劇場公開日 2024年4月19日

「尼崎で生まれた女」あまろっく KeithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0尼崎で生まれた女

2024年8月16日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

楽しい

半世紀近く前に流行った歌に、「大阪で生まれた女」という歌謡曲があります。大阪で生まれ育った一人の女が、大阪への強い愛着と、上京する恋人への恋慕の板挟みの中で、悩み抜いた末に大阪を出ていく決心をする、哀愁に満ちて切々と訴えてくる名歌です。
本作は、いわば「尼崎で生まれた女」の東京に行った後の続編を、尼崎愛に満ちて描いた映画といえます。

人物はややローアングルから仰角カットで撮られ、寄せアップは殆どありません。小刻みにカットを割ってテンポよくストーリーは進みますが、時に二人が上手下手に対峙した引いたロングのカット、而もほぼ無言の長回しが入り、早いテンポの流れに巧いアクセントがついていました。
カメラはほぼフィックスで撮られていて、アクション映画ではないため瞬時に動き回る躍動感や予測不能の不安感を与えるような映像は不要なので、手持ちカメラで撮っていないので観客は落ち着いて観られたと思います。

映画の基調は、まるで新喜劇です。それもドタバタコメディーの吉本新喜劇ではなく、笑って、笑って、そして泣かせ、最後にまた笑わせる、松竹新喜劇です。アクションは皆無で会話のみで進行しますが、各シーンは常にボケとツッコミで構成され、オチがあって次のシーンに変わっていきます。
当然ツッコミ役は主役を務める江口のりこで、ボケ役は父親役の笑福亭鶴瓶と年若の継母役の中条あやみ、この3人のネイティブ関西弁の会話のやり取りが実に耳に心地良く、観賞中はいわば漫才ショウを楽しんでいるような感覚でした。

江口のりこの終始近寄りがたく刺々しい無機質的な無表情、台詞のない険悪な空気感のオーラを撒き散らす異様な存在感が、映画の前半をリードします。ところが後半、あるアクシデントから表情に柔和さが兆すようになり、目に見えて性格に丸みが強まっていきます。専ら周りへの強がり一方だったのが、己の弱みを吐露するようになって、人間性に目覚めていくのですが、このシナリオの転調が大いに笑わせつつ、しんみりと泣かせます。

“尼崎で生まれた女”が尼崎の土着性に嫌気がさし、必ず街を出ていくこと目指して勉学に励み、京都大学を経てバリバリの遣り手コンサルタントに成り上がる、見事少女期の夢を実現しながら脆くも潰えてしまい、心ならずも故郷・尼崎に戻り、無気力無目的な自堕落に転落してしまう、しかし再生を果たして、また広い世界へ羽搏くという所で、結局尼崎から離れられず土着する。
これは将にド演歌の世界です。本作は、林立するコンクリートの工場群や低層の猥雑な建物群ばかりの、一見見栄えのしない灰色の街・尼崎そのものが真の主役であり、義理人情と家族の熱い情愛を高らかに歌い上げたド演歌の世界といえます。

尚、本作で重要な位置づけとなる京都大学は、東大・早稲田・慶応・上智といったオシャレで軽快なJPOPが似合う東京の有名大学と異なり、このド演歌の空気感が実に似合う大学だと思います。

KeithKH