「夢を叶えなかった人には刺さらないのもわかる」トラペジウム わたろーさんの映画レビュー(感想・評価)
夢を叶えなかった人には刺さらないのもわかる
過去にアイドルオタクをやっていた自分としては、ぶっ刺さる作品だった。共感ベースで作品を見る人には主人公の感情についていけず徹底的な否の意見になるのも分かるんだけど、悲しいことに最後の台詞は『夢を叶えた人にしか夢を叶えた時の気持ちは分からない』なので、分かってたまるかって感じだと思います。ある種突き放された感覚になるのが正解だと思うんですよ。
AKB48のドキュメンタリー映画を宇多丸さんが論じていた時に『この映画を見て娘がAKBになりたいと言わなくなった』というメールが紹介されていて、それが正常な感覚だよなと痛感させられたことを思い出す。常に理想的な偶像を求められること、可視化される己の人気(総選挙がわかりやすい例)、恋愛禁止なのか問題、SNSの普及、性的搾取(水着等の写真集)など、乗り越えるべきハードルがありすぎて困る。主人公はこの事を分かってて、それでも顔面の整った稀有な才能が、魅力的な曲と衣装でパフォーマンスすることの崇高性を十二分に理解している。誘われたメンバーにはその覚悟がなかった。この温度差が如実に出るシーンのヒリヒリ感はたまんない。松村沙友理が文春に撮られて…の流れも乃木坂46のドキュメンタリー映画で見てるから、原作者の高山一実も否応なしに経験しているはず。
オタクは推しを全肯定する狂信的な愛が求められると思うが、本来アイドル側の方が狂信的なのではないかと問い直すには良い作品。アイドルに関する類似作品は、この汚い部分は描かないor地下アイドルでお金がないみたいな描写ばかりなので、本当に新鮮だった。
圧倒的な才能が、自分で決めたはずの『東西南北』という縛りにより苦しむシーン。親が「私って悪い子だよね?」に対して、肯定もするし否定もするセリフ選び。『方位自身』の公開の流れと歌詞。好きなシーンはいっぱいある。光の当て方で、このシーンは誰に感情を乗せてほしいかが分かる演出も良い。
そして何より、アイドルという職業を貶めないのも誠実。主人公と同じように高山一実にとって良い思い出になっていますように。