「救命救急医療の現在がわかる」その鼓動に耳をあてよ 大岸弦さんの映画レビュー(感想・評価)
救命救急医療の現在がわかる
その鼓動に耳をあてよ
神戸市の元町映画館にて鑑賞2024年2月7日(水)
パンフレット入手
東海テレビドキュメンタリー劇場第15弾
名古屋掖済会(えきさいかい)病院
診療科36科、病床数602床を有し、救急車の受け入れ台数は年間1万台と、愛知県内随一の規模となった。
救急医15人、看護師・救命士30人が在籍するERは「断らない救急」を掲げている。
他の救急外来で受け入れられなかった急患を受け入れる。地域医療の頼みの綱のような存在だ。
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蜂矢康二医師(36)が、病院のパンフレットに掲載される記事のため取材を受けていた。カメラを向けられて照れるが、医師としてのこだわりを聞かれると「何でも診ることができるっていうのは、救急のいいところなんじゃないか」と真剣に答える。
ある日やってきた、耳に虫が入ってしまったという少女。診療の間中、痛がって怖がって泣いていたが、耳から取り出されたのは、固まった大きな耳垢のようなものだった。「こういう対応も全部自分たちでやることができるのは、救急のドクター的には面白いところだったりする」と蜂谷医師は言う。
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蜂谷医師は大学の工学部で情報工学を専攻したが中退、岐阜大学の医学部へ入りなおした。遠回りした分狭く深く医学の分野を追求するよりは、どんな患者でも診られるようになりたいと救急医を志望した。
ERには飛び降り自殺を図った人や、精神科で処方された薬を大量服用した患者も運ばれてくる。蜂矢医師は、自ら死を選んだ人を土壇場で救うことに対する躊躇はないという。「肺癌の人が肺炎で亡くなる可能性があるのと、精神疾患を抱えた人が自殺をしてしまうのは、そんなに違うことじゃない」。肺癌の人は助けるのに、精神疾患の自殺を助けないというのはありえない」と。
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救命救急センター長の北川喜己医師(62)が朝のERに顔を出す。夜勤のスタッフからいろいろ情報を仕入れることができる。また救急車が立て込む時間帯でもある。
下町にあるこの病院の周辺には工場が多い。怪我を負った人が駆け込んでくる。高い足場からの転落、指の切断、脚に突き刺さった釘。怪我や病気の状態にかかわらず、どんな患者でも断らずしっかり診るという姿勢でやってきたと、北川センター長は話す。
この土地の救急医療では、生活困窮者と向き合う機会も多い。ある日運ばれてきたのは、生活保護を受けている身寄りのない独居老人。入院して手術を受ける必要があるが、帰宅を望んでいた。入院生活で服などを買うための現金が必要になるからであった。医師は「帰宅して倒れたらどうする」と引き留める。
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ERの事務所には大量の未払い請求書が溜まっている。保険、住居、家族、お金、公的支援。それらを誰もが手にしているのではない。
それでもドクターたちは患者を受け入れ続ける。
ある雪の夜、ホームレスの男性が「お腹が痛い」とやってきた。健康保険証もお金もないという。朝まで様子を見て、大丈夫そうなら帰る、ということにした。待合の椅子で寝ている男性を見ながら、看護師の女性たち「寒かったもんね今日」「温まりたいのよ」
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新型コロナウイルス感染症のパンデミックで世の中が変わった。
ERには新型コロナに罹患し一か月間意識がない女性が入院していた。急増する感染者は救急医療に押し寄せる。発熱を訴え、PCR検査を受けたいがために救急外来を直接訪ねる人も少なくない。発症前にキャバクラや出張に行っていたと、濃厚接触の可能性を訴えても、ERに追跡する機能はない。「来た時より悪くさせるわけにはいかない」と、やむをえず検査をして解熱剤を処方する。蜂矢医師は「掖済会の救急が、熱が出たと言ったら検査してくれた、と広まると、救急外来の本来の役割を果たせなくなる可能性が出る」と、患者にくぎを刺している。
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夜間も絶え間なく到着する救急車。「他の病院が断るので、ここで受けざるをえない」と、夜勤明けの蜂矢医師が言う「この地域から掖済会がなくなったら?どこかに第二の掖済会ができるんじゃないですか。そこが頑張る。さすがにヤバイと思います。年間一万台はどこへいくんですかっていう・・・」
そう言い残して蜂矢医師は帰宅する。明日も夜勤だ。
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2022年1月、新型コロナの第6波で感染者数は過去最多を更新し続けた。掖済会病院のERも病床がなくなっていくが、蜂矢医師は「うちで踏ん張りきれるのがプライド」と、ギリギリまで受け入れると断言。10件以上断られているケースばかり。鳴りやまない電話、発熱やコロナで動けなくなった患者であふれ、混乱をきたす。
そこへ消防から「車から海へ飛び込んだ男性の救助要請」の連絡が入る。動揺が広がっていく。河野弘院長が叱咤激励にやってきた。まだ受け入れる余地があると、スタッフたちを諭し、このERが何としてでも受け入れる最後の砦だと念を押す。
懸命に対応を続けるERだが、集中治療室、救命救急室、一般病棟と、次々と病床が埋まっていく。ついにすべての空床がゼロになった。
そこにまた一本の電話「他の病院にあたってもらい、だめならもう一度」と伝えるのが精いっぱいだった。
24時間365日、ひっきりなしの救急車を受け入れる名古屋掖済会病院ERの日常はつづく。