「貧しいものは浮かばれないアメリカの現実」ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ かばこさんの映画レビュー(感想・評価)
貧しいものは浮かばれないアメリカの現実
教師・ハナムは有り体に言って嫌な奴。堅真面目はそうだが、正論にかこつけて生徒たちをいたぶってもいる。大体世の中をナナメに見ている。皮肉屋で、自分でも気づいていないかもだが裕福なお坊ちゃまな教え子全般に憎しみに近いものを抱いているよう。特殊な病気の影響で強い体臭があったり斜視だったり、オトコとして女性に好かれることを諦めている。それでも、教師としての責任感は持ち合わせているし、勤め先である学校を愛している、矛盾だらけのニンゲン。
クリスマス休暇にたったひとり寮に残される羽目になった悪童・アンガスは悪質さはまだマシなほうで、かわいそうが先に立つ。わがままだが寂しがりで健気なところがあり、年少の少年のおねしょを一緒に対処してあげる優しいところがあったりもする。学校の食堂の料理長メアリーは、使用人として蔑まれることに慣れているよう。無愛想だが温かみがあり、最愛の一人息子を失った悲しみ、喪失感でいっぱいいっぱい。ポーカーフェイスでいるが、なにかの拍子に大爆発したりする。
3人共良い面悪い面持ち合わせて、矛盾だらけだが、これが「普通の人間」だ。
雪で閉ざされがちな学校で3人で過ごすうちに、なんとなく心が通い合うようになる。
彼ら3人に共通して言えるのは、寂しさを抱えていることだ。
ハナムは嫌われ者であることを自覚しているものの、開き直りながらも誰かの愛を求めているよう。アンガスはストレートに母の愛に飢えている。メアリーはいわずもがな。
多分、「寂しさ」に共感したことが、3人の心の交流の取っ掛かりだったんだと思う。
ポールが嫌なやつになっていったそもそもの原因、メアリーの息子が亡くなった原因。
それは彼らが貧しかったから。
貧乏人が努力してなんとか学歴社会に食い込んでも、貧しいがゆえに内部で蹴落とされるのが現実。
この点は日本の社会のほうがまだマシな気がする。
ハナムはクソッタレのはずの教え子アンガスに肩入れして庇った結局、自身が職を追われることになった。
解雇が本人の本意か不本意かわからないが、ハナム先生にとっては遅まきながら「巣立ちの時」になった。それまでのしがらみと、自分自身を過去のものにして、新しい自分として生きていくことになったのだ。
すでに良いお年だし狭い世界しか知らず、しかも性格も歪んでいるし、病気のこともある。これからどうするんだろう。
本人にあまり悲壮感がない様に見えるのは、強がりなのか本当に気分がいいのかわからない。
独身だし滅多に外出もしない、自費出版で本を出した以外大した趣味もなさそうなので実はたんまり貯め込んでいて、当面生活に困らないんだといいなと思った。
または、上流階級の子弟のための名門校で、超がつくほど長く勤務した実績を引っ提げて求職したら引く手あまたで仕事の心配はないのかも。バートン校の校長だって、推薦状を書くくらいはしてくれるのではないか。それなら先が明るい、ハッピーな巣立ちになる。
ハナム先生が幸せになれると良いと思った。
良い話のようだが、良いことをした人が必ずしも報われるわけではない。
良いことをしたがゆえに、窮地に立たされる。
現実はそんなもので。
ハナム先生の将来は誰にもわからない。
やりきれなさ苦さも妙な余韻として残る、アメリカン・ニューシネマみたいなテイストの映画と思いました。
コメントありがとうございます。
先生は大前提の嘘、大卒でないを吐いてましたが、それも含めてやり直すつもりなんですかね? 酒を吐き出したのも気持ちの表れでしょうか、先行き暗そうですね。
三輪さん
コメントありがとうございます。
人生の苦さはそのままなんですが、孤独な3人が少しづつお互いが癒やし合えるような人間関係を持てたし、3人とも先に光が見える終わり方でしたよね。この映画、ハナム先生の成長物語でもあったように思いました。
かばこさんの、レビューいつも楽しみにしてます。
アメリカン・ニューシネマ!正にそう感じました。
鑑賞後に切なく、でも今後の彼らの展望に少しだけ期待が持てる終わり方も好きです。
コメントありがとうございました。アンガス君、大人っぽい見た目ゆえ生意気さが際立っていましたが、子供なんですよね。この先、ひねくれた人生が待っているのか、ハリのある人生が待っているのか、後者に示唆のある終わり方だったと思います。ちょっと昔の、ニッポンの教師×不良生徒のドラマを思い出してしまうような、懐かしい感じでした。
思いの外、皆さんの評価が高くてちょっと複雑な気持ちになっていましたが、もはやあの学校がハナム先生の居場所じゃないと気づく物語としてならいいストーリーでしたね。
ハナム先生の愛情が報われなくて、私には悲しかったし、あの少年も可哀想だとずっと思ってました。