「パートⅢだけど、しっかり楽しめる作品だった!」クワイエット・プレイス DAY 1 クラウディア🫶さんの映画レビュー(感想・評価)
パートⅢだけど、しっかり楽しめる作品だった!
『クワイエット・プレイス』パートⅠ・Ⅱはとても好きな映画。後から知ったことがあって、お父さん役の俳優さんが監督で、お母さん役は彼の実際の奥さんだということ。二人のリアルな親密さと、家族の絆を描ききったところが、映画での極限の状況という展開に、いい意味でのギャップを生んでいたのではと。今回は監督も変更ということで、正直なところ、そこは気になっていた。
主人公サムは癌で余命いくばくもない。その彼女のサバイバルという斬新な設定。じきに訪れるであろう死という未来が、クリーチャーに殺される恐怖に勝ってしまうのでは?という変な感じが、観る側には生まれると思う。彼女は普通に動けるものの、無駄な肉がいっさいない頭蓋骨型頭部が病を感じさせ(ウール・キャップが似合っていたよね!)、それにクリーチャーに対して半端なく怯えるという迫真の演技も加わって、自然とその複雑な状況を受け入れちゃうんだよね。
誰にも心を許さない少しひねくれた性格で、こんな場合に「ハーレムのピザ屋さんのピザを食べたい!」とか、変な人だなという最初の印象だったけど、物語が進むにつれ終盤のロマンチックな場面も加わり、友達になりたいくらい優しくてイイやつじゃないの?に変わってしまう魔法的な展開があったよね。
完全な静寂の中で、ピリピリハラハラする恐怖の展開が待っているのは前二作と同じ。舞台がマンハッタンだけあって、今回はスペクタクル感もあって、ちょっとした音が戦慄の始まりというか大量虐殺につながっていく。戦闘シーン的なものも大音響の迫力だった。
そうそう、サラが飼っている猫が目立っていた。なにが起こっても主人公のところに戻ってくる忠実な猫だけど。この状況で猫だもね。どこかとんでもない局面でニャーと鳴いちゃう伏線なのかなあと思ってハラハラして観てたたけど、、、
いま一瞬頭に浮かんだことで深い意味はないのだけど、この猫が結構重要な役割を果たしているような気がした。たくさんの人が残虐に理不尽にどんどん殺されていくシーンはだれも文句を言わないけど、もしこの猫が殺されるソーンがあったとしたら、ちゃんとした必然的な理由があったとしても、非難の嵐になる可能性を感じた。なんで、そうなるんだろうね。
さらに話はそれるけど、この猫がネズミを追いかけるシーンがあって、そこで猫が一撃でネズミを殺していたら、この映画の意味は、まったく変わってしまっただろうと思った。
あっ!猫ちゃん好きの人、ごめんなさい!!!
何を言いたいのかわからない文章になってしまいましたが、いろいろ考えさせてくれるとこもあっていい映画でした!