劇場公開日 2024年1月26日

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「髪をなびかせて」コット、はじまりの夏 cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5髪をなびかせて

2024年2月9日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

 コットは、一言にまとめると陰気な子だ。冒頭、草むらに埋もれている白っぽい(正確には黒ずんだ)かたまりが彼女、とはなかなか認識できなかった。彼女は、いつもどこでも居心地悪そうにしている。誰にも気づかれない、人知れない悲しみが、外にあふれ出さないよう、おずおずとしているようにも見えた。
 そんな彼女が、邪魔者を追いはらうかのように田舎の親類に預けられる。おば(正確には、母のいとこ)はやさしくコットに寄り添い、手を差し伸べる。自分をいたわり慈しんでいい、と彼女は初めて知ったのかもしれない。けれども、彼女をほんとうに大きく揺り動かしたのは、おじ(彼女の夫)のように思えた。
 最初は無愛想で、関わりを避けていた(それには相応の事情があるのだが)彼が、次第に彼女に目を向け、情を感じていく過程があたたかい。悲しみや寂しさに沈みそうになる彼女を、敏感に感じ取りそっと掬い上げ、「足が長いんだから、きっと速い」と全力で走ってみるよう誘い掛ける。彼の言葉自体は素朴で、名言というわけではない。それでも、コットに語りかける姿そのものが、彼女への想いに満ちていて、心に沁みた。
 おばが丁寧に梳きほぐした髪をなびかせて、コットが全速力で走る姿が忘れられない。所在なさげにうつむいていた彼女が、まっすぐに前を向き、自分の人生をつかみ取ったその瞬間。穏やかにきらめく木漏れ日や吸い込まれそうな水面、豊かな自然とその音が、物語に絶妙な効果をあげていた。時を経るとむしろ鮮やかに、思い返すほどに余韻がじわじわと心に満ちてくる。小さいけれど、豊かで広がりのある作品だ。

cma