「 ギャグ映画と侮ることなかれ。かなり笑えますが、さすがは「翔んで埼玉」の武内英樹監督と脚本・徳永友一のヒットメーカーコンビ。社会派作品と言ってもいいほど、痛烈なメッセージが込められていたのです。」もしも徳川家康が総理大臣になったら 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
ギャグ映画と侮ることなかれ。かなり笑えますが、さすがは「翔んで埼玉」の武内英樹監督と脚本・徳永友一のヒットメーカーコンビ。社会派作品と言ってもいいほど、痛烈なメッセージが込められていたのです。
2021年に出版され大ヒットを記録した同名ビジネス小説を原作に、AIで復活した偉人たちによる最強ヒーロー内閣の活躍を描いたコメディ映画。
●ストーリー
映画の舞台は2020年のコロナウィルスが猛威を振るい日常を奪われた日本。国内どころか世界中が大混乱に陥る中、新型コロナの感染爆発に直面し、政府はなすすべもなく立ち往生します。内閣支持率が27%まで下がり、首相官邸でクラスター(感染者集団)が発生、首相が急死してしまうのです。
未曽有の危機に「最後の手段」として、「AI・ホログラムにより歴史上の偉人たちを復活させ、最強内閣をつくる」という前代未聞の計画を実行します。
かくして誕生した内閣の面々は、内閣総理大臣に徳川家康(野村萬斎)、官房長官に坂本龍馬(赤楚衛二)、経済産業大臣に織田信長(GACKT)、財務大臣に豊臣秀吉(竹中直人)農林水産大臣に徳川吉宗(髙嶋政宏)、総務大臣に北条政子(江口のりこ)、厚生労働大臣に徳川綱吉(池田鉄洋)、外務大臣に足利義満(小手伸也)、法務大臣に聖徳太子(長井短)、文部科学大臣に紫式部(観月ありさ)など偉人たちが集結した通称≪偉人ジャーズ≫による夢のような内閣が1年という条件で誕生します。政治的立場も時代もバラバラの「呉越同舟」極まる最強内閣が日本を救うことに。
さらに閣僚を補佐する人材も招集されました。財務大臣の秀吉の実務面を支える財務副大臣として石田三成(音尾琢真)、首都の治安を守る守備隊として新撰組の面々と土方歳三(山本耕史)が任命されます。
コロナ禍のなか、何も決められない政治に辟易していた国民は、圧倒的なカリスマに加え、政策を推し進める“えげつない”実行力に驚愕し、日本中が熱狂していくのです。
そんな中、アナウンサー志望の新人テレビ局政治部記者・西村理沙(浜辺美波)はスクープを狙い、政府のスポークスマンを務める坂本龍馬に接近します。そしてひょんなことから偉人ジャーズの活躍の裏に渦巻く黒い思惑に気付いてしまうのです。果たして、陰謀の正体とは?そして、日本史に新たに刻まれる“事件”の真相とは?! 続きは劇場で!
●解説
ギャグ映画と侮ることなかれ。かなり笑えますが、さすがは「翔んで埼玉」の武内英樹監督と脚本・徳永友一のヒットメーカーコンビ。社会派作品と言ってもいいほど、痛烈なメッセージが込められていたのです。財務大臣の秀吉を中心に閣内に不協和音が広がります。ドタバタでコミカルな展開には現代政治への風刺も利かせ、「大衆心理を含めた政の危うさ」も描かれます。
《民の主体性を信じる家康》
野村萬斎演じるラストの徳川家康総理の演説中の金言には、多くの人に耳を傾けてもらいたいものです。
野村は、国公立の劇場などで作る「全国公立文化施設協会」の会長を勤めていることから、政治との距離が近い公共の仕事をしてきたからこそ、思うことがあるといいます。「何のためにやるのかという本質からずれて、利権絡みになっていないか。この映画も、そこを直接的に批判しているわけです。政に携わっている人、それをジャッジして動かす民意も両方が問われている」と。
非常手段を使って、権力奪取を図ろうとした秀吉は、人任せで無責任な民意を批判します。現在の投票率の低さを見よと。自ら投票にも行かず、お上から何かして貰うことばかりで、自ら考えようもしない数多の愚民達には自分のような強きリーダーが必要なのだと。それには家康も賛同するものの、家康は民を信じると熱く語るところが感動的です。無駄からこそ国民一人一人が、自分の可能性を信じ、行動してほしいと家康は国民に期待をかけるのでした。現代人にバトンを託すような演説シーンだったのです。
《あっと驚く偉人内閣の目玉政策》
このあたりは本作の見どころの一つでもあります。コロナ対策で偉人内閣は外出禁止令を出し、ロックダウン(都市封鎖)を断行します。もちろん経済活動は止まります。政府は国民全員に給付金50万円を、あっと驚く方法で、極めて迅速に支給するのです。家康首相は「一度、口にしたことはやり切る。それが偉人内閣じゃ」と自信たっぷりに宣言します。いわゆる「決断と実行」だ。独断ではありません。閣僚たちがそれぞれの強みを生かして政策を進言します。家康を演じる野村は「周りの意見を見聞きしてジャッジしていくというのは少し自分自身の日常と重なる部分もあります」とコメントしています。
今年は現実の世界も選挙イヤーの年です。米国ではバイデン大統領が再選を断念し、「もしトラ」こと、もしもトランプ氏が大統領に返り咲いたらが現実味を増してきています。英国で政権交代が起き、フランスでは「あわや極右内閣発足」でした。日本でも年内に衆院解散・総選挙があると見られています。
《岸田首相が徳川家康だったら》
もしもポスト岸田首相が徳川家康だったとしたら。武内監督の答えはこうでした。
「列島改造論を掲げた田中角栄さんのように、高度成長期の首相は剛腕でした。今は時代が違うので政治家が萎縮しているようにも見えますが、そういう意味では偉人内閣のような首相のほうが国民は喜ぶのではないかという空気を感じます」
つまり、家康首相のように強いリーダーシップを感じさせる人物が、現実の世界でも待望されているというのです。監督の念頭には、マスコミの報道姿勢に対する違和感もあるようです。
「もし徳」には民放の情報番組で「次々と改革していくのは、あっぱれ」と偉人内閣フィーバーをあおる司会者が登場します。政策を冷静に分析するのでなく、改革という名の熱狂を扇動するような番組づくり。それに呼応して、徐々に暴走していく偉人内閣。戦国武将出身の重要閣僚が豪語します。「民が求めているのは強きリーダーじゃ」。まさにこれ、21世紀の世界を席巻しつつある「ポピュリズム」そのものではないでしょうか。
《家康は剛腕だが独裁ではない》
武内監督は「徳川家康は剛腕だが独裁ではない。原作小説でもそういう人として描かれています」と説明します。「400年前から来た家康が、ものすごく苦労して造った江戸城の現在の姿や東京のビル群を見て何を思うか。現代の日本をどう見るか。これは映画を見たそれぞれの人に感じてほしい部分です」と語るのです。
●感想
NHK大河ドラマなどで過去に5回、秀吉を演じた竹中はさすがの存在感で、爆笑必至のシーンが盛りだくさん。また龍馬が語尾の「ぜよ」を世間にいじられ、信長はアイドル的な人気を博すなど、中盤まではコミカルなテイストで物語が進み、何も考えずに楽しめました。
ただ、人々の内閣への熱狂が高まっていくにつれ、風向きが変わっていきます。少し説教くさい部分もありましたが、周りに流されるばかりになっていないか。自分の考えを持っているか。深く自省させられました。
政治に興味を持たない国民が、誰かに踊らされてしまっている。その滑稽さに気づきが与えられる展開。この映画は、歴史上の偉人が現代によみがえり、奇想天外な奇跡を生み出す英雄物語だと思って見始めると、予想外の展開にしびれることでしょう。
よくある議論に政治家が悪い、マスコミが悪いという方向にすぐ行きがちですが、本作ではそこが問題ではありません。映画を見終わったときに有権者の意識が変わるとか、何かを考えるきっかけになればいいなと思います。