「衝撃の展開は必要だったのだろうか?」ルックバック tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
衝撃の展開は必要だったのだろうか?
冒頭の、貧乏ゆすりをしながら机に向かって何かを描いている藤野の背中が延々と映し出されるシーンから、画面に引き込まれる。
4コマ漫画を映像化したシーンも、いかにも小学生が書いたような絵柄と物語で楽しめる。
その後も、藤野がライバルと目していた京本と初めて会い、自分が「先生」と敬われていることを知って、スキップをしながら帰るシーンや、2人で街に出かけて、藤本が京本の手を引きながら、人混みの中を通り抜けていく時の、それぞれの主観映像のシーンなど、手描きアニメーションならではの躍動感に溢れた描写を堪能することができる。
物語としても、ライバルに負けまいと一所懸命に練習したり、どうしても勝てないと諦めたり、志を同じくする者と仲間になったり、一つの目標に向けて一緒に頑張ったりと、スポーツや芸術に打ち込んだことがあれば、誰もが経験し得るような「情熱と友情の日々」が丹念に描かれていて、胸が熱くなった。
やがて、絵の技量を上げるために美大へと進学する京本とは、袂を分かつことになるものの、それでも、人気漫画家への道を歩んでいく藤野のサクセスストーリーとしては、あまりにもトントン拍子で順調すぎるのではないかと思っていると、予想もしなかったような衝撃の展開が訪れて驚かされる。
ここから想起されるのは、明らかに京都アニメーションの放火事件だが、藤野と京本が出会わなかったパラレルワールドでは、漫画を描くのをやめて空手の練習に励んでいた藤野が、美大への乱入者を撃退して、京本の命を救うことになる。
京本の部屋の扉の下を行き来する4コマ漫画の紙片は確実に存在するものの、この、もう一つの物語が、どこかのマルチバースに実在している世界での出来事なのか、それとも、藤野が「もしも」と夢想していることなのかは定かではない。ただ、いずれにせよ、せめて物語の中だけでも、あんな理不尽な事件はなかったことにしたいという、作り手の熱い思いだけは感じ取ることができた。
京本が命を落としたのは、彼女を外の世界に連れ出した自分のせいだと後悔する藤野が、もし、自分たちが出会わなかったら、2人で寝食を忘れて漫画作りに没頭するという、かけがえのない時間を過ごすことはなかったし、何よりも漫画を描く自分も存在しなかったということに気が付いて、再び前を向くようになるくだりも感動的である。
その一方で、わざわざ悲劇的なエピソードに持っていかなくても、美大を卒業した京本が、漫画家の藤野のアシスタントになるといったシンプルでストレートな話だけで、十分に楽しむことができたのではないかとも思ってしまう。
それから、京本からは「先生」ともてはやされた藤野だが、彼女の方は、「自分が、一度漫画を描かなくなったのは、絵の才能では京本にかなわないと観念したからだ」と打ち明けたのかということも、最後まで気になってしまった。