「音楽と色彩、そして癒やし」恋するピアニスト フジコ・ヘミング penさんの映画レビュー(感想・評価)
音楽と色彩、そして癒やし
私はどちらかというとリスト、ショパンの色彩を感じさせる曲より、フーガ等構成を重んじるバッハの曲のほうが好みだったということもあって、フジコ・ヘミングのCDは、すみません。残念ながら一枚ももっていません。が、NHKの特集などで、その音楽を聴いていると、どこか惹かれるものを感じ、それが何故なのかよくわかりませんでしたが、それが本作をみてわかったような気がしました。
スクリーンに映し出されたのは、60歳代後半になって、成功してもなお続けている清貧ともいえるその生活ぶり、90歳を超えてなお1日も休まないそのストイックな練習風景でした。そして、彼女はこの作品で、日本で画家として生計をたてようとして失敗したハンサムな父のこと、ピアノ教師として父に貢いだ母のこと、混血として戦時中の日本で生きることを余儀なくされたこと、学生時代の恋愛のこと、聴力を失ってピアニストの道を一度絶たれたこと・・・そんな自身を形作ってきた様々な経験を訥々と話します。
つまり、母から受けついだ音楽家としての素養と、父から受け継いだ色彩で音楽を考える素養に、これでもかという様々な逆境が加わり、その逆境故に、音楽における色彩美と叙情美を、魂が切実に求め、長年にわたってそれがフジコの心の中で発酵し、指によって一音一音紡がれていったのだと思いました。バッハのフーガは宗教に淵源を持つが故の深い癒やしや慰めがありますが、フジコの演奏にはフジコの苦悩に淵源を持つ故の癒やしや慰めがあるように思えたのです。
リストのカンパネラのほか、フジコが最後に演奏したいと言っていた曲も含め、さまざまな名曲の演奏も、大画面で観ることができる優れた演奏映画でもあり、とてもよかったと思います。
ご冥福をお祈りします。