サイレントナイトのレビュー・感想・評価
全46件中、21~40件目を表示
ハリウッド的に
ジョン・ウー最新作。
本人だけでなく全編を通してほぼ台詞らしい台詞がない珍しい造り。ただその意図はよく分からない。タイトルが引っかけてあるんだろうけど、別に主人公だけで良くない?とも思う。
従ってアクションが重要になる訳だけど、一定水準は保っているものの、「おっ、新しい!」とか「おっ、ジョン・ウー!」と思うシーンはほんの少し。全般に『ハリウッド風』に引きずられてやしないだろうか?
例えば、教科書的に冒頭アクションから入って観客の興味を惹きつけるわけだけど、いきなりの出来事で息子を失った直後にアレやってることになるわけで、そりゃ無理ないかい?、と…
そんな感じで、ハリウッド的に無難な作品になっちゃったかな…
ジョン・ウー、まさかの鳩以外の鳥を出すの巻。 ここまで、セリフを削...
どうしちゃったの、ジョン・ウー監督
ジョン・ウーが青い鳥を呼ぶ
にわか仕込みなのに強すぎ
2021年12月24日、妻と息子の3人家族で幸せな日々を過ごしていたブライアンは、ギャング同士の銃撃戦に遭遇し、その流れ弾で息子の命を奪われてしまった。自らもそのギャングに狙われ、撃たれて重傷を負い、声帯を撃たれた影響で、声を失ってしまった。ギャングたちへの復讐を決意したブライアンは、次の2022年12月24日をギャング壊滅の日に定め、肉体改造に励み、車を購入し防弾仕様に改造し、射撃の訓練を受け、接近戦を想定したナイフでの格闘の訓練をし、車のドリフトテクニックを磨き、ギャング団への戦いを挑む、という話。
たかが数ヶ月のにわか仕込みの特訓であれだけの能力を身につけれるとは、フィクションにしても出来すぎだと感じた。
見かけの能力はある程度身についても、実践経験なしであれだけ戦えるのなら、あのギャング団は弱いのかと思ってしまう。
例えば、ブライアンは昔は地域の暴走族のボスだったのだが、足を洗って結婚し、子どもを得て幸せに暮らしていたが・・・みたいな布石が有ればスッと入れたのに、そこが少し残念だった。
セリフ無しが特徴と言えば特徴だが、奥さんに何か話させても良かった様に感じた。耳は聴こえるんだから。
ブライアン役のジョエル・キナマンの鍛えた筋肉美は素晴らしかった。
ギャングのボスの彼女役の女優が美しかった。
セリフ書くのメンドーだった?
ギャングの抗争の流れ弾で息子を亡くしたトナカイさんが、ギャングを皆殺しにすると決意して行動を起こす話。
街中を走るトナカイセーターの男が、銃撃戦をしながらカーチェイスする輩とぶつかって、一命を取り留めたけれど声を失うという始まりで、この男は誰?この男もギャング?と少々状況が把握し難い感じから、回想ラッシュで面倒くささを感じ始めた頃、あーそういうこと…時系列通りに観せれば良いのに…。
8ヶ月後の12月24日をターゲットに自分磨きをはじめてからはテンポも良いし、なかなか良かったのだけれど、今度は感傷に浸るシーンが差し込まれ又もやテンポが崩される。
主人公に喋らせないのはまだ良いけれど、何を狙って他の人物まで喋らせないのか、かと言ってまるで喋らせないわけではない中途半端さだし。
なかなか派手なチェイスや銃撃戦やドッカンを見せてくれて、面白かったけれど、時々崩されるテンポ感とか、なぜか躊躇してやられ待ちしたりとか、妙にスカした何したいかわからん設定とかが邪魔に感じてしまった。
あんなに頑張ったのに
2025年劇場鑑賞114本目。
エンドロール後映像無し。
全編セリフ無しというので、見せ方として誰も喋らずBGMだけでずっとアクションシーンばっかりなのかな、と思っていましたが、主人公がケガで喋れなくなった、という事でした。とはいえ他の登場人物がしゃべるシーンもほとんど無く、逆に誰かしゃべったりラジオから声が聞こえたりするとビクッとなってしまうくらい(笑)
ジョン・ウーの映画にはストーリー性より見せ方の方を求めているので(ブロークン・アローとかフェイス・オフとかコン・エアーはストーリーも面白かったけど)病院で奥さんが病室に向かう途中何回も目にズームアップするカメラワークとか意味不明で最高でしたね。鳥が窓に来た時は白い鳩ちゃうかい!とは思いました(笑)
ちゃんと二丁拳銃は忘れてなかったので安心です。ラストバトルの部屋の演出も自分は好きですね。ただ結局誰が死んで誰が生き残ったのかよく分からなかったです。
めちゃくちゃ人を殺すためのトレーニングを積んだ割には結構苦戦する場面も多く、リーアム・ニーソンにはなれないんだなぁと思いました。
アイデアと俳優は最高の食材!しかし、調理人には恵まれず
【イントロダクション】
ギャングの抗争によって一人息子を亡くし、自身も喉を撃たれて声を失った父親が、クリスマスイブに復讐を果たすリベンジ・アクション。主演は、『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)のジョエル・キナマン。監督は、『フェイス/オフ』(1997)、『レッドクリフ』シリーズを手掛け、20年ぶりとなるハリウッド・アクション映画の監督となった「バイオレンスの詩人」ジョン・ウー。脚本は、ロバート・アーチャー・リン。
【ストーリー】
12月24日。舞台はアメリカの架空の都市。ブライアン・ゴッドロック(ジョエル・キナマン)は、妻のサヤ(カタリーナ・サンディノ・モレノ)と一人息子のテイラーと共に、郊外の住宅地で平穏な暮らしを送っていた。しかし、クリスマスイブにテイラーをギャング同士の抗争で亡くし、自身もギャング団のボス・プラヤ(ハロルド・トーレス)に喉を撃たれ、瀕死の重傷を負う。
1月。辛うじて一命を取り留めたブライアンは、病室で意識を取り戻す。しかし、喉を負傷した事で一切の発声が出来なくなってしまい、絶望感を抱く。
息子を喪い、声を失った悲しみから、ブライアンは酒浸りとなり、サヤとの夫婦関係も悪くしてしまう。
4月のある日、ブライアンは庭の椅子に腰掛け、息子を喪った日の事を回想していた。そして、ブライアンは息子の仇を討つ事を決意し、ギャング団への復讐計画を決意する。
自宅の作業部屋に掛けられたカレンダーの12月24日の日付欄を、復讐計画の決行日とする。
《12月24日。全員、ぶっ殺す》
ブライアンは、自身を案じるサヤと別居する事になる。そして、筋トレやナイフによる近接格闘術、射撃からドライビングテクまで、ありとあらゆる肉体改造と技術を習得し、その傍らでギャング団についての情報収集をする。闇市で赤いスポーツカーを買って防弾加工を施し、襲撃に使う銃や防弾チョッキも用意する。
クリスマスイブ前日の23日。ブライアンはギャング団の構成員の1人で、金の管理を任されている団員の家に忍び込み、自宅へと拉致して質問用紙に記入させて情報を吐かせる。
そして、遂に12月24日を迎える。命懸けの復讐の火蓋が切って落とされた。
【感想】
全編台詞なしというのは、昨今では『ロボット・ドリームズ』(2023)や『Flow』(2024)といったアニメーション作品で目にするが、アクション映画でこうした試みをするというのは斬新で、素直に面白いと感じた。
ジョエル・キナマンの表情の演技が凄い。喉を潰され、発声が出来ないという設定なので、あらゆるシーンを表情や目の演技で表現しなければならないのだが、彼の演技はその都度主人公の抱えている感情を的確に表現していた。彼は、ニコラス・ケイジと共演した『シンパシー・フォー・ザ・デビル』(2023)でも印象的な役柄を演じていたが、本作の演技は彼のキャリアにとって一つの集大成と言えるだろう。
復讐計画を企て、肉体改造や情報収集に明け暮れる描写も、こちらの期待感をジワジワと煽ってくれた。
しかし、そうしたアイデア自体の面白さ、主演俳優の演技力とは裏腹に、演出面における“古臭さ”が致命的な程足を引っ張ってしまっている。
それは偏に、ジョン・ウー監督の「時代遅れな作家性」に他ならない。かつては「バイオレンスの詩人」とまで言われた彼の作風も、既に過去の話。スローモーションや二丁拳銃によるアクション、鳥を用いた印象的なシーンの演出は彼の醍醐味だが、そうした演出のどれもこれもが、今となってはもう過去のものなのだ。
本作でも、控えめとはいえ、ブライアンの病室の窓の外に降り立つ鳥、クライマックスで駆け付けたデニス刑事(キッド・カディ)による即席二丁拳銃アクションは顕在。
また、ブライアンの息子を思う描写の数々が、あまりにも“クサい”、そして“ダサい”のが致命的。息子との思い出のアイテムとして「オルゴール」を用いるのは良い。しかし、内部機関のみの剥き出しのオルゴールを、幼い男の子が気に入るとは到底思えないのだが。そこは、ベタでもゼンマイ仕掛けのロボットとかだろう。また、そのメロディーがあまりにも単調で、にも拘らずシリアスなシーンで度々ブライアンはそのメロディーを聴くので、その都度緊張感を削いでいた。
プラヤとの最終決戦で、彼の部屋に飾られたガラス水晶に息子の面影を見るというのは、「いつの時代のアニメだよ?」と失笑してしまうレベル。ラストで、息子の誕生から叶わなかった大学卒業という“成長”した姿までを走馬灯(のように)として見るというのは、もう白旗レベルで勘弁してほしかった。
細かいが、ブライアンが初めての殺人後、遺体と滴る血を見て嘔吐してしまうシーン。実際には、人が死体を見て吐くというのは、遺体から漂う腐乱臭によるもので、ああした場面で嘔吐するというのは現実味が無い。極度の緊張感によるストレスによるものと捉えれば理解出来なくもないが、こうした演出もリアリティの無さに繋がっている。
ただし、所々に「良い」と感じさせる部分はある。
呑んだくれる夫を心配して、サヤが既に鍵の在処を確認した上で、「カギがどこか知らない?」とスマホでメッセージを送るという、妻側からの夫との夫婦関係修復に向けたさり気ない気遣い。
ギャング団の構成員を拉致して尋問する際、これまで散々鍛えてきたにも拘らず、思わぬ反撃を受けて格闘に流れ込むというシーンは、「本当に成功するのか?」という緊張感を生んでいた。
これは、演出以前に脚本による力ではあるのだが、それでも評価出来る部分は間違いなくあった。
舞台設定も、現実離れした何処ぞの世紀末ばりの治安の悪さには失笑させられるが、だからこそブライアンが復讐でキル数を稼いでいく展開の盛り上がりに繋がるので目を瞑る。恐らく、彼1人で30人近くは殺したと思われる。
それにしても、ラスボスであるプラヤの魅力の無さはどうしたものだろうか。自分の身が危ないと知りつつ、呑気に部下を集めるだけ集めて、シャブ漬けにした愛人とダンスを踊ってるというのは理解に苦しむ。しかも、バッグミュージックは絶対社交ダンスのリズムじゃない(笑)
そんなんだから、ラストで“不運(ハードラック)と踊(ダンス)”っちまうんだぞ。
ところで、一昔前なら、この手の主人公の奥さんは赤髪やブロンドの白人と相場は決まっていたのだが、ラテン系というのはポリコレに配慮する時代性故だろうか?しかし、その他のあらゆる要素が前時代的な古さ・クサさに溢れているので、そういった配慮なのではないかと、逆に悪目立ちしてしまっていた。
【総評】
台詞を拝したアクション映画、シンプル且つ共感出来るストーリー、ジョエル・キナマンの熱演と、材料は良かったのは間違いない。
しかし、監督の時代遅れの作家性が完全に足を引っ張り、駄作寄りの凡作にまで作品の質を落としてしまったのが悔やまれる。
「もし、監督するのが『ジョン・ウィック』シリーズのチャド・スタエルスキ監督だったら、傑作になっていたかもしれないのに!」と思わずにはいられない。
余談だが、入場者特典の「Merry Christmas」の文字が入ったポスタービジュアルのポストカードはお気に入り。
また、「12月24日。全編、ぶっ殺す!」は、非リア充としては一生に一度は言ってみたい名言(名文句)。
ジョン・ウーと言われても…
ジョン・ウー監督らしいアクション作品、そして泣かせます
ジョエル・キナマン演じるかわいいトナカイのセーターを着た主人公のブライアンが走っているシーンからスタート、そこからのアクションシーンでジョン・ウー作品だなぁと思わてくれます。
セリフは奥さんのが3回あるくらいでほとんどなしという珍しい作品。
でも表情で十分気持ちは伝わって、息子への想いは本当に悲しく、奥さんがブライアンを思う気持ちは切なかったです。
スローモーションが入るアクションシーンはジョン・ウー監督らしく、カーアクションも銃撃戦もとても楽しめました。
継続は力なりでひたすら練習あるのみの主人公でしたが、やはり本番ではあんな感じで、そこがまた良かったです。
本当は☆5としたいところでしたが、敵のボスが魅力的じゃないし強いのか微妙、刑事さんとの関係性ももっとほしかったです。
ラストはブライアンにも奥さんにも救いがあっても良かったような。
それでも私の映画人生NO.1の「FACE/OFF」を思わせる家族愛溢れる今作で、ラストは涙ポロポロ泣かされました。
ポストカードのプレゼントありがとうございました。
もっと「頭」を使おうよ・・・
主人公の妻が一言、二言発する以外は、台詞らしい台詞がないという、無声映画のような作りは斬新で面白い。
ただし、主人公が喋れないという設定が、彼の復讐劇やアクション描写に効果的に活かされているかと言えば、とても、そうとは思えない。
主人公が、息子の復讐に燃えるのは良いとしても、素人の彼が、たった一人で凶悪なギャング団に立ち向かうためには、相当の策略と工夫が必要になるのではないだろうか?
体を鍛えたり、運転や射撃や格闘の練習をしたり、銃器を揃えたりするのは当然のこととして、多くの時間をかけて準備をした割には、作戦らしい作戦がないのは、「緻密さ」に欠けると言わざるを得ない。
案の定、ラストは、無鉄砲に敵のアジトに乗り込んでいくだけで、「お約束」の激しい銃撃戦は単調だし、助っ人が駆けつけるところも「ご都合主義」的で、そこに友情が感じられる訳でもない。
仇相手のギャング団も、ボス以外は誰が誰だかよく分からないし、そのボスにしても、キャラクターに深みがなく、「強敵」感もなかったのは物足りない。
こんなことなら、主人公は、長距離射撃の練習をして、望遠レンズで写真を撮った隣りのビルの屋上から、ライフル銃でボスたちを狙撃すればよかったのではないかと思ってしまった。
息子を求めて。
微妙。
痛快モノではない
聖夜と静けさをかけたタイトル。主人公は冒頭、銃に撃たれて声が出せなくなり、全くセリフがありません。
子供が流れ弾に当たって突然亡くなった。それに激昂した親が犯人に復讐する、映画やドラマでは一見ありふれた内容に感じるテーマ。多分この映画を観て酷評している人の多くは、その慣れたテーマの爽快復讐劇を期待していたのではないでしょうか。
でも、私は全く違うテーマを感じました。この映画は、目の前で大切な人の命を不可抗力で奪われた人たちに送るメッセージなんだと。
子供が目の前で殺されて、どこにぶつけていいのかわからない深い悲しみと憎悪を抱えた、そんな人たちがやり遂げたいと思う事をこの主人公にやらせてみせて、抑止力にしたいのではと感じたのです。
アメリカは銃社会で、日本にも流れ弾で亡くなられた様々な事件のニュースが届きます。でも、銃の所持はいまだに認められています。
頭の片隅に「へーそんな怖い事件あったんだ」くらいにしか感じない出来事の先にはこのようなご家族がいらっしゃるのです。
そしてそれは、特別な能力も技術もない、一般人がほとんどなのです。
今上映中の映画に、プロフェッショナル、アマチュア、ベテラン、がありますが、この映画のタイトルは差し詰め「素人」です。殺しなんて全く無縁の、ごくごく普通のパパなのです。
その素人が考えつく復讐劇は、多分このレベルなんです。銃の調達、筋トレ、ドリフトや射撃の練習に憎き犯人の調査などなど。子供を失った悲しみで無気力な毎日から、復讐という目標のおかげで生きる活力を取り戻したのです。
そしていざ実行に移すと、やっぱり素人なんです。いくら動かない相手にhow to動画で得た情報を練習しても、実際は当たり前に反撃されるし、思うようにはいかない。いざ銃を撃って人を殺してしまったら、吐いてしまうんです。でもそこでタガが外れるのも、素人だからこそなんだと思います。
そして最後の妻に宛てた手紙が、この物語の全てです。復讐をしても子供は戻らない。わかっていても命をかけてやりたかった。これに尽きます。
そしてこの映画は問いかけるのです。大切な人を亡くした人たちに。本当にこれでいいのか?と。
兎角男性が陥りやすい復讐心。この主人公は復讐に全ツッパしましたが、さて、妻サイドから考えてみましょうか。
子供の死の直後、妻は病院で変わり果てた夫と再会します。幸せなクリスマスイブに子供だけでなく、夫も失うところだったのです。夫だけでも助かってと日々暮らした事でしょう。でも回復しても夫は何もせず、悲しみから立ち直れない。妻は子供の死を受け止め、それでもやっぱり生きていかなきゃと仕事にも出ています。
生きてさえいてくれればいいと思っていたのに、心ここにあらず。本当なら子供の死で受けた心の傷をお互い慰め合い、支え合っていけると思ったのに。それどころかある日突然杖を捨てて明らかに復讐心むき出しで何やら始めている。抱き合っても見ている先は自分ではない。この人の目に私は映らないし、この人が生きていくのに自分は必要とされていないんだと悟り、家を出ます。
そして最後に手紙を読んで思ったでしょう。私を愛してるならなぜ思いとどまれなかったの?と。
流れ弾で失ったのは子供の命。言うなればそれだけなんです。でもこの妻は、夫も家族も失った。主人公は自分の人生そのものを失った。守れなかった命の他は、自分自身で壊したに過ぎないのです。
銃だけでなく、様々な不可抗力で突然愛する人を失い深い悲しみを抱えた全ての人たちに、これ以上悲しみを連鎖させないで!自分の人生見つめ直して!復讐するってこういう事だよ、と客観的に考えて欲しい、そんな強いメッセージを感じました。
そして銃のない日常を!そんな映画でした。
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