「犯人はどうやって倉庫内に爆発物を持ち込み、すり替えたのか、驚きの種明かしをぜひ劇場で目撃してください。」ラストマイル 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
犯人はどうやって倉庫内に爆発物を持ち込み、すり替えたのか、驚きの種明かしをぜひ劇場で目撃してください。
『ラストマイル』は、11月のブラックフライデー前夜を発端とする連続爆破事件に立ち向かう、物流センターのリーダーたちをはじめとする人々を描くサスペンス映画です。
テレビドラマ『アンナチュラル』及び『MIU404』の監督・塚原あゆ子と脚本家・野木亜紀子が再タッグを組み、同じスタッフによって製作され、両シリーズと同じ世界線で起きた連続爆破事件の行方が描かれます。
タイトルの「ラストマイル」(ラストワンマイルともいう)とは最終拠点からエンドユーザーへの物流サービスのことを指し、客へ荷物を届ける最後の区間を意味します。
●ストーリー
流通業界最大のイベントのひとつ11月の“ブラックフライデー”の前夜。世界規模のショッピングサイト・DAILYFASTの西武蔵野LC(ロジスティクスセンター)から配送された段ボール箱が爆発する事件が発生。やがて日本中を恐怖に陥れる連続爆破事件へと発展します。西武蔵野LCセンター長に着任したばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)は、チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)とともに事態の収拾にあたります。
誰が、何のために爆弾を仕掛けたのか?残りの爆弾は幾つで、今どこにあるのか?舞台となるのは、ネット通販を支える巨大倉庫とそこから配達を行う宅配便です。それは、
決して止めることのできない現代社会の生命線といえます。世界に張り巡らされたこの血管を止めずに、いかにして、連続爆破を止めることができるのでしょうか?
すべての謎が解き明かされるとき、この世界の隠された姿が浮かび上がります。
●解説
わたしも派遣社員として、Amazonや楽天で働いた経験があります。その体験からいえば、本作の舞台となる西武蔵野LCが、かなりリアルに実際のオートマチックな最新鋭の倉庫の実態を再現できていることに驚きました。しかも細部にわたるまでDAILYFIRSTのコーポーレートカラーで徹底的にデザインされているのです。
しかもオペレーションまで実際に即しており、5階建ての巨大倉庫なのに社員わずか9人でオペレーションされていて、800人の派遣社員で運営されるという設定は、まさに最近の巨大倉庫の日常そのものでした。朝の派遣社員の出勤シーンから、作業しているところまで、わたしが日常を接する倉庫の実際を細かく再現していたのです。
よくまぁこんな作品に協力する倉庫があったもんだ感心しました。ロケ地はさすがにネット通販関係ではなく、機械工具卸売商社トラスコ中山の物流センター「プラネット埼玉(埼玉県幸手市)」と「プラネット北関東(群馬県伊勢崎市)」がロケ地として使用されているそうです。撮影期間は2022年12月から約2ヶ月間行われ、映画のイメージカラーには、物流センター内の棚や設備にも使われているトラスコ中山のブランドカラー「ブラック×オレンジ」が使用されています。2ヶ月もメーカーの物流拠点が全面撮影協力したことが画期的です。
ネット通販の物流倉庫では、すべての作業工程が数値化されています。ピッキングや梱包、入荷の商品格納などの作業も1時間に何個という目標数値が掲げられて、月間処理数の優秀者と作業効率の悪い者の順位が壁にデカデカと掲示されているのです。とあるアパレルの倉庫では、入職3回目以降で作業効率がノルマ以下の人間には肩たたきが行われてしまい、ヘタすると出入り禁止になってしまうのです。
本作でもデイリーファーストの目玉商品であるデイリーフォン1万台販売と、西武蔵野ロジスティクスセンターの稼働率70%以上の維持が至上命令でした。
ところが警察から、デイリーフォンを受け取った瞬間に箱が爆発し、受け取った顧客が焼死したというショッキングな連絡がエレナの元に舞い込みます。
会社の株価が下がることを防ぐため、やむなくエレナはすべてのデイリーフォンの出荷中止を実行します。出荷中止は現場に混乱を招き、そのしわ寄せは商品配送の60%をデイリーファーストに依存している羊急便が影響を受けることになるのです。
さらにそのしわ寄せのしわ寄せは羊急便と業務委託を結んでいる佐野親子(火野正平・宇野祥平)にも波及していった。特に業務委託されている佐野親子は一つ届けることで150円、受け取ってもらえなければ一銭にもならないという過酷な労働環境だったのです。
このように本作は、普段縁遠く感じる巨大物流倉庫のお話しを、身近な宅配請負業者の目線で描く、作品となっています。今やネット物流にお世話になることが一般的になっているので、とっつきやすい作品でしょう。
それにしても爆弾テロに使われた宅配商品が、いつの間にか爆弾とすり替わっているトリックは出色です。すり替えるタイミングは倉庫内でしか考えられません。けれども倉庫に入るためには厳重な持ち物チエックが待ち受けるのです。犯人はどうやって倉庫内に爆発物を持ち込み、すり替えたのか、驚きの種明かしをぜひ劇場で目撃してください。
●感想
本作で印象に残る点は、数字を元に完璧さを求めすぎるネット通販物流の問題点を描いた作品になったことです。
爆弾テロの警察が当初犯人だと睨んでいた山崎佑は、エレナより前の社員であり、西武蔵野ロジスティクスセンターで「ブラックフライデーが怖い」と言い残して飛び降りして5年間昏睡状態にありました。センター長になって3年目で心身ともに疲弊した上で3か月休職していたのです。
冒頭に登場する山崎佑がロッカーに書き残していた「2.7m/s→0」と「70kg」という文字にはおそらく観客の皆さんも倉庫のスタッフも誰も気に留めることはないでしょう。実は西武蔵野LCで使われているベルトコンベアの速度と耐久重量と同じ数値だったのです。しかし山崎がベルトコンベア目がけて飛び降りてもベルトコンベアは止まりませんでした。センター責任者の「死んでもベルトコンベアを止めるな」と厳命していることとの対比で、2.7m/sが0になることはなかったデイリーファーストの歪な社内常識が明確になる印象的なシーンだったのです。
ネット通販の倉庫には、働くスタッフの健康を喚起し、労働災害を予防するポスターやスローガンがくどいように掲示されています。でもそれは建前であって、先ずは目標数値の達成が大前提にあるのです。その結果本作のように心が折れてしまう人が出てしまうことはきっと現実社会でも起こり得ることでしょう。これについて各社はもっと考えるべきではないでせしょうか。人はモルモットではありません。数値だけで一面的に管理する労務管理は、持続可能な価値感を重視する今日にあって、もっと再考すべきことではないかと思います。
また本作では、ネット通販に経営の半分以上を依存する宅配業者との関係も問題提起しました。DAILYFASTが爆破事件後に一方的に責任を宅配業者に押しつけようとすることに堪忍袋が切れた羊急便は、業界連盟でDAILYFIRSTの集荷を拒否するストライキに入ります。これはドラマ上の虚構ではなく、実際にも配達員によるAmazonの集団訴訟がおこっていて、ネット通販会社が運送業者を安く買い叩いていることが本作でクローズアップしています。運送業者とはいまや国の血管ともいえる今日、末端の宅配請負業者の手間賃が、一個150円から事件後170円に値上げされてもたいした収入アップはつながりません。劇中佐野親子が嘆くのも当然です。トラックドライバーの時間外労働が規制強化されても、ドライバーの人材不足は変わらず、労働環境は簡単には変わらないでしょう。
本作のヒットで、流通・運送業界全体の意識改革のきっかけとなることを願います。
●最後にひと言
『MIU404』の熱心なファンだったわたしは、綾野剛と星野源の名コンビの活躍シーンを期待していました。けれども登場シーンは僅かで、アンナチュラルの不自然死究明研究所共々、カメオ出演に近いものでした。是非次回作では、コンビが大活躍するシーンを期待しています。
このレビューには本作の重要な結末を回避して書き込みしています。
ネタバレしているとしたらネット倉庫の実情です。でもそれは映画の本筋ではなく、実際の業務経験からのものです。自らの体験を書くことは、作品レビューではネタバレにはなりません。
でもネタバレ至上主義者の方には、何をどう説いても、ストーリーに触れている限りネタバレなんだといって、これまでも平行線でした。
とにかくわたしは今後とも変わらない自己基準で書き込みしますのでご了承ください。
基本的にネタバレは避けています。結末には触れていません。
ことによって過激にレビューに反応する方がいらっしゃいますが、ストーリーに触れることや作品解説することはネタバレにならないと思います。