「この時代に「命を賭ける」ということ」国宝 ひでぼーさんの映画レビュー(感想・評価)
この時代に「命を賭ける」ということ
この映画のテーマは「どれだけ1つのことだけに命を賭けられるか」ということと感じました。
人間『国宝』というタイトルのとおり、生きながらにして、命をかけてその境地に達した人のみが「宝」となれ、
キラキラとした雪や、光の景色をみることができます。
これをテーマに各登場人物を私が感じた視点で見ていきます。
【物語と登場人物】
・喜久雄
父親の死に際の美しさ(命を賭けた姿)を見届けたことが、
図らずも彼にその美しさを追い求めさせるきっかけになりました。
ただ、道のりは苦難だらけでした。
魔性の女ならぬ、魔性の男。自然と女性がよってきて、性的な要求には抗えない。もしくは、登りつめるために(無意識に)利用していたか。
名門の俊介とずっといることで嫌でも感じる、血筋への憧れ。
とくに、半二郎(渡辺謙)が亡くなったとき、うなだれる喜久雄をみて、万菊(国宝のおじいちゃん)は、まだ喜久雄には血筋への執着があると認識し、見放します。
血筋もない、名声もない、パートナーもいない、自分には歌舞伎しかない。そんな状態になり、それを感じ取ったのか天から通じたのか、万菊が声をかけました。
そして、俊介が亡くなり、最後の心残りであった娘への心のわだかまりもなくなったとき、真に歌舞伎のみに向き合うことができ、その境地に達することができました。
・俊介(横浜流星)
歌舞伎への熱意はあったものの、それは純粋な踊りへの熱意ではなく、自己顕示欲、負けん気、家柄に対する責任からくるもので、自己への執着がありました。なので、境地までは達して国宝になることは叶いませんでした。
ですが文字通り、命をかけた最期の演技だからこそ、キラキラの景色が見えていた(=境地に達した)ように思えます。
・半二郎(渡辺謙)
歌舞伎一家の長として、国宝になるためには覚悟と命を賭けることは気づいており、
血筋に縛れられている自分の息子は「国宝」にはなれないと悟り、期待を込めて喜久雄に名前を譲ったのかもしれません。
そして彼自身も、最期に俊介の名前を呼んだように、息子に対しての負い目、未練が捨てきれず、(純粋に歌舞伎だけに向き合えなかった)結果的に国宝にはなれませんでした。
・春江(高畑充希)
命を賭ける人に惹かれる、支える(ことに命を賭けていた)春江。
ひたすらに復讐に取り憑かれ、歌舞伎を追求する喜久雄に惹かれます。しかし、売れっ子になり、結婚という選択肢をだされ、迷いが生じた喜久雄に魅力を失ったのか、もしくは結婚して子供を産むと、執着が生まれ、歌舞伎の邪魔になると予見していたのか、喜久雄から離れます。
そして、喜久雄に負け、心の底からうまくなりたいと思った俊介に惹かれ、サポートします。
しかし、俊介が死んだあとは、再び、歌舞伎に命を賭けるようになった喜久雄の舞踊を客席で妻のように見届けます。
ある意味、彼女は、主人公に近いくらい覚悟を持っていた強い人物に感じます。
【演出について】
普段、歌舞伎や俯瞰した視点で見ることが多いですが、ひたすらに表情、手振りに着目
また、演者からみた客席の風景も多用しており、新鮮で飽きずに見ることができました。
【俳優】
個人的には横浜流星推しだったのもあり、特に歌舞伎シーンでは、はじめは目立つ顔立ちの俊介に目がいきました。
しかし、歌舞伎では役になりきることが重視されるとわかってくると、
逆に濃すぎない吉沢亮こそが歌舞伎向きだと感じました。
何も歌舞伎を知らない想像ですが、歌舞伎の女形が白塗り(=凹凸をなくす)のもあくまでそんな意図がある気がします。
最後まで、歌舞伎のように徹底して豊かな表情をみせないものの、しっかりと見ている人に語りかけてくる演技はさすがでした。
そして、ふたりとも、素人の自分には歌舞伎の演技には惹き込まれました。忙しいなかでも相当練習されたのだと思います。
黒川想矢くん、『怪物』の主人公の子役だったことを、エンドロールで気づきました。今作でも圧巻の演技でしたし、そこに少し成長して整った顔がさらに今作の魅力にあっていました。
国宝のおじいちゃん。俳優は田中泯という有名な独特なダンサー。PERFECTDAYSで認識しはじめました。
表現者だからこそ、一言一言に重みがあり、この作品のタイトルを背負う、とてもとても重要な存在になっていたと思います。一番印象的でした。
【脚本】
原作との比較はわかりませんが、
もっとエンタメよりにするなら、もっと裏切りや憎しみ、感動などを前面に出したほうが観客は飽きないでしょう。
ただ、安易にそちらに振らず、歌舞伎と、俳優の演技にフォーカスさせる脚本となっており、好印象でした。
個人的には映画は脚本より俳優と演出が大事だと思っています。
【劇伴(音楽)】
脚本同様、派手な音楽は多様せず、無音な場面も多かったように感じました。
観客の感情を引き出すというより支えるような音楽が多かったです。エンドロールの井口理の曲もちょうどよかったですね。
ただ、必要以上に音楽が全体をより重くしすぎた感はあり、鑑賞後に疲れる一端にはなっていたかもしれません。
【印象に残ったシーン】
命を賭けているシーン、歌舞伎のシーンはどれもよかったですが、それ以外でいうと
全てに見放され、ビルの屋上でまさに「空っぽ」になっていたときの吉沢亮の演技がよかったです。
それまでの緊張の糸がきれた、可哀想だけど、ようやく解放されたような、ちょっと安心しました。
【この映画自体の意義】
・3時間という長丁場
・歌舞伎という若者受けしない題材
・全体的に重く、驚くドンデン返しもない
という時代に逆行している作品に対して、世代を超えて劇場内の人が一体となって全身で感じる。
この時間こそが映画(館)の良さと思いますし、そんな空間にいられることが幸せに感じます。
タイパ重視の世の中も、まだまだ捨てたもんじゃないなと思いました。
さらに、映画を通じて日本文化を広める、映画の文化的価値、外交的価値としても素晴らしいのではないでしょうか。
(本来は歌舞伎を引っ張ってきた松竹がやるべきですが、東宝だからこそできたとも思います)
【総評】
私が重めの映画が好きというのもありますが、
俳優、脚本、演出、そして歌舞伎という舞台が見事にマッチした素晴らしい作品でした。
歌舞伎はほぼ見たことないですが、歌舞伎を見に行きたくなるのに十分な魅力を感じました。
すべてを犠牲にしてなにかに執着する、というのはとてもできないですが、その景色を私もみてみたいものです。
久々に良い映画体験ができ、これだけの長文のレビューも書きたくなりました。
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