「素晴らしく多角的で重層的で深度のある優れた作品でした、気になっている方は是非!」ラストマイル komagire23さんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしく多角的で重層的で深度のある優れた作品でした、気になっている方は是非!
(完全ネタバレなので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
※勘違い部分を修正しました。
結論から言うと、素晴らしく多角的で重層的で深度のある優れた作品で面白く観ました!
今作の映画『ラストマイル』は、外資系の最大大手ショッピングサイト「DAILY FAST」の流通現場において起こった連続爆破事件にまつわる物語です。
映画の内容は特に、「DAILY FAST」関東センター長に就任した主人公・舟渡エレナを演じた満島ひかりさんの動的な魅力があふれていて、舟渡エレナを支える部下の梨本孔を演じた岡田将生さんの対照的な静的な演技も見事だったと思われます。
主人公・舟渡エレナは、今回の爆破事件に対して様々な問題に対処する必要がありましたが、理想を言って逆に動かないのではなく、次善でも解決策を導き出し対処していく姿は、現実で日々起こる問題に対処しながら仕事をしている多くの観客の共感を得ていたと思われました。
外資系の最大大手ショッピングサイト「DAILY FAST」の巨大倉庫での流通の内容描写はどれも具体的で説得力があり、ロケセットの巨大倉庫のスケール感は映画のリアリティを深くさせていました。
また末端の運送業者である羊急便の委託ドライバーの佐野昭(火野正平さん)と佐野亘(宇野祥平さん)の親子や、羊急便の関東局局長・八木竜平(阿部サダヲさん)の「DAILY FAST」との重層的な関係性も物語に厚みをもたらせていたと思われます。
事件の捜査に当たる、警視庁捜査一課の刑事・刈谷貴教(酒向芳さん)と所轄の刑事・毛利忠治(大倉孝二さん)の捜査も具体的で、「DAILY FAST」との対決描写にも説得力があり、映画に多角的視点をもたらせていると思われました。
この映画『ラストマイル』には、TBSドラマ「MIU404」や「アンナチュラル」のメンバーも客演に近い形で登場するのですが、映画の観る前に思われた以上にそれぞれ今作の物語の根幹部分を解明する関わりをしていて、映画の中でなくてはならない登場人物になっているのも好感を持ちました。
映画は途中で犯人に関してミスリードが行われるのですが、その裏切りのミスリードの流れも1観客の私には心地良く思われました。
そして、今作のようなサスペンスは犯人が分かってしまえば急速にそこから観ている方の関心が衰える作品も少なくないのですが、今作の映画『ラストマイル』は犯人が明らかになっても今現実で起こっている流通の問題に拡張的につながり、犯人の動機と結末を含めて最後まで観ているこちらの関心を惹きつけ続けたのもさすがだと思われました。
物流代行サービスに関する犯行トリックもなるほどとの説得力があったと思われます。
ここまで多角的で重層的で最後まで飽きさせない展開の映画であれば、間違いなく傑作だと言いたいところですし結果的には傑作に近い作品だったとは思われます。
ただ一方で、今回の点数になったのは理由がないわけではありません。
今作が傑作に近いのだけれど、完ぺきとは言えないと思われた理由の1つに、「DAILY FAST」アメリカ本社の女性役員・サラ(役者名は私的不明ですスミマセン‥)の描写がステレオタイプ的で平坦に感じられた所があります。
この「DAILY FAST」アメリカ本社の女性役員・サラの描写は、物語の根幹にも関わりますし、もっと説得力を持たせることが出来たのではと残念には思われました。
今作が傑作と完ぺきとは言えない理由のもう1つに、今作を通じて【直接的な当事者の孤独の描写】が全体として余り感じられなかったところがあります。
もちろん上にも書いたように満島ひかりさんが演じた主人公・舟渡エレナは魅力があふれていて、舟渡エレナの孤独感も満島ひかりさんのお芝居の行間からそこかしこに伝わっては来ました。
ただ、それらは【直接的な当事者の孤独の描写】というよりは、俯瞰的に問題の解決に当たらなければならない「DAILY FAST」関東センター長の職責の中での、間接的で行間的な孤独の描写に留まっていたと思われます。
また映画全体を通しても、舟渡エレナのような、物事を俯瞰的に捉えて状況を判断したり調べたり捜査したり解決に当たる登場人物が多くを占めていたのも、【直接的な当事者の孤独の描写】が薄くなり、今作が傑作と完ぺきに言えない理由になったと思われます。
【直接的な当事者の孤独の描写】に近い登場人物に、羊急便の委託ドライバーの佐野昭、佐野亘 親子や、羊急便の関東局局長・八木竜平がいたと思われますが、それでもこの3人にしても物事を俯瞰的に捉えて解決に向かう大人の振る舞いを(時に危うさを見せながら)基本的には最後までしていたと思われます。
仮に例えば、映画の冒頭で孤独の表情を浮かべて朝、目が覚める主人公・舟渡エレナの短いシーンがあっただけでも、この映画に唯一欠けていると思われた【直接的な当事者の孤独の描写】を主人公として描けたのではと考えます。
そして物語の構成上、最後まで登場することが出来なかった犯人の(この映画の根幹を成す動機である)【直接的な当事者の孤独の描写】と、主人公の【直接的な当事者の孤独の描写】が、最後に深層でつながることが出来れば、観客にとって深い感銘と感動を与える完璧な傑作になったようにも思われました。
しかしその事を差し引いても、今作は素晴らしく多角的で重層的で深度のある優れた作品であることは一方で間違いない作品だと思われました。
題材の性格上、ともすれば「DAILY FAST」を短絡的に否定的に描きたくなるところを、徹底的に具体的に「DAILY FAST」の中身を描くことで、逆に問題の深さを矛盾の中で浮かび上がらせる描写に成功し、深い人間と社会への理解を感じさせる作品になっていたと思われました。
ところでこの映画『ラストマイル』は、実は事件が解決し映画が終わってもどこかすっきりしない苦味の効いた鑑賞後感があったと思われます。
その苦味の理由の1つは、犯人の動機や結末が明らかになった後で、シングルマザー・松本里帆(安藤玉恵さん)の2人の娘が母へ送ったプレゼントの中に爆弾が入っていたシーンが最後に差し込まれたところにあったと思われます。
仮にシングルマザー・松本里帆の2人の娘の母へのプレゼントに爆弾が入っていたという描写がラストに無くても、映画としては犯人の動機と結末から、犯人に共感的に大手ショッピングサイト「DAILY FAST」の流通現場の問題を観客に感じさせながら、映画を綺麗に終わらせることも可能だったはずです。
このシングルマザー・松本里帆と2人の娘に送られた爆弾は、羊急便の委託ドライバーの佐野亘が以前、勤めていた会社の洗濯乾燥機にぶち込むことで被害を防ぐことになります。
しかし、仮にこの時、佐野亘が機転を働かせられなければ、何の落ち度もないシングルマザー・松本里帆やその娘2人、あるいは委託ドライバーの佐野親子に、甚大な被害をもたらせていたことになっていたと思われます。
一体、なぜこの何の落ち度もないシングルマザー・松本母娘に爆弾が送られたシーンをこの映画の制作側はラストに挿入したのか、犯人の動機と結末を知り犯人に最後は共感すらしていた観客からすれば、唐突で謎の最後のシーンと感じた人も少なくなかったのではと思われました。
しかし今作の脚本家・野木亜紀子さんが以前、脚本を書いた映画『罪の声』の内容を思い出せば、なぜシングルマザー・松本母娘に犯人による爆弾が送られたシーンをあえて入れたのか、その意図が分かるような気がしました。
(個人的にはやや一面的描写もありそこまで評価は出来ていないのですが)
映画『罪の声』では、爆弾テロの犯人に対して例えその動機に社会的な理由があったとしても、爆弾被害者の立場に立てば爆弾テロは全く許されない、との基調が作品の中に流れていたと思われます。
それと同様に、今作の映画『ラストマイル』でも、例え犯人の動機や結末に深い共感を観客が最後は覚えていても、爆弾テロを受けた被害者の側という視点に立てば、全くその事は許されない犯罪であり、その事を思い出させるラストのシングルマザー・松本母娘への爆弾の描写だったと思われるのです。
また犯人としては、自己の問題の大きさに固執する余り(何の落ち度もないシングルマザー母娘を含め)被害者への想像力が働かなくなっている、その罪の重さがこの最後のシーンで挿入されていたと思われました。
この映画はここまで爆弾の一般被害者側の描写がほぼ描かれて来なかったので、最後に(犯人の視点から)爆弾被害者の視点への更なる転換が必要とされたといえます。
それがこの映画の苦味の効いた鑑賞後感の1つ目の正体だと思われました。
そして、さらにもう1つこの映画の鑑賞後感には苦味があったと思われます。
そのもう1つの苦味の正体は、外資系の最大大手ショッピングサイト「DAILY FAST」の問題の根源が映画を通して私達に後に迫って来るところにあると思われます。
(映画では明言されませんが、おそらくAmazonがモデルとなった)「DAILY FAST」が、160億円の送料を(損害的に)上乗せして委託運送会社に払う契約をして問題解決がされ、私達観客は映画を観て一旦スッキリした気分にはなります。
例えば現実の日本でも、Amazonのような外資企業がやって来たおかげで、町の書店やCD屋はどんどんと消失して行き、昨今の運送業者の買い叩き問題や、サイト出店している店側もAmazonの求めによって(Amazonの要求に応えられないと商品のサイトトップには表示されないなど)最安値を求められ、それぞれ疲弊あるいはAmazonに牛耳られていることを私達は知っています。
Amazonの便利さは認識しつつも、その功罪の罪の部分で、私達はその罪の問題がこの映画で描かれたと感じ、拍手喝采を送りたい気持ちになっています。
しかし実は、問題の本質は(Amazonのような)「DAILY FAST」にだけあるのではない、というのがこの映画『ラストマイル』の基調だと思われるのです。
そして主人公・舟渡エレナは、今回の事件の本質的な要因に「全てはお客様のために(Customer-centric カスタマーセントリック)」があることを既に映画の中で指し示しています。
つまりこの映画の鑑賞後感に流れる苦味のもう1つは、この映画で描かれた連続爆破事件、あるいは爆破事件を起こさせた犯人の動機につながる運送業者のあらゆる歪みの根本原因は、(「DAILY FAST」だけでなく)【客である、私達の消費者側にある】ということをこの映画『ラストマイル』が指し示しているところにあるのです。
映画では、「DAILY FAST」が160億円の追加負担をすることになって終わるのですが、本来はこの(あるいはそれ以上の)負担はこの社会を支える為に消費者側も支払う必要がある、というのが突き詰めていえばこの映画の鑑賞後感として伝わって来る結論なのです。
この映画『ラストマイル』の、シングルマザー母娘に送られた爆弾と、「全てはお客様のために(Customer-centric カスタマーセントリック)」という言葉の裏側の意味の、2つの苦味の鑑賞後感は、単に娯楽作としての作品消費をさせない、他者への問い掛けでない(制作者や出演者や観客をも含めた)自己への問い掛けとして持ち帰らせる作品になっていると思われました。
そして、深さある多角的視点と重層性を具体的に通過することで、最後に到達したこれら苦味も含めて、今作が2024年の邦画の代表作の一つであるとは間違いないと、映画鑑賞後に個人的にも思われました。
※p.s. このレビューを書いた後に、”舟渡エレナ共犯説”の解説動画を見ました。
その解説内容は納得感も、私は”共犯説”は取りません。
なぜなら鑑賞後に私は共犯と感じず、又いつも他を参考にせず私的解釈でレビューは書いています。
ただロッカーの解説はそれはあり得るなとは思われました。