「誇りある仕事と、ない仕事」ラストマイル はろさんの映画レビュー(感想・評価)
誇りある仕事と、ない仕事
正直、地上波ドラマから派生して生まれた映画だし、2時間ドラマを多少予算かけて撮ったような作りなんじゃないかな〜と勝手に想像し、失礼ながらそんなに期待はしていませんでした。
しかし実際見てみたらちゃんと独立した作品として成立しており、テーマ性が非常に高く、何よりめちゃくちゃ面白かったです。
まず第一に、序盤から細かい伏線がいくつも登場し、ラストまでにそれが丁寧に回収されていく脚本が見ていて気持ちいい。そして内容もしっかり社会派で重厚なので、鑑賞後もすごく考えさせられました。
色々思うところはありましたが、最も心に残ったのは、『アンナチュラル』『MIU404』という一種の「お仕事ドラマ」と世界観を共有した物語として、あえて今の日本社会で誇りを持てない仕事をすることを強いられている人々の姿を描いている点です。
『アンナチュラル』『MIU404』それぞれの劇中でも法医解剖医や警官が必ずしもホワイトな職場ではないことは言及されてはいましたが、しかし少なくとも彼らの仕事には志や誇りがあります。だからこそ、ドラマ終了後の世界線でも彼らは同じ職場で働いているのでしょう。
一方、ラストマイルで新たに登場するのは、その『志や誇りある仕事』を失った人々ばかりです。
「カスタマーセントリック」がマジックワードだと気づいたエレナは仕事に誇りを持てなくなっていますし、羊急便の八木も、あるいは配達員の佐野も、適正な料金と荷物量で配送を行えていた時代は持てていた誇りを失ってしまっている。あるいは日ノ本電機の倒産により配達員になった佐野の息子も、良い製品を作って売るという誇りある仕事を無くしてしまった人です。
そして厄介なのは、なぜ誇りある仕事が誇りのない仕事に負けてしまうのかと言えば、そのほうが安く、便利で、人間の欲望を最適に満たすから。そしてこの社会はすでにその誇りない仕事ありきで作り上げられてしまっているから、なかなかそれを変えることもできない。
配達員の佐野息子が、誇りある仕事の象徴のような日ノ本電機製のドラム式洗濯乾燥機によって、いわば誇りない仕事を強いる社会への憎悪の具現である爆弾からシングル家庭の親子を守るシーンは、なにか暗示に満ちているようにも思いました。
つまりあの洗濯機が合理性と利益を優先する企業のそこそこの耐久性の製品なら、彼らは助かっていなかった可能性もあるわけなのです。
その時の台詞、「この洗濯機、まだ使えますか」「もう部品もないし、無理ですね」というやり取りからは、古い時代が残してくれた善意はもはや消費され尽くそうとしていて、私たちは今後それのない新たな時代を生きていかなければならないのだということを示唆しているようにも思えました。
この映画の最後、主人公であるエレナは華麗にその志も誇りも持てない仕事から逃亡します。
国内企業である羊急便の場合は、現場の八木の声が直接社長まで届き、終盤に多少は希望のある対応が行われますが、超巨大グローバル企業であるデイリーファスト社の場合はせいぜい日本の現場の声はアジア統括本部長クラスにしか届かず、ストに対してもあくまでそれ以上企業利益を損なわないための焼け石に水のような対応しか行われない。だからもう希望を捨てて逃げるしかない。
そしてあとに残された梨本や五十嵐に待ち受ける未来は恐らく明るくないことを暗示しながら、映画は終わっていきます。
主として現在の通販業界、物流業界が抱える問題を大きく扱った内容とは思いますが、それだけでなく今の社会の歪さ、社会の変革期にあってそれに乗り遅れまいと必死にしがみつき、今にも壊れそうになっている人々の姿がヒリヒリするような切実さを伴って描かれていると思いました。