劇場公開日 2023年12月29日

  • 予告編を見る

「変化球のフェミニズム映画として」ラ・メゾン 小説家と娼婦 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5変化球のフェミニズム映画として

2023年12月30日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

知的

1988年にフランスで生まれたエマ・ベッケルは、20代前半で小説を2作発表したのち2013年にドイツのベルリンに移住し、2年にわたり娼館で働いた。その体験を綴り、世界16カ国でベストセラーになった3作目の小説「La Maison」を映画化したのが、この「ラ・メゾン 小説家と娼婦」だ。予備知識として、2013年当時フランスで売春は違法で処罰対象だったが、ドイツでは2002年以降売春が合法になったことを頭に入れておくといいだろう。

パリ出身のアニッサ・ボンヌフォン監督は2019年に長編ドキュメンタリー「ワンダーボーイ」を発表。2021年のドキュメンタリー第2作「Nadia」では、2019~2021年にパリ・サンジェルマンの女子サッカーチームに所属したナディア・ナディム選手(アフガニスタンからデンマークに亡命し、市民権を得たのちデンマーク代表としても活躍)を取り上げた。「La Maison」の映画化権は当初男性監督の手にわたったそうだが、権利が流れたのちに原作者本人の希望によりボンヌフォン監督が初の劇映画を手がけることになった。おそらく「Nadia」でのフェミニズムの要素も評価されたと推測される。

そうした成立過程もあり、本作ではセックスワーカーとして働く主人公エマと仕事仲間たち、娼館を訪れる多様な客たち、仕事とプライベートにおける行為の使い分けや感情の持ちようといったトピックを、女性の視点から描いていく。R18+指定であり性的なシーンが頻出するが、エロスを指向するのではなく、エマと相手の客との行為を社会学的な心持ちで観察するような、比較するならギャスパー・ノエ監督の「LOVE 3D」の臨場感とは対極に位置するような客観性が本編の多くを占める。

性産業に携わる女性たちはともすれば蔑視や忌避の対象になりがちだが、彼女らがセックスワーカーを選択する背景には賃金やキャリアにおける男女格差が依然存在することにも改めて気づかされる。また時には心身にダメージを受けるリスクもあるエマや仕事仲間たちの間にある絆も描かれ、変化球のフェミニズム映画として位置づけることも可能だろう。

作中のエマの設定は27歳で、一風変わった“自分探しの冒険”のような趣もあるのだが、演じるアナ・ジラルドが1988年生まれで30代半ばの年相応の風貌なのが難点か。また、エマが出会い系アプリで知り合った相手と初デートの公園でいたす行為は、そんな状況でいきなりそんなことになる?と唖然とした。脚本はボンヌフォン監督と男性のディアステームが共同で担当したが、あの場面には男性のファンタジーが混じったのかも、というのは考えすぎか。

高森 郁哉