「目から鱗が落ちる大傑作」侍タイムスリッパー アラ古希さんの映画レビュー(感想・評価)
目から鱗が落ちる大傑作
10 人で撮り始めた映画で、本年8月当初の公開は1館のみだったという時代劇映画である。口コミで話題となって公開スクリーン数が徐々に増えていき、遂に我が町でも公開されたので見に行った。目から鱗が落ちる大傑作であった。
時代劇は現在制作数が激減して瀕死の状態にあるが、日本のモラルを作って来たかけがえのない存在だったと思っている。日本人は、イスラムやキリスト教などのように宗教に頼らずに、世界にも稀な高いモラルを構築して来た民族である。その基盤となったのは、恥ずかしい人間になるなという教えが各家庭で徹底していたことで、恥ずかしい人間とはどういうものかというのは、江戸時代以前から芝居や講談などで語られて来た悪役の姿であったに違いない。昨今、闇バイトといった悪い誘いに易々と乗って人生を棒に振る若者が増えているのは、身近に悪い人間とはどういうものかと教えてくれる時代劇がなくなってしまったためではないかと思っている。
「鬼滅の刃」にも見られるように、かつての日本人は敵もそれぞれ事情を抱えた者と認識して、倒した後も手厚く葬るのを忘れなかった。この行いは、日清日露の戦争から第二次大戦中に至る日本兵の振舞いにも共通しており、日本兵は敵兵の遺骸を手厚く葬って墓標まで建ててやっている。敵といえども亡くなった後は仏になるという思いからの行動であった。
幕末の侍が現代にタイムスリップして来たらというアイデアは本作が最初ではないが、本作の会津武士の高坂新左衛門はリアリティが段違いだった。現代の街並みやテレビなどの現代文明に驚くのは共通しているが、ただの塩握りの美味しさと美しさに感動したり、いちごのショートケーキを一口食べただけで涙を流すほど感激して、自分たちの時代より間違いなく良い時代になっていることを全身全霊で感じる姿には、見ているこちらが涙を誘われた。
我々が見慣れた時代劇の1回放送分でも、彼らには見たこともないほど感動的なお芝居であることは、想像に難くない。こうした人物描写の一つ一つが実に丁寧で、登場人物のリアリティを爆上げしてくれていた。実に見事な脚本の手柄という他はない。
現代にタイムスリップした侍が誰よりも上手く出来そうな仕事が時代劇の斬られ役というのも無理がない展開で、上段に構える時は切先を上に向けないと背後の役者を傷つけてしまうといった時代劇ならではの配慮も、なるほどと唸らせられたし、本物の侍から見ても時代劇の斬られ役の演技はリアルなのだというセリフにも納得させられた。
戊辰の役の会津戦争における会津藩の仕置きは幕末史の一大汚点であり、西郷隆盛ほどの高潔な人格を持たなかった者が官軍の責任者だったために、幕末の京都で新撰組と一緒になって勤王の志士を殺戮された恨みを晴らそうとするかのように、戦死者の埋葬を半年も許さなかったと言われる。故郷のために命懸けで戦った者たちに対し、その埋葬を許さず、悪臭を放ちながら朽ちていく様子を晒しものにして死者を鞭打つというのであるから、まさに、時代劇に出てくる悪人そのものの所業である。
会津の人たちは薩摩人や長州人を深く恨み、近年に至るまで鹿児島県人や山口県人との結婚を許さないという家も多かった。昭和 63 年に、明治維新から 120 年経ったのを契機に、山口県人会から会津に対して仲直りの提案があったが、「まだ 120 年しか経っていない」と断られている。
生まれ故郷を追われて下北半島の斗南藩に追いやられた会津藩士たちは、酷寒の荒地で次々と餓死した。これらの仕置きを知った高坂の無念の思いはいかばかりであっただろうか。肉を切られて骨を折られたような気になったに違いない。その思いを晴らすために、高坂は命懸けの撮影を申し出る。一筆書いたからと言って許されるものではなく、完全に犯罪行為である。
この最後の戦闘シーンの迫力は筆舌に尽くし難い緊張感にあふれるもので、全身の筋肉を強張らせながら見入ってしまった。実際に斬り合いを目撃した江戸時代の人物の書き残したものを見ると、お互いに一歩も動かない時間がずっと続いたと書かれている。負ければこれまでの一生かけて築き上げた人生が一瞬で消えてしまうのである。容易に手は出せない。互いに動かない時間が長かったのがリアリティを爆上げしていた。実に見事な演出だった。
見覚えのある俳優は非常に僅かで、見たこともない人たちで描かれる世界は却ってリアルだった。高坂役の山口馬木也は頬のこけ具合など幕末武士の雰囲気を漂わせて余りあり、抜けない侍言葉や会津訛りが人となりを際立たせて見事だった。音楽があまり時代劇的でなかったのが残念だったが、文句のない大傑作だった。非常にお勧めの作品である。
(映像5+脚本5+役者5+音楽4+演出5)×4= 96 点。
みかずきです
作品以上に情熱的なレビューですね。
現代にタイムスリップして、
時代劇の斬られ役として生きていく主人公は
会津藩士であることを決して忘れてはいませんでした。
それが、最後の決闘に繋がっていきます。
会津藩士魂と長州藩士魂のぶつかり合いは今まで見たことのない迫力でした。
ー以上ー