「時代劇への深い愛と、過ぎ去った時代への愛も」侍タイムスリッパー Uさんさんの映画レビュー(感想・評価)
時代劇への深い愛と、過ぎ去った時代への愛も
◉時代の思いの強さ
どんな時代でもそこに無数の人生はある訳だが、ペリー来航から安政の大獄、禁門の変、戊辰戦争まで、幕末から明治維新の30年ぐらいは、特に特に、多くの人の喜怒哀楽が、目まぐるしく時代の狭間に押し込められ、消えてしまった時代だったと思っています。
故に時空を飛ばされても、彼らは溢れる心根によって、何処に辿り着いてしまう。そして強い信念があるから、その場所で必死に生きてしまう。その展開にいつの間にか引き込まれた感じでした。
◉出来るはず
高坂新左衛門(山口馬木也)が、ぶっつけ本番で時代劇を演じる。しかし武士であるから、回りとの落差に振り回されるハラハラではなく、出来て当たり前がどこまでバレないで通じるかのハラハラ。それを愉しんでいるうちに、すっかり新左衛門へのエールが生まれていた。上手いし、ズルいし、気持ち良い。
◉助監督のビンタ、心地良し
背筋の伸びた殺陣師の立ち姿も、心配無用介の不適な笑い顔もスタイリッシュ。今夜は呑みに行くぜ! の掛け声が出てくると、もうレトロな安心感が一杯で。
生硬な主人公を心配する優子助監督(沙倉ゆうのゆうの)が、気丈であるのに柔らかさを感じさせてくれて、素晴らしかった。真剣勝負の撮影はどちらも死なずに終わり、助監督が高坂新左衛門をビンタした! これは何となく予測出来たのです。あるいは控え目な彼女が、激情を抑えられなくなる瞬間を見るのが、私の願望だったのかも知れないです。
◉タイムスリップは尽きない
敵役の山形彦九郎(庄野﨑謙)と現代で出会ってしまうのは、幕末の時代熱の成せる業だったのでしょうけれど、こうした無理のない筋書きの捻りは本当に「劇」への没入感を高めてくれたと思います。
山形を演じる風見恭一郎(冨家ノリマサ)は、俺は多くは語りたくない…みたいな我慢ぶりが似合っていて、だから新左衛門が、それでも口にしてしまう喋りが引き立っていた。
ところで、「俺はこんな所で何をやっているんだ」と言う独白は、元々、タイムスリッパーたちが吐いたものだったのだ…と、改めて思わざるを得ない。