしまった。
後半の歌舞伎場面では、1回目に鑑賞した時にはハンカチを口元にあてて嗚咽し涙なみだ。
死と隣り合わせでも命懸けで演じる生き様に、演技ということを忘れるほど没頭させてくれました。
国宝の映画パンフレットもボリュームのある濃いインタビューでした。インタビュー数も多く、写真もなんとも美しく…。ちょっとした雑誌並みの量で大満足。裏話は描ききれないほど多そうです。
行住坐臥、佇まい、踊りの作法、眼差し、姿勢、普段の習慣から作られる内側から滲む品格、色香の放ち方などなどなど。これらをたった1年で身に付けようとすること、身に付けることの凄さ。
実際、この作品の前後では、雰囲気も違うのでは。
道とつくもののお稽古ごとに通じる在り方も描かれている。
何より近接撮影用と舞台表現どちらの表現も必要で、映像寄りの繊細な心理描写が満載。
通常であればこうだけど、今回はこういう風に新しい解釈にしていると言う話も。
涙で化粧が落ちても直さずにそのまま撮影していたり、お歯黒ではないようにしたなどあり、撮影風景の裏側の映像も見てみたくなります。
様々な方の仕事が活きて素晴らしい尽力をされていて、歌舞伎の世界をのぞかせていただきました。
この時代の厳しい世界の中にある芸にまつわる人間模様の話でもありますが、1回目はインパクトがすごく、血の話が交差してくる中盤からは2回以上見ても細かい部分を楽しめます。
それぞれの俳優陣の役の軸なる色は違っても約1年以上の集中稽古の間、舞の形を覚えた頃に、実際に三越劇場の舞台で踊る体験をしたそうでその経験からも自然になっていたような。
物語自体が幾重もメタ構造になっていたのも素敵でした。
歌舞伎の世襲、家に生まれたが故のあれこれ。
寺島さんの演技もしっくりとはまっています。うまいなぁと唸ってしまう。
この方も歌舞伎の世界での生まれや境遇がいろいろとあるそうですね。パンフインタビューでは、「本家を差し置いて外の人を起用することは現実には無い」というようなこともあり、女性だったことも含めて、様々なしがらみも感じていたのではないか…。
あの鋭い睨み、心の内に思う表情、忘れられません。
今の時代はこの伝統が新しく変化してきている節目だと感じます。
他にも役と俳優の見事なリンク、逆の立場などあり、そのあたりを踏まえると、掘り下げが楽しく見応えがありすぎます。
原作ある中で脚本が素晴らしく、映画を通じて日本の文化の歌舞伎の世界がますます盛り上がると良いですね。
製作陣の方々、制作ありがとうございました。
と思わず鑑賞後に頭が下がりました。
また、映画を見て何週間か経っていますが、作品の中での美しい鈴の音が耳に残っているくらい、静けさの中に際立つ音の余韻があります。
耳の奥から、心で鳴り続けるあの風景と音。
成年期頃から喜久雄の内側で浮かび見続けた未来の景色とあの音が、私たちの胸の中へもそっと渡され、残してくれるような素敵な余韻があります。
映画館で3時間は長く感じそうですが、展開がよくあっという間です。ぜひ。
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