劇場公開日 2024年8月17日

「青春時代が重なる特別な一本」侍タイムスリッパー ヤスリンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5青春時代が重なる特別な一本

2024年10月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 この作品を私は他のお客さんとは違う特別な思いを持って鑑賞しました。それは、私が歴史マニアで幕末の会津藩に特別な感情を持っていて、時代劇が大好きで伝説の斬られ役福本清三の大ファンであり、そして何よりも三十数年前に大学生として太秦に下宿して映画村に入り浸っていた人間だからであります。青春時代の太秦の情景を思い出させてくれる素晴らしい作品でありました。

 幕末の京都、会津藩士高坂新左衛門と村田某は長州藩士山形彦九郎と戦ううちに雷に打たれ、新左衛門は見知らぬ街で目覚めます。見た目は京の街のようだが何かが違う…そう、そこは現代の東映太秦撮影所!

 ここから物語はスタートするのですが、街並みを見た瞬間に、ああ、あの路地か!と気がつく私。そして長屋の路地を向こうに行けば…そう、見知った商家が並ぶ通りが。映画村の構造をよく知っている人間にはくすりとしてしまう瞬間です。

 撮影隊と一悶着あった後に鉄の梁に強かに頭をぶつけて昏倒する新左衛門。助監督の優子によって病院に運ばれるのですが、これがきっかけで記憶喪失になったと周りに思われた設定は見事!タイムスリップという荒唐無稽を説明しなくても済みますからね。そして病室の窓からビルが並ぶ現代の街並みを見て驚愕した新左衛門は病院を抜け出し、街のポスターで徳川幕府が滅んで140年も経ったことを知ってしまいます。

 この部分でネットでは侍が街を歩いていたらみんながビックリして警察が飛んでくるだろう!とツッコミがありましたが、心配ご無用。京都太秦周辺ではチョンマゲ姿の人間が普通に街を歩いてます。撮影の合間に大部屋俳優達が時代劇の扮装のまま食事を取りに外出しますから。見かけても、なんや撮影かいな?なんて思う程度です。僕なんて一度王将の奥の席で食事を取っていたら、自分以外全員チョンマゲ姿のお客で満員になって、タイムスリップしたのかと思った経験がありました。(笑)

 脱線したので話を戻します。幕府が滅んで140年、絶望した新左衛門は斬り合いをした寺の門前で自害しようとしたのですが、それも果たせず翌朝住職に助けられます。そして寺男として生活をする内に、偶然門前で時代劇の撮影に斬られ役として参加することになり、自分の新たな人生の目標を見つけるのです。そして助監督の優子の計らいで殺陣師関本の弟子となり斬られ役俳優の生活を始めます。

 ここまでの脚本が実に自然で無理が無く、実際侍が現代にタイムスリップしたらこうなるんだろうなという説得力があるのが良いですね。そして主役の山口馬木也(敬称略)の演技が素晴らしい!私は剣客商売第4部からの彼のファンですが、メソッド法を身につけて完全に役になりきっていて、本当に武士が現代にタイムスリップしてしまったと思わせてしまうのです。

 さて、ここから彼の斬られ役人生が始まるのですが、時代劇ファンにとって嬉しいのが福本清三イズムが溢れていること。福本清三は5万回斬られた男として伝説になった俳優で、惜しくも2021年に亡くなりましたが、元々この作品に参加する予定だったとか。その意志を継いだのが同じく斬られ役&殺陣師&東映剣会会長としてレジェンドである峰蘭太郎。彼が師匠として新左衛門を指導していきます。

 そしてここからの時代劇の演出が愛に溢れているのです!新左衛門が斬られてのけぞる様は、まさに福本反り!!海老反りになって顔半分カメラに苦悩の顔を見せるのですが、福本ファンなら絶対反応してしまいます。その他にもあのシーンこのシーン、あれはあの作品のオマージュだとかこの作品のオマージュだよなとニヤリとすることが何度も。クライマックスの殺陣で30秒ほど動かずにらみ合うシーンは椿三十郎じゃん!と声を出してツッコみたくなってしまいました。こんなに時代劇と斬られ役俳優に対する愛が溢れている作品は見たことがありません。

 この作品は3つのフェーズで構成されていて、最初はタイムスリップして主人公が現代とのギャップに戸惑いながら徐々に慣れていくフェーズ、次は時代劇の斬られ役として成長していくフェーズ、そして最後は大作の準主役に抜擢されて真剣での殺陣に挑むフェーズです。抜擢される際に撮影所所長がぽつりと呟く台詞、「いつか誰かが見ていてくれる」は福本清三が口にした名言でしたね。

 ネタバレになるので詳しいことは言えませんが、真剣による立合を決心する理由は、書き換えた脚本によって会津藩が明治維新後に酷い苦しみを味わったことを知ったからでした。他の方のレビューでは真剣による立合を決心した理由が理解できないと言うのが有りましたが、これは会津藩の歴史を詳しく知らないからです。会津藩は戊辰戦争で徳川宗家の身代わりに朝敵とされ、新政府軍と戦って国を焦土にされた上に多くの人間を殺され、さらに一藩流罪とされて米が一俵も取れない下北半島に数年流されて塗炭の苦しみを味わい多くの人間を亡くしたのです。例えて言えば現代ならイスラエルに土地を奪われ虐げられているパレスチナみたいなものでしょう。それを知った新左衛門が斬られ役俳優から会津藩士に戻ってしまうのは至極当然というか。

 そして、現代で真剣による立合はコンプライアンス上あり得ないという意見もちらほら。確かにそうなんですが、それを否定してしまうと物語の肝が演出できなくなるので許しましょう!さすがに殺陣に使うのは問題ですが、リハーサルで真剣を単独で振るうのは現在でもありますし、たそがれ清兵衛ではリハーサルで大杉漣が振った本身の真剣が飛んで大騒ぎになったシーンがおまけ映像で付いてますしね。(苦笑)

 クライマックスの殺陣。これはマジで凄い!!監督によれば現代風のワイヤーアクションや手持ちカメラや広角レンズの撮影を使わず、敢えて昔風の据え置きキャメラでの撮影にしたのだそうですが、その迫力が尋常じゃない!!殺陣とは人間の力によって成り立つもので、VFXでは決してこの迫力は出ません。この斬り合いのシーンはマジでみんなに見て欲しい。これ見るためだけに私はブルーレイ買います!

 何はともあれ、上映時間をたっぷり楽しませていただきました。本当はここであれも言いたい、これも伝えたいと思っているのですが、これ以上はネタバレになるので。とりあえず一言。

 「だが、それは今ではない」

ヤスリン
luna33さんのコメント
2024年11月9日

ヤスリンさんにしか出来ないであろうレビュー、素晴らしいです。時代劇にさほど詳しくない僕としては本当に勉強になるお話で大いに参考になりました。ありがとうございます。

luna33
たんさんのコメント
2024年10月23日

勉強になりました
興味深いレビューに感謝いたします

たん