侍タイムスリッパーのレビュー・感想・評価
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特技を活かす。
標的の男と刀を交えた時、落雷により気を失い気づくと現代の時代劇撮影現場にタイムリープした会津藩士の高坂新左衛門の話。
タイムリープした撮影現場で良くしてくれた助監督の優子に恋心を抱き、倒れた先の寺で老夫婦に世話になることになった高坂新左衛門だったが…。
鑑賞前に本サイトの解説読んだら、現代の撮影現場にタイムリープした本物の侍、設定が面白そうとは思ったものの期待はせずに観たらめちゃくちゃ面白い!!とりあえず寺の老婦人の間にはやられました!現代の見る物全てが初見の新左衛門のリアクションにも笑わされて。
話は少し進み斬られ役として評価され回ってきた準主役、呼ばれて行けばまさかの思わぬ人との再会で…、ただのコメディってだけでなくちゃんと練られたストーリーって感じでめちゃくちゃ楽しめました。
人それぞれ好みの作品は違うけれど、こんなまさかの大穴作品があるから映画を観る旅はやめられない!エンドロールの名前見てたら役者さん達も裏方に回って製作側の仕事も!?
山口馬木也と冨家マサノリの演技力の高さ!
評判のよさを耳にして、事前情報を一切入れずに鑑賞したが、めちゃくちゃ面白かった。
主演の山口馬木也、敵役の冨家マサノリの両名が、まず素晴らしい。失礼ながら、撮影所長役の井上肇などと比べて、様々な映画やドラマでよくお見かけするというタイプのお二人ではないが、この脚本に不可欠な演技力の確かさが、今作の質の高さを決定付けていた。これだけの演技をされる方々が、自分が知らないだけで、まだまだたくさんいらっしゃるんだというのが驚きだったし、それだけ演技の世界というのは層が厚いのだということを思い知らされた。
それにしても、監督他何役もこなして今作を自主制作した安田淳一に敬意を表したい。彼の熱意が、東映の撮影所などを動かしたとのこと。これを「予算の都合で」という理由からチープなセットや衣装などでまかなっていたとしたら、目も当てられない作品になっていただろう。エンタメに振り切りながらも、個の信念や国のあり方や時代の趨勢など、観客にハッとさせたり考えさせたりする仕掛けを織り込んだ、骨太なテーマを根底に置いていることが、参集したスタッフの皆を惹きつけ、結果としてこの作品をここまでに押し上げたのだと思う。映画に登場する助監督は、ある意味自己投影か。彼女の純粋さやひたむきさも、今作をより清々しいものにしている。
とにかく、気持ちよく笑えて、じーんとして、元気をもらえる映画だった。
自分が観た時は、地方の劇場で朝一だったためもあってか、観客が4名しかいなかったが、多くの人におすすめしたい作品。
温かみのあるコメディ時代劇映画
映画愛に溢れた時代劇へのラブレター
山口馬木也が、役にピタリとハマっている。
バイプレイヤーとして、その顔と名前は認知していたが、チョンマゲ姿の時はもちろん、ザンギリ頭になっても「会津の侍」にしか見えないところなどは、まさに役になり切ったような名演で、これほど良い俳優だとは思わなかった。
その他の出演者も、どこかで見たことのあるような、ないような役者ばかりだったが、誰もが皆、「良い味」を出している。
確かに、映画としての拙さや物足りなさを感じるところが無い訳ではない。
例えば、主人公が現代にタイムスリップして、時代劇の撮影現場に居合わせるくだりとか、撮影現場でスタッフが斬られ役のエキストラを探していて、主人公を見い出す場面では、もう少し上手い見せ方ができたのではないかと思うし、イチゴのショートケーキだけでなく、もっとカルチャーギャップのドタバタがあってもよかったのではないかとも思う。
だが、この映画から感じ取ることができる映画作りに対する熱い思いや、廃れゆく時代劇に対する惜別の念は、そうした拙さを補って余りあるほど強く胸に突き刺さってくる。
物語としても、冒頭で一緒に雷に打たれた侍はどうなったのだろうと思っていると、ちゃんと「なるほどね」という展開になるし、彼の出現によって、幕末の幕府側の侍たちと、時代劇を作る映画人たちの「失われゆくものへの想い」がシンクロしていく作り方も、よく出来ていると思う。
特に、ラストの、正真正銘の「真剣勝負」は、2人の武士の決着の付け方として説得力があるし、「はたして、どのような結末になるのだろう?」という、手に汗握るような緊迫感が味わえて、非常に見応えがあった。
それと同時に、「カメラを止めるな!」みたいな雰囲気になったり、「トップガン マーヴェリック」と同じ台詞が出てきたりと、他の作品へのオマージュみたいなものも感じられて、思わずニヤリとしてしまった。
二段構えの結末には、「やはり、そうなるよね」と納得できるし、エンディングで映し出されるオマケ映像も心憎く、とても軽い足取りで劇場を後にすることができた。
それは「今日」ではない
時代劇ファン層に届くことで、さらなるバズりに繋がるのではないだろうか
2024.9.14 MOVIX京都
2023年の日本映画(131分、G)
幕末の侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてしまう様子を描いたコメディ映画
監督&脚本は安田淳一
物語の舞台は、幕末の京都
会津藩の高坂新左衛門(山口馬木也)と村田左之助(高寺裕司)は、長州藩の山形彦九郎(庄野﨑謙)をある寺院の前で待ち伏せをしていた
ようやく山形が寺院から出てきて対峙することになった高坂だったが、突然の雷雨に見舞われてしまう
そして、いざ勝負というときに雷が落ち、それによって勝負は流れてしまった
数時間後、高坂が目覚めると、そこはどこかの長屋の裏手で、町人の会話などから「江戸」であることがわかった
京都から江戸に一瞬で移動したことに驚きを隠せずにいると、そこでいきなり浪人と剣士の戦いが始まってしまう
浪人たちは剣士の名前を聞いて恐れ慄いて逃げるのだが、再び同じようなやり取りが始まってしまった
そこで高坂は助太刀をしようと乱入するのだが、そこで行われたのは時代劇の撮影で、高坂は助監督の優子(沙倉ゆうの)に追い出されてしまった
その後、撮影所の中をうろうろしていた高坂は、機材に頭を打ちつけて卒倒し、そのまま病院に運ばれてしまった
気づいた時はベッドの上で、窓の外の景色はどこか異国の地のように見え、驚いた高坂はベッドを抜け出して街を彷徨い始める
そして、街角のポスターを見た高坂は、そこが140年後の日本であることを知るのである
映画は、自主制作映画として、東京の2館で上映が始まった作品で、その口コミが広がって、一気に全国展開をしたという作品になっている
関西圏では情報が全くなく、評判だけは流れ着いていたが、さすがに鑑賞は無理だろうと思っていた
GAGAが配給に入ったことで、色んな映画館で拡大上映されることになったのだが、結構な博打であるようにも思える
映画自体の完成度は高く、自主映画とは思えない出来栄えで、音響のバランスをきちんと調整すれば、自主映画だとは気づかないレベルだった
東映の京都撮影所にて撮影されているので、思った以上に低予算で実現していて、演者もほぼマイナーな人&裏方さんが出演していたりする
それでこのクオリティだから、お金の使い方とアイデア次第ですごいことが起こるのだなあと思わされる
物語としては、数段階のオチが用意されていて、元時代劇俳優・風見恭一郎(冨家ノリマサ)の正体が判明するところはベタだが面白い
彼は時代劇を捨てて国際的なトップスターになっているのだが、高坂を見つけたことで、時代劇愛というものが再燃していた
この二人が30年差でタイムスリップするというアイデアが画期的で、さらなるオチが待っているところも面白い
三人目がどのような末路を辿るかはわからないが、キャラ的には異国を迷走して狂ってしまうか、銃刀法違反で捕まってしまうんじゃないかな、と感じた
いずれにせよ、ムーブメントを仕掛けている作品だが、どこまで化けるかは現時点では予想がつかない
今はSNSを中心に若者のバズりがあるのだが、今後その波が時代劇のファン年齢層に到達できれば思わぬ大ヒットになるかも知れない
個人的には、ヒロイン役の沙倉ゆうのがツボで、メガネフェチには堪らないキャラクターのように思える
助監督役の人が助監督とか小道具係をしていたりするのだが、監督自身も色んなところに名前が載っていたりするので、エンドロールを楽しんで見られる作品になっていた
時代劇を作る意味や、それを観る意味というものに言及しているので、哲学的にも深いものがあると思う
なので、本当の視聴者層に届いてこそ、本作品の真価が問われるのではないだろうか
侍の心に感動しつつ、制作者の時代劇への熱い思いにも感動
時代劇に一言
面白いし考えさせられた 役者も良いわ
幕末の雷も……
1.21ジゴワットあったんですね。「あの花が咲く丘で〜」に続き、雷でタイムスリップとはBTTFがもはや教養になってるんですね。
さてさて、映画の方ですが本当に見応えのある一作でした。中盤の脚本にやや緩さはあるものの、見事に盛り上げていただき、最高の気分で映画館を後にすることができました。評判は聞いてましたが、ここまでのエンターテインメントが待ってるとは思いもしませんでした。
作品の出来栄えにも驚きましたが、エンドロールで助監督役のヒロインが実際に助監督を務められてることにもビックリです。
とにかく最高に楽しめた一作でした。
いろいろと解釈がおかしいので…。
今年326本目(合計1,418本目/今月(2024年9月度)12本目)。
※ (前期)今年237本目(合計1,329本目/今月(2024年6月度)37本目)。
この作品はもともとミニシアター数館でのみ放映されていたものが口コミなどで話題を呼んで大手シアターで流されたという経緯があるので、元はインディーズ映画であるという点はある程度は理解しますし、そのような発展を遂げたものに、ベイビーわるきゅーれ等があることもご存じと思います。
ストーリーとしてはかなりわかりやすいほうで、日本に適法に在住する外国人の方々にも江戸時代や時代劇といった観点でもおすすめはできます(一部気になる点は後述)。
ところどころフィルムのつなぎが変なのかな?というのは思いましたが、そこはインディーズ映画である点までも考えてあまり考慮はしていません。ただ、個々気になる点はいくつかあります。ここをどうとるかに大半尽きるのではないかな、と思います。
採点に関しては以下のようにしています。
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(減点0.5/病院に運ばれる部分の根拠)
もっともタイムスリップものでこの話をするのかという問題はありますが、業務内なら労災、業務外であれば健康保険でかかるのが原則であるところ、当然タイムスリップものなので法律を適切にあてはめることは不可能です。ただ、日本に旅行に来られた方が適切に手続きをする「前に」何らか怪我などをしても、とりあえず救急車は来ますし病院にも入院できるので、その制度が類推されているものと思います。
(減点0.5/銃刀法に関して)
二つの論点がありますので分けてかきます。
・ 真剣(←模造刀に対義する語)を用いることを複数人が同意しても不法な行為であり、無効にしかならず(民法132条)、絶対的無効なので追認によっても新たな行為となることもありません(119条、90条)
・ それでも真剣を用いたい場合、このように時代劇のような撮影の場合、一定の許可のもとには可能ですが、これには当然手続きが必要です。以下に該当するからです。
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演劇、舞踊その他の芸能の公演で銃砲又は刀剣類を所持することがやむを得ないと認められるものの用途に供するため、銃砲又は刀剣類を所持しようとする者
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ただ、この許可を取るには自身で行うのでない限り、行政書士の独占業務です(弁護士はオールマイティなので可能)。この点が完全に抜けているのはどうなのか…と思いました。
※ ただ、映画を最後まで見ると「英語版字幕だれそれ~」と描かれるところ、この映画は隣国である韓国、中国、台湾は別にして、アメリカやイギリス、フランスほか、日本の文化になじみが少ない国での放映も想定できるところ、日本のように弁護士以外に司法書士や行政書士、社労士…といった資格に分かれている国は少なく(日本と韓国、台湾くらい)、それでも外国から見た日本で行政書士は immigration lawyer (移民法律家/弁護士) とくらいにしか呼ばれず(海外から見ると、ほぼ「在住許可などを扱う専門家」という扱い)、なぜその資格の人が「刀剣類の許可申請の代行をするのか」が理解しがたいのは確かであり、これはまぁ仕方がない部分はあります。
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(減点なし/参考/外国人などへの配慮について)
海外進出を考えていることは字幕からもわかりますが、「土佐」「長州」「会津」などはタイムスリップものでもありますし、「現在の」どこであるか程度は示すかセリフ内に入れておいても良かったかもしれません(こういう細かいところからでも観光客は来ますからね)。
胸熱体験を約束してくれる痛快無比な冒険活劇
タイムスリップものにありがちなズルいとの批判な気持ちは湧くことなく、元の時代に戻るというスリップもののセオリーを捨てたシナリオで、破天荒なストーリーが展開していく。
コミカルな前半は緩い雰囲気でややもするとちょっと笑いポイントがずれているシーンが気にはなったものの(そんなことは終盤に向かってどうでもよくなるのだ)、中盤のとある人物登場から展開が一転、ここでまず涙腺にキタ・・・
そのあと後半は狂気ともいえる展開へ突き進んでいき、緊張感が溢れるモードへ。幕末武士たちの悲哀を時代劇脚本書き換えのシーンで主人公に読ませる辺りの演出は憎い(周りの現代人たちは分かっていない、そこがまた切ない)。
そして最後は胸熱痺れるクライマックスの決闘シーンへ。本物の武士2人がエンタメという時代劇を演じるシーンでもって、真剣で本気勝負をさせる設定がリアルと演技のカオスな世界となっており、加えてスクリーンは暫し無音が続く・・・ここが一番観ていて痺れた~
剣同士がぶつかる音もそれまでとは違っていたように聞こえたのは気のせい?このシーンを観るだけでもスクリーン鑑賞の価値ありだったと思う。
大一番勝負の結末は安定路線ではと想像していたものの、それを己の意識から完全に外させられてしまった、まさに斬られた感覚だった。ただ、オールラストの3rdタイムスリップの落ちに正直苦笑いしたのは俺だけ?でも許容範囲かな、この映画独特のコミカルな表現(笑)
時代劇に対する造り手の想い入れを幕末の本物武士に語らせつつ体現させる手法は、たとえご都合主義と言われようが、演技の迫力もありリアリティ溢れていることでこれぞエンタメの醍醐味だと、スッキリ感で満たされた。
emotionalな時代劇の造り込み過程を演じていく本作ストーリーにあって、(元の世界に戻らないプロットで)人が抗えない運命や試練を受け入れる時の覚悟の持ち様や、古き時代の礼儀や武士道的な考え方について、時に面白可笑しく見せている点もこの映画の隠れた良所だったと思う。そして、本業を虚業として生きていく男の悲哀と覚悟の有り様によって、痛快無比で感情を揺さぶられる「今日がまさにその日」の2時間であった。
研ぎ澄まされた脚本と映像の素晴らしさ
自主制作映画でこれだけ魅せるってすごいし素直に楽しめる作品
個人的時代劇愛を差し引いてもすごく楽しめる作品だと思った。タイムスリップもののベタな展開だけでもなく、人の優しさ、コミカルな場面、恋心もあったりで、いろんな側面が丁寧に描かれているし、ラストまで展開から目が離せない脚本も魅力的。自主制作映画ということで、見慣れない俳優さんがたくさん出られているけど、自然体ではまっていて逆に新鮮味を感じてそこも効果的だった気がする。
個人的にはケーキのシーンでグッときて、ちょっと泣けた。良き時代に生きていることを高坂新左衛門に教えられた気がする。
会津の高坂新左衛門がどこか壬生義士伝の吉村貫一郎味があって、朴訥で素直。さすが山口馬木也さんは時代劇慣れしておられて安心感がすごい。会津なまりも良くて殺陣も見応えあり。
時代劇、鬼平犯科帳の舞台挨拶で柄本明さんもおっしゃってらしたけど本当に日本の宝だと思ってるので、これからもどんどんいい作品を観たい!
自主制作だからこその面白さ
幕末の志士が京都の太秦映画村にタイムスリップするものがたり
時代錯誤感で楽しませるのか
元の時代に戻ろうと奮闘するのか
歴史を消えてしまうことに葛藤するのか
そんなものがたりを想像していたが、そのどれも芯をハズしてストーリーは進んでいきます。
いまの我々の生活があるのは、
第二次世界大戦の特別攻撃隊の特攻死ばかりが取り上げられるが、幕末の争乱を経てのものでもあるのだなと気付かされました。
薩摩・長州藩の活躍だけでなく、会津藩や幕府軍の犠牲の上にも成り立っているんですよね。
高坂のラストの殺陣の覚悟は、心が震えました。
中学生の娘と行きましたが、彼女には退屈そうでした(笑)たしかにちょっと古くさい演出もありましたもんね。
なぜか、沁みる
なんだこれ・・・
タイトルなし(ネタバレ)
幕末の京。
会津藩士・高坂(山口馬木也)は同士とともに討つべき長州藩士を門前で待ち構えていた。
使い手の長州藩士は新左衛門の同士をあっさりと当身で気絶させ、新左衛門と刃を交えることとなったが、その瞬間、雷に打たれてしまう。
新左衛門が目を覚ましたところは江戸の町。
どことなく奇妙なその町は、それもそのはず、時代劇撮影所だった。
親切な助監督・優子(沙倉ゆうの)に助けられ医務室へ運ばれた新左衛門だったが、そこも逃げ出し、彷徨するうち、明治維新から150年経っていたことを知ってしまう。
彷徨の末、たどり着いたのは、件の寺の門前。
天に向かって「雷、落ちよ」と叫ぶ新左衛門だったが、疲れ果てて眠ってしまった・・・
といったところからはじまる物語。
大部屋俳優と間違われ、寺で居候することになった新左衛門。
ひょんなことこから時代劇に出演することになった彼は、この時代で生きていくしかないと覚悟を決めて、殺陣集団「剣友会」に入門、その後、斬られ役として生きていくことになる・・・
前半はコメディ部分が多いが、進むにしたがってドラマ部分が立ち上がってきます。
この時代で生きていくしかないと覚悟を決めた新左衛門の目の前に、「この時代」に繋がる「あの時代」が再び現れて・・・
覚悟を決める。
この「覚悟を決める」って、最近、経験しなくなったし、観なくもなった。
この覚悟は、監督・脚本・その他もろもろ一切合切の安田淳一監督の「面白い映画をつくる!」という覚悟でしょう。
で、本島に面白い映画に仕上がりました。
興味深い点を記しておくと、
1.周囲の人が、誰も主人公を「過去からきた人」と認識しないこと。
2.主人公が「元いたところに戻りたい」と思わないこと。
このふたつによって、タイムスリップ映画のお約束、「元の時代、元いた場所に戻る」サスペンスを捨てている。
さらに、「戻ること」=めでたしめでたし、も捨てている。
その分、タイムパラドックスも回避できるという利点はあるけれども、監督はそれは意識していないでしょう。
さて、もうひとつ本作の魅力はアクション。
本作でのアクションは殺陣ということになるのだけれど、殺陣シーンはそれほど多くない。
多くないがゆえに、効果的。
クライマックスの殺陣はもちろんなのだが、剣友会率いる殺陣師関本(峰蘭太郎)と新左衛門の稽古シーンが秀逸。
打ち合わせのとおり、主役側(斬る側)の関本に対して、斬られ役の新左衛門が、本能的に侍としての性分が出てしまい、何度も何度も関本を斬る振りになってしまう。
ことなる振りをすべてワンカットで撮り、テンポよく繋ぐのは、アクションコメディのお手本といえるでしょう。
なお、後半登場の冨家ノリマサほか、撮影所所長(井上肇)、斬られ役俳優(安藤彰則)、心配無用ノ介こと錦京太郎(田村ツトム)、住職夫妻(福田善晴、紅萬子)と脇もみな好演。
いやぁ、面白かった。
映画って、ほんと、いいものですねぇ。
起承転結の転がおもしろすぎる
画作りについて は、
緻密なレイヤー分けをしているのかのように、
時代と現代がフレーム内で鮮やかに対比されている。
例えば、伝統的な建物のフレームの中に、
ピンクや緑の公衆電話が置かれたり、
時代劇の街並みで殺陣師のジーパンが唯一の現代の物、
かと思えば、
現代の家の食卓ではちょんまげが唯一の時代の物、
両側に建物、建具を配置するのは小津安二郎のフレーミングのようでもある。
手前に格子、
全体にグリッド線の意識、
パースの構成、
この一見すると不釣り合い、
あるいは一定の法則に基づいた組み合わせが、
観客の視点を誘導し、
登場人物のセリフに気持ちにシンクロしていき、
なおかつ、タイムスリップという、
物語の世界観を豊かにしている。
加えて、
主人公が自身の姿勢や襟を正したりする姿や、
些細な動作が、
異質な世界の中で懸命に生きようとする彼の心の揺れ動きを静かに表現しており、
観る者の心をじわじわと掴んでいく。
音楽も手でたたくボンゴやジャンベのような、南米やアフリカのような、
遥か地球の裏側の雰囲気と、
太鼓を太いばちで叩くような純和風の雰囲気とか、
細かくシークエンスによって使い分けられていた。
精密に計算された制作作業である。
精密で膨大なアイデアを具現化するためには、
キャストやスタッフとの綿密な打ち合わせと、
リハーサルと準備と試行錯誤が不可欠だ。
その綿密な全カットは、1枚1枚が丁寧に作り込まれており、
その凄さを全カット説明したい気にさせるが、
百聞は一見にしかず、ぜひ劇場で。
余計なお世話だが、
海外向けの英題は、すでに決定しているのだろうか。
ちなみに「蒲田行進曲」の英題が「フォールガイ」だったように、
「ラストサムライ」とか、
「サムライダンディー」
画作りと異世界に飛ばされるので「OZ」とか・・・
色々と勝手に考えたくなる作品だ。
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