劇場公開日 2025年6月6日

「若き喜久雄(黒川想矢)にMVPを」国宝 LittleTitanさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 若き喜久雄(黒川想矢)にMVPを

2025年6月24日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

公開3週目だし、既に語り尽くされ気味な話題作なので、気になった細かい雑感だけ列挙します。
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1. 魂を売る前から悪魔に魅入られていた天才
 主人公の台詞にあるし、最終盤に娘からも投げ付けられるので、本作は悪魔に魂を売った喜久雄(吉沢亮)の物語にも見える。しかし、少年時代に趣味で演じた女形で、プロの歌舞伎役者(渡辺謙)を惹きつけてしまう程、ほどばしっていた才能こそが全ての始まり。部屋子になった後も、厳しい鍛錬が楽しくて仕方ないと嬉しげ。天賦の才を持つ者に、惜しまず努力されてしまったら、最強すぎて太刀打ちできない。少年・喜久雄の才と歌舞伎愛に説得力を与えたのは、間違いなく黒川想矢の眼差しと立ち振舞。「怪物」(2023)でも爪跡だらけだった黒川君の今後に、期待しかない。
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2. 天才は何処でも輝く、ただ輝きの意義が解る観客は必須
 最も印象的だったのは、彰子に手を出して歌舞伎界を追放された喜久雄が、ドサ回り先でボコられる件。彼がどこまで本気で演じていたか、多少は手を抜いていたか、定かではないが、あんな環境でも喜久雄は、観客の一人の目を惹きつけ恋心さえ抱かせる。歌舞伎に関心がなくても、女形の意味を理解していない観客でも惹きつけてしまう、喜久雄の才は本物だろう。
 加えて、ボコられてボロボロになって屋上に佇んでいても、自然と体が舞始める。公演の予定などなくても、日々の鍛錬を止められない。「歌舞伎嫌いでしょ」と万菊(田中泯)に指摘された俊ボンとは真逆に、喜久雄には歌舞伎しか居場所がない。役者を極める道しか、目の前に延びていない。
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3. 順風満帆っっって!?
 最終盤、最年少で人間国宝になった人生を、順風満帆と称される。苦しい場面中心に観させられた観客としてはツッコミ処。ただ、同じ様な雑なまとめ方は、我々も普段からやっていそう。成功した結果だけみると、億万長者の実業家も、売れている芸能人も、「順風満帆」な人生を羨ましく思えるが、人には言えない苦難を経験して来た者もいるだろう。他人の人生の一断面を聞き知っただけで、その人の人生を総括できると思い込むのは、愚かなのだろう。
 本作でも、万菊は人間国宝になってからの姿しか描かれない。引退後の狭い借家が、万菊も歌舞伎の上達につながる事以外は切り捨ててきた役者バカだった事を彷彿とさせる。とは言え、万菊に人生も喜久雄以上に波乱万丈だったのかもしれない。質素な老後だけから、淋しい人生だったと決めつけるべきではないんだろう。少なくとも、狂気を秘めた田中泯の演技は、何らかの賞で報われて欲しい。
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4. ほぼ満点な前半(青春篇)、徐々にテンションが落ちる後半(花道篇)
 語るべきテーマが後半に詰まっている事は分かる。それでも、自分は喜久雄と俊介の絆が深まっていく前半が楽しくて仕方なかった。師匠の交通事故で代役を勤め上げるまでか、名跡を襲名するぐらいの処で映画が終了していたら、満点評価だったかもしれない。後半も、義兄弟の絆を感じるシーンは堪らなかった。
 しかし後半に入って、「昭和元禄落語心中」と重なる展開(a-c)が相次ぎ、名人の最期まで似ていた事で少し冷めた。
a. 切磋琢磨する幼馴染Aが、幼馴染Bの恋人と疾走し、子を儲ける
b. 人気が出てきた若手が背中の入れ墨(元任侠)報道で失速
c. 年を重ね名人に成長した主人公が、公演中に倒れて絶命
 ※八雲は漫画では主要人物だが、ドラマでは主人公
パクリだなんだと責めるつもりはないが、ありガチな定番展開を面白くは感じなかった。
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5. 血筋に拘るなら...
 個人的にミスリードだったのが、序盤のド派手な父の死が、喜久雄の人生に殆ど影響しなかった事。任侠の家に生まれなければ、彫り物を背負わなかった可能性は高いが、それ位しか彼の後半生に活かされないのは肩透かしだった。
 血統を重んじる歌舞伎界で、血統の拠り所がない不安を語るシーンは印象的だが、血統をテーマにするなら、任侠エリートの息子に生まれた血が、喜久雄の人生に与える影響も描いてほしかった。無論、殺人犯の子も殺人を犯すだとか、反社の子も必ず反社になるみたいな偏見は好きじゃない。ただ、性格や行動傾向にある程度遺伝的基盤があるのも事実なので、任侠の親分に上り詰めた父の精神的特徴が喜久雄にも現れ、彼の人生を後押ししたり、邪魔したり、みたいな描写が欲しかった。

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LittleTitan
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