インサイド・ヘッド2のレビュー・感想・評価
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思春期の人格形成に踏み込んだ深い作品
喜びや悲しみといった人間が持つ様々な感情をひとつひとつ擬人化することで、脳内で起きている複雑な感情の行き交いを可視化し、そこにハラハラドキドキのアドベンチャー要素も盛り込んだディズニーらしいエンタメ作品。
前作は主人公であるライリーの幼少期を描いた物語でヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカという5体の感情が登場した。
その後継となる今作は思春期を描いた物語でシンパイ、イイナー、ダリィ、ハズカシという新たな4体の感情が加わり、成長とともに複雑化する人間の感情と、それにより生まれる様々な葛藤が描かれている。また、今作ではひとつひとつの想い出が束となり、結晶という形で個人の人格形成に深く関与している点についても描かれている。
物語の舞台は地域の強豪ホッケーチームで、14歳になったライリーが新チームのトライアルに誘われ、その実力をアピールしてチーム入りを勝ち取り、新しいチームメイトに溶け込もうと奮闘する姿が描かれている。
人間は大人になるに従い、様々な競争に巻き込まれ、自分を他者と比較し、人に認められたい、人より優位に立ちたいという欲求が生まれてくる。一方で周囲から浮かないよう、嫉妬されないよう、空気を読んで自分を押し殺し、時には自分を偽ってでも周囲に合わせることで、所属する集団から弾かれないよう細心の注意を払いながら生きている。
今作で主要な役割を果たしたのがシンパイで、あらゆるネガティブな未来を想定し、ライリーの身に起こるであろう様々な失敗や危機を予測し、事前に回避行動を取るという高度な役割を担っている。当初はこれがうまく機能し、ライリーはすんなり新チームに溶け込めるかと思われた。
しかし、シンパイによる感情のコントロールが支配的になると、ネガティブな未来ばかりを予測し、ライリーからは余裕が消え、利己的になり、打算的になり、元チームメイトの旧友を裏切り、新しいチームメイトに気に入られるため自分を偽り、不正行為にまで手を染めるようになる。
聡明で明るく、素直で、正直で、友達想いの心優しい幼少期のライリーはすっかり影を潜めてしまった。
私事で恐縮だが、自分も幼少期はなにも考えずに伸び伸び自分の感情を表現できる子供だったが、思春期に入ると自意識過剰になり、周囲の目を気にするあまり、感情をうまく出せなくなり、自分の殻に閉じこもる内向きな性格になっていた。
思春期というのは一度、自分を壊して再構築するという不安定な時期であり、なぜ思春期になると無邪気なままではいられなくなるのか、生き辛さを感じるのか、この映画を通して自分の過去を思い返し、なんとなく理解できた気がした。そして、自分もそんな時期があったなと思うと同時に、自分も思春期の葛藤があったから成長できたのかもしれない、と少し勇気づけられた気もした。
少し話が脱線したが、前作では人間にはヨロコビだけでなく、カナシミのようなネガティブな感情も必要だと訴えるシーンがあったのだが、今作でも同じようなメッセージが込められたシーンがあった。
司令室に復帰したヨロコビが人格形成に関わる結晶を、シンパイのものからヨロコビのものに交換することで、ライリーは元の性格を取り戻すかと思われたが、事態はまったく改善せずヨロコビが戸惑うというシーン。
ヨロコビは母親のようなキャラで、ポジティブな想い出だけでライリーに幸せいっぱいな人生を歩んで欲しいと願っているが、映画はこのシーンを通じて、実はカナシミやシンパイといったネガティブな要素も人格形成には必要不可欠なものだ、と訴えているように思えた。
ヨロコビが作る幸せな記憶だけでなく、これからの人生にはシンパイが支配した期間に経験した様々な失敗や嫌な記憶、表出したライリーのダークな部分も含め、それらすべてが彼女の成長や人格形成に必要不可欠なものであり、それらをありのまま受け入れることこそライリーが大人の階段を登るために必要なのだ、と。
1も発想の着眼点という部分で発明的に凄い映画だと思ったのだが、2はそこからさらに進化して、より深く人間の人格形成に迫ったという点で、負けず劣らず良い映画だなと思いました。
大人になる共に複雑になる感情…
キャラクターがみんな愛しい
5歳の娘と映画館にて。
初めて、一度も『まだ終わらないの?』と聞かれずに最後まで鑑賞できた。
それだけのめりこめたのか、成長したのか。
5人の感情に加えて4人の感情が登場、どれも個性的で、必要な感情で、役割を全うしている姿が愛くるしい。
『こんなのライリーじゃない』という言葉があった。
13歳なんてまだまだ成長途中と思う。
でも、性格が変わることを恐れている。
ということは、幼少期の性格形成がいかに大切かを説いている気がする。
ヨロコビの声優さん、とても素晴らしかった。知らなければ引き続き竹内さんが演じていると思ってしまうほど違和感がなかった。
シンパイのタベちゃんも最高の声質だった。
家族の島が小さくなり、友達の島が大きく存在することに、親としては寂しくもなった。
まだまだライリーの成長を見守っていきたいので続編に期待!
らしさは一個じゃない
思い出したくない思い出を取り除いて美しい一つだけの「らしさ」の木を大切にしていた。
しかし全ての思い出がライリーを作る大切な思い出だと気づき、全て泉に入れると木は一定の形に留まらなくなった。
自分らしさは一つだけと勘違いし、そのらしさを保とうと葛藤する。でもその葛藤してる自分も含めて全てが自分らしさなんだと教えられた。落ち込んでマイナス思考に陥ってる時、「自分はこんな悲観的じゃない。このままではダメだ。」と思うかもしれないが悲観的な自分も自分らしくて、でもそれじゃダメだった必死に否定するのも自分らしい。だってそうやって考えるのも行動するのも自分なんだから。そんな当たり前に気付かされた。
シンパイに「あなたはライリーじゃない。だから操らないで」みたいなセリフがあったけど、自分らしくない自分を唯一産んでしまうのが自分ではない誰かに操られること。それだけはしちゃダメだよって言われた気がした。
↑っていう俺が感じた感想。
自分がいろいろ悩んでることをわかりやすく可視化してくれたそんな作品だった。
細かな感情の変化を巡るのが面白い
私にもこんな感情や葛藤もあったな
自分を見直す
前作のインサイドヘッドは見ていないのですが、楽しめました
5人の感情が非常にユニークで面白かったのですがそこに新しい4人が登場して
ハチャメチャでした
以下ネタバレになります
最初はあまり良く思えない新しい4人の感情でしたが話が進むにつれて主人公のことを良くしたい、変えたいという思いがあっての行動と分かっていき9人で力を合わせて人格形成のような感じになっていて映画を見ている自分自身にも思うところがある作品でした。
私は友人と見に行きましたが1人でも楽しめると思います
自分で自分を抱きしめる映画
1. 理性ではなく情動による支配
前作も含め本作が優れているのは、人間の行動が理性では感情に支配されていると描く事。科学者やプログラマー等、論理的思考が重要な分野の人は、自分が理性的に意思決定をしていると勘違いしがち。しかし、心理学の研究者に言わせれば、自分で認識せきる自意識はあくまで氷山の一角。海に沈んで見えない大部分の無意識は情動に支配されている。
いろんな理屈を並べて自身の振舞いを正当化したがる人もいるが、それらの理屈は寧ろ後付。何をしたくて何をしたくないかの根本は、好き嫌いレベルの情動が決めている。本作では子供ばかりでなく、両親の脳内にも理性はおらず、基礎的な感情のみが会議している。娘(ライリー)のリーダーがヨロコビ(Joy)なのに対し、父のリーダーはイカリ(anger)、母のリーダーがカナシミ(Sadness)なのも面白い。
😢
2. 感情を擬人化する違和感
ただ、感情の要素1つ1つを擬人化すると若干混乱する。擬人化すると、ヨロコビ(Joy)の中にも複数の感情があるかのうに感じられてしまう。やはり喜びは喜び、哀しみは哀しみで純粋でいた方が分かりやすい。また本作は、感情達をライリーの幸せを願う守護神のようにも描く。ただ実際は感情達もライリーの一部なのだから、自分自身を護っているだけ。それでも、終盤ライリーが陥った複雑な想い(パニック?)を感情達が輪になって抱きしめるシーンは感動的。どんな窮地でも、自分くらい自分の味方になろう。自分が自分を抱きしめてあげなくちゃ。
😠
3. エンディングソングは...
SEKAI NO OWARI「プレゼント」が悪いわけじゃない。ただ、ライリーの感情リーダーがヨロコビ(Joy)ならばやはり、いきものがかり「じょいふる」で締めて欲しいと今回も思った。竹内結子さんから交代した小清水亜美のヨロコビ(Joy)も素晴らしくハマっていたが、2016年以前の「元気の押し売り」状態のベッキーもガチハマりした気がする。
😄
4. 原題と邦題
本作の原題は"Inside Out"。直訳なら「裏っ返す」とか「裏の裏まで」等の意味。本来は見えない脳内の様子を表に出した映画という意味なのだろう。脳内がひっくり返ったように混乱するという意味もかかっていそう。因みに仏題は直訳で「Vice-versa」。
邦題の「インサイド・ヘッド」は意訳というより、響きだけ原題に似せたオリジナル。日本人には分かりやすいが、医学者なら「インサイド・ブレイン」にしたかったとは思う。
おまけに中大は「腦筋急轉彎」。直訳は「頭の体操」だそうで、邦題よりは捻りが効いている。
成長の話
アニメならではの精神世界の映像化
1作目の監督ピート・ドクターは製作総指揮に留まったが、彼の前作「ソウルフル・ワールド」(マイ・ベストアニメ!)にしても、彼はアニメでしかも子ども向けで、精神世界における哲学を追求しているのに驚いてしまう。ストーリーやテーマだけ追うと、とても子供向けにはならないのだけど、キャラクター表現とスラップスティックな演出で小さな子から楽しめる作品に仕上げているのが凄い。
ただ感情キャラが一気に増えた事で、描ききれないキャラがいくつかあったり、それなのに「よろこび」が怒りまくるシーンもあったりとちょっと整理がついていないきらいもあった。
ポリコレへの配慮はアニメということもあって嫌味にはならないけど、白人、黄色、黒人、スパニッシュ系と人種総出演はちょっと行き過ぎな感もあるなあ。実写だったらちょっと無理かも。
映像的には前作や「ソウルフル・ワールド」のような斬新さは無いけど、手書きアニメキャラや日本のゲームキャラも混ざって楽しませてもらいました。
3作目は恋愛か家族からの巣立ちを描く事になるのかなあ。そうなると子供向けにならなくなってしまうと、凡人は考えてしまいます。
1は観ていない…
中盤がごちゃごちゃした印象。前作未見者は注意が必要
思春期の複雑な感情。新キャラも可愛い!
ヨロコビ達はだいぶ仕事?になれて結束力も上がっていて良き!そこから、新キャラが出てきて悩むみんな。それからまさかの展開。お互いの言い分は分かるし、納得できるけどシンパイが割と力技に出て驚き。現実側と感情側が上手く交差しながら進んでいき面白い。展開もサクサク進んでいき、感情たちの考えも伝わってきて良き!終わり方も綺麗に纏まっていて良かった!
ありのままで❗️それがあなたらしいから尊い✨素晴らしい事なんだよ☺️
人間が抱く「感情」たちの世界を舞台に描き、2016年・第88回ア...
人間が抱く「感情」たちの世界を舞台に描き、2016年・第88回アカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞したディズニー&ピクサーのアニメーション映画「インサイド・ヘッド」の続編。
頭の中の感情が「人格」として存在していたら。奇想天外なアイデアですが、第1作(2015年)を半信半疑で見て、豊かな表現とストーリーの奥深さのとりこになりました。続編の今作も、愛すべき一本になりました。子どもたちが見れば、そのスペクタクルに夢中になるでしょうし、大人が見れば、自らの子ども時代の心の中を振り返ることでしょう。まさに親子で楽しめる作品です。
●ストーリー
前作から2年後、少女ライリー・アンダーセン(声の出演:横溝菜帆)はティーンエージャーに成長し、高校入学を控えていました。ライリーを子どもの頃から見守ってきたヨロコビ(小清水亜美)、カナシミ(大竹しのぶ)、イカリ(浦山迅)、ムカムカ(小松由佳)、ビビリ(落合弘治)の感情たちは、転校先の学校に慣れ新しい友人もできたライリーが幸せに暮らせるよう奮闘する日々を過ごしていたのです。
友だち思いの元気な良い子に育った彼女は、親友のブリーとグレイスとアイスホッケーのキャンプに招待されることになります。
そんなある日、高校入学を控え人生の転機に直面したライリーの頭の中で、ライリーの心に新しい環境への期待や不安、友達とのすれ違いなどさまざまな感情が渦巻き始める中、「思春期アラーム」が鳴り響きます。成長する心に訪れる嵐の季節、思春期の始まりです。
戸惑うヨロコビたちの前に現れたのは、最悪の未来を想像してしまう「シンパイ」(多部未華子)、誰かを羨んでばかりいる「イイナー」(花澤香菜)、常に退屈&無気力な「ダリィ」(坂本真綾)、いつもモジモジして恥ずかしがっている「ハズカシ」(マヂカルラブリー村上)という、大人になるための新しい感情たちでした。
「ライリーの将来のために、あなたたちはもう必要ない」―シンパイたちの暴走により、追放されるヨロコビたち。巻き起こる“感情の嵐”の中で自分らしさを失っていくライリーを救うカギは、広大な世界の奥底に眠る“ある記憶”に隠されていたのです。
●解説
ピクサー映画の続編は面白い!
1作目に新しい要素を加味するより、むしろその設定を根底から覆し、再創造に挑みながら、世界を押し広げるからだ。 前作同様、主人公はライリーという少女のなかにいる「感情」たち。心の司令室で、ヨロコビを筆頭に五つの感情たちがライリーの言動を制御しています。最終ゴールはライリーの幸せ。そのために、ときにはカナシミさえも不可欠であることを教えてくれたのが前作でした。
しかし人間の幸せ(というより人生)は流動的です。中学生になり思春期を迎えたライリーの心では、「反乱」が勃発します。
キャンプで憧れの高校選手ヴァレンティナと出会ったライリー。ヴァレンティナに好かれて、高校のチームに入りたい。でも、失敗したらどうしよう。もう「ヨロコビ」のような子どもの感情にはライリーを任せられないと、「シンパイ」を筆頭とするひと癖ある感情たちが心の司令室に現れ、ヨロコビを含めた純朴な(子供っぽい)感情たちを「抑圧」してしまうのです(「抑圧」の保管庫の場面は作中屈指の面白さですね!)。
他人にどう見られるかが気になって仕方がない年頃の、はち切れんばかりの自意識を象徴するかのような、ちょっと複雑な感情たち。「多感」とは、こういうことなのでしょう。
ピクサーが磨き上げてきたCGアニメ表現のきめ細かさは、言わずもがな。カラフルで個性的な感情たちは、それぞれ愛らしく、憎めない。そして、その感情に従ってくるくる変わるライリーの表情は、よくぞここまでと思うほど豊かで、目が離せない。
どの感情も皆、ライリーを幸せにするために働いているのが重要な前提だ。己を愛せれば、道を踏み外しそうになっても戻ってこられると言っているかのよう。このシリーズに心動かされるのは「善く生きる」とは何かという、人間道徳への深い洞察があるからだろう。更に成長したライリーにまた会いたくなる。
ピクサーが磨き上げてきたCGアニメ表現のきめ細かさは、言わずもがな。カラフルで個性的な感情たちは、それぞれ愛らしく、憎めない。そして、その感情に従ってくるくる変わるライリーの表情は、よくぞここまでと思うほど豊かで、目が離せない。
どの感情も皆、ライリーを幸せにするために働いているのが重要な前提だ。己を愛せれば、道を踏み外しそうになっても戻ってこられると言っているかのよう。このシリーズに心動かされるのは「善く生きる」とは何かという、人間道徳への深い洞察があるからだろう。更に成長したライリーにまた会いたくなる。
新しいものと古いものの対立から和解、そして共存へ……。「トイ・ストーリー」以来、CGアニメーションを牽引してきたピクサー映画の、プレることのない優しいメッセージだ。
●感想
頭の中で感情たちによる手に汗握るドラマが展開し、ライリーは思わぬ行動に。急に怒ったり、友だちを無視したり、周りによく見られようと空回りしたり。描写の一つ一つがリアリティーをもって迫ってきます。いつの間にか「自分の時も、こんな気持ちだったな」と、ライリーを通じて自分自身の10代の頃とも対話しているような気分にさせられました。
心の新たなる統率者シンパイは、英語名ではAnxiety。「不安」だけでなく「切望」も意味する。憧れの先輩プレーヤーを前にして背伸びするライリー。彼女は何者でもない自分に怯え、何者かになろうと躍起になる。周囲からの孤立を何よりも怖れるライリーの気持ちは、日頃たえず空気を読んでいる日本の観客にとって身につまされることでしょう。 彼女は、目の前の不幸に対処しているわけではない。遠い先に起こるかもしれない不幸を避けようとする。けれどもそうしたあせりが皮肉にも彼女自身を追いつめ、自己嫌悪に陥らせるのです。
ヨロコビたちの「幸福の追求」と、シンパイたちの「不幸の回避」とは似て非なるものです。その二つをすり替えてはいけない。が、だからといって、それらを対立させたり、どちらかを切り捨てたりしてもいけないのです。
人生には、時にどん底のような境遇を味わう時期もあります。けれども大きな成功を掴むためには、様々な失敗した経験が糧になるのです。「ジブンラシサ」の花を咲かせるために、失敗を含めてたくさん経験すべしです。なので不幸と幸福とはあざなう縄のように実は一体なのです。そして本作のように、様々な感情を抱く自分というぞんざいがたまらなく愛おしいという思いが、自信となり、人生を切り開く推進力となっていくのです。
皆さんも、他人を見て落ち込んだり無理して背伸びしたり、全部空回りして大恥をかいた(と思い込んだ)り、自我が芽生えたあの頃の、痛くて酸っぱい気分を思い出されることでしょうす。そしてその脳内を分析するような、感情たちの“暗躍”にいちいち納得されること請けあいです。
●最後にひと言
エンドロール中に「ヨロコビ」に引きづらて画面に登場するとある隠れた感情キャラ。もうドラマは終わるのに、すぐ正体を隠してしまいます。その人見知りするキャラには笑えました。人にはこんな感情も隠れているのですね。なのでエンドロールは最後までご覧になってください。
自分らしさを見つめ直す作品
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