「「便利」の裏側」ラストマイル TSさんの映画レビュー(感想・評価)
「便利」の裏側
観客の期待を裏切らないものを作るということは、大変なことだ。
その大変なことをやってのけた。
社会派エンターテイメント映画というジャンルがあるとすれば相当上位に来そうなクオリティ。このクオリティの高さはやはり、野木亜紀子の脚本の力だと感じる。観ていて、ずっと凄い脚本だと思っていた。
「アンナチュラル」も「MIU404」も観ていない(ほとんどTV観ないので)。
だから、この2本のヒットドラマのファンの期待(ドラマのキャストが登場するとか)とは異なる期待(テーマと脚本への期待)を持って観たのだが、その期待を超える作品だった。
ECサイトの誕生で、私たちの生活は飛躍的に便利になった。ネットさえ繋がれば、山奥でも欲しいものを届けてくれる。驚くべき速さと安さで。
その裏で、流通業界・物流業界も激変した。巨大プラットフォーマーが生まれ、多重下請け構造で「ラストマイル」にしわ寄せがたまっていた従来の業界に「速さ」と「安さ」の圧力がさらにかかる。そして、消費者が気ままに押すボタンから生まれる大量の小口荷物という「物量」が押し寄せることになった。
我々はこの問題を見て見ぬふりをしてきた。
我々が便利さを享受している裏で、それと引き換えに苦しむ人々がいることを、問題意識を持った一部の人間しか観ないドキュメンタリー映画ではなく、大勢の観客を集められるエンターテイメント映画として見せる。
豪華キャストと圧倒的なテンポの良さ、台詞のキレ、サスペンス要素も交えて観客を楽しませつつ、単純に「面白かった」と言わせて帰らせないぞと制作陣の意気のようなものを感じた。これが現実。目を背けないで観ろと。
・大量の非正規社員で動く物流センター(正社員たった数人。倉庫内で動く人々をみて「ノマドランド」を思い出した)
・「マジックワード」で思考停止に追い込まれる正社員(もの凄い速さで人が入れ替わる)
・人が落ちても止まらないコンベアー(身を投げた男の願いむなしく止まらなかった)
・責任を押しつけられる物流会社
・10円単位の単価で働く「ラストワンマイル」の下請け現場
・高性能でも安さに負けた日本の家電(最後にそれが人命を救うことになる皮肉)・・・
主演の満島ひかりのパワフルさ、コミカルさとキレの良さが光る。彼女でなければ、もっと暗い映画になっていたかもしれない。阿部サダヲと火野正平が役にはまっていた。
他にも、最近観たことがないくらいの豪華名優、名脇役勢揃い(野木脚本作品の「カラオケ行こ」の綾野剛と橋本じゅんも出てたな)。
でもやはり、一番は脚本の力。野木亜紀子脚本のドラマが10月始まるらしい。久しぶりにTVドラマを見てみようという気になった。
社会問題の提起の手段としての映画、エンターテイメントの力を再確認させられたような作品だった。
(2024年映画館鑑賞24作目)
共感ありがとうございます。私もドラマはあまり見ない方ですが、「アンナチュラル」の最終話の1シーンをYouTubeで見てしまった為に、後追いでハマった感じです。
アンナチュラルの脚本が凄かったので、本作にはもう一押し欲しかった気もします。
コメントありがとうございました。
よく考えて作り込まれた映画でしたね!
<(最後にそれが人命を救うことになる皮肉)
これ、本当にその通りだなと思いました。