「私たちが目を瞑っていること」ラストマイル rieさんの映画レビュー(感想・評価)
私たちが目を瞑っていること
ほしいものがあればワンクリックで買えて、当たり前のように翌日に届く。でも、その到着は夜中だったりする。初期設定が翌日だっただけで、別に無理に今日じゃなくてもよかったのに。この時間なら今日も明日も同じだよ、などと思う。なんで配達業者はこんな夜中になってまで日付を守ろうとするんだろう?とうっすら思うけれど、深く考えることはない。たまに別のサービスで到着が1週間後、と言われると遅いなぁと思ったりする。だからやっぱりアマ○ンを使おうとなる。
でもそれは、客がアマ○ンを選んで使っているようでいて、実は大きな利益の中に客が組み込まれている。注文が翌日に届くことは「customer-centric」の実現のためであるようで、実は、イニシアチブは客の側にはない。
それは、うっすらわかっているけれど、だって便利だし、と目を瞑っていること。でもその瞑った目は、いろんなものを見落としている。あるいは、見えないふりをしている。
配送業者、従業員の上司に部下に非正規雇用、そして客すらも、そのシステムを成り立たせるための歯車でしかなく、そのシステムは常に軋みながら回っている。それは果たして、なんのために?
…という、今の世の中のほとんどの人が無関係とは言えない、でも目を瞑っていることが、大きなテーマとして映画の背景にある。そしてその表に、配送業者の買い叩きや過重労働とか、母子家庭の母の苦悩とか、大手企業勤めの追い詰められたメンタルだとか、巨大な組織に立ち向かう個人の弱さとか…その立場にいないと理解しにくい問題が、すごくリアルに描かれている。
脚本家の野木さんの凄さを感じたのは、こういう話って、わかりやすく描くのであればたぶん、配送業者の問題の方が描きやすいと思う。でも、エレナやコウのような人達もまた、一見華やかで楽しく生きていそうに見えるけれど、実際はものすごいストレスをとんでもないバイタリティで抑え込んでいて、でも抑えきれずに心身を壊す人がたくさんいる。
エレナが追い詰められたシーンで、エレナが「私がどんな思いで…」と泣きそうになり、それを一瞬で笑顔に切り替えた演技が本当にリアルで、満島ひかりという女優の凄さを感じた。
逃げていいんだよ、本当に。仕事で人は死なない。死なせるのは、追い詰められた感情の連鎖だと思う。その連鎖を断ち切るのは勇気がいる、3階から飛び降りるのと同じくらい勇気がいる。でも、飛び降りるよりも絶対にいい。
MIUやアンナチュラルとのコラボの豪華さが目を引くけれど、それ自体はおまけでしかない、とすら思える。緻密で繊細な脚本と、それを表現しきった俳優陣が、本当に素晴らしいと思う映画だった。