「均衡が崩れるとき」ありふれた教室 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
均衡が崩れるとき
主人公の教師ノヴァクが体育の授業で跳び箱の台の上に六人の人間がぎりぎり立てる方法を生徒たちに考えさせるシーンがある。よく会社の研修なんかでチームワークや団結力を養うために行われるやつだ。
このシーンが本作のすべてを物語っていたように思う。数学が得意な生徒のオスカーが向き合ったふたり同士がお互い交互に手を取り合ってバランスを維持するという方法でそれに正解する。
この方法はお互いの信頼関係が大切で一人でも手を離せば途端にバランスを崩して皆が台座から落ちてしまう。かろうじて保たれていた均衡はちょっとしたきっかけでもろくも崩れ去る。人間社会もこれと同じ様なものなのかもしれない、そして学校も小さな社会だから同様に。
ある盗難事件(本当に盗難事件かどうかは最後まで明かされない、それは本作では重要ではない)をきっかけにして学級崩壊、職場崩壊の危機を迎える学校の姿。
ノヴァクは自分なりの理想を持った教師であり、不寛容な学校の方針には懐疑的だった。彼女は生徒たちには寛容でありたかった。盗難の疑いが生徒に向かうことを良しとしない彼女は自分のデスクに財布入りのジャケットを放置して隠し撮りをし、犯人を探し出そうとする。
まんまと映像を撮影することに成功。犯人を問い詰めるが一向に認めようとせずそれどころか不当に疑われたとして逆にノヴァクを責め立てる。さらに悪いことに犯人はノヴァクが担任するオスカーの母親の事務員だった。
ノヴァクも悪気はなかったとはいえ、隠し撮りはまずかったと後で気づく。生徒をかばうつもりが隠し撮りをすること自体が同僚たちに疑いの目を向けること。そこまで彼女は深く考えての行動ではなかったが、事態はすべてが悪い方向に転がりだし彼女は自分の犯した過ちに苛まれていく。星柄のブラウスの集団は彼女の見た幻覚なんだろう。
保護者からは問い詰められ、職場環境もぎすぎすした雰囲気に。それどころかかばうはずだった生徒にも悪影響が出始める。
オスカーの母親のことがうわさになり彼へのいじめにつながってしまうのだ。クラスにも亀裂が入り始める。ノヴァクが一番避けたかった事態へと転がり落ちていくことに。生徒を傷つけまいとした彼女の軽はずみな行動が結局は生徒を傷つけることに。
ノヴァクの犯した一番のミスは子供たちに説明しなかったこと。事情を詳しく説明して理解してもらうべきだった。動画に手元は映っていなかった、冤罪の可能性もある、そしてそもそも隠し撮りしたことは間違いだったこと、それをちゃんと説明すべきだった。そうすればクラスの生徒も彼女を信じてオスカーへの疑いも晴れたと思う。彼があそこまで追いつめられることもなかったはず。
ちゃんと話してあげれば生徒との信頼関係は壊れなかったはず。盗難事件よりも信頼関係が壊れたことからそれをきっかけにした学級崩壊、職場崩壊の方が受けた被害は大きかった。
お互いの信頼関係が壊れれば職場やクラスの崩壊は案外容易いのかもしれない。誰か一人が手を離すことで台座から皆が崩れ落ちるように。手を最初に離してしまったのは誰だったんだろう。ノヴァクか、教師たちか、はたまた。
ノヴァクに暴力を振るい自宅待機を命じられたオスカーがそれを無視して登校し、かたくなに席を立たないことから警備員たちに無理やり外に連れ出されるシーンで映画は終わる。
そんな彼からルービックキューブを手渡されたノヴァクは彼の信頼を取り戻すことが出来るのだろうか。
私が校長なら盗難だったとしても起きてしまったことは仕方がないとして犯人捜しはやらずに今後は高額な現金やスマホは原則として持ち込み禁止、必要があって持ってきた場合は終業時間まで職員室の金庫に預けるようにするのがいいと思う。人を糾弾するためではなく、事件が起きないよう予防するための規則ならいいのではないかと思う。私もできれば寛容でありたい。
本作が秀逸なのはオスカーの母親が本当に窃盗の犯人かは明らかでないこと。財布を盗んだ手元は動画には映し出されていなかった。彼女が犯人かは問題ではなく問題なのは同じ職場で働く同僚同士の疑心暗鬼が職場全体すなわち生徒を含めた学校全体に伝染していったこと。小さなきっかけひとつで社会全体を崩壊に至らしめることがあるということを本作はこの学校という社会の崩壊を描くことであらわしていた。クラスがドイツらしい移民の子供の姿が目立ったのもいかにもこのクラスが世界の縮図を表していてそのような世界が移民問題でぐらついてることを暗示してるかのようでその辺もうまいなと思った。
再選を果たしたアメリカの大統領は世界でのリーダシップを取ることをやめて自国第一主義を掲げてる。この考えに他の国々も追従しだせば、すべての国が自国のことしか考えなくなり国際協調関係は崩れて世界中が混迷の時代に突入するかも。かろうじて保たれてきた国際関係は誰かが手を離したことで容易く崩壊していくのかも知れない。
作品前半は理想に燃える教師ノヴァクが生き生きとしていて生徒たちもみんなかわいくて見ていてほのぼのしてたら、生徒たちは今まで手拍子とるのは先生に合わせていたんだとか、検閲だとか、知る権利が生徒にもあるとか、かわいい顔して大人顔負けに先生を論破する勢い。たとえ見た目がかわいくても子供は怖い。でもいつもスカーフ姿のムスリムの女の子はほんと可愛かった。
こんにちは
奥深い問いかけでしたね。
レントさんの言う、
誰かが手を離したら、均衡が崩れる、世界もまた・・・
本当に、正に均衡が崩れつつありますね。
気候変動もそうですが、
安心・安全が確実に不安に変わる時代に生きていますね。