劇場公開日 2025年11月1日

「不思議なことが起きている。」旅人の必需品 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 不思議なことが起きている。

2025年11月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2024年。ホン・サンス監督。フランス人の女性が韓国人にフランス語の個人授業をしている。教科書も教える資格もないが、相手との会話を元に相手の感情を引き出し、それをフランス語にして詩のような短文をつくり、それを何度も暗唱しろうという。表現されるものと表現するものの関係をしっかりつかんでから言葉を使うのではなく、暗唱するほど唱えることで言葉の「表情」や「感覚」を腹に落とすということか。日本でもかつて寺子屋ではそうやって論語の素読をやっていたのだから、ことさら変わった教授法ということではないが、単語と簡単な構文から始める語学学習の正規の手順(最初はかなりばかばかしい文章を学ぶことになる)とは大きく異なっている。韓国の詩人の詩もでてくるので、言語について自覚的・反省的な映画であることは一目瞭然だ。フランス語をマスターしようというよりは、言語とは何か、言語を学ぶ過程を楽しく充実させることができるのではないかという問題関心があるのだろう。
ところが、不思議なことがおこる。あるお金持ちらしきお嬢様との個人レッスンが終わった後、遣り手の女性経営者を相手にした時、まったく同じ会話を元に、まったく同じ感情を引き出し、まったく同じ文章を与えているのだ。監督のことだから、またメタ映画(映画についての映画)か、演技とは反復だってこと?、などと思ってみていると、さらに、フランス人女性が転がり込んでいる若い男のアパートの描写となり、そこに男の母親がやってくるというシチュエーションになっていく。言語の映画だと思っていたものは、とたんに主人公自身に人間性に脚光が当たりだす。
70歳を超えているイザベル・ユペールが、どうみても40代に見える。これがまず衝撃的にすごいことだ。そして、マッコリを飲むこと、激しく言い募ること、という監督の映画に欠かせない場面もある。これもまたすごいことだ。

文字読み