ぼくのお日さまのレビュー・感想・評価
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心の小箱に そっと大事にしまっておきたい
エンドロールで 号泣しました。エンドロールの少し手前あたりで 泣きそうになっていたのですが、エンドロールで 涙が出てきて 歌詞の最後で 涙が止まらなくなりました。
出演者が みんな いい!!!
舞台となる スケートリンクに 陽差しが入るのも いい。
湖のスケートリンクにも 憧れます。
パンフレットを読んで びっくりしたのですが、撮影は 湖のスケートリンクから 始められていたとの事。
あの 柔らかな わきあいあいとした 心弾む雰囲気を 引き出せたのは ひとえに 池松壮亮さんの 温かく静かな包容力が 深く大きかったからなのだなぁと 感じました。
言葉を呑み込んでいる人たちの物語
三者三様に、言葉を世界に向けて発することのできない人たちのお話でした。
タクヤは吃音で、実際に言葉が出にくい。
さくらは親にもコーチにも自分の気持ちを伝えられない。
ヒサシはおそらくあの町では口にできないセクシャリティと、それを直感によって悟られたことがもたらした誤解(彼は小児性愛者ではないので完全に誤解)を解けないまま街を出ていく。
吃音や同性愛が「取ってつけたような設定」であるというコメントがありましたけど、テーマを上記のように捉えればむしろ必然性のある設定ですね。
前半はむしろさくらが不憫に見えたのですが、呑み込んでいた言葉をようやく発する時が来たと思ったら、まるで異なる形で出てしまうという悲劇。
それも、何が原因で誰が悪いとも言えないような形で……
タクヤや友人があまりにかわいいのでそれだけで泣きそうになりますけど、しかし表面的にはそこまで悪意に満ちた人が出てこないのは、悪意は発する本人も予期せぬところで現れて人間関係を壊してしまうという世界の不穏さの対比のように思いました。
ラスト、二人の出合い直しになるといいなと思いつつ。
私、この映画は好きですが、かなりしっかりとミソジニーの匂いもすることを付記しておきます。
「美しさと残酷さ」
タクヤは、美しく光り輝きフィギュアスケートをしている少女さくらをうっとりと見つめ続ける。まるでなにかにとらわれたように見つめ続ける。さくらへの憧れから、タクヤもフィギュアスケートを始め荒川の指導をうけていく。タクヤと荒川にはいつしか信頼関係が築かれていく。
さくらのコーチをしている荒川は、さくらにタクヤとアイスダンスのペアを組む提案をしさくらは同意し荒川の指導のもと二人の練習が始まる。リンクには西日が差しこみ綺麗な光につつまれている。まさに冬の「お日さま」を浴びているようだ。そこで二人が手をつなぎ、タクヤがさくらの腰に手をまわし。足を手を振り滑る、シンクロして滑る姿は美しく目を奪われる。二人がうまく滑れたときタクヤとさくらの笑顔、ハイタッチ、心がなごむ。特に川の氷での練習は解放感にみち荒川、さくら、タクヤが一つのチームとなって強固な信頼関係で結ばれ目標であるバッチテストにむかっていた。すべてが順風満帆なとき、さくらは、荒川の「実態」を見てしまう。
多感な思春期にある中学生のさくらには、荒川の「実態」を受け止められない。さくらは、はっきりと荒川に自分の想いを伝え荒川から離れ、タクヤと再びペアを組むこともなかった。荒川もさくらに「実態」を突き付けられたとき、なに一つ言い訳をしなかった。それが「現実」だから。
タクヤはバッジテストに現れないさくらに自分が嫌われたと思う。ただタクヤは吃音で自分の想いをしっかり伝えられない。さくらになぜ来なかった問えず、心ここにあらずにリンクにいる姿が切なく描出される。
奥山監督は光り輝く三人の美しいコラボレーションを見る者の脳裏に刻み付け、吃音障害とLGBTQの「実態」を提示する。さくらの若さが「理解不能」をうみ、単に善悪ではなく、奥山監督の描出するさくらの荒川に対する「拒否反応」が一瞬にして残酷な結末に転じる。この厳しい終焉には輝く光はない。春をむかえても暗澹としたタクヤと荒川の姿に胸をえぐられる。終幕、道で再会したタクヤとさくらの笑顔に救われた。
初恋や憧れという思春期の少年が抱える仄かな想いをテーマに描いた青春グラフィティ、と思わせておいて、実は重めのテーマも抱えた作品です。ラストシーンの続きが気になります。
上映前に流れる「劇場内ではマナーを守りましょう」の映像の
この作品バージョンを観てから、何となく本編の方が気になって
しまい、鑑賞することに。・_・
さあ鑑賞。
舞台は北海道。
野球の練習中、ボーっと立ったままの少年。
目の前に白いものが舞い降りる。
雪だ。
空を見上げる少年の頭上をボールが越えて弾む。
※これだけで、この少年の感性・性格が伝わってきます。
静かで雄弁な人物紹介だなぁと感心。・_・
場面代わってスケートリンク。
アイスホッケーのゴールを守るのは、また同じ少年だ。
相手のシュートが飛んでくる。
プロテクターの無い脇腹にパックが当たる。
ああ、痛そう…
脇腹を気にしつつ道具を片付け、帰ろうとする少年。
視線の先、リンクの中には一人の少女。
今はフィギュアスケートの練習時間だ。
軽やかに滑り、ジャンプ。
華麗な演技に心を奪われ、じっと見つめ続ける。
友人から " もう帰るよ " と声が掛かるまで眺めていた。
次の日、皆が帰った後のリンクの上に一人
昨日の少女の滑りを真似ようとする少年の姿が。
ぎこちない滑り。ジャンプ。転倒。
スピン …のつもりで 回転。トテトテトテ。
そんな少年を見ている一人の男。
フィギュアスケートの少女のコーチをしている男だ。
見知らぬ少年の、フィギュアスケートの演技(?)が
気になっているようだ。
次の日もまたフィギュアの練習(?)をする少年に
コーチが声をかける。
” その靴では、フィギュアの滑りはムリだ ”
” … ”
言葉の出ない少年に、更に声をかける。
” 上手く滑れるようになりたいか? ”
” !! ” ※うん
” この靴を使え ”
” !? ” ※いいの?
” あげるんじゃない。貸すだけだ ”
” …!” ※…ケチ じゃなくて ありがとう
こうして、月謝を貰うわけでもない少年を相手に
コーチのフィギュア指導が始まった。
熱心な練習の成果か、次第に上手になる少年の滑り。
本来の生徒である少女も、少年が気になっているようだ。
そんな頃。
コーチが、少年と少女でペアを組むことを提案する。
” 私はシングルでの大会出場が目標なので… ”
渋る少女に、コーチはこう説得する。
” ペアでの練習は、シングルの滑りにも良い影響がある ”
いざペアでの練習を始めてみると、奥が深い。
相手の滑りを意識したスケーティングが必要になるので
一人で滑る時よりも考えて滑る事が増えるのだ。
ペアでの滑りがサマになってきた頃,コーチが切り出す。
アイスダンスの競技に出るための、参加資格を取らないか と。
その気になり、練習を続けていた二人だったのだが
ある日、少女が、コーチのある場面を見てしまう。
もしかしたら、あの少年に対しても…
急速に冷えていく少女の心。練習にも来ない。
そして、出るはずだった出場資格をえるための資格審査会場にも
とうとう少女はやってこなかった。 あららー。
少女が何を見たのか、気になる方は劇場まで。 ・-・;
…ということで
フィギュアの練習を通して、少年・少女・そしてコーチの間の
心の揺らめきを描いた作品でした。
鑑賞前に予想した程には軽くもない内容の作品で
ハッピーエンドとは言えない終わり方とも思うのですが
それぞれが新しい道に進むのだろうと思わせる、何とも
絶妙なバランスの上に成り立っている作品でした。
鑑賞後も不思議な余韻が残っている感じです。
観て良かった。
◇あれこれ
■舞台の街は何処?
どこなのだろうと、鑑賞しながらあれこれと予想。
北海道? 小樽? 函館? 北見?
ロケ地の地名を見たら、白糠。北海道の太平洋側か。
少年の家。犬小屋は家の外に。 寒くないのだろうかと心配。
※この柴犬クン、良い味出してました。 いいな♡
■お日さまは誰のこと?
タイトルにもある「お日さま」。そして「ぼく」。
少年にとってのお日さまは、たぶん少女。 そして
コーチにとってのお日さまは、少年。
自分に無い美しい演技をする少女への憧憬と
自分が失った純粋な情熱を持つものへの懐古と。
それに浸るだけでは無い、それぞれが前に進もうとすることを
予想させるエンディングだったと思います。
■少し感じた違和感
「男子に女子の振りつけを教えて楽しいんですか?」
自分が食べているものに、相手が口をつける。
自分には見せないような柔らかな笑顔を見せる。
恋人同士がするような行為を男同士でしている場面を目撃したさくらが
コーチにぶつけたセリフ。
同性愛者に対して、思春期の少女が感じた嫌悪感は、まだ分かります。
ただ、フィギュアスケートが女性の競技であるかのようなセリフには
かなり違和感を感じました。(この作品中、唯一の違和感かも)
いつ頃の価値観なのかと疑問だったのですが、パンフを見ていたところ
このお話の時代は2000年ちょうどの頃のようだと分かりました。
(携帯電話も折畳式のガラケーだった気が…)
その頃だと、世間一般の認識はそんな感じだったかなぁ…。
と、フィギュアスケートのペア競技を描いた漫画を思い出しました。
「愛のアランフェス( 作:槙村さとる)」は1980年ころの作品です。
ストーリー忘れました。・-・ もう一度読んでみたい気が…。
■少女を演じた子
13才ですか。若いなぁ。
フィギュアスケートも経験者なのでしょうね。とても上手。
作中でもスケーティングが上手くなる様子が演じられていた気がします。
(少年のスケーティングも、次第に上手になっていくのが分かりました)
清原果耶さんや芦田愛菜さんに少し似ているような気もしました。
今後の確約に期待したいです。
◇最後に
吃音に悩む少年が、野球やアイスホッケーよりもフィギュアス
ケートをやりたいと思う少年の心の機微。そして思春期の少女の
異性に対する敏感な感受性。
さらには同性愛嗜好のある(と思われる)コーチという、色々な
要素が丁寧にぎっしりと練り込まれた、無駄も隙も無い繊細な
ストーリーの作品だったなぁ と。
画面に映ったもの全てが、こちらに語りかけてくる感じで
意味の無いカットが無く感じられるくらいに充実の90分でした。
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
圧倒的映像の美しさ
こどもたちのかわいさ、恋人たちの温もり、美しい風景の中にある人間のリアルさや切なさ。綺麗な映像に反して決して綺麗にはいかない現実も描かれていて触ったら壊れてしまいそうな程繊細。雪やスケートリンクに光が反射しキラキラする様子、氷が削れる音、心地良くてずっとこの世界に浸っていたい素敵な映画体験でした 、これは絶対映画館で見たほうが良い!美しい世界観に引き込まれる。
ここからは結構細かい感想↓
びっくりしたのは台詞の少なさ。余白を大事にしたいと台詞を増やすことで他人事のようになってしまう。といっていたのは知っていたが想像してたよりも少なかった。台詞が少ないのでBGM、見るBGM感覚なかんじ!
夜のシーンから光に包まれた朝になるところは、映画の世界がこちらまでに通じているかのようにパッと眩しくなってなんかよかった。北海道の雪、スケート場、寒い映像と連動してるかのように館内も冷たい風なひんやりしていて世界観がリンクしてるようだった
荒川とタクヤふたりの練習風景は息を呑むほど綺麗。この映画すきだなとその時おもった。
サクラの、人を見つめる表情が良かった。
タバコを吸う池松は良すぎた。荒川先生にサクラ惚れてたけどわかるよその気持ち。。
現役時代の荒川の写真を見つめる五十嵐、なんだか色んなことを頭巡らせて切なげな表情がとてもよかった。ヒトシアラカワー!とちょけるシーンは若葉さんの素?!って思っちゃった、当て書きの力もあるのかな。
ベランダのシーン、体ゆすりながらタバコ一口ちょうだいーばりに口開けてる五十嵐!かわいい。本来、「一口ちょうだい」と台詞あったのに、台詞の引き算の判断天才過ぎる。荒川の背中にピッタリと寄り添う五十嵐の多幸感に満ち溢れた表情の良さ😭車内のアイスのシーンもめっちゃ微笑ましかった。池松さんと若葉さんのや恋役良すぎ
ベッドで語るシーンの辛さが伝わる表情凄かった、遠めなカメラワークなのにその距離感で悲しい感情がちゃんと伝わるのすごすぎた。
カマかけたりちょけたり甘えたり行動するのはいつも五十嵐の方で、一方通行なかんじがした、五十嵐とスケート、結局スケートを選ばれたの切ない。自分から背中を押す五十嵐は切ない。結末を思えば今までの振る舞いはとても切なく感じた
【観ていて温かい気持ちになって行く中盤までの展開と、その後のシビアな現実。けれどもヤッパリこの作品は温かい気持ちで観終えるんだよなあ。今作は若き男女の成長と幾つかの別れを描いた逸品だと思います。】
■アイスホッケーのキーパーをしているタクヤ(越山敬達)は、吃音のある男の子。ある日、同じスケートリンクでフィギュアスケートの練習をするサクラ(中西希亜良)の姿に惹かれて行く。
そして、タクヤは一生懸命にホッケー靴を履いたまま、フィギュアスケートの練習をするのだが、転んでばかり。
そんなタクヤの姿を見たサクラのコーチをしている元プロのフィギュアスケート選手だった荒川(池松壮亮)は彼にスケート靴を貸してあげ、コーチをしてあげるようになる。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・“ぼくのお日さま”の意味は、色々と考えられると思うけれども、私はタクヤに親切にフィギュアスケートを教えてくれる荒川であり、タクヤがその流麗なスケートをする姿をぼーっと見ていたサクラであり、タクヤの事を温かく見守る家族や親友の男の子であると思ったな。
あとは、ゲイである荒川にとっては、純粋で、純朴なタクヤではないかなとも思ったな。
映像から言えば、スケートリンクに柔らかく窓から差し込んで来る太陽の光かな。
・中盤までは、荒川の指導を素直に聞くサクラがタクヤとアイスダンスのペアになり、楽しそうに練習する姿や、三人が野外の凍った湖で練習した後に、雪上で遊ぶ姿がとても良かったなあ。
・けれども、サクラが荒川が楽しそうにタクヤと接する姿や、荒川のパートナーの男(若葉竜也:この人が出演する映画は、殆ど良いね。)と楽しそうに車の中で戯れる姿を見て、少しづつ不機嫌になって行って、母(山田真歩)の言葉もあり、アイスダンスの昇級試験を無断で休むところから、トーンが変わって来るんだよね。
それは、サクラが女性として成長したという事であるのかもしれないし、ゲイに対する偏見かも知れない。
しかし、奥山監督は第一作の「僕はイエス様が嫌い」と同様に、その辺りの解釈を観客に委ねている気がするんだよね。
<荒川はパートナーと別れ、思い出の湖畔でタクヤとキャッチボールをして、別の地に旅立つ。
そして、タクヤとサクラは少し成長して、見通しの良い一本道で久しぶりに出会うのである。
二人は、そのまま柔和な表情のまま、歩いて近づき、吃音のタクヤが何かを言い掛けて、暗転するのだけれども、私はタクヤはサクラに対して肯定的な事を言ったのだと思ったな。
でなければ、アンナに優しい表情で近付かないでしょう。
今作は、観ていて、温かい気持ちになって行く作品であり、その理由は何といってもタクヤを演じた越山敬達君の柔和な表情と、サクラを演じた中西希亜良さんのポニーテールの似合う姿ではないかなと思ったな。
勿論、池松壮亮さんと若葉竜也さんの安定した演技がそれを支えているのは、間違いないんだけどね。>
愛おしく美しい。
タクヤとさくらが妖精のよう。画角が昔のテレビサイズなのはなぜなんだろう?さくらのフィギュアスケートシーンでの美しさ愛らしさ、タクヤのきれいなくちびるが何かを言おうとしている最後が特に可愛らしく美しい。エンドロールの歌はまるでこの映画のために作られたようで涙ぐみました。池松壮亮さんの演技も素晴らしい。古いボルボもいい感じ。映画館で買ったパンフレットも初めて見るタイプで、やはり可愛らしく愛おしい。早く配信されないかな。繰り返し見てみたい。
さくらに対してひどくない?
3人でドライブ、タクヤが寝てしまい、コーチの荒川とさくらのふたりだけの会話
タクヤだいぶうまくなったよな、頑張ってるよな、さくらのおかげだよ
さくらが不満げな顔をする。
当然でしょう。
コーチが心を砕くのはタクヤにだけですか、そうですか、私はタクヤを育てるためのボランティアなんですか、そんなキモチになると思う。
荒川がさくらにアイスダンスを勧めたのは、さくらもスケーティングが上達するから、とか言ってたのだから、二人になったら当然、さくらはだいぶ表現力が上がったな、とか、どういう点が良くなってるとか、気をつける点とか、さくらに関する話が出て当然なのに、まったくない。タクヤ、タクヤって、私はタクヤにお仕えする身ですか、ふざけんなよ、だろう。
荒川が同性愛者であってもなくても、自分が肩入れする子のために他の教え子を勝手にボランティア指定して充てがうのはNGだ。傲慢だと思う。教え子は自分が向上するためにコーチのもとに通っている。一人が一人として尊重されるのが当然ではないか。
娘がこんな扱いを受けたら、親が怒るのも当然。
しかも娘はスクールでピカイチの実力を持ち、シングルで向上することを自身も願っているのだから、こんなコーチ、すぐさま切りますよ。
さくらの母親が、ヒステリックなステージママのステレオタイプに描かれていてモヤモヤしました。
サクラがアイスダンスを引き受けたのは、明らかに荒川に恋心を抱いているからで、荒川のこの態度には二重に傷つく。
さらに、男性と楽しそうにいちゃつく荒川を見てしまったら、自分は眼中にないのが決定的だし、ひょっとして荒川はタクヤに下心があるのでは、と疑ったとしても不思議はない。
幾重にも傷つけられ、彼女が荒川に不信感を募らせるのは自然の成り行き。
この映画をみて、荒川はさくらの幼い腹いせの犠牲者、みたいな解釈をする人もいると思うが、それではさくらが可哀想過ぎる。
タクヤが吃音だったり、荒川が同性愛者だったりがとってつけたよう。
タクヤ、ビリー・エリオットみたいに、「さくらのように舞いたい」という願望があっただけ、ということはないですかね。
タクヤは何も悪くないので、さくらと再会して嬉しそうで良かったね
風景が美しく、目の保養になりました。
さくらのスケーティングが素晴らしくて見入ってしまった。
でも、私には刺さらない映画でした。
いい作品です。
池松壮壱が、海のはじまりのイメージ強すぎてスカン思いましたが、この作品は良かったよ。サクラは、まだ若いから許せないやね。タクヤもサクラが、来なくて残念。
でもまたなんか始まったらいいよね。
久しぶりに、いい作品でした。吃音にテーマ絞ってないのもいい。サクラ役の方可愛らしいね。これが、デビューみたいやね。
ほのぼの
ほのぼのとした作品。主人公のタクヤとサクラは、スケートがそれなりに上手いと思った。映画の最後、タクヤはサクラにどんな声かけをしたかったのかしら? それが気になりました。余談ですが、スケートの邦画でいえば、1986年倉本聰監督、中嶋朋子、いしだあゆみ出演「時計」があります。スケート選手役の中嶋朋子の成長を実際に5年間かけて撮った作品。「ぼくのお日さま」を観て、「時計」が観たくなり探しましたが、ビデオは廃盤、DVD は未発売。残念です😭
美しくはあるが...
切り詰めた表現ぶりと昭和のような風景に癒やされました。劇中の音楽が少ないことと自然さを大切にした演技には子役の男の子と女の子の魅力がいっぱい詰まっていました。北海道の一都市の何気ない日常風景にもほっこりさせられました。
ただ、話の展開的にネタバレになるのであまり書きませんがみんなそれぞれ傷ついて終わっていくという展開に優しくないなと感じ、釈然としないものを感じました。
吃音であること、同性愛者であること、先生と生徒の恋愛感情などいろいろな問題を提起しながらもそれぞれが解決しないまま、ただ存在することの美しさとともに過ごした時間のきらめきだけが残りました。
それぞれの登場人物のかかえる問題を少しすっきりさせて終わらせてやって、きれい事かも知れませんが胸がキュンとする感じを味わいたかったかな。そんなわけで美しい映画だっただけに少し残念な気持ちが残りました。
今年のベストかもしれない傑作!
役者の方、みなさんが自然で本当に引き込まれる。
映像がまた最高に美しい
アイスダンスというのでしょうか、
初々しく、かつ美しく物語を描いてくれる素晴らしいシーンの連続でした。
男の子も女の子も最高!
お日さまってなんだろうと最初は思いながらみていましたが
スケートリンクや学校など太陽の日差しがとても美しい
言葉にすればするほど野暮になる。
ずっと余韻に浸っていたい。
また見たい。
エンディングがまた余韻を引き取って最高なんですよ!
ぜひ劇場で観てほしい。
そんな作品です。
初々しさが最高!
タクヤとサクラの汚れのない無垢な演技に感動しました。幼少期からスケートの経験があって、これだけの演技が出来るキャストを探すだけでも、この映画の製作者の苦労が伺えます。始まってからすぐに気付きましたが、画面の縦横比がシネマスコープの2.35:1ではなくて4:3か7:6くらいの縦横比になっていたのには、何かしら製作者の意図があったのではないかと考察中。
ラストシーンで、タクヤが笑顔のサクラに自分の気持ちを伝えられたのか? 成長した二人の続編があっても良いんじゃないかと考えさせられる良作でした。
北海道の冬の寒さと対照的な、春のパステルトーンの美しい風景を背景に、 少年少女の幸福に満ちたかけがえのない時間が見事に刻まれている
白銀の北海道の冬の寒さと、対照的な春のパステルトーンの美しい風景を背景に、
少年少女の幸福に満ちたかけがえのない時間が見事に刻まれている。
何より二人の自然な演技が素晴らしい。
そしてそれを引き出した奥山大史監督、池松壮亮、4人の信頼関係が結実した結果です。
まさしくその場に存在した二人の、それも永遠ではない時間。
ちょっとしたことから、もろくも崩れ去る繊細な時間。
しかし、大人の感情とは無関係に、
一人ひとりがちゃんと歩き出す、ラストシーンもまた温かい。
パンフレットの主演3人と監督の対談が、とっても微笑ましい。
撮影中の様子やカンヌ出席のエピソードを語る様子にも信頼感が表れてます。
女の子のスケーティング場面は美しいけれど、エンディングは活かされているのか?
美しくフィギュアスケートを滑る女の子にみとれる不器用な男の子を、女の子の男性コーチが応援しようとコーチを始め、女の子は不満を抱えながらも、アイスダンスの練習に取り組んでいく。男の子は、父親とともに吃音であったが、楽しい雰囲気のなか、コンプレックスは徐々に薄まっていく。アイスホッケー仲間からの冷やかし視線はあった。女の子は、コーチが同性の恋人と一緒の場面もみつけて嫌悪を始め、アイスダンスの試合をすっぽかし、コーチ契約も解除してしまう。男の子は中学生になり、コーチと別れを告げ、コーチは同性の恋人とは一緒ではない。最後に男の子が女の子と道で出くわし、口を開こうという場面で終わる。エンディングテーマで、吃音の悩みが語られる。劇中でもっと描き込んでほしかった。
清らかな作品⛸️🌕
フィギュアスケートが好きなので、その場面がたっぷりあったのが嬉しかったです✨✨
「月の光」がよく合う作品だと思いました。
さくらにしたら、コーチが不潔に見えるのは仕方ない。誰にも彼女を責められないし、もちろん、コーチも、責められてよいはずありません。
それぞれの人生が交錯して、またすれ違っていく展開が自然で、とても現実的な映画だと思います。
タクヤとさくらを演じた二人が、本当にどこにでもいそうな子たちになりきっていて好感を抱きました。
池松さんの声がシブい✨✨スケート未経験だったので半年練習なさったそうですが、とても上手いので驚きました。
そこで切るの⁉️と思いましたが、エンドロールの歌を聞いて納得です。
ただ…豚まんを食べながら運転するのは、やめた方がいいかなと思いました😅
事前情報なしの鑑賞をオススメします。
"奥山大史"監督作品は見た事がないはずなのに、何か知ってる名前。。
と、ずっと考えていたら思い出しました!
去年(もう去年だ!)公開した、
宮崎駿監督"君たちはどう生きるか"の主題歌。
米津玄師さんの"地球儀"のMV撮った人だった!!
本作もそうだが(本作は脚本も手がけている)このMVも、監督・撮影・編集まで1人でこなしている!
自然光の入れ方が特徴的だと思う。
きっと、光りと影の表現にこだわって作ったんだな〜と想像出来る。
幻想的で、あの場の空気感、匂い、温度まで感じられるような映像で、それは本作にも通じる所があり、更にグレードアップしていました。
(見始めは、白っちゃけてるな四角いなって思ったけれど、この表現で良かったのかも)
若い才能!!が眩し過ぎる!!
本作の奥山監督はじめ、ちょっと前だと、個人的に注目している加藤拓也監督(ほつれる)
最近だと、山中瑶子監督(ナミビア)
二十代の若い才能ある監督が、商業作品映画を発表してくれる事が、映画ファンとしてはとても嬉しいです。
今後の日本の映画界をリードしていくであろう監督達の作品を、この若さで撮った作品を、リアタイで観られる事が嬉しいです。
将来、子が映画に興味を持った時、
「◯◯監督の初期作はリアタイで劇場で観たよぉ〜」って自慢になるかな?なんて、思っちゃいました。
さてさて、
予告で何度か目にしていた本作。
ベール(ヴェール?w)がかかった様な、
絵画の様な美しい景色。
どのシーンも額に入れて飾れそう。
幻想的な光が差し込むスケートリンクで滑る少年少女。
タイトルからして優しそうな作品だと思っていました。
池松君の芝居は好き。スケートは詳しくない。子役も知らない。
フライヤーももらっていたけれど、いつも通り読んでいませんでした。
だけどそれが良かった。事前情報なしでの鑑賞がベストですね。
ほほう。。そう来たか。
まさかのソレはう〜んとなったが、ガラケーだったり、カセットテープだったり、時代設定が現在より少し前なのかな。
そうすると、"多様性"について今ほど語られる事がなかった時代、周囲の理解も今より進んでいなかったからな。
さくら(中西希亜良ちゃん)の動揺も本来なら大人(母親)がしっかりと説明し、何も問題ないと教えるべきだが、まだ、時代(日本)と人間が追いついていなかったからな。。
母親も嫌悪感丸出しで悲しくなりました
( ; ; )
(山田真歩ちゃんが中学生のお母さん役をやるようになったかぁ〜と思った)
彼女の刺した棘が悲しい変化をもたらしてしまうのだけれど、、
何故だろう。
彼女を責める気持ちにもならなかった。
タクヤ(越山敬達君:すごい名前ですね)も
荒川(池松君)も彼女を責めない。
哀しいし残酷だし残念なんだけど、、
車内の荒川と五十嵐(若葉君)の様子を目撃し、ある種の嫌悪感を抱くさくら。
自分の指導中にも関わらず、荒川がタクヤに向ける視線にも疑問を抱いていたのだろう。
ボタンの掛け違い、哀しい誤解。
さくらの、あの年代が持っている、
"特有の潔癖さ"が姿を現す。
あの言葉は残酷なのだけど、少女の動揺や嫌悪感、まだ分からない世界に触れた時の気持ちは理解してあげたかった。
3人で練習したかけがえのない時間、上達していく喜び。
それは紛れもない事実でそこに存在していた。
それだけで、尊く美しかった。
凍った湖で戯れる3人を観ているだけで泣けてきた。
どんな言葉を並べても表現出来ないような作品だし、自分の、どの感情が刺激されているのかもわからない。
この歳になっても、まだ言葉では例えられない感情があるものかと驚いた。
「PERFECT DAYS」鑑賞後に感じたような余韻が残る。
語れば語るほど遠くなりそうな作品なのだけど、誰かと感想を語り合いたくなる作品。
3人の宝物の様な時間を分けてもらった気分。
冒頭の初雪が降り始めたグラウンドに映し出されるタイトルから、もう決まっていた。
役者の演技も主題歌も全て完璧。
大きな事件も起きないしセリフも少ない。
終始静かに流れる時間。
それなのに、こんなにも心を揺さぶられるとは!
ラストの解釈も人それぞれだろう。
だけど、それで良いのだと言い切れる。
こんな表現の仕方で
"小さな恋の物語"を見せられるとは!
とても良い映画でした。
鑑賞動機:たまにはピュアピュアほっこりなお話で、心洗われて見よう10割
単なる要素の一つかなと思っていたらガッツリストーリーに関わってきて、ちょっとたじろぐ。いや思春期の潔癖さもあるのだろうけど、ただタクヤは…いいの? この歯痒さとやるせなさに心が波立った。現在ではない…よねこれ。
一方でスケート場面の光の加減の美しさやカメラも一緒に滑ってるっぽい場面は心穏やかに観ていられた。
タクヤの友達(コウセイ)は本当にいい子だ。
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