「キーワードは「吊るされた男:正位置」、意味を知っているとニヤリとできますよ」Shirley シャーリイ Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
キーワードは「吊るされた男:正位置」、意味を知っているとニヤリとできますよ
2024.7.18 字幕 京都シネマ
2019年のアメリカ映画
原作はスーザン・スカーフ・メイルの小説『Shirley: A Novel』
実在の作家シャーリイ・ジャクスンが『絞首人(Hangsaman)』の執筆に至った経緯を描いたヒューマンミステリー
監督はジョセフィン・デッカー
脚本はサラ・ガビンス
物語の舞台は、アメリカ・バーモント州ベニントン
敬愛するスタンリー教授(マイケル・スタールバーグ)の助手をしているフレッド(ローガン・ラーマン)は、妻ローズ(オデッサ・ヤング)とともに、彼の邸宅に向かっていた
そこではパーティーが開催されていて、スタンリーの妻で著名な作家シャーリイ(エリザベス・モス)を囲んでの食事会のようなものが催されていた
ローズは彼女が書いた『くじ』に魅了されていて、会える日を楽しみにしていた
少ない会話を交わしたローズとシャーリイだったが、彼女は一目でローズの妊娠を言い当てた
スタンリーは彼女の特殊能力の一つだと揶揄うものの、シャーリイの言葉はどこか棘があって、ローズは自尊心を傷つけられていると感じていた
物語は、『くじ』以降、執筆に取りかかれないシャーリイの世話係としてローズが住み込みで働き出すところから動き出す
ローズもベニントン大学で学んでいたが、その隙間だけでは世話をすることはできず、さらに出産が近づいたことで休学せざるを得ない状況になっていた
シャーリイは相変わらずマイペースだったが、ベニントン大学の学生で行方不明になっているポーラ・ジーン・ウェルデンとローズを重ねることで、次作のインスピレーションが生まれつつあった
シャーリイはローズと会話を重ねる中で、なぜポーラは姿をくらましたのかと想像を重ねていく
そして、シャーリイの脳内イメージはさらに洗練され、長編小説の執筆へと向かう事になったのである
実際の『絞首人』という作品も、このポーラをモチーフにしたナタリーという主人公が登場し、その失踪が物語のインスピレーションになっていると言う
この執筆の期間に彼女を支えた人物がいたと言うところから着想を得たのが本作の原作で、本作は事実と虚構がかなり曖昧な作品になっている
ローズ&フレッドは架空だが、シャーリイとスタンリーは実際の夫婦で、ベニントン大学の教授と生徒だったと言う関係も同じ
また、『絞首人』もそのままの内容になっていて、本作ではシャーリイがポーラにローズを重ねて想像を膨らましている、と言う内容になっていた
『くじ』と『絞首人』を読んでいると楽しめる内容だが、それを知らなくても、作家の創造性の実情が描かれ、それに巻き込まれる女性としての物語としても良くできていると思う
シャーリイはポーラにローズを重ねるが、ローズにとってのポーラはポーラでしかない
だが、ポーラの物語を考えていくうちに、なぜ彼女は森へ行ったのかと考えるようになり、夫の裏切りも相まって、ローズは深い森の奥へと足を運ぶ事になった
森を抜けた先で起こった出来事は、一つは事実で、もう一つはシャーリイの想像だった
このどちらかが正しかったのかは『絞首人』を読めばわかるのだが、ざっくり言えばローズはポーラではない、という事になるのだろう
このあたりを踏まえて、『くじ』『絞首人』を読んでみると、映画の見え方というものも変わってくるのかもしれません
いずれにせよ、小説を書いたことがある人なら、創作の産みの苦しさと突然降って湧いたようなアイデアの雨というものが感じ取れると思う
シャーリイが紡ぐ物語にローズが感化され、またシャーリイの哲学が染み込んで行動を変えていくのも面白い
作家ならではの着眼点や考察力、観察力なども汲み取れる作品で、そのあたりに着目しても面白いのではないだろうか
ちなみに、タロットカードの吊るされた男の正位置は「生まれ変わりの直前を意味する」ので、そんなに悪い意味ではなかったりする
自分の意思では動けず、その状況を受け入れるという意味合いがあるので、その意味を知っていればニヤリとできたかもしれません