劇場公開日 2025年6月6日

「吉沢&横浜の熱演が素晴らしい」国宝 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5吉沢&横浜の熱演が素晴らしい

2025年6月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

興奮

驚く

 本作は喜久雄の少年時代から晩年期までを描く大河ドラマとなっている。ライバルである俊介との友情、歌舞伎役者としての栄光と挫折、様々な女性との出会いと別れがピンポイントに描かれている。大変ドラマチックな半生であるが、原作の吉田修一の同名小説(未読)は上下巻に及ぶ長編ということもあり、1本の映画にまとめると、どうしてもダイジェスト風な作りになってしまうのが残念だった。約3時間という長尺であるが、それでも物語は表層的と言わざるを得ない。

 例えば、女性陣の葛藤はかなり浅薄に映る。喜久雄の幼馴染・春江、歌舞伎役者の娘・彰子、京都の花街で出会った藤駒といったヒロインたちは、喜久雄の役者人生に深く関わるキャラクターたちなのでもう少し寄り添った視点というものがあっても良かったもしれない。

 また、少年時代の喜久雄は初めから女形を余興で演じていたが、どうして歌舞伎に興味を持ったのだろうか?そのきっかけが分からずじまいである。上方歌舞伎の看板役者、花井半二郎のことを知らなかったくらいなので、もしかしたらそれほど歌舞伎に興味がなかったのかもしれない。

 他にも色々とあるが、こうした描写不足が物語を軽く見せてしまっている要因となっている。
 ただ、これらを丁寧に描いていけば、おそらく1本の映画としてまとめるのは無理だっただろう。そういう意味では、こういう作りを甘んじて受け止めるしかない。

 そんな中、個人的には喜久雄と俊介の友情ドラマに最も見応えを感じた。幼少時から始まる両者のライバル関係は、時に対立を生んでいくが、同じ芸道を歩む者同士、根っこの部分では深い絆で結ばれている。そんな二人の愛憎関係は大変面白く観れた。

 そして、何と言っても喜久雄を演じた吉沢亮、俊介を演じた横浜流星の熱演が素晴らしい。本作には四代目中村鴈治郎が出演しているが、クレジットを見ると彼は歌舞伎指導という立場でも作品に関わっている。「藤娘」、「二人道成寺」、「鷺娘」、「曽根崎心中」といった人気演目を吉沢と横浜が見事な表現力で演じきっている。本人たちの努力もあるだろうが、おそらく鴈治郎の指導力のおかげもあったように思う。

 特に、「曽根崎心中」における両者の熱演には圧倒されてしまった。近松門左衛門による世話物の代表作と言えるこのメロドラマは、現実の二人の愛憎を見事に盛り上げ、観ているこちらの胸に熱く迫って来た。

 監督は李相日。吉田修一の小説を映画化するのは「悪人」、「怒り」に続きこれで3度目である。これだけ続くとは、余程相性が良いのだろう。
 過去作はいずれも殺人事件を巡るサスペンスドラマだったが、今回は一人の男の数奇な人生を真正面から描いた人間ドラマとなっている。過去2作と比べるとエンタメ要素は減ったが、歌舞伎の世界でもがき苦しむ喜久雄の姿に、才能と努力だけではどうすることも出来ない現実社会の厳しさというものが実感された。

 また、歌舞伎は様式美の世界である。それを如何に美しく再現出来ているか。これも本作の大きなポイントのように思う。
 今回は「アデル、ブルーは熱い色」のソフィアン・エル・ファニが撮影監督を務めている。外国人が日本の伝統芸能を撮るというのは意外だったが、この起用はかえって奏功したかもしれない。
 思えば、「アデル~」は鮮烈な色遣いが印象的な作品だった。こうした色彩センスは艶やかで華やかな歌舞伎の舞台を再現するのには合っていたと言える。
 また、「アデル~」同様、本作もクローズアップの多用が特徴的である。舞台観劇では決して見ることが出来ない役者の繊細な表情に迫るカメラワークは映画的なカタルシスを生んでいる。

 キャスト陣では、主要二人以外では、伝説的女形、小野川万菊を演じた田中泯の存在感が際立っていた。彼の説得力のある演技のおかげで、万菊のセリフは一言一句重みが感じられた。

ありの
ありのさんのコメント
2025年6月14日

「続ける理由」という捉え方、至極納得しました。

ありの
uzさんのコメント
2025年6月13日

歌舞伎を始めた理由、確かに気になりましたが、後から本作は“続ける理由”の話だと思いました。
万菊の「それでもやるの」という台詞にもそれが、表れてる気がします。
女性の描き方、特に彰子は急に存在が消えるなど物足りませんでした。
田中泯の説得力は本当に凄かったです。
計4〜5時間の前後編でやれていれば、本当の意味での傑作だったかもしれません。

uz
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