劇場公開日 2024年8月17日

「日本アカデミー賞の主要部門で、最優秀作品賞だけ獲ったのは本作だけ(たぶん)」侍タイムスリッパー えすけんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5日本アカデミー賞の主要部門で、最優秀作品賞だけ獲ったのは本作だけ(たぶん)

2025年3月30日
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鑑賞方法:VOD

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時は幕末、京の夜。会津藩士高坂新左衛門は暗闇に身を潜めていた。「長州藩士を討て」と家老じきじきの密命である。名乗り合い両者が刃を交えた刹那、落雷が轟いた。やがて眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。新左衛門は行く先々で騒ぎを起こしながら、守ろうとした江戸幕府がとうの昔に滅んだと知り愕然となる。一度は死を覚悟したものの心優しい人々に助けられ少しずつ元気を取り戻していく。やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と刀を握り締め、新左衛門は磨き上げた剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として生きていくため撮影所の門を叩くのであった(公式サイトより)。

幕末藩士が現代にタイムスリップしたら?というありがちと言えばありがちなコメディを主軸としているが、自身(会津藩は佐幕派で徳川幕府存続を支持)が敗れた敵(長州藩は尊王攘夷派で新しい日本を建国しようとした)が作った未来が豊かだったことに対する遣る瀬無さと、日本映画界の時代劇の凋落に対する悲哀のふたつが、非常に絶妙なバランスで織り込まれている。これ以上描くと、押し付けがましかったり、笑えなかったりする。

山口馬木也演じる主人公・高坂新左衛門の見事な会津弁と実直さ、侍らしい所作が、遣る瀬無さと決着をつけるラストへ深みを与えている。CGもワイヤーも一切使っていないクライマックスはまさに白眉である。あの「間」は、自主製作でなければできない離れ業。

本作は自主制作映画として、当初は池袋シネマ・ロサだけでの単館上映だったが、口コミで話題となり途中からGAGAが配給を手掛けたことで徐々に上映館が増え、最終的には新宿ピカデリー、TOHOシネマズ日比谷など大きな箱を含む全国300館以上で公開された。初号完成時の監督の銀行預貯金は「7000円と少し」だったというが、異例のロングランを記録し興収は10億円を突破、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞し、インディペンデント映画の金字塔となった。

しかし、2000年以降で調べてみたが、最優秀作品賞は普通、他の主要部門最優秀賞のどれかと同時に受賞するのが一般的だが(例えば最優秀作品賞と最優主演男優賞のW受賞とか)、最優秀作品賞だけ獲る作品は、管見の範囲では本作だけのようである(2002年の『千と千尋の神隠し』はアニメなのでちと例外)。それだけ、日本映画の礎を築いてきた時代劇への敬意や、低予算・自主製作・単館でも名作は撮れるという映画製作の醍醐味など、本作のもつ「映画作り」に対するメッセージがアカデミー会員に届いたのだろう。

えすけん
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